東北大学埋蔵文化財調査年報19 第1分冊
著者
東北大学埋蔵文化財調査研究センター
雑誌名
東北大学埋蔵文化財調査年報
巻
19
号
1
発行年
2006-03-31
URL
http://hdl.handle.net/10097/45620
ISSN 134ユー6952
東北大学埋蔵文化財調査年報
19
第
1分
冊
仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第
7地
点の調査
芦 ノロ遺跡第
5次
調査
東北大学埋蔵文化財調査研 究 セ ンター
2ロ
ロ
B
東北大学埋蔵文化財年報的第1分冊 正誤表
箇所 誤 正
東北大学埋蔵文化財調査年報
19
第
1分
冊
仙 台城跡二の丸北方武家屋敷地区第
7地
点の調査
芦 ノロ遺跡第
5次
調査
東北大学埋 蔵文化財調査研 究 セ ンター
2ロ
ロ
B
3.武
家屋敷地区第 7地 点 2号 遺構・24号土坑 (Ⅱ期、南か ら)5.武家屋敷地区第7地点1号遺構検出の大全身骨格(Ⅱ期、西から)
6.武
家屋敷地区第 7地 点 2号 遺構漆器出土状況 (Ⅱ期、東から)7. 武家屋敷地区第7地点1号井戸と内部に残された梯子(Ⅱ期、北から)
8.武
家屋敷地区第 7地 点 4号 土坑出上の俵 (Ⅱ期、西か ら)9.武
家屋敷地区第 7地 点桶埋設遺構 (Ⅲ期、西か ら)10。 武家屋敷地区第 7地 点 2号土坑遺物出土状況 (Ⅲ期、北から) ■.武家屋敷地区第 7地 点池状遺構 (Ⅲ期、西か ら )
12.武家屋敷地区第 7地 点 1号建物・ 2号建物 (Ⅲ期、北か ら)
序
東北大学構 内には、仙台城跡二の丸地区をは じめ として、多 くの埋蔵文化財包蔵地が知 ら
れている。本書 は、2001年 度 に東北大学構 内で実施 した、施設整備 に伴 う埋蔵文化財調査や、
それに関わる整理作業、研 究活動 な どの事業概要 を とりまとめた ものである。 当年度 には、
宮沢キ ャンパスおいて芦 ノロ遺跡の第
5次
調査、川内北キ ャンパスにおいて仙台城跡二の丸
北方武家屋敷地区第
7地
点の調査 を実施 した。
芦 ノロ遺跡第
5次
調査では、古墳時代 の粘土採掘抗が発見 された。従来 は縄文時代 の粘土
採掘抗が知 られていたが、それ とは異 なる時代 にも粘土が採掘 されていた ことが明 らか とな
った。粘土採掘抗 の調査例 は少 な く、貴重 な調査事例 となるであろう。
二の丸北方武家屋敷地区第
7地
点では、礎石建物跡 をは じめ様 々な遺構が検 出 された。特
筆 されるもの として、極 めて大規模 なゴミ穴が検 出され、膨大 な量の遺物が出土 した。木簡
も大量 に出土 し、その記載内容か ら、
18世
紀前葉の享保年 間に二の丸地区か ら出た ゴミを捨
てた もの と考 え られる。報告す る遺物の量 も極めて多 くなるため、
5分
冊 に分 けて刊行す る
こととした。第
1分
冊 は、芦 ノロ遺跡第
5次
調査 の報告 と、二の丸北方武家屋敷地区第
7地
点 については検 出遺構 の報告 まで を掲載 している。今後、第
2分
冊以降で、武家屋敷地区第
7地
点の出土遺物 を順次報告 してい く予定である。年代 の明 らかな様 々な種類 の遺物が得 ら
れたこととな り、東北地方の近世考古学研究上、基準 となる資料 を提供す ることになると思
われ ます。 これ らの成果が、広 く活用 されることを願 うものです。
最後 にな りますが、調査 の実施か ら報告書の刊行 に至 るまで、施設部 を始め、大学内外 の
関係者お よび関係機 関には、多 くの御協力 を賜 りました。 ここに厚 くおネ
L申し上げます。
東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター長阿 子 島
香
ロ
1,本
年報 は、東北大学構 内において、東北大学埋蔵文化財調査研 究セ ンターが2001年度に行 った遺跡調査、猿 らびに研究成果 をまとめた ものである。2.報
告 される遺跡 と略号、調査期 間、調査担 当者 は以下の通 りである。 仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第7地
点(BK7)
本調査2001年
4月 4日 ∼11月23日 藤沢教・柴田 (旧姓京野)恵
子・高木暢亮 芦 ノロ遺跡第5次
調査(TM5)
本調査2001年
11月26日∼12月20日 柴 田恵子・高木暢亮3.報
告書の紙幅の関係か ら、2001年 度の年報19は、5分
冊 に分 けて刊行す る。本書 は、その第1分
冊である。 本書 には、上記2遺
跡の調査報告 を掲載するが、その内、仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第7地
点について は、検出遺構の報告 までを本書 に掲載 し、出土遺物については、第2分
冊以降で報告する。4.調
査・整理作業は、東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターが行った。 5。 本年報の編集は、阿子島香 の指導の もとに、藤沢教・柴田恵子・高木暢亮が担当 した。6.本
文は、藤沢教・柴田恵子・高木暢亮が分担執筆 した。本文執筆分担は、以下の とお りである。第Ⅲ章4の
検出遺構 については、3名
で共同 して執筆 した。 第I章
:藤 沢敦 第 Ⅲ章 :柴 田恵子 第 Ⅲ章1∼3:藤
沢教 第 Ⅲ章4:藤
沢教・柴田恵子・高木暢亮 英文要 旨については、柴田恵子が作成 し、阿子島呑が校訂 した。7.発
掘調査お よび整理・報告書作成 にあたっては、以下の方々や関係機関か ら御指導・御協力 を賜った。記 し て感謝 申し上げる (敬称略)。 仙台市教育委員会、東北大学考古学研究室8.出
土遺物 。調査記録 は、東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターで保管・管理 している。凡
例
1.方
位 は真北 に統一 してある。2.図
1と 図2は
、それぞれ国土地理院作成の、2万
5千
分の1地
形 図「仙台西北部」 と「仙台西南部」、1万
分の1地
形図「青葉 山」 を使用 した。3.川
内地区の仙台城跡二の九地区、お よび二の九北方の武家屋敷地区にあたる地域の地形測量図は、仙台市教 育委員会の作成 による「仙台城跡地形図」(縮尺500分 の1)を
使用 した。4.国
土座標値 を用いる場合 には、 日本測地系 と世界測地系の別 を、それぞれ記入 した。 5。 遺物の実測図お よび写真の縮尺 は、それぞれに示 した。6.引
用・参考文献 は、巻末 にまとめた。 また本文 中で、『東北大学埋蔵文化財調査年報』 を引用す る場合 は、 年報 1と い う形で略記 した。7.挿
図中のスクリー ン トー ンは、特 に指示 しない ものについては、以下の通 りである。 遺構断面図 礫 :匡霊]木
:鰯
東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会
9ool年
度
) 委員長 セ ンター長 (文学研究科 教授) 委 員 川内地区協議会協議員 (経済学研究科 教授) 青葉 山地区協議会協議員 (薬学研究科 教授) 星陵地区協議会協議員 (医学研究科 教授) 片平地区協議会協議員 (電気通信研究所 教授) 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 東北 アジア研究セ ンター 教 授 理学研究科 教 授 工学研究科 教 授 総合学術博物館 教 授 施設
部
長 幹 事 施 設 部 企画課長 須 藤 田 中 小 笠 原 伊 藤 申 村 今 泉 大 藤 阿子 島 入 間田 藤 巻 飯 淵 柳 田 加 太 佐 々木 隆 素 香 國 郎 恒 敏 慶 久 隆 雄 修 香 宣 夫 宏 和 康 一 俊 雄 孝 司 紀 安
東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会専門委員会 ⑫
ool年度
) 委員長 セ ンター長 (文学研究科 委 員 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 文学研究科 教 授 東北 アジア研究セ ンター 理学研究科 教 授 工学研究科 教 授 総合学術博物館 教 授 調査研究員 (文学研究科 調査研究員 (文学研究科 調査研究員 (文学研究科 施 設 部 企画課長 教 授) 教 授 助手) 助手) 助手) 須 藤 今 泉 大 藤 阿子島 入 間田 藤 巻 飯 淵 柳 田 藤 沢 京 野 高 木 佐 々木 隆 隆 雄 修 香 宣 夫 宏 和 康 一 俊 雄 敦 恵 子 暢 亮 紀 安次
