現代中国における道徳教育改革に関する研究 [ PDF
4
0
0
全文
(2) 主要な思想統治方法として利用されたことを述べる。そ. へと変化し、また、外国の先進的な思想を鑑みたことに. れは原始儒学、漢唐の経学、宋明の理学、清の考証学と. より、中国の実情に対応し、中国の発展に対して推進的. いう四つの変遷段階をわたった。原始儒学においては主. な役割を果たすことができるような社会主義思想に進ん. に孔子の「仁」の思想を核心とした。孔子の「仁」の思. だ、という過程になっている。. 想は上下等級秩序の尊重を主張しながら、人間の団結・ 助け合い・調和を強調している。 政治思想の面において、. 第二章 現代中国における道徳教育の改革. 孔子は「徳治」思想を提起したのである。つまり、孔子. この章では、現代中国で行われた道徳教育の改革にお. は政治と道徳との合致を主張し、政治の倫理化を説いた. ける背景、理念、方針について考察した。. のである。漢唐の経学においては、儒家の経典（ 『詩』 『書』. 背景としては、四つの原因が含まれている。①世界的. 『礼』 『易』 『春秋』 ）に対する注記と解釈である。武帝の. 背景では、多くの先進諸国においては、青少年の自制心. 時になって漢王朝の中央集権的体制が強化されるにつれ. の欠如による犯罪の増加や人種差別問題、宗教問題など. て、学問思想界は儒家一尊に定まった。また、董仲舒は. 様々な価値の対立や混乱が生じてきたため、道徳教育が. 道徳論において「君為臣綱」 「父為子綱」 「夫為婦綱」と. 推進された。②国内の変化による道徳教育の強化を要求. いう「三綱」説を提起した。董仲舒による新儒学は、漢. する。 それは、 鄧小平の改革開放の先進的な思想により、. 帝国の国家統一的支配体制にとって強力な理論的支柱と. グローバリゼーションが中国へ進む現在、先進諸国と経. なったのである。宋明の理学においては、哲学化された. 済、政治、文化さまざまな面において、交流すると同時. 儒学である。それが、儒家思想を基本としたが、仏教・. に影響もあるため、伝統的な価値観は、現在揺るがされ. 道教の思想とも深く融合し、以前の儒学者があまり使っ. ている。そのため、道徳教育は、青少年の正しい価値判. ていない心・性・情・命などの概念によって精密な理論. 断力の形成や積極的な生活態度、そして社会に基づいた. 体系が構成された。その理論の深遠さ、論証の緻密さ、. アイデンティティや一定の道徳生活能力などの面におい. 思惟の弁証法などの面において大きな発展を遂げた。清. て責任を負う人材を育成することが重視されている。③. の儒学の主流は、考証学であった。考証学というのは、. 現在の道徳教育には問題がある。 これまでの道徳教育は、. 一種の文献学であり、古典の校勘・批判などの研究を通. （A）道徳性を育成するより知識の学習を重視していた、. じて、古代聖賢の教え、古代の文化、歴史上の制度・事. （B）社会的な実践よりは授業中の学習を重視していた、. 実を解明しようとする学問であり、きわめて実証的な学. （C） 生徒の主体性を培うよりは教師の教学を重視してい. 問であった。. た、以上のことを中心として進めてきたため、実際の社. こうして、儒学は古代の中国の歴史的発展の中で主要. 会生活と離れてしまい、生徒の積極性、創造性および道. な思想的支配となったため、人々は儒学に大きく影響さ. 徳実践の能力が抑圧された。④道徳教育に基づく価値観. れていた。. 指導の重要性。社会の急速な変化によって引き起こされ. しかし、清の統治の腐敗およびアヘン戦争の起こりに. た「道徳化を除去する」という思想に対して、価値観を. したがって、中国は半植民地半封建的な社会へと変わっ. 科学的に導くことが必要不可欠だと考える。. た。 そこで、 封建的保守思想と民主的革命思想が衝突し、. これらの問題を解決するために、中国は 2003 年新し. 論争している間に、中国の近代思想を代表する三民主義. い教育改革が行われた。. が出現したことにともなって孫文が辛亥革命を起こした。. 具体的にみると、改革の中心としては、教師が一方的. その結果、清王朝の封建的専制統治はひっくり返され、. に教えるのではなく、より実践的な授業が行われること. 