オーストラリアにおける
離婚問題と法の対応
西村洋子
一︑統計的推移
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欧米先進諸国と同様︑オーストラリアでも上昇する離婚率は︑さまざまな専門分野の政策関係者︑実務家および研究者
等の関心をひき︑論議をよび起してきた︒論議の多くは︑主として︑近年の離婚に関する法規定の緩和や甘さを良しとみ
ない人々によるものであり︑その含意は離婚法がそれだけ人々の結婚に直接的かつ強力甚大な影響力を持っているという
見方に基づくものである(H)6}国9日び一団讐一ΦGQ轟)︒しかし︑一方では︑法律は明らかに社会変動と複雑に相関してはいるも
のの︑結婚の正式の解消を律する法律の変化が大きく結婚の安定や家族関係の内容にまで影響するという意見を肯定する
ような仮定や理由は必らずしも当を得ていない︑という見解も多くあるのである︒したがって︑離婚率が必らずしも︑結
婚の安定を推し計るに足る指標とはならないと(門︾・一由拶︻口げ一団隔H㊤QQら)︒
オーストラリアの離婚率は︑一九六〇年代の中頃から終りにかけて徐々に上昇しはじめた︒一九七五年以前の旧法であ
カセへる婚姻法(冨鋤叶謄一昌POb.一餌一{り餌亘ω①ω︾O叶)の下での離婚数の平均増加率は︑一九七五年までの七年間に︑ほぼ年間二千件で
カしへあった︒この漸増は︑一九七五年の家族法司㊤巨貯H9毒>9導入によってさえぎられ︑一九七六年には突如六万三千余
件のピークへと急増した︒一九七六〜七八年の間に生じた彪大な離婚数は︑あきらかに法律の変化と相関しているが︑そ
の背景は︑離婚の法的手続き上のあり方の変化との相関とみられる︒すなわち︑ある面ではそれまで有責主義に基づく旧
法の下で蓄積されていた諸件の訴訟上の遅滞が解消されたことによる︒つまり︑あるものは旧法下での離婚決定をひき伸
コへばしていたり︑あるいは離婚理由明示を要求されることにより決定を遅らせていたりしたものが︑破綻条項8‑h9︒巳什o冨亭
︒︒Φの導入によつて離婚に踏み切るようになったことによる︒また長年別居状態にあった夫婦が︑新法による離婚に踏み
切ったことなどによるものといえる︒とりわけ︑この別居は離婚数の趨勢を把握する上で無視できない特徴的事実であ
る︒すなわち︑国勢調査統計によると︑一九七一年と一九七六年の間に別居していた人口は六万四千人にまで増加した
リヘへが︑一九七六年と一九八一年の間では三万人への増加にとどまった︒新家族法の下で︑一つには別居期間が短縮されたこ
と︑二つには有責立証の必要性が低減されたこと︑三つには離婚に対する公的扶助受給の可能性が増大したこと︑などが
人々を別居から離婚へと急がせ︑あるいは以前は別居状態に満足していたような人々までをも離婚に駆りたてたとみられ
る(冒ω什淳暮Φo隔岡鋤践冒ω什09ΦρH㊤︒︒ω)︒この別居から離婚への推移が明らかな証拠に︑一九七九年以降︑離婚数の年間
増加数は定着し︑各年ほぼ二千件の増加に復した︒
オーストラリアの離婚率の長期的推移を展望してみると︑一八九一年以降の緩やかな上昇が︑第二次大戦を契機に一時
的ピークをもたらし︑以後一九五〇年代から六〇年代初頭まで徐々に低下している︒したがって︑一九七六年のピークの
意義はかなり明白でもある︒この一時的なピークも一九七九年までには沈静化し︑爾来︑離婚率は長期的な上昇傾向に復
している︒ただし︑ここで留意すべきことは︑離婚統計の解釈にとって重要なのは︑離婚の申し立て数と裁判所での離婚
許可数との関係であり︑あるいは裁判所の処理件数の考慮の必要性である︒すなわち︑年間の離婚数は必ずしも離婚申し
立て数と一致せず︑裁判所で処理し許可し得た数がその年の離婚数として計上されるからである︒したがって︑伺一年澗
オ ース トラ リア にお け る離婚 問題 と法 の対 応
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に許可される離婚件数と申し立て件数とば︑各州の裁判所の処理状態によって多様性があり︑州によウては同一年間の申
し立て数が許可数をはるかに上回る事もあれば︑逆に許可数が申し立て数を上回る事もあり︑各州でその傾向は一致して
いない︒
また︑離婚に関してよく問題にされるのは︑全婚姻数の何割位が離婚するかということである︒この問題は︑ある年に