目
巻頭 カラー図版 序 例言 凡例 東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会 東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会専門委員会 目次 図 目次 表 目次 図版 目次 第I章 2001年
度 (平成13年度)事
業の概要 ………11.は
じめに 。………12.運
営委員会・専門委員会 ・………13.埋
蔵文化財調査 の概要 ・………4 (1)川内地区の調査 ・………4(2)青
葉 山地区の調査 ・………10(3)富
沢地区の調査 ・………lo4.遺
物整理作業 ・………lo5.保
存処理事業 ・………lo6.資
料保管状況 ・………137.研
究活動 ・………13 第 Ⅲ章 富沢芦 ノロ遺跡第5次
調査(TM5)・
………151.芦
ノロ遺跡の立地 と周辺の遺跡 ・………152.調
査の経緯 。………15 (1)2000年度 までの調査 ・………15 (2)調査地点の位置 ・………17 (3)調査 の方法 と経過 ・………17第Ⅲ章
仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第7地 点
(BK7)の
調査 ………
271.仙
台城跡二の九北方式家屋敷地区の
①
1984年度試掘調査 ・………
36立地と歴史 ・…………
27
②
2001年度本調査 ・………
36 (1)仙台城 と城下の沿草 Ⅲ………
27
③記録方法 ・………
41 (2)二の丸北方の武家屋敷地区の変遷 ・………
28
④遺構の名称について
,…………
42 2。調査経緯 ・………
35
⑤遺物の取 り上げについて
,中………
42 (1)2000年度までの調査 ・………
35
⑥整理作業 ・………娼
(2)調査地点の位置 ・………
36 3.基
本層序と時期区分 ・………
44(3)調査の方法と経過 ・………
36 (1)基
本層序 ・………襲
(1)受
託研究・共同研究等 ・………13(2)学
会発表等 ・………13(3)資
料調査 。中………13(4)科
学研究費採択状況 ・………138,教
育普及活動 。………13(1)非
常勤講師 ・………13(2)保
管資料の貸出 。………14(3)外
部か らの派遣依頼等 ・………14 (4)広報活動 ・………143.基
本層序 ・………184.検
出遺構 ・………19 5。 出土遺物 ・………23 6。 まとめ ,………25② 遺構の変遷段階の設定 ・………
50
① I期 の遺構
,…・
t…………協
③ 各期の推定時期 。………
50
②I期 の遺構 ・…ⅢⅢ
`・‐………
,o●・中……
704.検
―
出遺構 ・………
55
③Ⅲ期の遺構 ・………・●………Ⅲ
99(1)江戸時代以前の遺構 Ⅲ
…・
`…………
56
④
W期
の遺構
,………Ⅲ…・
!……………Ⅲ
Iと1812)江戸時代以降の薄時
`…………
58 (3)小
結 ・………Ⅲ
l%
引用・参考文献
英文要旨
写真図版
※以上第 1分冊
第Ⅲ章
仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第7地点
(BK7)の
調査
5.出
土遺物
1(陶
磁器・土器・土製品・瓦〉
………第
2分
冊
6.出
土遺物
2(未
簡
,墨書ある木製品〉
………第3分冊
7.出
上遺物
3(そ
の他の遺物〉
………第4分冊
8.分
析 。考察
Ⅲ…………・
,第5分冊
図
図1
東北大学 と周辺の遺跡 ・………2 図2
仙台城 と二の九の位置 ・………3 図3
仙台城跡二の丸・武家屋敷地区調査地点 ・…5 図4
青葉 山地区調査地点 ・………7 図5
富沢地区調査地点 ・………9 図6
保存処理作業室平面図 ・………11 図7
保存処理作業室の状況 ・中………11 図8
収蔵遺物量の推移 ・………12 図9
芦 ノロ遺跡第5次
調査 区と 周辺調査区の位置 ・……16 図10
芦ノロ遺跡第5次
調査層序模式図 ・…………18 図11
芦ノロ遺跡第5次
調査6層上面遺構配置図 ・20 図12
芦ノロ遺跡第5次
調査検 出遺構(1)・ ………。21 図13
芦ノロ遺跡第5次
調査検 出遺構(2)。 ………・22 図14
芦ノロ遺跡第5次
調査出土石器 ・………24 図15
二の九北方武家屋敷地区における 江戸時代の道路の復元 ・……29 図16
武家屋敷地区第7地
点周辺の 絵図・地図(1)・ ……。32 図17
武家屋敷地区第7地
点周辺の 絵図・地図(2)。 ……・33 図18
武家屋敷地区第7地
点調査区の位置 ・………37 図19
武家屋敷地区第1地点調査区と 第7地
点調査区の関係 ・……38 図20
武家屋敷地区第7地点調査区模式図 ・………40 図21
武家屋敷地区第7地点基本層序模式図 ・……44 図22
武家屋敷地区第7地
点基本層序断面図(1)・・46 図23
武家屋敷地区第7地
点基本層序断面図(2)・・47 図24
武家屋敷地区第7地点基本層序断面図(3)・・48 図25
武家屋敷地区第7地
点基本層序断面図(4)・・49 図26
武家屋敷地区第7地
点江戸時代以前の遺構 ・57 図27
武家屋敷地区第7地
点I期遺構配置図 ・……59 図28
武家屋敷地区第7地点I期の遺構(1)・ ……・60 図29
武家屋敷地区第7地
点I期の遺構(2)・ ……Ⅲ61 図30
武家屋敷地区第7地
点I期の遺構(3)・ ……。62 図31
武家屋敷地区第7地点I期の遺構(4)。 ……。63 図32
武家屋敷地区第7地
点I期の遺構(5)・……・64次
図33
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期遺構配置図(1) 図34
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期遺構配置図(2) 図35
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(1) 図36
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(2) 図37
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(3) 図38
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期 の遺構(4) 図39
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(5) 図40
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(6) 図41
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(7) 図42
武家屋敷地区第7地
点H期
の遺構(8) 図43
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(9) 図44
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(10) 図45
武家屋敷地区第7地
点H期
の遺構(11) 図46
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(12) 図47
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(13) 図48
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(14) 図49
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(15) 図50
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期遺構配置図(1) 図51
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期遺構配置図(2) 図52
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(1) 図53
