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腹部大動脈瘤と腸間膜癒着による上腸間膜動脈症候群

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Academic year: 2021

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仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 腹部大動脈瘤と腸間膜癒着による上腸間膜動脈症候群

1.はじめに

上 腸 間 膜 動 脈 症 候 群(superior mesenteric artery syndrome; SMAS)は、十二指腸水平脚が 上腸間膜動脈(superior mesenteric artery; SMA) と腹部大動脈に挟まれて腸管内容の通過障害を起こ す疾患である。まれに腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm; AAA)が SMAS の原因となるこ とがある。今回、超高齢者において、AAA と開腹 手術既往による腸間膜癒着の複合的要因で発症した SMAS を経験したので報告する。 2.症例 症例:94 歳 男性 主訴:嘔吐 既 往 歴:57 歳  胆 石( 開 腹 胆 嚢 摘 出 術 )、60 歳  脳梗塞、80 歳 閉塞性動脈硬化症(経皮血管形成 術)、87 歳 脳梗塞 現病歴:20XX 年 7 月中旬に左上腕の皮下出血と貧 血の検査治療目的に当科へ紹介され入院となった。 精査中に最大短径56mm の AAA を認めたが、超 高齢のため手術はせず、輸血ならびに降圧療法のみ 行い退院となった。退院25 日目に嘔吐が出現し、

症例

腹部大動脈瘤と腸間膜癒着により

上腸間膜動脈症候群をきたした超高齢者の 1 例

菊地晃司1)、高橋広喜1)、藤原英記2)、高橋麻子2)、鈴木なつみ2)、森俊一1)、鈴木森香1)、鵜飼克明1) 1)国立病院機構仙台医療センター 総合診療科 2)国立病院機構仙台医療センター 心臓血管外科 抄録  症例は94 歳、男性。左上腕の皮下出血と貧血の検査治療目的に当科へ入院した。精査中に最大短径 56mm の腹部大動脈瘤を認めたが、超高齢のため手術はせず、輸血ならびに降圧療法のみ行い退院となった。退院 25 日目に嘔吐が出現し、当科を再び受診した。受診時、上腹部正中に拍動性腫瘤を触知した。CT 検査にて 腹部大動脈瘤は最大短径60mm に増大し、十二指腸~胃の拡張を認めた。腹部大動脈瘤による十二指腸水平 脚圧迫を原因とした上腸間膜動脈症候群と診断し手術を選択した。開腹すると、Treitz 靭帯近傍の空腸が癒 着で頭側に引き上げられ、十二指腸狭窄の一因と考えられたため、癒着を剥離し人工血管置換術を施行した。 術後、腸管麻痺の遷延を認めたが、術後19 日目に経口摂取開始となった。術後 25 日目に CO2ナルコーシス、 30 日目にたこつぼ心筋症を併発したが ICU での保存的治療にて軽快し、63 日目にリハビリ目的に転院となっ た。本症例は上腸間膜動脈症候群発症前から手術適応の腹部大動脈瘤を認めていたが、超高齢であり経過を 観察する方針となった。腹部大動脈瘤の増大に伴い上腸間膜動脈症候群を発症し、手術介入なしには経口お よび経管での栄養摂取は困難と思われた。さらに、破裂の可能性も考慮し、超高齢ではあるが癒着解除と人 工血管置換術を施行し、良好な結果を得た。超高齢者における腹部大動脈瘤に対する治療選択について文献 的考察を加え報告する。 キーワード:腹部大動脈瘤、腸間膜癒着、上腸間膜動脈症候群、超高齢者

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54 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 腹部大動脈瘤と腸間膜癒着による上腸間膜動脈症候群 当科を再び受診した。 初診時現症:身長 164 cm、体重 53 kg、体温 36.8 ℃、 血圧 113/78 mmHg、心拍数 86 回 / 分、SpO2 97 %(room air)であった。頚部リンパ節:触知せず。 呼吸音:清、左右差なし。心音:整、雑音なし。腹 部:平坦、上腹部正中に拍動性腫瘤を触知した。背 部:叩打痛なし。四肢:異常所見なし。 血液検査所見:WBC 8800/μL、Hb 11.8 g/dl、Plt 92000 /μL、D ダイマー 123.5 μg/ml、総蛋白 7.8 g/dL、アルブミン 4.6 g/dL、尿素窒素 39 mg/dl、 クレアチニン 2.18 mg/dl、Na 144 mEq/dL、K 4.1 mEq/dL、Cl 102 mEq/dL、AST 21 U/L、ALT 13 U/L、CK 96 U/L、CRP 0.4 mg/dL(Table 1)。

