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「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相 ―憲法学の視点から―

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(1)「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相 ―憲法学の視点から― 東 裕 はじめに 1.我が国における移民の現状―移民国家化の容認? (1)「移民」の定義 (2)「移民」の数 (3)「改正入管法」の施行 2.外国人の権利保障と「主権」   ―「権利の性質上日本国民のみをその対象としている」権利の検討 (1)「主権」の概念 (2)外国人の権利保障に対する基本的な考え方 (3)入国管理権と国益 (4)「国民主権の原理」に基づく国民の権利 3.外国人により主権が侵害される事態―土地所有権と領土管轄権 (1)領土内における「外国」の出現可能性 (2)在留外国人に対する本国法の適用―「中国国防動員法」 (3)外国人の人権享有主体性についての学説状況    ―外国人の土地所有権制限の可能性 4.外国の事例―豪州・内政干渉阻止法と米国・国防権限法 (1)豪州・内政干渉阻止法(2018 年 6 月) (2)米国・国防権限法(2018 年 8 月) 5.結び―「静かなる侵略」への対応を. はじめに  平成 31(2019)年 4 月 1 日に改正入管法が施行され,今後,我が国へ の移民の流入が加速化することが予想されている。少子高齢化に伴う労働 力不足を補う等の理由による入管法の改正であったが,移民人口の増加 は,わが国の労働経済市場の問題にとどまらず,将来的には社会,文化, 政治等の多方面に重大な影響を与えることが懸念される。グローバル化, 73.

(2) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 多文化共生社会等のかけ声のもとに移民の受け入れを積極的に推進する政 策が「保守政権」下で推進されるという戯画的な現状が描き出す我が国の 未来図は想像を絶するものとなろう。  すでに移民問題への対応に苦慮する欧米諸国などを対岸に遠望しつつ, 「一帯一路」を掲げ帝国主義的膨張を続ける共産党一党独裁国家が移民の 大量供給源として隣国に控えている我が国にあって,どうして楽観的な観 測のもとに安住できようか。移民だけではない。我が国土の各地を長期的・ 戦略的に買収している現状と相俟って,移民国家化の進行は武力によらな い新たな侵略の形である(1)。それは経済侵略にとどまらない,文字どおり の侵略と認識すべきものである。  そのような問題意識の下に,我が国の現下の移民流入状況,移民国家化 がもたらす主権への影響,およびすでに諸外国で現実化している移民国家 化の問題とそれへの法的対応を紹介し,移民国家が抱える深刻な懸念を共 有し,迅速な法的対応の必要性を訴えるものである。. 1.我が国における移民の現状―移民国家化の容認? (1)「移民」の定義  ここにいう移民とは国際移民を指すが,国際移民の正式な法的定義はな い。国連広報センターの「難民と移民の定義」によると,移住の理由や法 的地位に関係なく定住国を変更した人々を国際移民(以下「移民」という。) とみなしている(2)。それによると,移民は「短期(一時的)移民」と「長 期的(恒久的)移民」に分類され,前者は国境を越えて移住後 3 か月以上 12 か月未満の者,後者は 12 か月以上の者をいう。本稿で扱う移民とは後 者の長期的移民であり,以下に述べる我が国の在留外国人はこれにあたる。 (2)「移民」の数  平成 30(2018)年末現在の我が国の在留外国人の数は,273 万 1,093 人 (中長期在留者 240 万 9,677 人,特別永住者 32 万 1,416 人)に上っている。 74.

(3) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. これは我が国の全人口 1 億 2644 万 34 人の 2.16%にあたる。国籍・地域別 (総数・構成比・対前年末増加率)でみると,上位 5 カ国は,①中国(76 万 4,720 人・28.0%・+ 4.6%),②韓国(44 万 9,634 人・16.5%・− 0.2%), ③ベトナム(33 万 835 人・12.1%・+ 26.1%),④フィリピン(27 万 1,289 人・9.9%・+ 4,1%),⑤ブラジル(20 万 1,865 人・7,4%・+ 5,5%)となっ ている(表 1)。  ちなみに,我が国の人口数下位 5 県の人口(平成 30 年 10 月現在)は, ①鳥取県(56 万人),②島根県(68 万人),③高知県(70 万人),④徳島県(74 万人),⑤福井県(77 万人)で,在留外国人数は,下位 4 県の合計人口(268 万人)を超えているのである。今後,現在の増加率のまま推移すると,5 年後の 2024 年には在留中国人数は 100 万人を超える。また,人口増加率 の著しいベトナム人は 4 年後の 2023 年に 100 万人を超え,中国人の数を 上回ることになる。 表 1 移民の現状・2018 (平成 30(2018)年末現在) 総数(人). 構成比(%). ① 中国. 国籍・地域. 76 万 4,720. 28.0. 対前年末増加率(%) + 4.6. ② 韓国. 44 万 9,634. 16.5. − 0.2. ③ ベトナム. 33 万 835. 12.1. + 26.1. ④ フィリピン. 27 万 1,289. 9.9. + 4.1. ⑤ ブラジル. 20 万 1,865. 7.4. + 5.5. (出所:平成 31 年 3 月 22 日法務省入国管理局) (http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00081.html, 2019 年 6 月 7 日閲覧). (3)「改正入管法」の施行  平成 31 年(2019)年 4 月 1 日から「改正入管法」が施行されたが,この 改正による在留資格「特定技能」(1 号,2 号)の新設と,留学生の就職条 件の緩和による今後の影響が注視されなければならない(3)。前者は,特定 75.