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(2) 図54
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(3) 図55
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(4) 図56
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(5) 図57
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(6) 図58
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期 の遺構(7) 図59
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期 の遺構(8) 図60
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(9) 図61
武家屋敷地区第7地
点Ⅳ期遺構配置図 図62
武家屋敷地区第7地
点Ⅳ期の遺構(1) 図63
武家屋敷地区第7地点Ⅳ期の遺構(2) 図64
武家屋敷地区第7地
点Ⅳ期 の遺構(3) ・・・・・・72 ・・・・・・73 ・・・・・・74 ・・・・・・75 ・・・・・・76 ・・・・・・77 ・・・・・・78 ・・・・・・79 ・・・・・・80 … … …81 ・・・・・・82 ・・・・・83 ・・・・・84 ・・・・・85 ・・・・・86 ・・・・・87 ・・・・・88 ・・・・・100 … … 。101 ・・・・・102 ・・・・・103 ・・・・。104 ・・・・・105 '・・・・106 ・・・・。107 ・・・・・108 ・・・・・109 ・・・・・110 ・・・・119 ・・・・・120 ・・・・・121 ・・・・・122表
目
表1 2001年
度調査概要表 。………1 表2
芦 ノロ遺跡第5次
調査 出土遺物集計表 ・……24 表3
芦 ノロ遺跡第5次
調査出土土師器観察表 ・…24 表4
芦ノロ遺跡第5次
調査出土石器観察表 ・……24 表5
主要な仙台城下絵 図 ・………31次
表6
武家屋敷地区第7地
点関連絵図人名 ・………34 表7
仙台藩の家格 ・………艶 表8
武家屋敷地区第7地
点時期別遺構一覧表 ・…2
表9
武家屋敷地区第7地点遺構名称対照表(1)…53 表10
武家屋敷地区第7地
点遺構名称姑照表(2)…54図
版
目 次
図版1
芦 ノロ遺跡 第5次
調査全景・検出遺構(1)。 ……131 図版2
芦ノロ遺跡第5次
調査検出遺構(2)・ ……132 図版3
芦ノロ遺跡第5次
調査検出遺構(3)・……133 図版4
芦 ノロ遺跡第5次
調査 検 出遺構(4)。 出土遺物 ・―…134 図版5
武家屋敷地区第7地
点全景(1)・…………135 図版6
武家屋敷地区第7地
点全景(2)・ …………136 図版7
武家屋敷地区第7地
点全景(3)・ …………137 図版8
武家屋敷地区第7地
点全景(4)・ …………138 図版9
武家屋敷地区第7地
点 広域セクション(1)・ ……139 図版10
武家屋敷地区第7地
点 広域 セクシ ョン(2)・……140 図版11
武家屋敷地区第7地
点 広域セクシ ョン(3)・ ……141 図版12
武家屋敷地区第7地
点 広域セクシ ョン(4)、 縄文時代の遺構 ・…142 図版13
武家屋敷地区第7地
点I期の遺構 (1)― ・143 図版14
武家屋敷地区第7地
点I期の遺構(2)・ …144 図版15
武家屋敷地区第7地
点I期の遺構(3)・ …145 図版16
武家屋敷地区第7地
点I期の遺構(4)―・146 図版17
武家屋敷地区第7地
点I期
・I∼Ⅱ期の遺構 ・…・147 図版18
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(1)―・148 図版19
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構 (2)― ・149 図版20
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(3)・…150 図版21
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(4)・ …15ユ 図版22
武家屋敷地区第7地点 Ⅱ期の遺構(5)。 …152 図版23
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(6)。 …153 図版24
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(7)・ …154 図版25
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(8)・ …155 図版26
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(9)・ …156 図版27
武家屋敷地区第7地点 Ⅱ期の遺構(10)・・157 図版28
武家屋敷地区第7地
点 コ期の遺構(11)・・158 図版29
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(12)・・159 図版30
武家屋敷地区第7地点 Ⅱ期の遺構(13)。・160 図版31
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(14)・・161 図版32
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(15)・。162 図版33
武奈屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(16)・・163 図版34
武家屋敷地区第7地
点 Ⅱ期の遺構(17)。・164 図版35
武家屋敷地区第7地
点Ⅲ期の遺構(1)。 …165 図版36
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(2)・ …166 図版37
武家屋敷地区第7地
点Ⅲ期の遺構(3)・ …167 図版38
武家屋敷地区第7地点 Ⅲ期の遺構(4)。 …168 図版39
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(5)。 …169 図版40
武家屋敷地区第7地
点Ⅲ期の遺構(6)・ …170 図版41
武家屋敷地区第7地点 Ⅲ期の遺構(7)・ …171 図版42
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(8)・ …172 図版43
武家屋敷地区第7地
点Ⅲ期の遺構(9)・ …173 図版44
武家屋敷地区第7地
点Ⅲ期の遺構(10)。・174 図版45
武家屋敷地区第7地
点 Ⅲ期の遺構(11)・・175 図版46
武家屋敷地区第7地
点Ⅳ期の遺構(1)・ …176 図版47
武家屋敷地区第7地点Ⅳ期の遺構(2)。 …177第
I章 2001年
度
(平
成
13年
度
)事
業の概要
1.
は じ め に 東北大学 には、仙台市内の各キャンパスに加 えて、多 くの研究施設がある。 これ らの各地区構 内には、多 くの 埋蔵文化財が存在 している (図 1)。 特 に川内地区は、ほぼ全域が近世の仙台城跡二の九地区 と二の九北方武家 屋敷地区にあたっている (図2)。 東北大学構 内での施設整備等 に伴 う埋蔵文化財調査 については、1983年度に 東北大学埋蔵文化財調査委員会が組織 されて以降、その実務機関である埋蔵文化財調査室が、調査 の任 にあたっ て きた。1994年度には、埋蔵文化財調査委員会 を改組 し、学内共同利用施設 としての埋蔵文化財調査研究セ ンタ ーが設置 され、調査委員会の事業 を引 き継 いでいる。 2001年度 において も、川内北地区で大規模 な調査が実施 され、新たな資料 を提供す ることとなった。本年報 は、 これ らの調査成果、お よび同年度のセ ンターの研究教育活動 な ど、各種事業 についてまとめた ものである。2.運