中華民国の建立にしたがい、中国の半植民地半封建的社. である。中等教育における道徳教育のカリキュラムの基. 会の統治制度が終わりになった。また、中国共産党が誕. 本的な理念においては、生徒の生活をカリキュラム構築. 生したことにより、28 年の戦争歳月をかけて、中国を統. の基礎とし、責任感を身につけ、積極的かつ健康的な生. 一した。マルクス・レーニン主義を基礎とする毛沢東の. 活を送れることを追求し、正しい価値観の導くことによ. 思想は、中国共産党の指導思想として確立されたことに. り生徒独自の思考能力を育成する、というものである。. したがって、中国はこの思想をもとにして社会主義的建. したがって、知識、能力、感情（配慮や受容するなどの. 設が行われ、様々な成果を得られたのである。. 思いやりの気持ち） 、態度、実践および価値観が統一でき. この古代から近代にわたり、現代まで至る各時代の主. ることを基本的な目標としている。また、学校教育は人. な思想的変化は、古代の儒学から近代の民主主義的思想. の生涯発達に対し、良好的、健康的、および徳性的な品 2.
(3) 行を中心とする思想道徳素質の基礎段階を定めるため、. 徳教育の目的とする「インカルケーションによる道徳教. 目的性、系統性、集中性と、動かすことができない特徴. 育」が行われた。しかし、インカルケーションでは、価. を持つので、価値観の指導を続けることは基本の教育理. 値が押し付けになりがちであり、子どもを価値の創造者. 念と主張される。. として扱わずに受動的存在として位置付けると考えられ. この教育改革は、中国において、建国してからもっと. る。これらの問題を解決するため、次に、 「価値の明確化. も系統的、大規模的な教育改革である。改革された道徳. による道徳教育」が行われた。ラスが中心となって展開. 教育のカリキュラムは、ようやく生徒の実生活と結びつ. された価値明確化の教育は、多くの教育現場で積極的に. くようになり、空間的、時間的な距離の遠近にもかかわ. 迎えられた。ラスによれば、価値とは個人的経験から生. らず、経済、政治と文化生活などの領域で生じたことに. まれるものであり、 「正しい」とか「間違い」とかいった. 対してまず興味が引き出され、それから、いろいろな物. 種類のものではない。つまり、価値は個人的・状況的・. 事についての知識や倫理的な基準に基づいて積極的に考. 相対的なものであり、あくまでも本人自身の価値決定の. えたり、実践したりすることができるようなよりよい人. 権利を尊重しなければならない。そこで、学校でなすべ. 間になると考えられる。つまり、知識や情感、人間性や. き価値教育は価値の内容を教えるのではなく、価値を明. 責任感がより豊かに充実される一方、自分の価値もより. 確にするためのプロセス（valuing process）を教える. 有益に、より大きく発揮することができ、更に現代社会. べきである、と主張した４ 。しかし、問題は、道徳的価. に求められるふさわしい資質を持つようになると考えら. 値とそれ以外の価値（例えば、嗜好など）とを混合しが. れる。また、この改革の理念を通して、中国は道徳教育. ちである、という点である。それから、 「コールバーグの. に対する極めて重要視の態度と、実践により真の価値観. 道徳性発達段階理論」が登場した。コールバーグの言う. を見つけるという方針が分かる。. 道徳性の発達段階は、社会的状況において、役割取得（他 社の立場に立って考える）の様式が順に変化・発達して いくのを表しており、この役割取得能力（role taking. 第三章 先進諸国における道徳教育 先進国を代表するアメリカと、また、中国に地理的に. ability）が道徳性の発達に大きな影響を与えるのであ. もっとも近い先進国としての日本の道徳教育の理念と指. ると主張された。しかし、倫理学的研究というよりむし. 導法について考察した。. ろ心理学的研究の傾向が強い、また、 「正義」に基づく道. アメリカ：. 徳性は最高原理として、 「ケア」 「責任」の道徳にまさる. 