金銅鎮鐸の製作技術と生産の様相
細 川 晋 太 郎
はじめに
正倉院には、幡などに吊るして使用したと考えられる二つの型式の金銅鎮鐸(南倉 幢幡鉸 具第 号・第 号)が伝わっている。一つの型式には「東大寺枚幡鎮鐸/天平勝寳九歳五月二 日」( 年)の銘があり、聖武天皇御一周忌の際に使用したとされる。 「鐸」とは、銅製あるいは青銅製の大型の鈴を意味し、日本では歴史教科書に掲載されてい る弥生時代の銅鐸が広く知られている。銅鐸あるいは後代の梵鐘の研究などについては、製作 技術や流通に関する研究蓄積が豊富にある。一方で、本稿で検討対象とする古代の鎮鐸(風 鐸)についての研究はほとんど進められていない。その理由としては、寺院跡の発掘調査など により確認されているものの、出土数は少なく、検討資料が限られているためと思われる。 正倉院の金銅鎮鐸については、『正倉院の金工』〔宮内庁正倉院事務所編 〕において製作 技術についての言及があり、また各型式の代表的なものについては、『正倉院年報』第 号 ( )・第 号( )において調査成果が公表されている。今回、内外面に施された彩色の 修理〔「年次報告」『正倉院紀要』第 号 〕に際して細部観察をおこない、製作技術や彩色 についての新たな知見を得ることができた。本稿では、金銅鎮鐸の観察を通じ、研究の基礎的 作業として製作技術を復元する。そして、鎮鐸生産の様相について検討をおこないたい。.金銅鎮鐸の観察
( )形態的特徴 金銅鎮鐸は鐸身が裾広がりとなる小型の釣鐘で、風招が風を受けることで鐸身に舌が当たり、 音を発するものである。これらは、一般的に「風鐸」と呼び、堂や塔の軒先に取り付けられる。 正倉院には二つの型式の金銅鎮鐸が伝わり、それぞれ第 号(其 ∼ 、風招残欠)、第 号 (其 ∼ )として整理されている(図 ∼ )。第 号金銅鎮鐸は断面が円形の鐸身で、肩や 中ほどに 条一組の突帯があるものとないものに分類される。本稿では前者の鐸身をAタイプ (其 ∼ )、後者をBタイプ(其 )として検討を進める。いずれも笠部中央にあけた孔に金 具を通して、四葉形の風招を吊り下げている(図 ・ )。第 号金銅鎮鐸は断面が菱形の鐸身 で、側面を袈裟襷文で区画し、上方には 個の乳を配した区画(乳の間)を設け、頂部に鈕を 鋳出したものである。風招の形が第 号とは異なり、一枚の扁平な板の左右に心葉形の透かし をつくり、そこに鈴を吊るしている(図 )。金銅鎮鐸の法量については、『正倉院宝物』 南倉Ⅲ〔宮内庁正倉院事務所編 〕で提示された数値に重量を追加したものを表 に示す。 (1)其 「一」 其 「二」 其 「三」
其 「五」 其 「七」 其 「八」
図 第 号金銅鎮鐸(其 ∼ )
(2)
其 「十一」 其 「十二」 其 「十四」
風招残欠
其 「十三」 其 「一」ヵ
図 第 号金銅鎮鐸(其 ∼ ・風招残欠)
其 其 其 其 其 其 其 其 図 第 号金銅鎮鐸(其 ∼ ) (4) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 14.54.13 Page
( )金銅鎮鐸の観察 金銅鎮鐸を観察するにあたっては、同様の鋳造品である銅鐸や梵鐘の製作技術に関する既存 の研究が参考となる〔香取ほか など〕。また、本品の製作技術については、過去、正倉院の 金工品全般を調査した際にも言及されている〔宮内庁正倉院事務所編 〕。以下では、それら で提示されてきた視点を踏まえつつ、金銅鎮鐸に残された製作に関わる痕跡を見出し、製作技 術復元のための基礎材料を整理する。なお、構造については『正倉院年報』第 号・第 号に 詳しい解説があるため、これらを参照する。 ①第 号金銅鎮鐸 鐸身口縁部 口縁部はA・Bタイプとも丁寧に研磨されている。研磨後に鍍金が施されてい るため(図 ‐ ・図 ‐ )、鋳型に溶かした銅を流し込んだ際にできる湯口の痕跡などは確認 できない。 鐸身外面 外面はA・Bタイプいずれもが笠部および側面とも平滑に整えられ、鍍金が施さ れている。いずれの個体の側面にも外型に由来すると思われる回転痕が薄く残り、内面に比べ て丁寧に研磨されている(図 ‐ )。Aタイプは側面および笠部に突帯を巡らし、笠部中央に は吊り金具を通すための長方形孔をあけることを基本とする(図 ‐ ・図 ‐ )。対して、B タイプ(其 )には突帯がなく、釣鐘を通す頂部の長方形孔の大きさなどもやや細長く作り出 されている。 第 号金銅鎮鐸Aタイプでは、笠部に「一」(其 )、「二」(其 )、「三」(其 )、「五」(其 )、「七」(其 )、「八」(其 )、「十一」(其 )、「十二」(其 )、「十四」(其 )、「十三」(其 )といった番号が刻まれている。また、Aタイプの側面には、「東大寺枚幡鎮鐸/天平勝寳九 歳五月二日」の銘が線刻(其 以外)あるいは墨書(其 )されている(図 ‐ ・ )。これら の銘および番号から、少なくともAタイプが聖武天皇御一周忌の法会の際に使用された、いく つかの鎮鐸の一部であることがわかる。なお、Bタイプの笠部には「一」と読める線刻の認め 表 南倉 金銅鎮鐸の法量 個体 番号 第 号 第 号 身高(㎝) 口径(㎝) 風招幅(㎝) 重量(g) 身高(㎝) 口径(㎝) 風招幅(㎝) 重量(g) 其 . . . . . . . . 其 . . . . . . 其 . . . . . . . 其 . . . . . . . . 其 . . . . . . . 其 . . . . . . . . 其 . . . . . 其 . . . . . . . 其 . . . 其 . . . . 其 . . . . (5)