入院時画像所見:腹部 CT 検査にて、大動脈は石灰 化が顕著で壁不整を認めた。腎動脈下の腹部大動脈 は最大短径60mm 程に拡大し、背側に高吸収血栓 を認めた。十二指腸水平脚はSMA と AAA の間に 挟まれ、口側の腸管の拡張を認めた。(Figure 1)。 入院後経過:AAA は約 1 ヶ月間で数ミリ増大して おり、背側の高吸収血栓は最近の増大を示唆する所 見と思われた。前回の入院時には経過観察の方針と なっていたが、最近のAAA の増大と上腸間膜動脈 症候群の合併から手術適応と判断した。術前に上部 消化管内視鏡検査も検討されたがAAA 破裂のリス クを考慮し、施行しなかった。ICU での保存的加 療を行いながら術前の評価を行った。入院後38℃ 台の発熱あり、胸部CT にて両肺下葉にすりガラス 影と索状影を認め、誤嚥性肺炎が疑われたため、抗 菌 薬 加 療 を 開 始 し、 入 院5 日 目 に は 解 熱 し た。 AAA 破裂のリスクが高いこと、経鼻胃管からの排 液量が多く保存的治療により経過をみるのが困難 だったことから、早急な外科的治療介入が望ましい と判断し、入院7 日目に開腹人工血管置換術を施 行した。 手術所見:腹部正中切開にて開腹した。腹腔内は開 腹胆嚢摘出術による癒着を認めた。癒着によって Treitz 靭帯直後の空腸が頭側に引き上げられてお り、十二指腸狭窄の一因と考えられた。腎動脈下で 大動脈を離断し、Hemashield ®18 × 10 を用いて 中枢側の吻合を行った。末梢側は両脚とも総腸骨動 脈に端々吻合した。人工血管を可能な限り動脈瘤壁 で被覆し、後腹膜を縫合閉鎖した。十二指腸への圧 迫が十分に解除されていることを確認し、閉腹して 手術終了とした。 治療経過:術後抜管し、引き続き ICU にて管理し た。腸管麻痺の遷延を認めたが、術後13 日目に簡 易的透視にて大腸への造影剤の流出を確認、術後 16 日目の CT 検査(Figure 2)で十二指腸の狭窄 解除を確認した。術後19 日目に経口摂取開始となっ た。術後25 日目に CO2ナルコーシス、30 日目に たこつぼ心筋症を併発したがICU での保存的治療 にて軽快し、34 日目に ICU 退出、63 日目にリハ WBC RBC㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 㻌 Hb 㻌 㻌 㻌 㻌 Plt PT-INR APTT D dimer TP Alb AST ALT LD ALP CK Amylase Lipase BUN Crea Na K Cl CRP 8800 380×104㻌 㻌 㻌 11.8 9.2x104 1.32 32.4 123.5 7.8 4.6 /μl㻌 㻌 㻌 /μl g/dl /μl sec μg/ml g/dl g/dl 21 13 297 215 96 93 53 39 2.18 144 4.1 102 0.4 IU/l IU/l IU/l IU/l IU/l IU/l IU/l mg/dl mg/dl mEq/dl mEq/dl mEq/dl mg/dl Table 1 入院時血液検査成績 Figure 1:術前腹部 CT 検査 a) 水平断 b) 矢状断 腎動脈下腹部大動脈は最大短径60mm 程に拡大し、背側 に高吸収血栓を認めた。十二指腸水平脚はSMA(矢印) とAAA の間に挟まれ、口側の腸管の拡張を認めた。 C b a b b Figure 2:術後腹部 CT 検査