営 委 員 会 。専 門 委 員 会 東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターでは、セ ンターの運営 に関す る重要事項 を審議す る運営委員会 と、運営 委員会の下 に埋蔵文化財調査 に関す る専 門的事項 を審議す る専 門委員会が設置 されてお り、両委員会の審議 をも とに運営が進め られている。通常 は、運営委員会 は年度当初 に一回開催 し、そ こで年間の事業予定・予算等 を審 議 し、調査 に関わる具体的な事項 は、専 門委員会 をその都度開催 して審議す ることとしている。 2001年度 (平成13年度)は
、運営委員会 を3回
、専 門委員会 を2回
開催 した。それぞれの開催月 日・議事 内容 は以下の通 りである。 埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会 4月12日審議事項
(1)平
成13年度埋蔵文化財調査計画について(2)平
成13年度セ ンター運営費 について(3)平
成13年度整理作業計画について(4)東
北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターの組織見直 しについて(5)平
成13年度非常勤講師の委嘱について(6)そ
の他 報告事項(1)平
成12年度埋蔵文化財調査結果について(2)平
成12年度セ ンター運営経費決算 について(3)平
成12年度整理作業 について(4)調
査研 究員の流用定貝 について(5)そ
の他 表1 2001年
度調査概要表Tab l Excavations on the campus in the iscal year 2001
調査の種類 調 査 地 点 (略号) 原 因 調査期間 面 積 時 期 本 調 査 仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第 7地 点(BK7) マルチメディア総合研究棟新営 5/7-11/23 810∬ 近 世 青葉山E遺跡第7次調査 (AOE7) 理学研究科総合研究棟(Ⅲ期)新営 l1/1-19 2m 縄 文 芦ノロ遺跡第5次調査 (TM5) GeV 7線実験室新営 11/26´-12/20 512ど 縄文∼古墳 立会調査 川内北地区駐輪場 (2001-1) 駐輪場工事 川内総合研究棟東側 (2001-2) 川内総合研究棟新営 マルチメデ イア総合研究棟南側 (2001-3) 汚水管工事 12/17-25 図書館2号館東側 (2001-4) 電気ケーブル埋設
liyagi Pref
Sendai Castle
(Tohoku Univ)
Ruin of Sendai Castle Ka郡 /auchi steles
Aobayama Site Loc B Aobayama Site Loc.E Aobayama Site Loc C Aobayama Site Loc.A Aobayama Site Loc.D
Ashinokuchi Site 1 7 13 20 26 32 39 47 仙台城跡
2:川
内古碑群3:青
葉山遺跡B地 点4:青
葉山遺跡E地 点5:青
葉山遺跡C地 点6:青
葉山遺跡A地 点 青葉山遺跡D地 点8:芦
ノロ遺跡9:片
平仙台大神宮の板碑10:郷
六大 日如来の碑11:葛
岡城跡12:郷
六城跡 郷六建武碑14:沼
田遺跡15:郷
六御殿跡16:郷
六遺跡17:松
ヶ岡遺跡18:向
山高裏遺跡19:萩
ヶ丘遺跡 茂 ヶ崎城跡21:ニ
ツ沢横穴墓群22:萩
ヶ岡B遺 跡23:八
木山緑町遺跡24:ニ
ツ沢遺跡25:青
山二丁 目遺跡 青山二丁 目B遺 跡27:杉
土手 (鹿除土手) 28:砂
押屋敷遺跡29:砂
押古墳301富
沢遺跡31:泉
崎浦遺跡 金洗沢古墳33:土
手内窯跡34:土
手内遺跡35:土
手内横穴墓群36:三
神峯遺跡37:金
山窯跡38:三
神峯古墳群 富沢窯跡40:裏
町東遺跡 4ユ i裏 町古墳42:原
東遺跡43i原
遺跡44:八
幡遺跡45:後
田遣跡46:町
遺跡 神漉山遺跡48:御
堂平遺跡49:上
野山遺跡50:北
前遺跡51:佐
保山束遺跡 図1
東北大学 と周辺 の遺跡図
2
仙 台城 と二の丸 の位 置7月27日
審議事項
(1)東
北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターの組織見直 しについて(2)そ
の他 報告事項(1)東
北大学百周年記念事業準備WGへ
の対応 について(2)東
北大学埋蔵文化財調査年報14の作成 と刊行 について(3)そ
の他 8月 8日審議事項
(1)東
北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターの組織見直 しについて(2)そ
の他 報告事項(1)そ
の他 埋蔵文化財調査研究セ ンター運営委員会専門委員会 4月12日審議事項
(1)平
成13年度埋蔵文化財調査計画 について(2)平
成13年度整理作業計画 について(3)そ
の他 報告事項(1)平
成12年度埋蔵文化財調査結果 について(2)平
成12年度整理作業 について(3)そ
の他 10月 10日審議事項
(1)(ナ
‖内)マ
ルチメデ ィア総合研究棟新営 に伴 う埋蔵文化財調査 について(2)(青
葉 山2)総
合研究棟 Ⅱ期新営 に伴 う埋蔵文化財調査 について(3)(理)核
理研Ge Vノ 線実験棟新営 に伴 う埋蔵文化財調査 について 報告事項(1)そ
の他3.埋
蔵 文 化 財 調 査 の 概 要 2001年度は、川内地区・青葉 山地区・富沢地区において、本調査3件
、立会調査4件
の、合計7件
の調査 を実 施 した。(表1)。(1)川
内地区の調査 川内地区では、本調査1件
と立会調査4件
を実施 した (図3)。 本調査 を実施 したのは、川内北地区のマルチメデ ィア総合研究棟新営 に伴 う、仙台城跡二の九北方武家屋敷地 区第7地
点(BK 7)の
調査である。 この調査 では、多数の遺構・遺物が発見 された。特 に、18世紀前葉の巨大 なゴミ穴が検 出され、木簡 を始め とす る、多種多様 な遺物が大量 に出土 している。そのため、報告す る必要のあ る遺物量が多 く紙幅が膨大 になるため、5分
冊 とす ることにした。本書が相当す る第1分
冊では、検出遺構 の報 告 までを掲載 した (第Ⅲ章1∼
4)。 出土遺物 については、第2分
冊以降において報告す ることとし、来年度以 降に刊行す る予定である。 立会調査 は川内北地区が2件
、川内南地区が2件
であった。 川内北地区の1件
は、駐輪場 の整備 に関わる工事 に伴 うものである。掘削規模が極 めて小規模 であったため、 立会調査 とした。 もう1件
は、マルチメデ イア総合研究棟新営工事 に伴い、汚水管 を迂 回させ る必要があったた め、その工事 に伴 うものである。工事 区域が、明治以降の盛上が厚 い範 囲 と考 え られたため、立会調査 とした。 いずれにおいて も、遺構 ・遺物 は発見 されていない。 川内南地区の2件
は、前年度に本調査 を実施 した、文系総合研究棟新営 に関連する付帯工事 に伴 うものである。1件
は、新研究棟周辺の整備 に関わるもので、建物東側の環境整備や、建物北側の渡 り廊下設置 などである。本 調査の際に確認 した近代以降の盛上の範囲に収 まると考え られたため、立会調査 とした。 もう1件は、新研究棟=
生
︱
下
鰯 2001年度までの発掘調査地点 畷 2001年度の立会調査地点 ぶ傘
く
漁
一
極
) 図3
仙 台城跡二 の丸・ 武家屋敷地 区調査地点悦
田
2001年 度 までの発掘調査地点 カッテ ィング//
川 内 山 屋 敷鴛
“
0 100m ― 図4
青棄 山地 区調査地点Fig.4 Location of excavations at Aobayama campus
川 内 亀 岡 町
考 古 学 研 究 室 に よ る 調 査 区 (1957年 度 略 号 TK) rtヽ
虫
/ 二 ` く /\
∈
財
Bg::逮
::剤
: に 第 5次 調 査 区 伽 伽 年 麟 IM苗密
// /f=令
\ ×
墨
)ペ
\ 一/. 一イ ヵ メ=
歩/多,
応
こ ヽ_一 _ 0 100m 図5
富 沢 地 区 調 査 地 点で使用す る電気ケーブルを敷設す るための工事 に伴 うものである。従来の知見か ら、近代以降の盛土の範囲に収 まると考 え られたため、立会調査 とした。いずれの調査 において も、遺構 ・遺物 は発見 されていない。
(2)青
葉山地区の調査 青葉山地区では、本調査1件
を実施 した (図4)。 本調査 を実施 したのは、理学研究科実験研究棟新営 に伴 う、青葉 山E遺