.正面[其 ] .実測図[其 ] S= / .笠部[其 ] .鐸身内部[其 ] .線刻による銘文[其 ] .墨書による銘文[其 ] 図 第 号金銅鎮鐸 Aタイプ (6) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 14.54.13 Page
られるものもあるが、側面には銘がない(註 )。 鐸身内面 A・Bタイプとも、内面には中型表面に由来すると思われる回転痕が残る。外面 とは異なり処理が荒く、凹凸が明瞭に確認できる(図 ‐ ・ )。しかし、鐸身下端の三角突出 部では違いが認められる。Aタイプの三角突出部では、中型の回転痕が認められず、ざらつい た鋳肌の状態が残っている(図 ‐ )。一方、Bタイプの三角突出部では、先端まで中型に残る 回転痕が及んでおり、Aタイプとは異なっている(図 ‐ )。これは中型との関係で生じた製 作技術に関わる痕跡と考えられ、鋳型構造の相違を反映しているものと捉えうる。また、A・ Bタイプとも、頂部にあいた長方形孔の縁にはダボを入れていた痕跡である鋳バリが残ってい る。 .正面[其 ] .実測図[其 ] S= / .笠部[其 ] .鐸身内部[其 ] 図 第 号金銅鎮鐸 Bタイプ (7)
.外面に残る外型の回転痕[其 ] .内面に残る中型の回転痕および彩色[其 ] .内面に残る中型の回転痕および彩色 笠部が薄いため孔があいている[其 ] .内面の彩色[其 ] .内面における三角突出部の鋳肌(回転痕がない) [其 ] .内面における三角突出部の鋳肌(回転痕がある) [其 ] .風招( 枚の銅板を折り曲げ、山部で接合する) [其 ] .風招(縁に魚々子がめぐる)[其 ] 図 第 号金銅鎮鐸(細部) (8) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 14.54.13 Page
鐸身内面の彩色には、赤色顔料(鉛丹)を口縁部から中ほどまで塗るもの(其 ∼ ・ ∼ )と頂部側を含めた内面全体に塗りを施すもの(其 ・ ・ )が認められる(図 ‐ ∼ )。 風招・舌 風招・舌はいくつかの金具を組み合わせて作られている。Aタイプは笠部より表 に出る部分では、上下に円孔のある長方形および壺金具状の金属板を組み合わせ、壺金具状金 属板の上方の孔に金属線をつける。長方形の金属板は笠部中央にあけた長方形の孔に通し、風 招・打金を吊るす鎖を連結している。鎖は楕円形の鐶を 個連ねたもので、続けて中央に円孔 をあけた十字形の鉄製打金を差し通した金具を絡めて舌とする。打金を通した金具は下方が円 環となっており、そこに鐶を付けて風招を吊るす。風招は上部に連結のための孔をあけた 枚 の葉形の金属板をL字形に折り曲げ、折り目を突き合わせ、蝋付けすることによって四葉形を なしている(図 ‐ )。なお、其 および其 の風招の縁には魚々子文が巡らされている(図 ‐ )。また、其 の金属板は、其 などに比べてやや厚いものを用いている。笠部の上に出 る長方形と壺金具状の金属板、および風招の表面には鍍金を施し、鐸身の内側に収まる舌には 赤色顔料を塗る。 Bタイプ(其 )の風招・舌の様相はAタイプと異なる(図 )。Aタイプでは笠部より表 に出る部分は金属板を組み合わせていたが、その部分は鐶を 個連ねた鎖となる。鎖の下には、 中央に円孔をあけた十字形の鉄製打金を差し通した長い金具を吊るして舌とする。この金具は 上方が鉤形、下方が円鐶となっており、そこに風招を吊るすU字形の掛金具、風招を順に連結 する。風招は 枚の金属板を葉形に加工し、一枚は中央上方に、もう一枚は中央下方に切り込 みを入れ、その部分を垂直に組み合わせることで四葉形をなしている。下で受ける一枚に、U 字形掛金具に吊るすための円孔をあけている。また、Aタイプ(其 を除く)の金属板に比べ、 やや厚い金属板を用いている。風招、風招の掛金具の表面には鍍金が施されるが、上方の鎖に は確認できない。鐸身の内側に収まる舌には赤色顔料を塗る。 ②第 号金銅鎮鐸 鐸身口縁部 口縁部は研磨され、鍍金が施されている(図 ‐ )。明瞭に研磨痕が残るもの が多く、縁の研磨が内面側に及んでいるものも認められ(図 ‐ )、鋳造時に生じた鋳バリを 入念に除去したことがうかがえる。鋳型に溶かした銅を流し込んだ際にできる湯口の痕跡など は確認できない。 鐸身外面 外面は、乳の間を緑色顔料(緑青)で彩色し、その他は鍍金を施している。緑色 顔料の食いつきをよくするためか、乳の間は地が粗く整えられており、鋳肌や削り痕が明瞭に 残っている(図 ‐ ・ )。乳は四角柱状に鐸身と一体で作るが、其 については先が丸い乳を 別鋳で作り、それを嵌め込んで先端に鍍金を施している(図 ‐ )。また、其 の乳において も一部で同様の乳が用いられている(図 ‐ )。 鐸身外面には、縦中軸線上に型持ち孔の輪郭が確認できる個体がある(図 ‐ )。ただし、 外面は研磨および鍍金が丁寧に施されているため、すべての個体において明瞭に確認できるわ けではない。 (9)