(4) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 技能とはいうものの,その実態は単純労働であり,最長 5 年間の就労が認 められ,一定の条件を満たせば永住化への道が開ける。また後者によって, 「日本の大学を卒業した留学生はいったん就職すれば日本で永住する権利 を得るに等しい」といわれ,「留学生の就職条件の緩和は新在留資格創設 にも増して日本の『移民国家』化に直結する」(4)ことが指摘されている。  改正入管法の施行から 2 か月を経過した令和元(2019)年 6 月 2 日現在 の在留外国人数は 282 万 9,416 人となり,その 6 か月前の 273 万 1,093 人 から 9 万 8,323 人(+ 3.6%)増加している。そのうち増加率が著しいのは ベトナムであった(表 2)。 表 2 移民の現状・2019 (令和元(2019)年 6 月 2 日現在) 総数(人). 構成比(%). ① 中国. 国籍・地域. 78 万 6,241. 27.8. 対前年末増加率(%) + 2.8. ② 韓国. 45 万 1,543. 16.0. + 0.4. ③ ベトナム. 37 万 1,755. 13.1. + 12.4. ④ フィリピン. 27 万 7,409. 9.8. + 2.3. ⑤ ブラジル. 20 万 6,886. 7.3. + 2.5. (出所:令和元年 10 月 25 日出入国在留管理庁) (http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00083.html, 2020 年 3 月 20 日閲覧).  目下の移民受け入れは,企業・産業界の人手不足を補うための外国人労 働者受け入れの要請に政府が対応したものであるが,このような経済の力 学による移民受け入れは,すでに我が国に居住する移民がその家族,友人 知人等の同胞のネットワークを通じた移民の呼び寄せにつながり(民族の 力学),さらに国内的・国際的には普遍的な人権を根拠とする外国人(=「人 間」)の受け入れ(人権の力学)につながる。こうして国家は,経済・民族・ 人間の力学に取り巻かれその作用を制約を受けながら自国の主権を行使す ることにならざるをえない(5)。 76.

(5) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相.  今日の我が国における移民受け入れに作用している力学は主として経済 の力学であり,一部の経済界・産業界の要請を受けたものであろう。それ が一定期間の在留資格のもとに我が国で労働に従事し,その後帰国する「出 稼ぎ」労働者であれば,我が国の主権の危機につながるものではない。と ころが,共産党一党独裁国家であり「経済大国」でもある中国からの移民 については事情が異なる。自国で大学進学と雇用機会を得られない若年層 が,労働力不足に悩む資本主義・民主主義国家・「経済大国」である日本 に向かうという過去に経験したことのない移民の流れなのである。さらに 中国の富裕層・中国系法人が我が国の不動産(水源地,国境離島,都市部 の住宅など)を精力的に購入していることも夙に指摘されているところで ある(6)。こうした傾向は,将来の定住化(事実上の侵略)の可能性を多分 に示唆するものであるとみなすことを杞憂だとして一笑に付すことはでき ない。3 つの力学に含まれない「政治」の力学,換言すれば国家の政策と しての対日移民,すなわち豪州で顕在化している「静かなる侵略」(silent invasion)という政治力学が作用している可能性があり,「主権」の危機 がすでに進行している可能性も否定できないのである(7)。. 2.外国人の権利保障と「主権」 ―「権利の性質上日本国民のみをその対象としている」権利の検討 (1)「主権」の概念  主権には「国の主権」(対外的主権・対内的主権)と「国民の主権」が ある。国の主権のうち対外的主権は国家の「独立」の表徴概念であり,そ の具体的属性として外国の支配・干渉に服さない権利,自衛の権利などが 挙げられ,これらは国際法学が対象とするところである。現代国際法にお いては,主権概念は単独の法原則としての地位を大幅に後退させその至上 性を主張できないとされるが,国際法主体としての国家の独立的存在を表 示する概念としては依然として有効であるとされる(8)。一方,「国の主権」 のうちの対内的主権は,国家領域内における国の統治権を意味し,国の 77.

(6) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 統治権の保持者およびその正当性を示す国民の自律的自己統治権たる 「国民の主権」とともに憲法の規律事項である。  問題は,在留外国人の諸権利を認めることによって,これらの主権が危 機に瀕する事態が発生する危険はないのかということである。あるとすれ ば,具体的にどのような事態が考えられるのか,またそのような事態を招 来しないためにとるべき措置はいかなるものか。日本国憲法が人類普遍の 原理として基本的人権を保障し(97 条),また国際協調主義(98 条)を掲 げているとしても,国内法たる憲法が第一にその保障を与えるのはその国 の国民であるはずである。「国民の憲法」という観点から,外国人の人権 保障と国民の権利保障,主権の維持に関わる諸問題について,早急に取り 組むべき課題は何かを考えてみたい。 (2)外国人の権利保障に対する基本的な考え方  外国人の権利保障について基本となる考え方は,周知のように「マクリー ン事件最高裁判決」(最大判昭和 53 年 10 月 4 日,民集 32 巻 7 号 1223 頁) に示されている。  第一に,「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は,権利の性質 上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き,わが国に在 留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」との考え方がそれで ある。ここには,憲法第三章の諸規定が保障する基本的人権は,「日本国 民のみを対象とするもの」と「それ以外のもの」に二分されるという立場 をとり,その区分は「権利の性質上」決定されるというのである。その 例として,この事件で問題となった政治活動の自由(憲法 21 条 1 項)に ついて,「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外 国人の地位にかんがみこれを認めることが相当でないと解されるものを除 き,その保障が及ぶものと解するのが,相当である」として,我が国の「政 治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等」は外国人に認められる ことが相当でない権利,日本国民のみに認められる権利と判示されている。 78.