1960 年代以後のアメリカは、 道徳教育法の研究や子ど. と断定された。これに反論してノディングズは、ケアと. もの道徳性の発達に関する研究が盛んに行われた。その. 責任の道徳性を強調しながら道徳教育を論じて、 「ケアリ. 多くのものは、従来行われていた伝統的道徳教育は失敗. ングの倫理的理論」に注目した。ノディングズの説くケ. であったとする点で一致し、伝統的道徳教育のアンチテ. アリング倫理は、何が正義かを考える前に情感的や意志. ーゼを示すと同時に、価値の多様化が進展する社会の中. 的共感に基づいて困っている人を助けようとする思いや. で公立学校における道徳教育の方法という問題点に対す. りの倫理的思想である。 「受容」と「罪と勇気」という側. る答えの追求が見られた。こうした流れにあって、教育. 面に焦点を当てて論述した。そして、倫理的理想を育て. 現場に広く受け容れられたのは、ラス（Louis Raths） 、. る方法として、①モデリング（模倣） 、②対話、③練習、. ハーミン（Merrill） 、サイモン（Sidney Simon）等によ. ④奨励の４つを提示している５ 。子どもたちにとって、. る 「価値 の明 確化」 と、コ ール バーグ （ Lawrence. 教師との心理的距離が近いことは、子どもの生きがい感. Kohlberg）の道徳性発達理論、およびノディングズのケ. に大きな影響を及ぼすから、対話によって信頼関係を築. アリング倫理的理論に基づく道徳教育の方法である。こ. く。ボランティア活動などの練習により、ケアリングの. の章で特に提起したノディングズのケアリング倫理の概. 雰囲気が溢れ、愛情に満ちた空間の中で成長させること. 念は、より道徳的、倫理的な立場に立って、道徳教育に. ができる。さらに、ケアリングで行われる奨励の意味と. 関する指導法、教師像について、より深刻的に論述され. は、 ただ相手への｢ほめ言葉｣を意味しているのではなく、. たと見られる。. 奨励されるべき行為を源泉として、そこから湧き出てく. まず、子どもにしつけや物事の善悪のけじめを十分に. る可能性を子ども自身が導きだすようなケア（配慮）が. 指導してこなかった点を指摘されることに対し、望まし. ケアリングに基づく奨励と考えられる。このようにケア. い価値を生徒に教え、それを内面化することをもって道. リング倫理に基づいて行われる道徳の授業こそが、子ど 3.
(4) もの思いやりの心を育むことができると信じられている。 日本：. 次に、現段階で実践された道徳教育が、子どもの人生 観、価値観の形成に対して、どのようなインパクトを及. 2002 年、日本においても道徳教育の改革が行われた。. ばしているかを検討することである。. 小学校学習指導要領、中学校学習指導要領、高等学校学. そして、最後に個性化についてである。また、道徳教. 習指導要領には、それぞれ第一章総則において道徳教育. 育が重要視されている現在、欧米と日本で生徒の個性化. の目標と基本的な方針が述べられているように、道徳教. が尊重され、 価値判断がよく訓練されている。 中国では、. 育は教育基本法および学校教育法に定められた教育の根. これらの問題に関する道徳教育が欧米より遅れているが、. 本精神に基づき、人間尊重の精神と生命に対する畏敬の. 近年、道徳教育に関する政策・方針が出されて、中等教. 念を家庭、学校、その他の社会における具体的な生活の. 育において実験的に実行されている。以上の研究を踏ま. 中に生かし、豊かな心を持ち、個性豊かな文化の創造と. え、中国の道徳教育における指導法、実践の実態、個性. 民主的な社会および国家の発展に努め、進んで平和的な. 化の尊重などについてのさらなる研究が今後の課題とな. 国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成. ると考える。. するため、その基盤としての道徳性を養うことを目標と する。また、 「心の教育」答申においては、学校の教育活 動全体で行う道徳教育の「かなめ」としての「道徳の時 間」の役割とその活性化を提言するとともに、ボランテ ィア活動、事前体験活動、郷土の文化、伝統に親しむ活 動といった体験的な道徳教育の必要性を求められている。 