平面形状は、大きく分けて其 とそれ以外のもので違いがみられる。他のものでは袈裟襷文 の交差箇所に線刻があるが、其 にはない。また、其 は他のものに比べて乳の間が小さく、 正面・背面中央の三角突出部がやや高い位置にある(図 ‐ )。 鈕は側面に円孔があき、二連鐶の鎖を付ける。鈕孔の内側には、鋳型の小さなずれによるも のと思われる鋳バリや湯回り不良と思われる溝が確認でき、ダボが合わせ型それぞれに設けら れていたことがわかる(図 ‐ )。鈕の形は二通りあり、平面が宝珠形のものと弧状を呈する ものがある(図 ‐ ・ )。なお、鈕の上に付く二連鐶の鎖には、鍍金や彩色は施されていない。 鐸身内面 内面は、外面に比べると光沢がなく、ざらついている(図 ‐ )。所々に小さな 突起などもあり、ほぼ鋳肌の状態を保っていると考えられる。鐸身の正面・背面の中軸線上に .正面[其 ] .実測図[其 ] S= / .鐸身内部[其 ] 図 第 号金銅鎮鐸 (10) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 14.54.13 Page
.乳の間[其 ] .乳の間[其 ] .口縁部の研磨[其 ] .鈕孔内面に残る鋳型のずれ[其 ] .方形の型持ち孔と詰め材(写真中央)[其 ] .頂部(鋳ぐるんだ吊り金具の先端が露出している) [其 ] .型持ち孔の詰め材(写真中央) 別作りの乳が突き出ている[其 ] .型持ち孔の詰め材(写真中央)[其 ] 図 第 号金銅鎮鐸(細部) (11)
は型持ち孔があり、詰め材を充填している状況が確認できる個体もある(図 ‐ ・ )。また、 其 は乳が別作りであるため、内面に突き出た乳の根元が確認できる(図 ‐ )。 鐸身内面の彩色は、基本的には笠部側を含めた内面全体に赤色顔料を塗るが、下から見上げ た際の見え方を意識してか、口縁部付近に厚く塗布している。 風招・舌 風招・舌はいくつかの金具を組み合わせて作られている。鐸身内面の頂部に取り つくU字形の吊り金具の下には、舌となる中央に円孔をあけた十字形の鉄製打金を差し通した 長い金具、そして二連鐶の鎖、風招を順次繋ぐ。打金を差し通す金具は、上端を鉤状に曲げて 吊り金具に引っ掛け、下端は打金の脱落防止を兼ねて鐶状に曲げ、鎖を吊るしている。風招は 金属板を葉形に加工し、左右二箇所に心葉形の孔をあけ、針金で鈴を取り付ける。風招の中央 上端は、下方を花弁状にした鐶金具で金属板を挟み込み、鋲でかしめ留めする(図 ‐ )。 鐸身内面の頂部では、U字形の吊り金具を本体に鋳ぐるむことで接合している状況が認めら れる。おそらく風招の脱落を防ぐため、吊り金具の先端は鈕の一部にまで及んでいたと推測さ れる。なお、計 点中 点は、鈕と吊り金具の向きが並行して取り付けられるが、其 のみ直 交しており、表面においても鋳ぐるんだ状況が観察できる(図 ‐ )。 風招には、鎖と連結する鐶金具以下、鈴を含めて表面に鍍金を施している。また、舌および 風招を吊るす鎖には赤色顔料を塗る。
.製作技術の復元
( )鋳型の構造 以上、第 号・第 号金銅鎮鐸の観察を通して、製作技術に関わる痕跡を中心に整理した。 ここでは資料に残された痕跡から、鐸身の製作に用いられた鋳型の構造について検討する。 ①第 号金銅鎮鐸(図 ・ ) 外型の構造 外型の形態は、鐸身の外面形状から直接的に類推可能である。鐸身外面に残さ れた製作技術に関わる痕跡から、外型の表面には回転痕が残る成形方法であったことがわかる。 梵鐘の製作技術と共通すると想定され、外枠の内側にある程度土を盛り付け、そこに挽型と連 結した軸棒を差し込み、挽型を回転させて余分な土を削り取ったと考えられる。その際に、土 に含まれる砂粒が挽型に挟まることにより、表面に回転痕が生じるのであろう(図 ‐ )。 中型の構造 中型の形態についても、外型同様、A・Bタイプそれぞれの鐸身内側の形状か ら類推することが可能である。鐸身内面に残された製作技術に関わる痕跡から、中型の表面に は回転痕が残る成形方法であったことがわかる。製作の手順としては、まず土の塊を挽型の形 に概ね沿うように盛り上げ、縦の中心に挽型と連結した軸棒を差し込み、挽型を回転させて余 分な土を削り落とす。その際に、土に含まれる砂粒が挽型に挟まることにより、表面に回転痕 が生じるのであろう。