(7) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. この判断の基礎にある「権利の性質」については,表現の自由の一つとし てとして保障される政治活動の自由であっても,それが「政治的意思決定 又はその実施に影響を及ぼす活動等」に及ぶ場合は,国民主権原理(前文, 1 条)と密接な関係を有することになるから,日本国民のみを対象とした ものと評価されたものと考えられる。  第二に,「外国人に対する憲法の基本的人権の保障は,右のような外国 人在留制度のわく内で与えられているにすぎないものと解するのが相当」 ということで,「外国人在留制度のわく内」という法律上の制度を前提に その枠内において外国人に基本的人権の保障が与えられるということであ る。この立場からは,権利の性質上日本国民のみをその対象としていると 解されない外国人に対しても保障される基本的人権であっても,その保障 が日本国民同様に与えられるわけではなく,在留制度によってその保障の 程度または可否が法務大臣の裁量により決定されることになる。  「在留期間中の憲法の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新 の際に消極的な事情としてしんしやくされないことまでの保障が与えられ ているものと解することはできない」として,外国人の在留の許否の判断 についての国の裁量は,その外国人が在留期間中に行った基本的人権の保 障を受ける行為であっても,その行為が在留期間更新の際に消極的な事情 として斟酌されないという保障まで与えられたものではなく,国(法務大 臣)の裁量権を拘束するものではないというのである。  さらに, 「在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも,法務大臣がその 行為を当不当の面から日本国にとつて好ましいものとはいえないと評価し, 4 4. 4. 4. 4. 4. また,右行為から将来当該外国人が日本国の利益を害する行為を行うおそ れがある者であると推認することは,右行為が上記のような意味において 憲法の保障を受けるものであるからといつてなんら妨げられるものではな い」(圏点は引用者)とまで踏み込む。在留中の外国人の行為が,たとえ合 憲合法な場合であっても,法務大臣は当不当という観点から在留期間の更 新を判断できるという裁量権の行使を認めている。その裁量にあたっては 79.

(8) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 「日本国の利益を害する行為を行うおそれ」の有無を判断基準とする。  つまり,「日本国の利益」(=国益)を評価の中心に据えて外国人の在留 の許否を判断し,在留が許可された外国人も在留制度の枠内で「権利の性 質上日本国民のみを対象とするもの」以外の憲法上の基本的人権を享有で きるということになる。そして「権利の性質」の判断にあたっては特に国 民主権原理との関係が重要な判断要素となる。 (3)入国管理権と国益  入国の自由については憲法の保障は及ばず,外国人の入国を認めるか否 かは我が国が自由に決定することができる。したがって,外国人の入国を 認める際にいかなる条件を付すかも我が国が自由に決定できることは言う までもない。これは国際慣習法で認められたもので,国家主権に由来する ものである。このことが入国管理権を考える前提にあることをあらためて 確認する必要がある。マクリーン事件最高裁判決では,「憲法二二条一項 は,日本国内における居住・移転の自由を保障する旨を規定するにとどま り,外国人がわが国に入国することについてはなんら規定していないもの であり,このことは,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負 うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるか どうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該 国家が自由に決定することができるものとされていることと,その考えを 同じくするものと解される」と判示している。このような入国の自由に対 する考え方を基礎に入国管理権が成り立っている。  入国管理権の行使である外国人の在留期間更新の許否の判断にあたっ て,法務大臣の裁量は,「外国人に対する出入国の管理及び在留の規制の 目的である国内の治安と善良の風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場 4. 4. 4. 4. 4. の安定などの国益の保持 の見地に立つて,申請者の申請事由の当否のみ ならず,当該外国人の在留中の一切の行状,国内の政治・経済・社会等の 諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲など諸般の事情をしんしやくし, 80.

(9) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. 時宜に応じた的確な判断をしなければならない」(圏点は引用者)とされる。  このように,法務大臣の裁量にあたって拠って立つ見地として「国益の 保持」が掲げられ,その内容として①国内の治安と善良の風俗の維持,② 保健・衛生の確保,③労働市場安定が例示されている。すなわち,「国益」 の内容は,国家の安全保障,人間の安全保障,国民経済の安定など広範囲 にわたるものであることが示されている。加えて「諸般の事情をしんしゃ くし,時宜に応じた的確な判断をしなければならない」と義務づけられて いる。そして「諸般の事情」としては「在留中の一切の行状,国内の政治・ 経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲など」が例示され, それらを斟酌しながら更新の可否を決定することをも義務づけられている のである。 (4)「国民主権の原理」に基づく国民の権利 ①公務就任権  判例では,公権力行使等地方公務員については日本国民であることが前 提とされる。すなわち,「公権力行使等地方公務員の職務の遂行は,住民 の権利義務や法的地位の内容を定め,あるいはこれらに事実上大きな影響 を及ぼすなど,住民の生活に直接間接に重大なかかわりを有するものであ る。それゆえ,国民主権の原理に基づき,国及び普通地方公共団体による 統治の在り方については日本国の統治者としての国民が最終的な責任を負 うべきものであること(憲法 1 条,15 条 1 項参照)に照らし,原則とし て日本の国籍を有する者が公権力行使等地方公務員に就任することが想定 されているとみるべき」(東京都管理職事件受験拒否事件(最大判平成 17 年 1 月 26 日,民集 59 巻 1 号 128 頁))として,「国民主権の原理」に基づ き原則として「日本国の統治者としての日本国民」が最終的責任を負う べきものとして公権力行使等地方公務員に就任することが,憲法 1 条,15 条 1 項から導かれている。  さらに同判決の藤田宙靖判事の補足意見においては, 「例えば,①外国人 81.

(10) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). に公務員への就任資格(以下「公務就任権」という。)が憲法上保障され ていることを否定する理由として理論的に考え得るのは,必ずしも,原審 のいう国民主権の原理のみに限られるわけではない(例えば,一定の職域 について外国人の就労を禁じるのは,それ自体一国の主権に属する権能で あろう。)」と述べ,「国民主権の原理」だけでなく「一国の主権に属する 権能であろう」として,国家の主権に属する権能として公務就任権だけで なく一定の職域への外国人の就労の禁止を理由づけている。この理論に立 てば,外国人に対する基本的人権の保障は,その権利の性質が「国家の主 権」との関係で検討されることになる。  また,同判事の補足意見では,「「憲法上,外国人には,公務員の一定の 職に就任することが禁じられている」ということは,必ずしも,理論的に 当然に「こうした禁止の対象外の職については,外国人もまた,就任する 権利を憲法上当然に有する」ということと同義ではない」とまで述べ,外 国人の職業選択の自由の保障に対する「国の主権」による制限の可能性を 広く認めている。その理由として,「職業選択の自由,平等原則等は,い ずれも自由権としての性格を有するものであって,本来,もともと有して いる権利や自由をそれに対する制限から守るという機能を果たすにとどま り,もともと有していない権利を積極的に生み出すようなものではない」 とする自由権の権利としての性質を挙げている。 ②地方選挙権  地方議会議員選挙の投票権(最三判平成 7 年 2 月 28 日,民集 49 巻 2 号 639 頁)について,最高裁は次のように判示し,憲法 15 条 1 項の公務員 の選定罷免権は主権を有する日本国民の権利であるとしている。すなわ ち「憲法一五条一項にいう公務員を選定罷免する権利の保障が我が国に在 留する外国人に対しても及ぶものと解すべきか否かについて考えると,憲 法の右規定は,国民主権の原理に基づき,公務員の終局的任免権が国民に 存することを表明したものにほかならないところ,主権が「日本国民」に 存するものとする憲法前文及び一条の規定に照らせば,憲法の国民主権の 82.