跡第7次
調査(AOE7)で
ある。 こ の理学研究科実験所究棟 については、1∼
3期に分 けて建設工事 を進める計画である。本年度は、2期
工事分の 事業化が認め られたため、 この2期
工事 と一部並行 しつつ、3期
工事区域の調査 を実施す ることとなった。 しか し、本年度の調査予定にほとん ど余裕がない状態であったため、 この調査 については、翌年度の2002年度 に実施 することとした。ただ し、2期
分の工事 との関係で、先行 して調査 を進める必要のある区域 のみを、今年度に実 施 した。 この ように当地点の調査 は 2ケ 年 に渡 るため、調査成果 については、2002年度事業 を取 りまとめる調査 年報20において、 まとめて報告す る。(3)宮
沢地区の調査 富沢地区では、本調査1件
を実施 した (図5)。 本調査 を実施 したのは、理学研究科 附属原子核理学研究施設のGe V/線
実験棟新営 に伴 う、芦 ノロ遺跡第5 次調査(TM5)で
ある。 これについては、本書の第 Ⅱ章 において報告す る。4.遺
物 整 理 作 業 2001年度 には、1999年度事業 を取 りまとめた『東北大学埋蔵文化財調査年報17』 を刊行 した。1999年度に実施 した調査 は、翌年度事業である仙台城跡二の九第17地点の調査 を、一部前倒 しで行った以外 は、立会調査 だけで あった。そのため、年報17に掲載 した調査報告 はない。立会調査結果や、他の事業内容 を要約 して掲載 した。 2001年度の遺物整理作業 は、前年度 に調査 を実施 した、仙台城跡二の九第17地点の出土遺物の整理が中心 とな った。出土遺物の水洗 。注記 は、現場作業 中にかな り進めてあった。そのため当年度の整理作業 は、水洗・注記 の残 った分 を終わ らせ ること、各種遺物の接合・分類 な ど、基礎的な作業 を中心 に行 った。その一方で、当年度 に調査 を実施 した二の九北方武家屋敷地区第7地
点で大量の木製品が出土 し、その水洗 を優先 して進めなければ な らない事態が生起 した。二の九北方武家屋敷地区第7地
点の調査が終了 した12月以降は、同地点出土の木製品 の水洗作業 に、多数の人手 を割かねばな らな くなった。 この影響で、二の九第17地点の整理作業 は、当初計画通 りには進行 しない結果 となった。5.保
存処理事業
東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターでは、仙台城跡二の九出土遺物 を中心 に、木製品 。漆塗製品・金属製品 な ど、保存処理 を必要 とす る遺物 を多数朱管 している。 この内、木製品 と金属製品については、当セ ンターで保 存処理 を進めて きている。木製品については、1997年度以降、糖 アルコール (ラクチ トール)を
利用 した処理 を 行 っている (年報16)。 2001年 度 は、仙台城跡二の九第9地
点 (1990年度調査)の
出土木製品を中心 に、保存処 理 を進めた。 当セ ンターでの保存処理作業 は、1992年度 に含浸槽 を設置 して以来、専用 に使用で きる場所がなかったため、 やむな くガ レージの空 きスペースを利用 して行 って きた。厳冬期 には気温が驀下に下がる環境 のため、冬期 間の 作業 は困難で、作業効率の点か らも問題 を残 していた。そのためセ ンター と施設部で姑策 を検討 して きたが、保 存処理作業のためのプ レハブ (平屋建・79.1だ)を
設置で きることとな り、2000年 度の末 に工事が行われ、2001処 理 済 遺 物 保 管 用 棚 ・ キ ャ ビ ネ ッ ト 類 床面排水 口 □ コンクリー ト・ タタキ
匠ヨ棚。
キマビネット
類
□ 机・台 ①含浸槽 (200V) ②脱塩装置 ③インキュベーター ④ ドライオーブン ⑤真空ポンプ ⑥真空デシケーター ⑦エア・コンプレッサー ③集塵機 ③サンド・ブラス ト ⑩エア・ブラシ用作業箱 ⑪モニター台 ⑫オー トドライ 。デシケーター 図6
保存処理作業室平面図Fig 6 Sketch map Of a laboratory to cOnserve the archae010gical remains
2.木
製品処理室の様子とさび収 り用作業箱 (右
) 4.エ
アコンプ レッサー (左)と集塵機 (右)図
7
保 存 処 理 作 業 室 の状 況Fig,7 ヽ/ieM「s Of a laboratory to cOnserve the archaeological remains
3.サ
ン ドブラス ト(左)とさび取 り用作業箱 (右)年度か ら使用 を開始 した。施設の平面図 と、主要な機器の配置 は、図6の通 りである。 保存処理作業室は、仕切 によ り
2室
に区分 した。広い側 は、一般的な作業室、お よび処理済遺物の保管場所 と して使用す るように した。狭い側 は、洗い場 として も使用で きるよう、床面排水口を設置 した。主に木製品の処 理関係の機器 と、稼働時に騒音の発生する機器を、 こち ら側 に配置 した (図7)。 当セ ンターが実施 している調査においては、鉄製品 も大量 に出土 している。鉄製品では、近世の釘類 の出土教 量が膨大で、充分 なクリーニ ングも実施で きず、未処理の まま保管す る状態が続いていた。 これ ら大量の鉄製品 を効率良 く脱塩処理するために、オー トクレーブを改良 した脱塩装置 (平山製作所製・DSM-242Ⅱ―K)を
昨年度 末に購入 した。 これに引 き続いて当年度は、金属製品の保存処理 に関わる機器 を整備することとした。 金属製品の さび取 りには、 グラインダーなどとともに、エアーブラシが有効である。 しか し当セ ンターには、 これ までエアーブラシがな く、他機関の機材 を使用 させていただ くなどして対処 してきた。本年度末に、予算上 のや り繰 りがついたため、エアーブラシと関連す る機器 を購入することとした。金属製品のさび取 りには、歯科 用のサ ン ドブラス トを利用する場合が多いが、従来良 く使用 されていた機器が製造停止 となっていた。そのため、 同様の機能 を有す る もの として、大染歯科産業製のサイクルジュニアⅢを使用することとし、一部改造 した上で 納入 させ た。 これ に伴 い必要 となる、エア・ コンプ レッサ ー (日立ベ ビコン0,4LP-7SA)と
集塵機 (日立RG―70S2)も
同時に購入 した。作業中の騒音 を軽減するために、仕切壁の裏側 にエア・ コンプ レッサー と集塵機 は設 置 した。 また、従来か ら使用 していた、金属製品の さび取 り用 に独 自に製作 した作業箱 について も、集塵機 とつ なげることがで きるように改造 した。 これ ら以外 の金属製品処理 に関わる もの として、実体顕微鏡 (カー トン光学NSZT-lLHT)、 顕微鏡用CCDカ
メラとモニ ター、真空ポ ンプ (DA-200型)、 導電率計 (ES-12型)な
どを購入 した。 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 年 度 図8
収蔵遺物量の推移6.資
料 保 管 状 況
東北大学埋蔵文化財調査研究セ ンターでは、ほ とん どの遺物 は容量30.3リ ッ トルのコンテナ (ポリプロピレン 製・サ ンボ ックス#32)に
収納 している。 この コンテナに入 らない大型の ものについては、 さらに大 きなコンテ ナや、適宜木箱 を作成 して収納 している。全体の遺物総量 を把握す るために、容器の大小 にかかわ らず、箱の数 で数量 を管理 している。ただ し、保存処理 を行 う必要のあるものは、別に保管 しているため、 これには入 ってい ない。当セ ンターの前身である東北大学埋蔵文化財調査委員会が発足 した1983年度か らの、遺物総量の推移 を箱 数で比較 したのが、図8で
ある。 2001年度末時点で、当セ ンターで保管 している遺物総量 は3,026箱となった。前年度か らは466箱の増加である。 この内訳 は、当年度 に調査 を実施 した仙台城跡二の丸北方武家屋敷地区第7地
点出土の ものが464箱 、青葉 山E
遺跡第7次
調査の当年度分が1箱、芦 ノロ遺跡第5次
調査 出土の ものが1箱
である。一方整理作業 は、2000年度 に調査 を実施 した、仙台城跡二の九第17地点の作業が継続中のため、整理終了分で新 たにカウン トした ものはな い。その結果、1,809箱が整理・報告済みで、未整理 は1,217箱となる。全体 の箱数の内、整理・報告済みの もの の比率は59.8%と なる。 フH研