先述したように、鐸身内面に残る回転痕は、凹凸が明瞭であることから、 中型の表面処理はほとんどされなかったものと考えられる。 鐸身下端の三角突出部を作り出すためには、後述するように中型の下端側を段状に作り出し (12) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 14.54.13 Pageたと考えられるが、外型と組み合わせた際にその段差が外型に接し、中型がそれ以上入りこま ない細工となっている。また、頂部の孔に残る鋳バリの状況からすると、中型の頂部にダボを 差し込み、吊り金具を通す孔を設けたと考えられる。こうした構造は、溶かした銅を流し込ん だ際、外型に中型が入りこむことを防ぎ、湯回り不良を起こさないための仕組みも兼ねていた と判断しうる。このような造作によって、中型が鋳型の内部で縦横に動くことを防いでいたと 考えられる。形態の差こそあれ、A・Bタイプとも基本的な鋳型構造については同じである。 しかし一方で、A・Bタイプは鐸身下端の三角突出部の回転痕の有無に差があり、該当部を 作り出す方法には違いがあったと考えられる。Aタイプの中型は、鐸身の下端側を段状に作り 出し、その部分を削ることで三角突出部にあたる部分を作り出す。よって、削り出された部分 は、挽型を回転させることでついた回転痕が消されることになり、できあがった製品にも回転 痕は転写されないことになる。対してBタイプの三角突出部は、鐸身内面に中型の回転痕が 残っている。これはAタイプとは異なる方法で中型が作られたことを示す。こうした痕跡が残 る中型製作の方法は、挽型で土塊を円筒形状に削り、下端側に肉付けすることによって三角突 出部を作り出すものであったと考えられる。そのため、三角突出部の内面側には回転痕が残る ことになるのである。 鋳造方法 中型と外型の構造を復元し、その状況を踏まえると、外型が中型を覆う鋳型構造 となる。結果として、第 号金銅鎮鐸A・Bタイプの製作技術は、梵鐘の製作技術と共通する ものであり、『正倉院の金工』において推定された惣型による鋳造方法を追認することになる。 ただし、『正倉院の金工』では、「轆轤仕上げがほどこされ、そのあとで口の切り込みがなされ ている」( 頁)とあり、三角突出部を切り込んで作り出したとしている。しかし、本稿で明ら かにしたように、三角突出部の造作方法については、鐸身ができあがってから下方を切り込ん で作り出したのではなく、鋳上がり形状を想定して、中型製作の時点で細工を施し、一鋳で作 りだされたものであったということは強調しておきたい。 湯口の方向に関しては、その痕跡を確認することはできなかったが、笠部の厚みが相対的に 薄くなっており、中には孔が開いてしまった個体や亀裂が生じている個体がある(図 ‐ )。 これは湯回り不良が生じた結果と判断でき、外型と中型を組み合わせた際に中型が沈み込むよ うな、すなわち中型の頂部が下方向になる鋳型構造であったと判断できる。したがって、鐸身 下端側に湯口があったと推定する。 鋳造後、外面は研磨され平滑に整えられるが、内面は研磨処理がなされないため中型の回転 痕がそのまま残ることになる。 ②第 号金銅鎮鐸(図 ) 外型の構造 左右に稜角を持つ断面形状、および鈕孔で確認された鋳型のズレによると思わ れる鋳バリなどの状況からして、鐸身外面の文様を刻んだ二つの外型を用いたと考えられる。 乳の間は、乳も含めて一体で作りだすものが大半を占める。しかし、其 については乳が別づ くりとなっており、乳の根元を嵌め込んで留めている(図 ‐ )。したがって、其 の外型は、 (13)
.挽型を回転させて余分な土を削り取る。 ※外枠については省略 .土に含まれる砂粒により回転痕が残る。 .挽型を回転させて余分な土を削り取る。 .土に含まれる砂粒により回 転痕が残る。 .型を削り三角突出部を作る。 頂部にダボを埋め込む。 .外型と中型を合わせ、溶かした銅を流し込む。 .鋳型を壊して鐸身を取り出す。外面を研磨して完成。 図 第 号金銅鎮鐸 Aタイプ(鐸身)の製作工程 (14) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 14.54.13 Page
.挽型を回転させて余分な土を削り取る。 ※外枠については省略 .土に含まれる砂粒により回転痕が残る。 .挽型を回転させて余分な土を削り取る。 .土に含まれる砂粒により 回転痕が残る。 .型に肉付けし三角突出部を作 る。頂部にダボを埋め込む。 .外型と中型を合わせ、溶かした銅を流し込む。 .鋳型を壊して鐸身を取り出す。外面を研磨して完成。 図 第 号金銅鎮鐸 Bタイプ(鐸身)の製作工程 (15)