(11) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. 原理における国民とは,日本国民すなわち我が国の国籍を有する者を意味 することは明らかである。そうとすれば,公務員を選定罷免する権利を保 障した憲法一五条一項の規定は,権利の性質上日本国民のみをその対象と し,右規定による権利の保障は,我が国に在留する外国人には及ばないも のと解するのが相当である。」  「そして,地方自治について定める憲法第八章は,九三条二項において, 地方公共団体の長,その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は,そ の地方公共団体の住民が直接これを選挙するものと規定しているのである が,前記の国民主権の原理及びこれに基づく憲法一五条一項の規定の趣旨 に鑑み,地方公共団体が我が国の統治機構の不可欠の要素を成すものであ ることをも併せ考えると,憲法九三条二項にいう「住民」とは,地方公共 団体の区域内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当で あり,右規定は,我が国に在留する外国人に対して,地方公共団体の長, その議会の議員等の選挙の権利を保障したものということはできない。」  こうして「憲法法九三条二項にいう「住民」とは,地方公共団体の区域 内に住所を有する日本国民を意味するものと解するのが相当であり」とし ながらも,「我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居 住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められ るもの」に対し,地方公共団体の長,議会の議員に法律で選挙権を付与す ることを憲法は禁じていないが,保障もしていないとの立場をとり,専ら 国の立法政策にかかわる事柄であるとする。. 3.外国人により主権が侵害される事態―土地所有権と領土管轄権 (1)領土内における「外国」の出現可能性  現在すでに国内のいくつかの地域においては在留外国人の集住現象が見 られる(9)。それら地域においては地元住民との交流が進み良好な関係が構 築されつつある事例も報告されているが,そこに至るまではゴミ処理の 問題や生活騒音など文化の相違に起因する様々な摩擦が地元住民との間で 83.

(12) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 発生していたことがしばしば報道されていたことは,周知の事実であろ う。多文化共生社会化が称揚される傾向にあるが,急速な移民人口の増大 による急激な社会構造の変化は地域における伝統的共同体の変容から果 ては崩壊に至る途でもあることを忘れてはならない。国内の一部に一種の 「租界」が生まれ,最悪の場合には法執行が事実上困難になり「治外法権 区域」が発生するおそれさえなしとしない。法執行を徹底しようとすれば, 合法かつ正当な執行であっても,外交問題に発展する事態さえ想定してお くべきであろう。つまり,日本国内にありながら事実上主権(統治権)が 排除される地域が誕生しかねない事態の発生が憂慮されるのである。そう なっては,まさに主権の危機以外の何物でもない。  現在,実際の所有者とその住所が不明であったり,所有者である外国人 が海外に居住しているため固定資産税徴収が不可能になっている事例が報 告されている(10)。これは国の統治権の一つである徴税権が無力化されてい る現象にほかならない。事実上の「非課税区域」の発生であり,今後その ような土地が不法開発され不法移民が居住するようになれば,安全保障上 の問題ともなりかねない。 「主権」 (統治権)そのものが侵害される事態す ら現実化しよう。かかる事態が共産党一党独裁体制のもと覇権の拡大を図 りつつある 21 世紀の帝国主義国家中国が,秘かに長期的国家戦略として静 かに我が国土の取得を展開しているとしたらどうだろうか。後述するよう にこのような事態は,オーストラリアではすでに顕在化し,同国ではその排 除に取り組んでいるという紛れもない「現実」がある。このような事態が 我が国でも起こりうるし,すでに起こっているかも知れないのである。そし て,さらに警戒すべきは,次に述べる「中国国防動員法」の存在である。 (2)在留外国人に対する本国法の適用―「中国国防動員法」  中国では 2010 年に国防動員法が制定されている(11)。同法は,「国家の 主権,統一,領土の完全性および安全を守る」(1 条)ことを目的とする もので,「国家の主権,統一,領土の完全性および安全が脅かされたとき 84.

(13) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. には,全国人民代表大会常務委員会は,憲法及び法律の規定に基づき,全 国総動員又は部分動員を決定する」(8 条)。しかし,同法は非常事態だけ に意味をもつものではなく,「公民及び組織は,平時には法により国防動 員準備業務を完遂しなければならない」(5 条)とされ,その準備業務の 延長上には「国が国防動員の実施を決定した後には,所定の国防動員任務 を完遂しなければならない」(5 条)と定めている。  国防勤務を担うのは「満 18 歳から満 60 歳までの男性公民及び満 18 歳 から満 55 歳までの女性公民」(49 条)で,国が国防動員の実施を決定し たときは「組織及び個人が所有し又は使用している,社会生産,サービス 及び生活に用いる施設,設備及び場所その他の物資」(54 条)である民生 用資源の徴用が認められているのである。  中国にとって,国家の主権,統一,領土の完全性および安全が脅かされ たと判断した場合,中国政府が国防動員の実施を決定したとき,同政府は 中国公民の組織および個人が所有または使用している諸財産の強制徴収が 可能となり,その適用は国外在住の中国公民にも及ぶ。すなわち,我が国 の国内法の適用を受けている在留中国人に対して中国国防動員法が適用さ れ,我が国に在留する中国人のもつ所有権が中国政府に強制的に移転され る事態が起こりうるのである。尖閣諸島周辺の接続水域にほぼ連日「公船」 よばれる武器を装備した艦船を航行させ,時に領海侵犯を繰り返している 現実の中で,万一軍事衝突が発生した場合,中国国防動員法の実施が可能 になる。その結果,日本国内にある中国人所有の土地が忽然として中国政 府の所有地に変化し,その財産権を確保するためと称して人民解放軍を派 遣することすら想定しておくべきであろう。この時,経済侵略が一瞬にし て軍事侵略に変化するのである。  こうして,日本国内において我が国法の適用が排除される地域が発生し たり,最悪の場合には中国人所有土地が中国政府により国有化され,我が 国の領土でもある国内の地域が中国の国有地となる悪夢さえ想定される のである。日本国内における部分的な「主権」(領土管轄権・統治権)の 85.