結婚したカップルの離婚までの婚姻持続年数の相異と関連させる必要があり︑事はそれほど単純ではない︒したがって︑
例えば一九七二年に結婚したカップルが十年以内にどれ位の割合で離婚したか︑あるいは離婚しないでいたかというよう
な推計のしかたもあれば︑一九五〇年代中葉に結婚したカップルでは婚姻二十五年以内に離婚した割合がどれ位かを予想
する場合には前者よりもさらに正確な数が出せるということもある︒離婚数と共に︑離婚までの婚姻持続年数は︑結婚し
た時代的背景やそれにもとつく人々の経験上の相違とも相関しており︑どの時代に結婚した人々がどれ位の婚姻持続年数
を経て離婚したかをどのように相関連させていくかは︑かなり容易なことではない︒例えば︑オーストラリアでは︑一九
五四年に結婚したカップルのうち︑婚姻持続二十五年以内に離婚したカヅプルでは︑その一六%が婚姻持続一〇年以内に
離婚⁝しているのである(冒ω江梓葺Φo暁岡餌露=矯ω窪α坤Φω︑目ΦQ︒G︒)︒
さらに︑一九六五〜六六年に結婚したカップルの一九七五年の家族法制定までの十年間を見ると︑彼等のこの結婚最初
の十年間の離婚率は︑一九五〇年代中葉に結婚したカップル達の同期間の離婚率のほぼ二倍に相当する︒したがって︑離
婚率の上昇は家族法発効時点までに既にかなり進んでいたが︑家族法の及ぼす一時的なインパクトも明らかにみられたの
である︒とりわけ︑結婚五〜七年目と八〜九年目の人々に生じた離婚数の増大とその後の減少という推移からみて家族法
制定のイソパクトが明白にうかがえるし︑さらに︑統計上からも家族法は結婚生活でいっそう離婚を推進させるのに影響
を及ぼしたとみられる︒ちなみに︑婚姻五年内の離婚率は︑一九五七〜五八年に結婚した層と二〇年後の一九七七〜七八
年に結婚した層を比較してみると︑後者の層の離婚率は約一〇倍にも増加している(ぎω葺耳①o胤聞鋤巳貯ω叶二巳Φジお︒︒ω)︒
離婚増加の背景・理由の如何は別として︑昨今の離婚率の趨勢が長期に続くとすれば︑一体結婚の何割位が今後離婚昆
終ると仮定されうるのだろうか︒一九八二年一年間だけの統計をみると︑結婚総数十一万七千件余(うち約九万件が初
婚)で︑離婚総数は約四万四千件余であり︑離婚には約五万三千人の子供達が含まれていた(︾湯霞餌嵩餌昌し⇔舞Φ窪oh
ω什鉾幹8︒︒)︒これらの統計から予想すると︑一九八二年に結婚したカップルの三五%が婚姻後二十五年以内に︑またさら
に五%が二十五年以上過ってからと合計四〇%がいずれは離婚するだろうという(,冨︒∪8巴PHΦQ︒ω)︒
オーストラリアの結婚のほぼ四〇%が離婚に終ると推定されるに対し︑他の英語圏の国々と比較してみると︑アメリカ
合衆国では四七%が(一九七五年)︑イソグランド及びウェールズで三八%(一九八〇〜八一年)︑ニュージーラソドが二
七%(一九八〇年)とそれぞれ基準年度は異なるものの推定されている︒オーストラリアの離婚率はかなり高く︑他の国
々同様アメリカ合衆国の後を追っていることがうかがえる(ぎω葺葺Φo{団費巳貯o︒辞巳一Φ9ド㊤︒︒ω)︒
離婚率を初婚者のそれと比較してみると︑ほぼ変わりがない︒しかし︑婚姻後十年以内の離婚率からみると︑再婚者の
それは初婚者のそれよりもやや高いが︑婚姻後十五年以上過つと逆に初婚者の離婚率の方が再婚者のそれより高くなる傾
向がある︒アメリカ合衆国の白人に関する一九七三年の調査データでは︑離婚率は再婚の方が初婚よりも高いことを示し
ていた︒しかし︑一九八〇〜八一年のイングランドとウェールズの離婚率データによると︑オーストラリア同様に︑初婚
と再婚の離婚率がほぼ類似していたことからみて︑以前のアメリカ合衆国とは状況が変わってきたともいえるようだ
(冒ω捧暮Φo隔聞帥巳貯ω什ロα一ΦP一㊤︒︒も︒)︒また︑最近の離婚の高揚の中で︑オーストラリアやニュージーランドでは再婚率
が低下している︒推察される理由としては︑オーストラリア家族問題研究所の家族形成研究の調査によると︑離婚者達は
結婚に幻滅して再婚を望まなくなっていること︑さらに︑社会的サンクションが減じたことにより︑同棲または新しい相
手との訪問関係にとどまる者が増えたことである︒あるいはまた︑離婚時の財産および扶養費受け取りに関する協議ない
しはとりきめがあるためであり︑再婚すると給付されない公的扶助を得るためであり︑さらにまた︑離婚者の中には新し