乳の間が平坦な造りのものであったであろう。鈕については、先述したように、鈕の内側に鋳 型のずれが生じていることから、鋳型は双方に円柱状の突起を持つものであったと考えられる。 中型の構造 中型の形態は、内側の形状がそのまま反映されたものであると考えてよい。製 品の観察から明らかになったように、外型と組み合わせた際に中型が内部で偏らないよう前後 の中軸線上には型持ちを設け、湯回り不良が生じないような処置をしている。また、中型の頂 部側には、あらかじめ作っておいたU字形の吊り金具を埋め込み、これを鐸身に鋳ぐるむよう 工夫している。 鋳造方法 二つの外型で中型を挟み、湯口から溶かした銅を流し込む方法となる。湯口の方 向については、本品と同様の鋳型構造である銅鐸の製作技術復元を参考にすると〔奈良県立橿 原考古学研究所附属博物館 ・島根県立古代出雲歴史博物館 など〕、鐸身下端側に設け られていたと考えられる。鋳型の構造上、銅鐸と同じように鐸身の下端や頂部にも型持ちが あってもよいように思われるが、明瞭な痕跡は確認できない。おそらく、銅鐸に比べると大き いものではないため、中軸線上に設けた型持ちのみで固定が可能であったと想定される。 ( )金銅鎮鐸の製作工程 以上の検討の結果を踏まえ、想定される鐸身の製作工程(鍍金を除く)についてまとめると 以下のようになる。 第 号金銅鎮鐸(Aタイプ)の製作工程 ①挽型を回転させて余分な土を削り取り、外型を作る。その際、内面には土に含まれる砂 粒により回転痕が残る。(図 ‐ ・ ) ②挽型を回転させて余分な土を削り取り、中型を作る。その際、表面には土に含まれる砂 粒により回転痕が残る。下端側の一部を削り取り、鐸身下端の三角突出部に該当する部 分を作る。頂部にダボを埋め込む。(図 ‐ ∼ ) ③外型と中型を合わせ、湯口から溶かした銅を流し込む。(図 ‐ ) ④鋳型を壊して鐸身を取り出す。外面を研磨して完成。(図 ‐ ) 第 号金銅鎮鐸(Bタイプ)の製作工程 ①挽型を回転させて余分な土を削り取り、外型を作る。その際、内面には土に含まれる砂 粒により回転痕が残る。(図 ‐ ・ ) ②挽型を回転させて余分な土を削り取り、中型を作る。その際、表面には土に含まれる砂 粒により回転痕が残る。下端側の一部に肉付けし、鐸身下端の三角突出部に該当する部 分を作る。頂部にダボを埋め込む。(図 ‐ ∼ ) ③外型と中型を合わせ、湯口から溶かした銅を流し込む。(図 ‐ ) ④鋳型を壊して鐸身を取り出す。外面を研磨して完成。(図 ‐ ) 第 号金銅鎮鐸の製作工程 乳を別作りとする其 以外についての製作工程を示す。 (16) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 14.54.13 Page
.文様を刻んだ外型を二つ作る。 .外型に合わせた中型を作る。 吊り金具を頂部に埋め込む。 .二つの外型と中型を合わせる。 .溶かした銅を流し込む。 .鋳型を壊して鐸身を取り出す。外面を研磨して完成。 ※型持ち孔を埋める工程は省略 図 第 号金銅鎮鐸(鐸身)の製作工程 (17)
①鐸身外面の文様を刻んだ外型を二つ作る。(図 ‐ ) ②外型に合わせた中型を作る。吊り金具を中型の頂部に埋め込む。(図 ‐ ) ③二つの外型で中型を挟み、湯口から溶かした銅を流し込む。(図 ‐ ・ ) ④鋳型を壊して鐸身を取り出す。外面を研磨して完成。(図 ‐ )
.金銅鎮鐸の生産の様相
前章までに、金銅鎮鐸の観察に基づき製作技術を明らかにし、その復元的検討をおこなった。 以下では製品の規格性を検討し、生産の様相について若干の考察を加え、まとめとしたい。 鐸身の規格性 第 号・第 号金銅鎮鐸は、基本的にそれぞれの完成形が「同じ作り」とな る。前章ではそれぞれの鐸身の製作技術、すなわち鋳型構造を復元した。では、製作にあたっ ては、どの程度の規格性があったのであろうか。 第 号金銅鎮鐸では、形態的特徴の違いから大きくA・Bタイプの二つに分類し、製作技術 に関わる痕跡を観察した結果、それぞれの鐸身が異なる方法によって作られていることが明ら かとなった。数的に比較可能なAタイプを対象にして、規格性の有無を検討してみよう。 第 号金銅鎮鐸Aタイプは、中型を削ることによって三角突出部を作りだすため、鐸身下端 付近は個体ごとに形状や厚みの違いがみられるが、その他の外形の法量はほぼ同じである。挽 型の形状が反映されやすいと想定される鐸身の笠部側と中央にある 条突帯間の距離は、短い もので .㎝、長いもので .㎝であり、その違いは鋳型の乾燥による収縮や鋳造時の凝固によ る引けの度合いによるものと捉えうる。笠部では個体ごとに厚みが異なる点が見受けられ、総 重量にもややばらつきが認められるが(表 )、先述のように、これは中型の頂部が下方向にな る鋳型構造であったために、中型が沈み込んだことによって厚みに多少の差が生じた結果と考 えてよいであろう。したがって、第 号金銅鎮鐸Aタイプの鐸身は、基本的には同じ挽型を用 いて個々の鋳型を作り、鋳造したものと考えられる。 第 号金銅鎮鐸の鐸身では、鈕の形や乳の形成方法などに違いが認められ、其 とそれ以外 では形態上も相違点がみられた。鈕の形には二種類あり、宝珠形を呈するものが 口と弧状を 呈するものが 口(其 ・ )ある。