(14) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 排除という危機が,外国人による土地取得を日本国民による土地取得と区 別せずかつその財産権が日本国民と同様に憲法上保障されている(29 条) 現状の法制度によってもたらされるかねないのである。このように土地所 有権が日本国民と同様に保障されていることは国家安全保障にかかわる重 大な問題をはらんでいることを認識しなければならない。その上で,急ぎ 立法措置をとることが求められる。 (3)外国人の人権享有主体性について学説状況―外国人の土地所有権制 限の可能性  外国人の人権享有主体性については積極説が支配的である。すなわち, 「日本国民を対象とする権利を除き,保障の程度に相違はあっても,憲法 第三章の人権は外国人にも適用される」とする。その論拠として,①人権 の前国家的ないし前憲法的性格,および②日本国憲法の国際主義(98 条 2 項)を挙げ,両者が相互に補い合い,あい合して外国人の人権享有主体性 を基礎づけていると考える(12)。  この積極説の見解は,一見判例の見解と同様であるように思えるが,人 権(権利)の基礎づけが異なっている。芦部教授によれば,日本国憲法の 保障する「人権」は広義のものであり,自由権だけでなく参政権・社会権 も含め前国家的権利として捉える。そうすると,在留制度以前の問題とし て,日本国憲法の基本的人権は外国人にも適用されることが原則となる。 その前提に立って権利の性質が検討されることになる。「人権が人の生来 の権利であり,その意味で前国家的な権利である以上,その主体性が後国 (13) 家的な国籍の有無に依存することはできない」 というのも同様の立場に. 立つものであろう。  このような人権の捉え方は,日本国憲法 97 条が「この憲法が日本国民 に保障する基本的人権」として憲法上のすべての権利・自由を「基本的人 権」としていることに由来するものである。このような考え方に立った とき,在留制度の枠組みの中でも外国人がすべての人権の享有主体である 86.

(15) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. ことを前提に,その権利が,その性質上日本国民にだけに認められるもの か否かが検討されることになる。では,その場合,「権利の性質」とは何 を意味するのだろうか。前国家的権利,後国家的権利という分類は,もと もと憲法学において「権利の性質」を考えるにあたっての基本ではないの か。ところが,日本国憲法が保障する権利をすべて「基本的人権」と捉え ているからという,いわば「文言説」に立って,「人権の前国家的ないし 前憲法的性格」という近代立憲主義憲法成立期の人権,すなわち社会権も 参政権も人権の視野にいまだ入っていなかった時代,つまり平等権と自由 権が人権であった時代の人権の性質である「前国家的ないし前憲法的性格」 を,参政権も社会権も含まれるとする「基本的人権」に対しても適用し, 日本国憲法が保障する権利をすべて「前国家的ないし前憲法的性格」の人 権と把握することはあまりにも乱暴な実践的契機を秘めた解釈ではないか と疑わざるをえない。  このような解釈に対し,伝統的な人権の考え方によれば,自由権は前国 家的権利であるが,参政権・社会権は後国家的権利であるから,後者が原 則として在留外国人には保障が及ばないとの前提に立ち,問題となる権利 の性質を踏まえて,外国人にも認められるか否かを検討することになるか ら,在留制度の枠内での外国人の権利の制限が比較的認められやすくなる。 この立場からは,国の「主権」(統治権)は日本国民の統治権であるとい う自明の前提が動揺するおそれは少なくなる。判例もこの立場に立つもの と考えられるが,それと一見同じにみえて「人権」の基礎づけがまったく 異なる見解が有力であることに注意する必要がある。このような立場とは 対極に位置する見解として,外国人の人権享有主体性に懐疑的な,換言す れば外国人の人権享有主体性の否定説への検討を促す説もあることが注目 に値する(14)。  そもそも入国の自由は憲法上の権利ではなく,日本国憲法が国外の外国 人に適用されることはないから,国の主権のもと法律制度としてつくられた 入国管理制度によって初めて外国人の我が国への入国が実現し在留状態が 87.

(16) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). 生まれる。したがって,在留外国人の人権享有主体性は在留制度の枠内で 認められるものであり,在留制度の枠を超えた憲法上の人権享有主体性が 日本国民と同様に保障されているとすることは論理的に無理がある。それ ゆえ,在留外国人の憲法上の人権享有主体性については,前国家的権利と いえども日本国民と同様に保障されることが前提とはならない。マクリー ン事件判決がいう「憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は,権利 の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き,わが 国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべき」というところ の「解すべき」とは,当然そう解さなければならないというよりも,その ように解すべきが適当であるというほどの意味に解すべきではないだろう か。在留制度の枠組みの中にいる在留外国人が,入国を認められたとたん にその人権享有主体性が日本国民並みに拡大するではなく,あくまで在留 制度の枠内で憲法上の人権の性質に応じてその享有の許否が判断されると 解すべきであろう(15)。. 4.外国の事例―豪州・内政干渉阻止法と米国・国防権限法  すでに中国系移民による安全保障上の問題が顕在化し,それに対する措 置が実施されている国として,オーストラリアとアメリカが挙げられる。 ここではその両国の現状とそれへの法的対応の一端を紹介する。 (1)豪州・内政干渉阻止法(2018 年 6 月)  オーストラリアでは,2018 年に「内政干渉阻止法」が制定されている。 この法律は,外国政府および外国政府系企業の代理人として議会でロビー 活動をする際の登録を義務づけるもので,無登録で働きかけを行った場合 や政策プロセスに影響を与えた場合は,10 ∼ 20 年の懲役刑が科される。 同法の制定の背景には,中国による豪州に対する影響力行使とみられる活 動の活発化や安全保障上の懸念がある中国資本による豪州施設の買収等 があり,それらに対処するために同法が制定されたのである。中国(共産 88.