究 活 動(1)受
託研究・ 共同研究等 2001年度は、受託研究・共同研究等 は実施 していない。(2)学
会発表等 セ ンターの業務 にかかわる、学会での研究発表等 としては、次の発表 を行 った。 ・東北史学会2001年度大会考古学部会2001年
10月 7日 於 :米 沢女子短期大学 「近世建物遺構 の基礎構造」 発表者 :藤 沢敦・京野恵子・高木暢亮 ・平成13年度官城県遺跡調査成果発表会2002年
1月19日 於 :岩 沼市民会館 「仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第7地
点」 発表者 :京 野恵子 また、宮城県考古学会か らの依頼 を受けて、同会の会誌 『宮城考古学』第4号
(2002年5月 発行)の
「2001年 度宮城県内主要発掘紹介」 に、「仙台城跡二の九北方武家屋敷地区第7地
点」 として、同地点の調査概要 を寄稿 して紹介 した。(3)資
料調査 セ ンター業務 に関わる資料調査等 としては、以下の とお りである。 2002年 2月14。 15日 「文化財保存修復国際会議 専門家会議」 胎:奈良県文化会館 藤沢敦・京野恵子(4)科
学研究費採択状況 2001度 は、当セ ンターの調査所究員で、科学研究費等の交付 を受けた ものはなかった。8.教
育 普 及 活 動(1)非
常勤講師 2001年度に、当セ ンターの調査研究員で非常勤講師を担当 したのは、次の とお りである。 藤沢教 宮城教育大学 考古学講義 (後期)(2)保
管資料の貸出 当セ ンター録管の資料の貸出等 としては、次の とお りであった。 ・貸出先 :仙 台市富沢遺跡録存館 平成13年度企画展 「土の中か らのメッセージ・発掘 された仙台の遺跡5」 貸出資料 :青 葉 山E遺
跡第3次
調査 出土縄文土器・石器42点 青葉 山E遺
跡第3次
調査 住居跡写真1占 青葉 山A遺
跡採集石器3点
仙台城跡二の九出土陶器5点
貸出期 間 :2001年 4月18日∼ 7月31日 ・貸出先 :仙 台市博物館 仙台市史 『通史編3
近世1』 への写真掲載 貸出資料 :仙 台城跡二の九第5地
点 西屋敷の建物調査状況写真1点 ・貸出先 :仙 台市教育委員会 第35回文化財展「仙台城 とその時代 一城 と町の暮 らし一」 貸出資料 :仙 台城跡二の九出土陶磁器15点お よび同写真1点 貸出期間 :2001年11月 7日 ∼30日(3)外
部か らの派遣依頼等 当セ ンターの業務 に関わって、あるいは調査研究員の専 門領域 に関わる事項での、外部か ら派遣等の依頼 は、 2001年度 にはなかった。(4)広
報活動 仙台城跡二の丸北方式家屋敷地区第7地
点の調査成果の概要が明 らか となった10月 21日 に、現地説明会 を開催 した。参加者 は、約100名であった。なお、一般公開に先立って、報道機関向けの発表 を行 っている。〈
引用 。参考文献〉
仙台市教育委員会1994
『仙台市青葉区文化財分布地図』 仙台市教育委員会1995 F仙
台市太白区文化財分布地図』 東北大学埋蔵文化財調査委員会1985∼
1994
『東北大学埋蔵文化財調査年報』 1∼ 7 東北大学埋蔵文化財調査研究センター1997∼
2005 F東
北大学埋蔵文化財調査年報』8∼
18 宮城県教育委員会1998
『宮城県遺跡地図』宮城県文化財調査報告書第176集第 Ⅱ章
芦 ノロ遺跡第
5次
調査
(TM5)
1.芦
ノ ロ 遺 跡 の 立 地 と周 辺 の 遺 跡 芦 ノロ遺跡 は、仙台市南部の名取川沿いの沖積平野 に接す る三榊峯丘陵の北側 に位置 している (図 1)。 現在 は、東北大学富沢地区にある理学研究科附属原子核理学研究施設 と職員宿舎 として利用 されている。この場所 は、 敗戦 までは陸軍幼年学校が置かれてお り、戦後、 これ らの建物 を利用 して、東北大学の教養部 として使用 されて いた。その後、1963年に現在の原子核理学研究施設が建設 されている。 三神峯丘陵は、標高65m前
後で、丘陵の南東側 は沖積平野 となっている。 この間の境界線が長町一利府線 にあ たる。長町一利府線 は、仙台市太 白区長町か ら宮城郡利府町にかけて北東―南西方向に、約17kmに
わたって延 びるもので、北西上が りの逆断層 と考 えられている (中田高他1976)。 また、長町―利府線の北西側 には、大年 寺断層 と鹿落坂断層が並行 して走 ってお り、副断層 を形成 している。大年寺断層は、南東上が りの逆断層である。 この長町一利府線 と大年寺断層 にはさまれた、幅約lkm弱
、長 さ約8kmの
範囲は、隆起帯 を形成 してお り、三 神峯丘陵が これに相当す る。三神峯丘陵 と東北大学富沢地区 との間の急斜面は、大年寺断層によって形成 された 低断層崖 にあたる。三神峯丘陵上の平坦面は、台の原段丘 に相当 し、芦ノロ遺跡周辺は上町段丘に相当す ると考 えられる。上町段丘は、台の原段丘 よリー段標高が低 く、調査地点では50∼54mで
ある。現在の富沢地 区構 内は、 ほぼ平坦 に造成 されているが、本来は三神峯丘陵の裾か ら北側の金洗沢に向かって、緩やかに傾斜 して下ってい く地形であった もの と考えられる。 芦 ノロ遺跡の周辺は、仙台平野で も多 くの遺跡が存在す る地域である。三411峯丘陵一体 に広がる三神峯遺跡 は、 縄文時代前期の集落 として古 くか ら知 られてお り、住居跡 も発見 されている。丘陵の南西端には、円墳2基
か ら なる三神峯古墳群が存在 し、埴輪が採集 されている (伊東信雄1950)。 また、丘陵の北側 には土手内横 穴墓群が 存在す るほか、周辺 には多 くの古墳や横穴墓 などが存在 している。三神峯丘陵のさらに南側の沖積地では、富沢 遺跡 (佐藤 甲二他1988、 太 田昭夫他1991)、 山口遺跡 (田中則和他1984)、 郡 山遺跡 (長島栄-1992)、 高 田B遺
跡 (荒井格他2000)な
どの縄文時代晩期の遺構・遺物が確認 されている。富沢遺跡では、約2万年前 に さかのぼ る埋没林 などが発見 され、当時の環境の復元にとって極めて重要な資料 となっている。また、富沢遺跡では、弥 生時代か ら近世 に至 る各時期の水 田跡が発見 されている。 三榊峯丘陵 とその周辺 は、窯業生産が盛んに行われた地域で もあ り、古墳時代の埴輪窯跡である富沢窯跡 (5 世紀)、 須恵器窯跡である金山窯跡(5世
紀)や
土手内窯跡(7世
紀)な
どが知 られている (主浜光朗他1992)。2.調
査 の 経 緯 (刊)2000年
度 までの調査 (図5) 芦 ノロ遺跡 は、1976年に野球場建設 に伴って発見 された。雑木 を伐採 した際に、若千の土器片が発見 されたた め、建設工事 を中断 し、急還東北大学考古学研究室によって試掘調査が行われた。その結果、平安時代 の竪穴遺 構 な どが発見 され、土師器 。須恵器・須恵系土器が多数出土 したほか、縄文時代・弥生時代の上器や石器 も出土 している (年報3)。 その後、原子核理学研究施設で放射光 リングをは じめ とした大規模 な施設拡充計画が持ち上が り、 この計画に 先立 って遺跡の範囲 。Jl■ 格 を確認するために、1985年(TMl)。
1989年(TM2)・
1991年(TM3)の
3次
にわ たる調査が行 われている (年報9)。 これ らの調査の結果、密度は低い ものの、各所で縄文時代 。古墳時代・平 安時代の遺構 。遺物が確認 されている。 これによ り、富沢地区の全域 を含む形に遺跡範囲が拡大 された。 1996年には、原子核理学研究施設の電源室 と照射 。測定室の新営 と、排水管改修工事に伴って第4次
調査が行第 3次 調 査 N15区 第 3次 調 査 N10区 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 第 4次 調 査 1区 第 4次 調 査 2区 図
9
芦 ノロ 遺 跡 第 5次 調 査 区 と 周 辺 調 査 区 の位 置われた (年報14)。
1区
か らは縄文時代晩期前葉 の粘土採掘坑が12基と土器埋設遺構が1基
検 出 された。粘土採 掘坑の検出事例 は東北地方において も少な く、縄文時代の土器生産 を知る上で貴重な資料 となっている。2区
か らは、間層 を挟 んで2時