宝珠形の鈕それぞれを比較すると、肩の高さや鈕孔の位 置に違いが認められるなど、必ずしもすべてが同じ形というわけではなく、其 以外のものの なかでもばらつきがある。乳の間では、乳を別作りして嵌め込んでいるものと乳と一体で作る ものが確認された。ただ、当初から別作りした乳を嵌め込むことを意図していたと考えられる 個体は其 のみであり、基本的には鐸身と乳を一体で鋳出す方法で製作したようである。其 では、乳の一部を別作りのもので補っている状況が認められたが、これは湯回り不良によって 乳が形成されない部分ができたことが要因と思われる。 以上の状況に加え、左右に稜角を持つ断面形状からすると、第 号金銅鎮鐸の製作は、原型 を作り、それを土で塗り固めて形を写しとった込型による鋳造であったと考えられる。中型の 頂部には、鐸身に鋳ぐるむためのU字形吊り金具を埋め込まねばならない。そのため、外型の (18) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 13.06.11 Page鈕部分については、U字形吊り金具の位置とのバランスを考慮して、中型完成後に鈕部分を彫 り込んだとみてよいと思われる(註 )。つまり、原型には鈕が表現されていなかったということ になる。 鐸身高をみると、最も高い其 が .㎝、其 ∼ は .∼ .㎝と近い数値でまとまり、 其 は .㎝と最も低い(表 )。形状の比較では、其 は他と乳の形成方法や鐸身の形状にや や違いがあり、なおかつ鐸身高が最も高く、個別の原型が用いられたとみてよい(図 ‐ ・ )。そして鐸身高が近い数値でまとまり、形状が近似する其 ∼ には、其 とは異なる原型 が用いられたと考えられる(図 ‐ )。これらの点から、第 号金銅鎮鐸の製作には、少なく とも二つの原型の使用が認められる。其 ∼ においては、袈裟襷文の幅などにやや違いがあ るが、これは原型で土に形を写したのちに、形を整えた結果と考えられる。 また、仕上がった製品を原型とし、その外形を土に写し取って外型を作り鋳造する、いわゆ る踏み返しによる製作がおこなわれた可能性も考慮すべきであろう。鈕の形状に差異が認めら れるものの、先に想定したように外型の鈕部分の彫りについては中型完成後と考えれば、製品 の形状を写し取った後に鈕部分の微調整をして鋳型を作ることは可能である。其 ∼ では、 そうした方法によって作られたものが含まれているかもしれない。しかし、法量や鋳上がりに 顕著な違いは認められないため、現状では原型から形を写し取った際の微調整や溶かした銅が 凝固した際に生じた引けによる差と捉えておきたい。 其 は、其 ∼ に比べてもやや鐸身高が低く(図 ‐ )、先述のように、湯回り不良によっ て乳が形成されなかった部分を別作りで補填している状況が認められた。踏み返しによって型 を取った場合、原型に比べ形がうまく形成されないことがある。やや鐸身高が低くなるのも、 踏み返しに起因するのかもしれない。したがって、其 については、其 ∼ と同じ原型を用 いて作った可能性と其 ∼ のいずれかを用いて、踏み返しによって作られた可能性を想定し ておきたい。 其 其 其 其 其 其 其 其 図 第 号金銅鎮鐸 鐸身高の比較(※スケールほぼ同じ) (19)
風招・彩色の規格性 第 号金銅鎮鐸A・Bタイプは、ともに下端に四弧の刳形を施した裾 広がりとなるほぼ同大の鐸身に鍍金を施し、四葉形の風招を吊り下げ、内面には赤色顔料を塗 るという基本的な要素は共通し、機能にも差がない。しかし、十字形の鉄製打金を差し通す金 具や風招の作り方などには双方に違いが認められた。突帯の有無という鐸身形状の違いもさる ことながら、鎮鐸完成後には外からみえなくなってしまう内側に付けられた吊り金具の形状に も違いが認められる点は注目すべきである。また、 口あるAタイプをみても、十字形の鉄製 打金の太さに違いが認められ、風招には縁に魚々子を巡らす個体があるなど、個体ごとに細か な差が見受けられた。一方、風招の形には微妙な差が認められるものの、ほぼ同じ形になって いるので、型紙などをもとにして同形のものを複数枚製作した可能性がある(註 )。また、鐸身内 面への彩色の在り方は、内面の下半分ほどに塗るもの、あるいは全面に塗るものが確認できる。 第 号金銅鎮鐸においては、乳の取り付け方などから、其 とそれ以外では異なる原型の使 用を想定したが、いずれも下端に四弧の繰形を施したほぼ同大の鐸身に鍍金を施し、打金・風 招の形はほぼ同じで、乳の間には緑色顔料を、鐸身内面には赤色顔料を塗るという基本要素は 共通している。風招に用いられた金属板は、第 号金銅鎮鐸と同様に、型紙などをもとにして 同形のものを複数枚製作していたようである。ただし、其 の風招は歩揺が付き、鈴がある円 孔まで切り込みを入れるなど、相違点がみられる。鐸身内面の彩色は、全体に薄く塗り、口縁 部付近を厚く塗ることを基本としており、一定の規則性がみられる。 生産の様相 第 号・第 号金銅鎮鐸の製作における規格性について検討し、規格性が認め られる要素と、ある程度の規範の中における個体差を確認した。