(17) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. 党)および中国企業による豪州政治への干渉や安全保障上の懸念といった 「主権」の危機に対する立法である(16)。  クライブ・ハミルトン教授(豪チャールズ・スタート大)によれば, 1970 ∼ 80 年代の日本企業による豪州への投資の増加の際は,それらの企 業が日本政府のために行動しているとは誰も思わなかったが,中国の場合 はかつての日本企業とは違い,中国国営企業やその関連企業による電力や 港湾などのインフラ企業買収の試みは安全保障上の脅威であると考えられ ているという(17)。  中国企業(法人)による経済活動が,中国政府の戦略的意思に沿って活 動している場合は,その活動は単に経済活動にとどまらない目的をも有す るもので,安全保障上の脅威や主権の侵害をもたらすことが懸念されるの である。このような場合に,中国のみならずそうした外国企業の経済活動 の自由を制限することは,我が国においても,「公共の福祉」による必要 かつ合理的ものとして,法律による制限が当然に許容されるべきものであ ろう。一時期の豪州のように経済のために「主権」を譲り渡すことになっ てはならない(18)。 (2)米国・国防権限法(2018 年 8 月)  アメリカの「国防権限法」とは,米国の国防予算の大枠を決めるため に議会が毎年通す法律で,2019 会計年度国防権限法(National Defence Authorization Act For Fiscal Year 2019 : NDAA2019)は 2018 年 8 月 13 日に成立している。同法は,従来からある「外国投資リスク審査現代化法」 (FIRRMA)と「輸出管理改革法」(ECRA)を改正したもので,両法律に 共通するのが軍事利用が可能な最先端民生技術の安全保障上懸念のある外 国への流出に対する強い懸念であり,①外国人による重要施設(空港・港 湾およびその近隣,軍事・機密施設の近隣など)獲得の防止(FIRRMA), ②米国の安全保障上必要とされる最先端技術および基盤的技術の外国人に よる取得や禁輸国への輸出・再輸出の禁止(ECRA)を内容とするもので 89.

(18) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). ある。そして,その矛先は中国(共産党)に向けられたものである(19)。  安全保障上の理由による外国企業の活動および内国企業による当該外国 へ禁輸措置など,法律で経済的自由を制限することで,安全保障上の効果 を狙ったものである。  以上のような豪・米両国で顕在化した問題とそれへの迅速な法的対応に 対し,我が国の現状は無策に等しいといえよう。根本には日本国憲法の時 代遅れの,現実に即していない安全保障観が今日の状態を生み,今もって その対応以前に問題の存在すら十分に意識されていないという震撼すべき 現実がある。. 5.結び―「静かなる侵略」への対応を  グローバル化社会の中で,我が国がその憲法に定める国際協調主義(98 条)をとることが国の方針であるとしても,現在の国際社会も 20 世紀同 様の主権国家で構成される国際社会であることに変わりはない。国家の役 割は,第一に国民の生命・財産・安全等を守ることである。それぞれの国 の政府は自国民の人権を保障する責務を負い,国民はそのような国家(政 府)を形成するように努める義務と権利がある(12 条前段)。我が国はそ のような国家(政府)の形成にもっとも成功した国家の一つであることは 疑いない。その成功の成果を国際社会に還元することも重要であるが,国 家そのものを国際社会に捧げるまでの義務はない。「自国の主権を維持し, 他国と対等の関係に立たうとする」(前文 3 項)のはひとり日本国だけの ことではない。「自国の主権を維持」するために,外国人の人権享有主体 性をどこまで認めるか,「権利の性質上日本国民のみに認められるべき権 利」と「それ以外の権利」を慎重に精査し,その境界を見定めなければな らない時代に入っている。  この点で,マクリーン事件の最高裁判例の見解は示唆的である。すなわ ち,「法務大臣は,在留期間の更新の許否を決するにあたつては,外国人 90.

(19) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相. に対する出入国の管理及び在留の規制の目的である国内の治安と善良の 4. 4. 4. 4. 4. 風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定などの国益の保持の見地 に立つて,申請者の申請事由の当否のみならず,当該外国人の在留中の一 切の行状,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国 際礼譲など諸般の事情をしんしやくし,時宜に応じた的確な判断をしな ければならない」(圏点は引用者)とする視点は,我が国に在留する外国人 に対して保障される人権の種類とその範囲を確定するにあたって,「国益 の保持」を基準とし,「国益」を判断する際の有益な考慮要素を提示して いる。  今日, 「国益」を見据え,外国人の人権保障に対し慎重に配慮することが, 憲法を解釈する者や為政者にも求められよう。本稿でみてきたように,武 力によらない新たな侵略の形が顕在化しているのである。人権の普遍性と いう価値観を共有しない共産党一党独裁国家との関係で,自由民主主義国 家がそれら国家からの国内在留者に対してその人権享有主体性を自国民同 様に認めることは,自由と民主主義の「敵」に対して侵略の場を提供する ことになりかねない。「戦う民主主義」の思想を想起すべきであろう。人 権保障の非対称性も自由と民主主義を守るためには合理性をもつ。国の主 権と国民の主権をともに完全なものとし,日本国および日本国民の統合(1 条)を維持することは憲法の効力を維持していく前提であり,その維持が 阻害されかねないような「侵略」の危険に対しては厳しい姿勢で臨む必要 がある。現実を見据えた憲法解釈および立法政策,さらには外国人に対し 一定の権利を制限するような条項(例えば,土地所有権の制限)を定めた 憲法の改正も視野に入ってこよう。. 91.