期の埋没林が確認 されている。 また、排水管区か らは、古代の竪穴住居跡 と考 え られる 遺構 の一部が検 出された。埋没林 は、C14年代測定法 によって よ り精度の高い測定 を行 ったが、測定限界 を超 え てお り、年代値 は得 られなかった。 しか し、 自然環境 を考える上での貴重な資料 ととらえることがで きる。(2)調
査地点の位置 調査地点 は、仙台市大 白区三神峯一丁 目、東北大学理学研究科附属原子核理学研究施設構内の北寄 りの場所に あたる。今 回の調査地点の南側 には研究施設の実験室等が存在す る。調査 は、原子核理学研究施設のGeV 7線
実験棟新営 に伴 って行われた。 今 回の調査地点の南東側 には、芦 ノロ遺跡第4次
調査2区
が隣接 している (図 9)。 また、東側 には第4次
調 査1区が、北東側 と西側 にはそれぞれ第3次
調査N15区
とN10区が近接 している。上記の ように、第4次
調査1 区か らは縄文時代晩期前葉の粘土採掘坑 な どが検 出 されている。 また、年代 は明確でない ものの、第3次
調査 N15区か らは溝跡1基
が、N10区か らはピッ ト1基
が検 出されている。(3)調
査の方法 と経過 調査 は、2001年11月26日 より開始 された。重機 によ り盛土 を除去 した。 しか し、調査地点は実験施設内のため、 地中には南北方向に何本 もの高圧電気ケーブルが埋設 されてお り、誤ってケーブルを切断 して しまわないように 細心の注意 を払 って行わなければならなかった。そのため、手掘 りで盛土 を除去 しなければな らない箇所 も多か った。 また、ケーブルのたわみによる切断を防 ぐため、十分に盛土を除去 しきれない場所 も存在 した。既存の排 水管の下部 について も、一部、調査で きなかった箇所が存在す る。 12月 4日 か ら手掘 りにより旧表土 (3層)の
掘 り下げを開始 した。3層か らは石箆が1点出土 している。また、 調査位置 と層序の確認のため、第4次
調査2区
について も、一部埋 め戻 し土 を除去 した。3層
直下の6層上面か らは、溝や ピッ トなどのプランが検出され、12月11日以降、本格的に6層上面の遺構検出にとりかかった。6層 上面か らは、散漫な分布 なが らも土坑が数基検出された。いずれ もプランは不明確 な長円形 をしてお り、第4次
調査1区で検出された粘土採掘坑の埋土 と非常 に似 た様相 を呈 していた。粘土採掘坑の壁はオーバーハ ングした り、埋土 と壁の区別が付 きに くいことなどか ら、遺構 の掘 り下げは慎重 に行った。また、土坑か ら出上 した土器 には、保存状態の悪い ものが多 く、「水 を含 んだク ッキー」状であった。そのため、周囲を発泡 ウレタンで固め た上で取 り上げた土器 もあった。 また、12月 18日 には、埋没林 と層序の確認のため、第4次
調査2区の深堀調査区を利用 して、土層断面の剥 ぎ 取 りを行 った。剥 ぎ取 りは、土層断面 に変性 ウ レタン合成樹脂 「 トマ ックNS-10」 を塗布 し、その上か らガー ゼを密着 させ、トマ ックを回結 させた。 上記の ように、本調査区は第4次
調査2区
に隣接 している。そのため、2区
の調査 グリッ ドを継続 して、本調 査 グリッ ドを設けることとした。 しか し、2区
の南】ヒ方向のグリッ ド名 は、北側か ら1、 2、3・
・ 。と付 して お り、本調査区は2区
より北 に位置す るため、通 し番号 を付す ことがで きなかった。そのため、2区
南北方向の グリッ ド名 に10を加 え、2区
における1、 2、3・
・・ を、本調査区ではそれぞれ11、 12、 13・ ・・ とすること とした。 調査 を行 った部分の平面図・遺構断面図は縮尺1/20で作成 した。写真 は35mmの
モノクロとカラー リバーサル で撮影 した。3.基
本 層 序
今回の調査 区は、第4次
調査2区
と隣接 しているため、基本的に2区
の層序 と一致す る (図10)。 つ ま り、第4次
調査2区
北壁が本調査区南壁 に当た り、2区
西壁が本調査区東壁の一部 と一致す ることとなる。基本層序に 違いがないことを確認 した上で、今 回の調査では層序の断面図は作成 しなかった。そのため、層序断面図につい ては、年報14を参照 されたい。 1層 は大学 による盛土、2層
は戦前 この地 にあった陸軍幼年学校時代の盛土 と考えられる。層厚 は1・ 2層を 合わせて約1∼2mで
ある。いずれ も近代以降の盛土であ り、大半 を重機によって除去 している。 これ らの盛土 がなされる以前の旧表土 として3層が存在す る。3層の層厚 は約20cm前
後である。第2次
調査 では3層の下に 縄文時代の遺物 を含む4層 と、その下のローム層 (5層)が
確認 された場所 も一部あったが、今 回の調査区には、 4層、5層
は存在 しなかった。3層直下 は6層 となってお り、6層
上面が縄文時代 の地表面 にほぼ相当す ると考 えられる。6層は砂 と粘土か らなる水性堆積層 であ り、第4次
調査1区では約 lm、 本調査 区では約1.2mの 厚 みを有する。層相の違いか ら6層は、第4次
調査区1区では8枚
の層に、本調査 区では6A、 6B、 6Cの 3層に網分 されている。1区6a∼6d層 が
2区 6A層
に、1区
6e∼ 6h層が2区6B。 6C層 に対応す ることが これ までの調査で確認 されている。 この うち、6e∼6h層 、お よび6B・ 6C層 は、極めて粘性 の強い粘土層である。第
4次
調査区1 区 と本調査区における粘土採掘坑 は、 これ らの粘土を採掘するためのもの と考えられる。 7層は、本調査区では約70cmと厚 く堆積す る。7層は7a∼ 7d層の4層
に細分で きた。 この うち7a層と7c層が 多量の木材や球果などを含んだ泥炭層である。その間には、間層 として砂質シル トの7b層が存在す る。 8層は、6層
と同様の水性堆積層である。本調査区において9層は確認 していない。 520m 第4次地点2区 第5次地点 第4次地点 1区北東 (C4区) 点 隅 地 西 次 北 4 区 第 1 近代の盛土 (1・ 2層) 1・ 2層(
イ 1・ 2層 電 I日表 土 (3層) 6A 6B・ 6C層 3層 3層 7層 (泥炭層) 6a∼6d層 6a∼6d層 6g・ 6h)雪 8層 6e・∝屠 8層 8遷 礫層 (9層) 縄文時代 の地表面 良質な粘土層 470m 図10
芦 ノロ遺跡第5次 調査層序模 式図4.検
出遺 構 今回の調査では、6層
上面か ら溝 1条 、土坑10基、ピッ ト3基
が検出された (図11)。 土坑の多 くは、プラン が明確ではなく、初めに確認 した黒褐色の埋土を掘 り下げると、土坑の壁にこの黒褐色土が入 り込むようになり、 改めてプランを確認すると、当初に土坑の壁 と考えていた部分は、周囲の粘土層が崩落等によって堆積 した埋土 であることが判明した。土坑の形状や埋土の堆積状況は、第4次
調査 1区 で検出された粘土採掘坑 と類似 し、こ れらも粘土採掘坑である可能性が考えられる。 しかし、第4次
調査 1区 の粘土採掘坑のような密集 した分布はみ られず、個々の土坑の規模 も小さい。 【1号
清】(図12、 図版1) 上幅約90∼ 130cm、 下幅約30∼ 50cm、 深 さ30∼50cmで
ある。溝の方向は北側でN-10° 一E、 南側ではわずか に東に傾 きN-17° 一Eで ある。埋土は 5層 に分かれる。この溝は、第4次
調査2区
で検出された1号
溝の延長 部分であ り、第3次
調査N15区 で検出された溝 につながるものと考えられる。埋± 5層 か ら土器片が 1点 出土し ているが、表面の劣化が激しく、時期は不明である。この構は、4号
土坑、ピット2を 切って掘 られているため、 これ らより新 しい時期のものと考えられるが、他に遺物が出土 していないため、年代は特定できていない。 【1号 土坑】(図12、 図版1)G-14区
で検出された。高圧ケーブルが上方にあ り、東半部分は調査することができなかったため、全体の形 状は不明である。検出面か らの深さはおおよそ70cmで
ある。埋土の下層には周囲の地山由来の粘土が堆積 して お り、埋没過程で土坑の壁の崩落等によって堆積 したものと考えられる。埋土上層は褐灰色の自然堆積 と考えら れる層がみられ、埋± 4層 ・埋± 5層 は埋没過程で、崩落 した粘土層と自然堆積層が混ざったような堆積状況が 観察できる。剥片が 1点 出土 しているが、年代は不明である。 【2号
土坑】(図12、 図版1)F-11区