ここまでの分析から、以下に 金銅鎮鐸の生産の様相について述べる。 ここまでにみてきた第 号金銅鎮鐸の状況を素直に捉えるならば、A・B二つのタイプに認 められた鐸身の製作技術や舌・風招の違いの相関性は、系統が異なる二つの製作者集団の差異 を反映しているものと理解できる。そしてAタイプにおける、鐸身以外の要素にみられた個体 差は、基本的にはその製作者集団内で作業を担った工人の違いが反映されているといえよう。 おそらく鐸身、舌の取り付け、風招の製作、鍍金および鐸身内側への彩色など、工程ごとに別 の工人が分業していたと想定される。また、鐸身内側の彩色状況や風招にも細かい違いがみら れる点に着目すれば、強い規格性が認められた鐸身製作以外の工程では、複数の工人が携わる ような生産の様相を復元できる。 さて、ここで本来、A・B両タイプが同じタイミングで使用されたセットとして捉えうるの かが問題となる。Aタイプには使用に伴う紀年銘が刻まれ、Bタイプには銘がないため、今の ところA・B両タイプが同時に使用されたという確証はない。鐸身の笠部には番号が刻まれ、 Aタイプには「一」から最も大きいもので「十四」までの番号が付されており、Bタイプであ る其 には、無銘もしくは「一」と読める可能性のある刻みがある。仮に其 が無銘であった 場合でも、あるいは笠部に「一」の番号が入っていたとしても、これらA・Bタイプは、製品 としては本来別のセットであったと考えるべきである。しかし、鎮鐸としての基本的な構成要 (20) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 13.06.11 Page
素に強い共通性を持つ両系統が製作された背景には、鎮鐸製作における基本要素を規定し、そ れぞれの製作者集団を統括する存在があったと考えるのが妥当である。 したがって、第 号金銅鎮鐸A・Bタイプは、基本的には同じ場面での使用を目的として作 られた鎮鐸であったと考えて大過ないであろう。両者が製作された工房は、厳密には異なって いたと思われるが、同じ金属器生産の土壌にあり、相互に行き来しあい情報を共有できるよう な、関係性の深い製作者集団による製作が想定される。 第 号金銅鎮鐸は、其 とその他のもので乳の造作に違いがみられ、大きな違いといえばこ の点となる。少なくとも二つの原型が用いられたと考えられるが、鐸身の外形と風招の付け方 や形は統一されているため、第 号金銅鎮鐸A・Bタイプの様相とは異なり、大きくは一つの 製作者集団の系統と判断してよい。その中で、二つの原型による製作が行われていたと考えら れる。製作におけるそれぞれの工程で分業されたとしても、舌・風招の製作技術や取り付け方 法には強い共通性が認められるため、携わった工人はごく限られたものであったと思われる。 さて、第 号金銅鎮鐸と第 号金銅鎮鐸の製作時期についてであるが、第 号については、 Aタイプに「東大寺枚幡鎮鐸/天平勝寳九歳五月二日」( 年)の銘があるため、聖武天皇御 一周忌用として同年に用意されたものと考えて大過ない。Bタイプについては銘がないものの、 仕上がりとしては同じ作りであるため、ほぼ同時期のものと想定できる。ただし、型式学的な 前後関係については、比較資料が限られており不明と言わざるを得ない。 第 号については、紀年銘がないため厳密な製作時期についてはわからない。しかし、東大 寺近隣の大安寺旧境内や各地国分寺跡で同様の作りの風鐸が出土していることから、概ね 世 紀中頃の製作と考えられる(註 )。 第 号金銅鎮鐸と第 号金銅鎮鐸は、型式および製作技術が異なるため、製作における前後 関係を明らかにすることはできない。それでも鐸身の形以外の鎮鐸を構成する基本的要素は共 通するため、背景にある生産組織としては、大きくは変わらないものであったと考える。当時 の歴史的背景からして、東大寺近辺でこうした金属器の生産を所管していたと考えられるのは 造東大寺司である。造東大寺司には鋳所が設けられていたことがわかっており、以上のように 復元した第 号・第 号金銅鎮鐸の生産の様相は、造東大寺司の鋳所内における銅製品生産の 一端を示しているものと考えておきたい。
おわりに
本稿では、南倉 第 号・第 号金銅鎮鐸の観察から製作技術を復元し、他の構成要素の分 析を経て、生産の様相について検討した。特に第 号金銅鎮鐸では、A・B二つのタイプに分 類し、結果としてそれぞれが異なる製作技術によって形作られたものであることが明らかと なった。本稿で注目した鐸身内面に残された中型痕跡の観察視点は、今後、同種の風鐸を観察 するうえでも有効な視点になると思われる。 ところで、第 号金銅鎮鐸では、 口のうち鐸身内面全体に赤色顔料を塗布しているのは其 (21)・ ・ の 口であり、他は中ほどまでの塗布で留めている。実際、下から見上げた際には 鐸身の奥のほうまではみえず、塗布する部分は鐸身の口縁部手前までで十分であり、そこには 携わった工人個人の判断も垣間見える。