(20) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年) 註 ( 1 ) 主として中国人による我が国の土地取得は「武器を持たない戦争」 (宮本雅史『爆 買いされる日本の領土』(角川新書・2017 年)248 頁)であり,軍事力によらない 経済力による新たな「侵略」の形といえる。このことを可能にしているのが我が国 の土地所有制度であり,その大本には原則として国籍を問わず財産権を保障した憲 法 29 条 1 項がある。同様の見解として,平野秀樹『日本はすでに侵略されている』 (新潮新書・2019 年)175-184 頁,宮本・平野『領土喪失―規制なき外国人の土地買収』 (角川新書,2018 年),佐々木類『静かなる日本侵略』(ハート出版・2018 年),同『日 本が消える日』 (ハート出版・2019 年)参照。また,憲法学の立場からこの問題を扱っ たものとして,拙稿(東 裕「憲法と国土―外国人の土地取得をめぐる憲法・法律 上の諸問題―」(憲法学会『憲法研究』第 50 号・2018 年))参照。 ( 2 ) 国際連合広報センター(https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/ 221741,2019/06/07 閲覧) ( 3 ) 「改正入管法」では,新たに「特定技能」(1 号,2 号)という在留資格が新設さ れたが,これらの指定職種は「特定技能」とはいうものの単純労働が主で,就労期 間は最長 5 年となっている。しかも,一定の条件を満たせば永住化への道も開かれ ている。この点と,日本の大学を卒業した留学生の就職条件の緩和が,とりわけ移 民国家化を促進するのではないかと危惧されるところである。 ( 4 ) 改正入管法による我が国の大学を卒業した留学生の就職条件の緩和は,「優秀な 外国人材」の確保が目的と政府は強弁しているが,単純労働者の人手不足対策とな る可能性が高く,「留学生はいったん就職すれば日本で永住する権利を得るに等し い。留学生の就職条件の緩和は新在留資格創設にも増して日本の『移民国家』化に 直結する」(出井康博『移民クライシス』(角川新書・2019 年)3-4 頁,との指摘が ある。 ( 5 ) 望月優大は,移民受け入れに関する国家を取り巻く力学を以下のように整理して いる。すなわち,①「経済」の力学:企業や産業の必要に応えるための外国人の「労 働者」の受け入れ,②「民族」の力学:民族同士のつながりを根拠とする「同胞」 の受け入れ,および③「人権」の力学:普遍的な人権を根拠とする外国人(=「人間」) の受け入れ。そして,「国家はこれら様々な力学(経済,民族,人間)の作用や制 約を受けながら自国の主権を行使する。国家が主権をもつということは,やりたい 放題ということでも,何も自由がないということでもない。交錯する「ナショナル な論理」と「グローバルな論理」との間には常に綱引きがある。ある国における移 民の存在やその処遇の具体的なあり方はそうした綱引きの結果として生じている」 (32 頁)として,移民受け入れと自国の主権の行使の緊張関係について指摘している。 (望月優大『ふたつの日本―「移民国家」の建前と現実』(講談社現代新書・2019 年) 31-34 頁)。 ( 6 ) 前掲,宮本,平野および佐々木のいずれにおいても中国人による土地取得の現状 が詳細に紹介されている。これらを読むと「侵略」の進行と我が国政府の無策に暗 澹たる気分にさせられる。. 92.

(21) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相 ( 7 ) 豪州のクライブ・ハミルトン教授は,中国がその資金(money)にものをいわ せて友好(friendship)の名の下に政治・経済・教育および文化等,豪州社会の多 方面にわたって深く静かに浸透し「静かなる侵略」を実行してきたことを明らかに している。(Clive Hamilton, Silent Invasion ― China's Influence in Australia, Hardie Grant Books,(Melbourne),2018.) ( 8 ) 杉原高嶺『基本国際法第 3 版』 (有斐閣・2018 年)95-96 頁。現代国際法の世界では, 国家の自由を最大限に保障した近代の主権概念は後退したが,「現代国際法におい て主権概念が消滅したとか,放逐されたとみるのは正しくない」が,「かつてのよ うな主権の至上性や万能性を認める立場もとっていない」としつつ,「国際法主体 としての国家の独立的存在を表示する法概念としてはいぜんとして有効であるし, また国家領域の排他的統治権を示す意味での『領域主権』(territorial sovereignty) という概念は。国際司法裁判所の判例にもいくたびか登場している」。憲法学の世 界ではあまり顧慮されない現代国際社会における現実が語られている。 ( 9 ) 中国人による集住化の実態を紹介したものとして,宮本『前掲書』「第三章チャ イナタウン化する過疎の町」101-132 頁,佐々木『静かなる日本侵略』「第一章中国 人だらけの日本」17-55 頁。 (10) 平野『前掲書』105-118 頁。「外国化+不明化=徴税不能」という等式が示されて いる。土地が外国人の所有となった場合,さらにそれが転売された場合はなお一層, 所有者不明(または所有者の住所不明)となり固定資産税の徴収が不可能になる。 (11) 宮尾恵美「中国国防動員法」(国立国会図書館調査及び立法考査局「外国の立法」 246 号・2010 年)102-124 頁,参照。ここには中国国防動員法の邦訳条文が紹介さ れている。それによると,中国国防動員法(2010 年)は「国家の主権,統一,領土 の完全性および安全を守る」(1 条)ことを目的として,「国家の主権,統一,領土 の完全性および安全が脅かされたときには,全国人民代表大会常務委員会は,憲法 及び法律の規定に基づき,全国総動員又は部分動員を決定する」(8 条)。「公民及び 組織は,平時には法により国防動員準備業務を完遂しなければならない。国が国防 動員の実施を決定した後には,所定の国防動員任務を完遂しなければならない」(5 条)。国防勤務を担うのは「満 18 歳から満 60 歳までの男性公民及び満 18 歳から満 55 歳までの女性公民」(49 条)で,国が国防動員の実施を決定したとき「組織及び 個人が所有し又は使用している,社会生産,サービス及び生活に用いる施設,設備 及び場所その他の物資」(54 条)である民生用資源の徴用が一定の場合に認められ ている。 (12) 芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣・1999 年)122 頁。 (13) 高橋和之『立憲主義と日本国憲法[第 4 版]』(有斐閣・2017 年)92 頁。 (14) 「主権国家と外国人の人権という難問」として,次のような指摘がある。「外国人 の憲法上の基本的人権という時の外国人とは,我が国にすでに入国している外国人 のことであると考えると,マクリーン事件判決のいうように,「在留期間中の憲法 の基本的人権の保障を受ける行為を在留期間の更新の際に消極的な事情としてしん しゃくされないことまでの保障が与えられているものと解することはできない」と. 93.

