博 士 ( 工 学 ) 上 見 憲 弘
学 位 論 文 題 名
「 呼 気 圧 に よ る ピ ッ チ 周 波 数 制 御 機 能 の 付 い た 人 工 喉 頭 の 研究 」
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
話し 言葉は 人と人 とのコ ミュニ ケ―ションをはかる上で文字言語と並んで重要な役割 を果 たして おり, 円滑な 社会を 作りあげる上でも欠かせない手段である.言葉を交わす とい う行為 は人間 社会で 暮らす には欠くことのできないものであり,発声機能を失った ことによる失意は容易に想像できるであろう.
ヒト の音声 器官は ,呼気 を喉頭 に送り出す肺と,その呼気を音源に変換する喉頭,お よび 喉頭か らロ唇 までの 構音器 官の3つ に大別 できる. 喉頭癌などにより喉頭摘出手術 を行 った者 は,直 接生命 にかか わる呼吸や下気道の保護を行う重要な器官を失うと同時 に, 振動体 である 声帯を 失うた め,そのままでは音声を生成することが困難になる.こ のような人たちの数は日本だけで12,000人,世界では600,000人存在すると言われている.
喉頭 摘出者 には高 齢者が 多いこ とから,これから到来する高齢化社会ではこのような人 々が急増することは必至である.
現在 まで, 喉頭摘 出者の ための 音声回復の手段として,幾っかの代用発声法が考案さ れて いる. それら の代用 発声法 では,喉頭摘出者にも比較的残されている声道や舌など の音 声器官 に,喉 頭音源 の代わ りになる音を声道に送り込むことにより,音声を作り出 す方 法をと ってい る.こ れらの 内,食道発声と呼ばれる方法が最も普及しているが,訓 練の ために 長期間 を必要 とし, また,体力消耗などにより高齢者には不向きであるなど の問 題があ る.そ の一方 ,電気 式人工喉頭と呼ばれ,前頚部に振動子をあてて音を声道 に送 り込む 方法が ある. 電気式 人工喉頭は代用発声法の中では声の修得が最も容易であ るこ とから 高齢者 にも適 してい る.また,工学的技術を基礎として作られているため改 良が しやす いとぃ う利点 もある ,ただし、現在の電気式人工喉頭の音声は極めて不自然 であるという致命的な欠陥があった。
本研 究は, 電気式 人工喉 頭で自 然な音声を生成できるようにするための基礎的研究を 行な い,実 用装置 を試作 して喉 頭摘出者に適用し,その有効性を確認したものである,
具体 的には ,人工 喉頭音 声の自 然性を向上させるために音声の自然性を決定づけるイン トネ ーショ ンを人 工喉頭 の音源 に付加する方法を提案した.さらに,音源のピッチ周波 数を 無喉頭 者自身 が発す る呼気 で制御させる最適な方法を見いだしている.その上で実 用器を作り喉頭摘出者に適用して有効性を確認している.
本論文は全6章から構成されている.
第1章では, 本研究 の背景 として 研究対 象とな る喉頭 摘出者の現状と,その人違のた めの 代用発 声器具 の長所 と問題 点につ いて簡単 に触れ ,研究 の目的 につい て述べ た,
第2章では, 健常者 の発声 機構に ついて 簡単に 説明し ,喉頭摘出者が発声機能を失う 理由を示した.つぎに,従来の代用発声法や過去に研究されてきたものについて言及し,
そ れ ぞ れ の 方 式 の 利 点 と 問 題 点 , ま た そ の 音 声 学 的 特 徴 に つ い て 述 ぺ た . 第3章では, まず, 電気式 人工喉 頭音声 にイン トネー ションを付与する方法として,
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以 下 の3っ を 提 案 し た . 第1は 指 で 圧 カ を 加 え る こ と に よ る ピ ッ チ 周 波 数 の 制 御 , 第2 は ポ テ ン シ オ メ ー タ を 回 す こ と に よ る ピ ッ チ 周 波 数 制 御 , 第3は 発 声 に 関 す る 機 能 の う ち 喉 頭 摘 出 者 に も 残 さ れ て い る 肺 か ら の 呼 気 で 制 御 す る 方 法 で あ る . こ れら の う ち ど の 制 御 方 法 が 人 工 喉 頭 音 声 に 自 然 な イ ン ト ネ ー シ ョ ン が 付 け ら れ る か と い うこ と に つ い て 検 討 し た 結 果 , 音 声 の 自 然 性 の 観 点 か ら は 呼 気 制 御 方 式 が 最 も 優 れ て い るこ と が 分 か っ た . そ の た め 呼 気 を 積 極 的 に 利 用 す る 呼 気 圧 制 御 型 電 気 式 人 工 喉 頭 を 提 案し , 喉 頭 摘 出 者 の協 カによ り簡単 な予備 実験 を行い ,その 有効性 を示し た.