出土資料では、鍍金が残ることはあっても、乳の間や 鐸身内側に施された彩色が残ることは稀であろう。しかし正倉院例は、いずれも製作当時の色 合いを今に伝えるとともに、下から見上げた際の鐸身内側の彩色の見え方なども知ることがで きる。こうした点も、まさに伝世品である正倉院宝物ならではの特質といえる。 冒頭でも述べたように、古代の風鐸についての研究蓄積は少ない。各地の出土品等を観察し、 製作技術等を明らかにすることによって、古代における工人の移動や情報の伝達について言及 できる可能性もあろう。それらについての検討は、今後の課題としておきたい。 謝辞 本稿をなすにあたり、㈱大谷相模掾鋳造所の大谷哲秀氏には、風鐸の製作技術について様々 なご教示をいただきました。ここに記して感謝申し上げます。 註 ( )これまで金銅鎮鐸について報告された、帝室博物館 『正倉院御物図録』十三や宮内庁正倉 院事務所編 『正倉院の金工』、宮内庁正倉院事務所編 『正倉院宝物』 南倉Ⅲなどの解 説においては、第 号金銅鎮鐸其 (Bタイプ)の笠部は無銘と表記されてきた。しかし、修理 に伴い表面の埃除去をおこなったところ、鍍金後に生じた窪みが確認された。鋳造時に生じた ものではなく、他の第 号金銅鎮鐸(Aタイプ)の笠部に刻まれた番号の状況と同じであり、こ れも「一」の番号とみなせる可能性がある(図 ‐ 中央右下)。 ( )『正倉院年報』第 号 年次報告( )の時点では、「鈕は本体と別鋳で作り、笠部中央に開け た孔に、内面より差して蝋付けを行う」( 頁)という所見が示されている。今回の検討で第 号金銅鎮鐸全体を観察した結果からすると、U字形の吊り金具を中型に埋め込み、鈕の形を彫 り込んだ外型を合わせて鋳出したと考えたほうが、鋳型構造と製品の関係をより合理的に解釈 できると思われる。 ( )この点に関しては、南倉 幢幡鉸具第 号として整理されている 枚の金銅磬形垂飾が参考 となる。金銅磬形垂飾は花形を呈する金属板で、第 号金銅鎮鐸の金属板よりも一回り小さい が、これを折り曲げて接合すると第 号金銅鎮鐸の風招のようになる。金銅磬形垂飾の中にも、 何通りか形が共通するものがみられ、また縁が無文のものと魚々子が巡るものがあり、第 号 金銅鎮鐸の製作と強い関連性を示す。 ( )古代寺院の堂塔の軒先に吊り下げられたと考えられる主な風招の形は、第 号金銅鎮鐸のよう に断面が菱型を呈するものである。出土例を参考にすると、奈良県大安寺旧境内(西塔跡)例は 鐸身高が .㎝〔奈良市教育委員会 a〕、および鐸身高約 ㎝〔奈良市教育委員会 b〕、 鳥取県伯耆国分寺跡例は鐸身高 .㎝〔鳥取県倉吉市教育委員会 〕となっており、鐸身高 ㎝前後の正倉院例とは大きさがだいぶ異なる。第 号金銅鎮鐸も鐸身高 .∼ .㎝となっ (22) /正倉院紀要 2019 41号/本文 41号 2019/金銅鎮鐸の製作技術 2019 41号 2019.03.22 13.06.11 Page
ており、堂塔に吊るされたと考えられる風鐸に比べて小さい。鐸身に刻まれた「東大寺枚幡鎮 鐸」の銘にあるように、重さの点からしても、まさに幡などの使用に適したものであったとい える。第 号金銅鎮鐸も、おそらく幡あるいは天蓋の隅などに吊り下げて使用されたと考えら れよう。 参考文献 稲垣晋也 「その他の建築資材」『新版考古学講座』第 巻 有史文化下 雄山閣 香取正彦・井尾敏雄・井伏圭介 『金工の伝統技法』理工学社 宮内庁正倉院事務所 『正倉院年報』第 号 宮内庁正倉院事務所 『正倉院年報』第 号 宮内庁正倉院事務所 『正倉院紀要』第 号 宮内庁正倉院事務所編 『正倉院宝物』 南倉Ⅱ 毎日新聞社 宮内庁正倉院事務所編 『正倉院宝物』 南倉Ⅲ 毎日新聞社 蔵田蔵・内藤四郎・三井安蘇夫・鈴木寛爾・中野政樹 「個別解説」『正倉院の金工』宮内庁正倉 院事務所編 日本経済新聞社 小林行雄 『古代の技術』塙書房 島根県立古代出雲歴史博物館 『弥生青銅器に魅せられた人々−その製作技術と祭祀の世界−』 帝室博物館 『正倉院御物図録』十三 鳥取県倉吉市教育委員会 『伯耆国分寺跡発掘調査報告Ⅰ』 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館 『銅鐸−弥生時代の青銅器生産−』 奈良市教育委員会 a『奈良市埋蔵文化財調査概要報告書 平成 年度』 奈良市教育委員会 b『奈良市埋蔵文化財調査概要報告書 平成 年度』 奈良文化財研究所 『平城宮第一次大極殿の復原に関する研究』 彩色・金具 森郁夫 「その他の寺院跡出土遺物」『新版仏教考古学講座』第 巻 寺院 雄山閣 柳雄太郎 「正倉院金工の銘文」『正倉院の金工』宮内庁正倉院事務所編 日本経済新聞社 挿図出典 表 宮内庁正倉院事務所編 『正倉院宝物』 南倉Ⅲおよび調書をもとに作成 図 ‐ および図 ‐ 宮内庁正倉院事務所 『正倉院年報』第 号および同 第 号「年次報 告」掲載図面より改変トレース 図 ‐ 筆者作成 図 ∼ 筆者作成 (23)