第四章 先進諸国と中国の道徳教育の比較考察 以上で述べてきたことを踏まえ、アメリカ、日本と中 国の現在における道徳教育の実態、理念、指導法を比較 考察し、この三国の道徳教育の共通点と特徴について考. 主要引用文献 １．武内義雄著 『中国思想史』 岩波書店 1995 年 ２．王家驊著 『日中儒学の比較』 六興出版 1988 年 ３．柳礼泉著 『毛沢東思想概論』 http://www.jswl.cn/course/maogai/5/index5_4.htm ４．デュルケム（E.Durkheim） 『道徳教育論 2』 明治図 書 1972 年 ５．伊藤啓一編著 『総合的道徳教育の創造』 明治図 書 1995 年 ６．朱小蔓『当前中国中学道德教育!程"准及其#新方 式』www.ycve.js.cn 2003 年 主要参考文献 １．西順蔵著『原典中国近代思想史』岩波書店 1994 年 ２．人民教育出版社歴史室編著 『中国古代史』 人民教 育出版社 1995 年 ３．人民教育出版社課程教材研究所編著 『歴史・必修 １』2002 年 ４．『初中思想品德!!程"准（实$稿）』 2003 年 ５．林忠幸編著 『新世紀・道徳教育の創造』 東信堂 2002 年. 察した。 比較考察した結果として、「伝統的な道徳教育法の使 用」 、 「個人の尊重」 、 「実践の重視」 、 「子どもの主体への 変化」および「心の教育」 、という共通点が見られた。し たがって、現代中国の教育理念は、先進諸国とほぼ同じ 方向へ進んでいくのではないかと考えられる。また、中 国の特色として、 「儒学思想の再認識」や「中国特色のあ る社会主義の後継者の養成」の特徴が見られた。すなわ ち、中国が独特にもっている道徳的理念や原則は、まだ. １. 「価値観」とは、辞書によると「個人もしくは集団が 世界の中の事象に対して下す価値判断の総体」のこと である。ここでの「正しい価値観」とはむしろ「誰も が[よい]として承認すべき普遍的な性質、真・善・美 を感じられるような物事、情感、態度、考え方、信念 である」と考えた。 ２ 「人生観」とは、人生とその有する意味の理解・解釈・ 評価の仕方。人生に対する観念または思想上の態度。 ３ 「世界観」とは、世界を全体として意味づける見方。 人生観よりも包括的。単なる知的把握にとどまらず、 より直接的な情意的評価を含む。 ４ 伊藤啓一編著 『統合的道徳教育の創造』 明治図書 1995 年 ｐ.55 ５ 林泰成編著『ケアする心を育む道徳教育―伝統的な倫 理学を超えて』 北大路書房 2000 年 p70. 保留されていることも明らかになった。これからも、外 国の文化と結びつき、中国の実情に適応し、国の発展に 推進できるような中国の特色のある文化、思想を作り出 すことが、今後の中国に期待される。 今後の課題 今後の課題として、次の３点が挙げられる。 第一に、2003 年の教育改革においては、実践に基づく 道徳教育の指導法が、これからの道徳教育課程の中でい かにしてより効果的に使用されるか、また、教師は授業 の中で、子どもにどれくらい実践的な経験を与え、どの ような結果が得られるのかという点である。 4.
(5)
関連したドキュメント
The aim of this paper is to find out that the Religious Knowledge education （ hereinafter called RK ） in Denmark and the Moral Education （ hereinafter called MR ）
教育・保育における合理的配慮
C.
英語の関学の伝統を継承するのが「子どもと英 語」です。初等教育における英語教育に対応でき
経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を
以上のように，無断欠席を善用し，道徳的教 訓や神道の教義に接触したことで，築地外人英
１、研究の目的 本研究の目的は、開発教育の主体形成の理論的構造を明らかにし、今日の日本における
大学で理科教育を研究していたが「現場で子ども