で検出された。東西方向の両端が、高圧ケーブルによって調査が不可能であったため、全体の形状は 不明である。南北方向の幅は上端ではで約160cm、 底面付近では約100cmで
ある。検出面か らの深 さは約60cm
である。底面は北恨]に向かってわずかに深 くなる。埋土の下層には地山由来の粘土層が堆積 している。遺物は出 土せず、土坑の時期は不明である。 【3号
土坑】(図12、 図版1・ 2)D-10区
で検 出された。形状は長楕円形 を呈 している。長軸方向では、検出面で約120cm、 底面付近では 100cmで 、北西側にややオーバーハ ングしている。深さは約60cmで
あった。埋土は、地山由来の粘土層が堆積 し、粘土層がブロック状に混 じり合う箇所 も観察できる。 底面近 くから、土師器の発 とみられる体部上半破片が出土 した。古墳時代前期の塩釜式 ものと考えられること から、この土坑の年代 もおおよそこの頃であると推測する。この土師器は、器体が非常に脆弱で、そのままの状 態で取 り上げると崩壊する危険があった。そのため、土器面をキムタオルで覆って養生 し、硬質発泡性ウレタン 樹脂で固めて取 り上げた。また、埋土中から木材の破片が出土 しているが、残存状況がよくなく、加工の痕跡な どはわか らなかった。 【4号
土坑】(図13、 図版2)C-10。
11区で検出され、1号
溝に切 られている。長楕円形で、西側にオーバーハ ングした形状をしている。 長軸方向では、検出面で約140cm、 底面付近では約150cm、 検出面からの深さは約60cmで
あった。埋土は、黒褐 色土の間に、地山由来の粘土層が入 り込むような堆積を示 している。自然堆積の過程で周囲の地山が崩壊 して堆 積 していった可能性が考えられる。遺物が出土 していないため、時期は不明である。 【5号
土坑】(図12、 図版2)D-9区
で検出された。南側部分は、排水管を撤去できないため調査できず、全体の形状は不明である。底面土坑 ⑥ 号土坑 第4次調査2区 (1996年) 図
11
芦 ノロ遺跡第5次調査6層上面遺構配置 図1号溝 A′ 卜 499m 土 層註 記 10YR 4/1 掲 灰 色 粘 土 粘 性 強・ し ま り中 一 部 に砂 を ラ ミナ状 に含 む 10YR5/2 灰 黄 褐 色 粘 土 粘 性 強・ し ま り中 黒 褐 色 黄 褐 色 の粘土 プ ロ ックを斑 に含 む 25YR6/6明黄 褐 色 粘 土 粘 性 強 。しま り中 灰 黄褐 色 粘 土 ブ ロ ックをわず か に含 む 25YR5/1黄灰 色 粘土 粘性 強・ しま り中 一部に砂 をラ ミ ナ状に含む 5Y5/1灰 色 シル ト 粘性強 しまり中 砂 をラ ミナ状 に含 む 卜2
A
引
埋層土 溝 1 号 土 1 埋 ピッ ト2 910列境 よ り 商へ井m 引C ビツ ト2埋土土層註記 埋± 1層 10YR5泡灰黄褐色 粘土質 シル ト 粘性 中 しま りやや弱 黄褐色土粒 を含 む C 卜 498m 埋± 2層 -494m 埋 ±3層 埋±4層 埋±5層7
r
ピ ッ ト1 ピッ ト3 GH列境 よ り東へlm 2号土坑 ピ ッ ト3 D′ 卜 507m ピッ ト1埋土土層註記 埋上 1層 10YR4/1褐灰色 粘土 粘性 強・ しま り中 2mm程度の炭化物 をわず か に含 む 黄掲色粘土ブロックを斑 に含む 埋±2唇 75YR6/1灰色 粘土 粘性強 しま り 中 黄褐色粘土ブロックを斑 に含む ――-501mイ
V
覇
︺
︱
1号土坑埋 土土層註 記 埋 ±1層 10YR4/1褐灰 色 粘 土 粘 性 中 しま り 中 lmm程度の炭化物をわずかに含む ピ ッ ト3埋土 土 層 註記 埋 ±1層 25YR5/1黄灰 色 粘 土 粘 性 極 め て 強 ・ し ま り強 lmm程度 の 炭 化 物 を ご くわ ず か に含 む lcm程度 の 黄 褐 色 土 プ ロ ック を わずかに含 む 埋±2層 25YR4/1黄灰色 粘土 粘性極 めて強 しま り強 1∼2mm程度 の炭化物 をご く わず か に含 む 黄褐 色土 ブ ロ ックをやや 多 く含む 2号土坑 F′ トー505m 2号土坑埋 土 土 層注記 埋 ±1層 75Y馳/1褐灰 色 粘 土 粘 性 強 し ま り中 5∼ Юmmの炭 化 物 を比 較 的 多 く含 む 明橙 色 の 粘土 ブ ロ ックを斑 状 に含 む 埋 ±2層 75YRツ1褐 灰 色 粘 土 粘 性 強 。しま り中 2mm程度 の 炭 化 物 をわず か に含 む 埋 ±3層 10YR5/1褐灰 色 粘 土 粘 性 強 しま り中 lmm程度 の 炭 化 物 をわず か に含 む 黄 褐 色 粘 土 ブ ロ ッ ク を斑 状 に 多 く含 む 埋 ±4層 75YRνl褐 灰 色 粘 土 粘 性 強 しま り中 黄 褐 色粘 土 プ ロ ックを斑 状 に多 く含 むン
│
上
F引
F
E 引 1号土坑
【
_側7m
±
5層 埋 ±2層 埋 ±3層 埋 ±4層 埋±6層 埋±7層 75YR5/1褐灰色 粘土 粘性 強 。しま り強 lmm程度の炭化物 をわずかに含 む 褐色粘土プロックをわずかに含む 7 5YR4/1褐灰色 粘土 粘性 強 しま り中 2mm程度 の炭化物 をわずかに含 む 10Y郎/1褐灰色 粘土 粘性 強 `し ま り 中 シル ト質土 プロ ックをわず か に含 む 2 5YR6/1黄灰色 粘土質 シル ト 粘性 中 しま り強 黒褐色 の粘土 プ ロ ック を多 く含 む 全体 的 に地 山 よ りも黒ず む 10YR5/1褐灰色 粘土 質 シル ト 粘性 中 しま り強 シル ト質土 プ ロ ックを わずかに含む 25YR5/1黄灰色 粘土 粘性 強・ しま り中 黄褐色粘土 ブ ロ ック と砂 質土 ブ ロックを斑 に含 む FG列より東へlm境 埋±8層 2 5YR7/1灰白色 粘土 粘性 強 。しま り中 黄褐色粘土ブロックを斑 に含む 9 10 ド 3号土坑 埋 土土 層註 記 埋 ±1層 10YR5/1褐灰 色 粘 土 粘 性 強 。し ま り中 2mm程度 の炭 化 物 を わず か に含 む 埋 ±2層 loYR4/1褐灰 色 粘 土 粘性 強 し ま り中 2mm程度 の炭 化 物 を わず か に含 む 埋 ±3層 10YR4珍灰 黄褐 色 粘 土 粘 性 強 しま り 中 黄 褐 色 粘 上 を班 に多 く含 む G′ 卜 埋±4層 25YR4/1黄灰色 粘土 粘性強 しまり 中 2mm程度の炭化物をわずかに含む 5αOm埋±
5層:OY附
ヴ
晦
藻靭 ォ
龍き
?
埋±6層 75YR6/1褐灰色 粘土 粘性 強・ しま り 中 黄褐色粘土 ブ ロ ックを斑状 にわず か に含 む 埋 ±7層 25YR4/1黄灰 色 粘 土 粘 性 強,しま り 中 2mm程度の炭化物 をわずかに含む ―-493m埋 ±8層 25YR6/4にぶい黄色 粘土 粘性 強 。し ま り中 埋±1層・2層起源の粘土小 プロ ックをわずかに含む 埋±9層 10YR5/1褐灰色 粘土 粘性強 しまり中 5mm程度の戊化物 をわずか に含 む 黄褐 色粘土小 プロックをご くわずかに含む 埋±lo層 10ヽどR4/1褐 灰色 粘土 粘性 中 しまり中 地 山起源 の粘土 をラ ミナ状 に含 む 埋 土 西側では黒色粘土 をラ ミナ状 に含む 5号土坑 H′ │―-501m ― 輸 5号土 坑埋 土 土層註記 埋 ±1層 10YR5/ユ褐 灰 色 粘 土 粘 性 強 し ま り中 黄 褐 色 粘 土 ブ ロックを斑 にわずか含 む 埋±2層 10YR4/1掲灰色 粘土 粘性強 しまり中 2∼10mm程 度の炭化物 を比較的多 く含む 埋±3層 5Y6/1灰色 粘土 粘性 強・ しま り中 黒褐色粘土粒 をわ ずかに含む 埋±4層 5Y5/2灰オ リープ色 粘土 粘性強・ しま り中 黄褐色粘 土ブロックをわずかに含む 埋±5層 5Y5/1 灰色 粘土質シル ト 粘性 強・ しまり中 黄褐色 粘土プロックを班 に含 む 埋±6層 5Y5/1 灰色 粘土質 シル ト粘性 強・ しま り中 責褐色 粘土ブロックを斑 に含 む 埋±7層 5Yν2灰オ リーブ色 粘土 粘性強 。しま り中 上部に黄 褐色粘土 ブロックを斑 に多 く合 む 5∼20mmの炭化物 を 比較的多 く含む 埋±8層 75YR4/1灰色 粘土 粘性強・ しま り中 黄褐色 の粘土 プロックを多 く含 むH
引
図12
芦 ノロ遺跡第5次調査検 出遺構 (1) Fig■2 Plans and sections of pits at Th45(1) 1号土坑89列境 よ り
3号土坑