(22) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年) いうことになる。そう解釈しなければ,逆に,入国も憲法上の権利だと考えなけれ 4 4 4 ばならなくなるが,これは実際上あり得ない解釈である・・・。そうだとすると,実は, 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 憲法論としては,享有主体性の否定説にも相当の意義があることに気づかざるをえ 4 4 4 ない。」(圏点は引用者)(毛利透・小泉良幸・浅野博宣・松本哲治『憲法Ⅱ 人権[第 2 版]』(有斐閣・2017 年)27 頁[松本哲治執筆]。) (15) 安念潤司教授は,現行の在留制度自体が外国人の人権を根本的に制約するものと なっているという。なぜなら,「すべての外国人は,それが適法に本邦に在留する ものである限り,出入国管理および難民認定法の定める細分化された在留資格のい ずれかを有し,また,当該在留資格に応じて定められた在留期間に限って在留する もの」(167 頁)であるからで,そうなると「現行の外国人法制は,結局のところ外 国人の人権を否定するという立場で構成されているのではないか,という疑問を提 起」(同頁)することになる。(安念潤司「「外国人の人権」再考」『現代立憲主義の 展開 上』所収(有斐閣・1993 年)) (16)  現 地 メ デ ィ ア で は“Sweeping new foreign influence laws” と か“Sweeping foreign interference and spying laws”として報道されている。正式名称は,Foreign Influence Transparency Scheme Act 2018 お よ び National Security Legislation Amendment(Espionage and Foreign Interference)Bill 2018,    我が国の防衛白書においても次のように記述されている。「中国資本による豪州 施設の買収を図る案件が続き,豪連邦政府は 17(平成 29)年 1 月,特定の港湾な ど安全保障上の重要インフラが外国資本に買収されることを防ぐため,監視が必要 な施設を洗い出し,売却リスクを精査して関係機関に助言する専門の組織を司法省 に設置したと発表した。中国による豪州への影響力の行使とみられる活動が活発に なる中,ターンブル首相は同年 12 月,外国からの内政干渉などを阻止するための 法案を議会に提出し,18(平成 30)年 6 月,同法案は可決された。」 (平成 30 年版『国 防白書』144 頁) (17) 「中国の介入『日本も脅威認識を』豪チャールズ・スタート大 クライブ・ハミル トン教授」(産経ニュース 2018.3.20 https://www.sankei.com/world/news/180320/ wor1803200054-n2.html)2020 年 3 月 20 日閲覧)。 (18) ハミルトン教授は,豪州が 1980 年代以降,なによりも経済を最優先にして,経 済のためには自由主義国家の主権を含むあらゆることを犠牲にしなければならな いと語る人々に権力を委ねたことが,国の各方面への中国の浸透を招いたと指摘 している。(Clive Hamilton, Silent Invasion ― China's Influence in Australia, Hardie Grant Books, (Melbourne), 2018,p. 277)まさに経済を武器とした「侵略」とい う軍事力によらない新たな侵略の形を示唆している。我が国においてもこのことが 妥当するのではないだろうか。 (19) この立法の背景には, 「従来の対米投資規制では, 『外国人による米国事業の支配』 に監視の重点が置かれてきた。その結果,重要な技術を有する米国企業に対する非 支配的投資によって一度審査をパスした外国人が,その後,累積的に権益を獲得し, 当該企業の支配権を牛耳ったり,空港・港湾施設やその周辺不動産を外国人が獲得. 94.

(23) 「移民国家化」と主権をめぐる危機の諸相 し,米国の軍事・機密情報を諜報しようとすることを米国は防げなかった」という 事実がある。(小野亮「FIRRMA・ECRA の成立と変容する米国の対中観―米中の 狭間に立つ日本への示唆」 『みずほリポート』 (みずほ総合研究所・2018 年 11 月 28 日), 表紙掲載の要約より。) *本稿は,憲法学会第 121 回研究集会(令和元(2019)年 6 月 14 日,環太平洋大学岡 山駅前グローバルキャンパス)におけるシンポジウム「主権と憲法―“移民国家化” をめぐる諸問題―」の問題提起として報告した「『移民国家化』と主権をめぐる危機 の諸相」に加筆・修正したものである。. 95.

(24) 憲法研究 第 52 号(令和 2 年). Immigration State and Various Aspects of the Sovereign Crisis ― From the Viewpoint of the Constitutional Study ― Yutaka Higashi Summary Introduction 1.The present condition of immigration in Japan ― Admission of formation of Immigration State? (1)Definition of Immigration (2)Number of the Immigration (3)Enforcement of the Revised Immigration Control and Refugee Recognition Act 2.Rights Security of the foreigners and the Sovereignty ― Examination of the rights given only to the Japanese as their characters (1)The concept of Sovereignty (2)Fundamental view over foreigner’s right security (3)Immigration control and national interest (4)The rights of the Japanese people based on the principle of sovereignty of the people 3.Situation of infringing on the sovereignty by foreigners ― Land ownership and territory jurisdiction (1)Possibility of the appearance of “the foreign country” in Japan (2)Application of Chinese law to the Chinese residents in Japan ― “China national defense mobilization law” (3)The theory situation about the enjoyment of foreigner’s human rights ― the possibility of introducing legal restrictions on foreigner’s land ownership 4.Examples of the foreign countries ― Australia and USA (1)“Sweeping foreign interference and spying laws in 2018” in Australia (2)“National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2019” in USA 5.Conclusion ― necessity to make legislation against “silent invasion”. 96.

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