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55 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 腹部大動脈瘤と腸間膜癒着による上腸間膜動脈症候群 ビリ目的に転院となった。 3.考察 SMAS は、十二指腸水平脚が SMA と腹部大動脈 に挟まれて腸管内容の通過障害を起こす疾患であ り、この病態は1905 年に Osler によってはじめて 報告された1)。発症機序としてSMA と大動脈の狭 角度、高位十二指腸、短Treitz 靭帯などの解剖学 的異常に加え、低栄養などによる十二指腸周囲脂肪 組織の減少、長期臥床による圧迫、手術操作や癒着 などによる腸間膜の下方牽引などの誘因が加わって 発症するとされている2)。臨床症状は、上部消化管 閉塞による嘔気・嘔吐、食後不快感があり、左側臥 位や腹臥位、胸膝位で増悪することなどがあげられ るが、典型的な症状を呈さないことが多い。SMAS の治療は保存的治療が優先される3)4)。具体的には 経鼻胃管による減圧、経静脈または経管栄養の投与 による栄養状態の改善、食後の適切な姿勢保持、電 解質の補正があげられる。これらの保存的治療は、 SMA と腹部大動脈間の脂肪を増加させて、SMA の十二指腸への圧迫を解除することが目的である。 保存的治療で改善しない場合に、手術療法の適応と なる。手術療法には、胃空腸吻合術、十二指腸空腸 吻合術、十二指腸前方移転術などのバイパス手術と 腸回転解除術の2 つがあげられる。しかし、手術 療法の長期成績に関する報告は少なく今後も症例の 蓄積検討が必要といわれている5)。 AAA の治療目的は、動脈瘤の破裂・動脈瘤由来 の末梢塞栓・動脈瘤による凝固障害という3 つの リスクを予防することである。破裂が差し迫ってい ない場合は、破裂リスクを回避するための内科的治 療を行い、破裂の可能性が増大した瘤では、外科的 治療を優先することが原則となる。動脈瘤の最大短 径が大きくなるほど壁張力が増加し破裂する可能性 が増大するといわれている。また拡張速度も動脈瘤 径に影響され、著しく速く拡張する瘤は破裂の危険 が高い。手術適応と判断された場合には、人工血管 置換術とステントグラフト内挿術(endo vascular aneurysm repair; EVAR)が選択となり得る6)

AAA を誘因とする SMAS の報告については、 2007 年の山本らのまとめでは世界で 39 例のみで あり、以降も症例報告が散見されるにとどまってい る。治療としては基本的に手術介入が必要と考えら れている。AAA を合併した SMAS に対する治療法 と予後について、以前は消化管バイパス術が主で救 命率は42.8% に留まっていたが、1980 年以降は瘤 切除・人工血管置換術が主となり救命率が96% と 向上した7)。SMAS をきたした AAA の最大短径は 平均7.25cm であり7)、AAA 自体の手術適応があ るため、消化管バイパス術のみではAAA 破裂のリ スクが残存し救命率が低いと思われた。またEVAR 後はエンドリークが残存して瘤径が縮小しないこと もあり8)、SMAS 発症例に EVAR を施行してもイ レウス症状が改善するかは不確実と考えられたた め、本症例では開腹人工血管置換術を選択した。 超 高 齢 者 の 手 術 適 応 の 決 定 に 関 し て は、The Physiological and Operative Severity Score for the en Umeration of Mortality and morbidity (POSSUM)、Estimation of Physiologic Ability

and Surgical Stress (E-PASS) などの数式化された 基準を重視する報告9)~ 12)が多くある一方、認知 症の有無や本人の理解など、一般の人々にも理解さ れやすい社会的な適応を重視している施設もみられ る13)。三丸らによると高齢者の心臓血管外科手術 では、手術死亡率は若年者よりも高くなるが、耐術 例のQOL 改善は良好であると報告している14)。90 歳代患者でのAAA に対する開腹修復術群(24 例) と血管内修復群(14 例)の検討では、早期死亡率 に有意差はなく、開腹修復群で入院期間がやや長 かったが(26.4 日対 10.6 日)、累積 1 年および 3 年生存率は開腹修復群で90%と 48%、血管内修復 群で90.6%と 54.9%であった15)。 自験例は94 歳と超高齢、手術適応 AAA の数ヶ 月間での拡大、上腹部手術の既往といった特徴があ る。SMAS の原因として、術前には AAA と術後の 癒着による影響の可能性が考えられ、94 歳と超高 齢だが、AAA による SMAS で著しく QOL が低下 していること、家族と本人が手術を希望しているこ と か ら 外 科 的 治 療 介 入 を 検 討 し た。 本 症 例 は SMAS の原因が AAA と腸間膜癒着の複合的要因か らなり、それらを開腹術により解除することでイレ ウス症状が改善し、経口摂取が再開できたと思わ

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56 仙台医療センター医学雑誌 Vol. 9, 2019 腹部大動脈瘤と腸間膜癒着による上腸間膜動脈症候群 れ、今回の術式の選択が妥当であったと考える。超 高齢者のAAA 治療は、疾患や併存症だけでなく、 患者の希望、社会的背景、家族の希望なども総合的 に考慮して適応や治療法を決めるべきである。 4.結語 超高齢者のAAA と腸間膜癒着により SMAS を きたした1 例を経験した。人工血管置換術を選択し、 良好な結果を得た。 本症例の要旨は、第20 回日本病院総合診療医学 会学術総会(2019 年 2 月、沖縄)にて報告した。 5.文献

1) Osler W: Aneurysm of the abdominal aorta. Lancet 1905;166:1089-1096 2) 岡崎雅也、丸森健司、福沢敦也、他 : 上腸間膜 動脈症候群の2 例。日臨外会誌 2008;69:1242-1246 3) 藤岡正志、入交信廣:上腸管膜動脈性十二指腸 閉 塞 症 と そ の 保 存 的 療 法。 埼 玉 医 誌 2002;37:48-50

4) Lippl F, Hannig C, Weiss W, et al. Superior mesenteric artery syndrome: diagnosis and treatment from the gastroenterologists view. J Gastroenterology 2002;37:640-643 5) 森谷弘乃介、絹笠祐介、塩見明生、他 : 上腸間 膜動脈症候群に対する治療。手術 2011;65:827-830 6) 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2011 年改訂版) 7) 山本貴之、宮内正之、佐藤俊充、他 : 腹部大動 脈瘤により十二指腸閉塞を来たした1 例。日 消外会誌 2007;40:1587-1592 8) 小渡亮介、谷口哲、渡邊崇人、他 : 腹部大動脈 瘤と腸間膜癒着によって発症した上腸間膜動脈 症候群。日血外会誌 2017;26:161-164

9) Whiteley MS, Prytherch DR, Higgins B, et al: An evaluation of POSSUM surgical scoring system. Br J Surg 1996;83:812-815 10) Haga Y, Ikei S, Wada Y, et al: Evaluation of

an Estimation of Prognostic Ability and Surgical Stress (E-PASS) Scoring System to predict post operative risk; A multicenter prospective study. Surg Today 2001;31:569-574

11) 斎藤英昭、井上知己、武藤徹一郎 : 高齢者癌手 術のリスクファクターとその評価法。癌と化療 1998;25:967-972

12) Yamanaka N, Okamoto E, Oriyama T, et al: A prediction scoring system to select the surgical treatment of liver cancer. Ann Surg 1994;219:342-346 13) 松尾兼幸、丸山圭一、本田完 : 超高齢者胃癌に おける術後呼吸器合併症と関連する術前および 術 中 因 子 に つ い て。 日 外 科 系 連 会 誌 2002;27:77-82 14) 三丸敦洋、四津良平、上田敏彦、他 : 高齢者(75 歳以上)心臓大血管手術とQuality of Life。 胸部外科1997;50:718-721

15) Uehara K, Matsuda H, Inoue Y, et al: Is Conventional Open Repair for Abdominal Aortic Aneurysm Feasible in Nonagenarians ? Annals of Vascular Diseases 2017;10:211-216

参照

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