次 に , 呼 気 圧 に よ る 制 御 音 の 音 程 を 提 示 音 の 音 程 に 追 従 さ せ , 健 常 者 と16名 の 喉 頭 摘 出 者 で 比 較 し た . そ の 結 果 , 訓 練 無 し の 健 常 者 と 比 較 し て , 同 じ く 訓 練な し の 喉 頭 摘 出 者 は 音 程 変 化 に 対 す る 追 従 能 カ が 低 い こ と が 分 か っ た . こ れ は , 喉 頭 摘出 者 の 多 く は 普 段 発 声 に 呼 気 を 利 用 し て い な い た め と 想 像 さ れ た . 喉 頭 摘 出 者 で 呼 気 を使 う 代 用 発 声 法 を 使 用 し て い る 人 の 制 御 能 カ は 他 の 被 験 者 に 比 ベ 高 か っ た こ と か ら , 訓練 に よ っ て 制 御 能 カ が 大 き く 向 上 す る こ と が 示 唆 さ れ た . 実際 , 喉 頭 摘 出 者で1週 間 の 訓練 を 行 っ た と こ ろ, 制御能 カの向 上が見 られ た,
ま た , 健 常 者 が 発 声 し た ピ ッ チ パ タ ー ン に 人 工 喉 頭 音 声 の ピ ッ チ パタ ー ン 合 わ せる 制 御 実 験 を 訓 練 な し で 行 っ た と こ ろ , あ る 程 度 の 精 度 で ピ ッ チ 周 波 数 の 高 低に 追 従 さ せ る こ と が で き た . こ の よ う な こ と か ら 筆 者 が 提 案 し た ピ ッ チ 周 波 数 制 御 方 式は 有 効 で あ る と 判 断 し た . 喉 頭 摘 出 直 後 で は ま だ 呼 気 に よ る 発 声 制 御 機 能 を 活 か せ る 可能 性 が あ る こ と か ら , 術 後 直 後 に 本 方 式 が 効 カ を 発 揮 す る 可 能 性 が 高 い こ と が 示 さ れ た . 第4章 で は , 呼 気 圧 制 御 型 の 電 気 式 人 工 喉 頭 を 設 計 す る 上 で 問 題 と な る 点 , す な わ ち 呼 気 圧 を 検 出 す る た め に 用 い る 気 流 抵 抗 の 値 と , 呼 気 圧 か ら ピ ッ チ 周 波 数へ の 変 換 関 数 の 設 定 に つ い て そ の 最 適 な パ ラ メ ー タ を 探 る 実 験 を 行 っ た . ま ず , 訓 練 され た 健 常 者 を 被 験 者 と し て , 提 示 し た 音 の 音 程 の 変 化 に 呼 気 圧 制 御 音 の 音 程 を 追 従 さ せる と ぃ う 実 験 を 行 っ た , こ こ で は , 変 換 関 数 は 線 形 に し , そ の 傾 き を 変 化 さ せ て 提 示 音に ど の 程 度 の 精 度 で 追 従 で き る か と い う 観 点 か ら お お よ そ の 最 適 パ ラ メ ー タ の 推 定 を 行っ た . そ の 結 果 , 今 回 実 験 を 行 っ た 提 示 音 の 周波 数 がIOOHzか ら180Hzの範 囲 で は , 呼気 圧 に よ る 制 御の 精 度 は 気 流 抵 抗 値 に は あ ま り 依 存 し な い こ と が 分 か っ た . ま た , 呼 気 圧 から ピ ッ チ 周 波 数 へ の 変 換 関 数 の 傾 き は25.OHz′cmH2程 度 が妥 当 で あ る と推 察 さ れ た .っ ぎ に , こ の 結果 を 参 考 に し な が ら , 喉 頭 摘 出 者 自 身 が 呼 気 圧 で ピ ッ チ 周 波 数 を 制 御 し た とき の 人 工 喉 頭 音 声 の 自 然 さ と , 使 用 者 の 主 観 的 な 制 御 の し や す さ の 観 点 か ら 最 適 パ ラ メー タ を 導 き 出 し た. その結 果,呼 気圧をX(cmHO),ピッチ周波数をf(Hz)とすると,f〓A(X‐1)十60の傾き Aの 値 が12.5か ら50ま た はf=BlogeX十60の 傾きBの 値 が50か ら75の 間が 妥当で あるこ とが分 か っ た . ま た , 訓 練 の 有 無 あ る い は 被 験 者 の 違 い に よ っ て 音 声 の 自 然 性 が大 き く 変 わ る こ とが 分かっ た.
第5章 で は , 実 際 に 呼 気 圧 制 御 型 人 工 喉 頭 を 試 作 し , そ の 発 声 音 の 自 然 性 の 評 価 か ら 本 方 式 の 有 用 性 を 裏 付 け た , さ らに , 喉 頭 摘 出者 団 体 か ら の要 請 と 企 業 の 協カ の も と で , セ ン サ 部 , 変 換 部 , 振 動 子 が 一 体 と な っ た 呼 気 圧 制 御 型 人 工 喉 頭 を 開 発 し, そ の 有 効 性 を 確 か め た . 本 装 置 は , 食 道 発 声 法 が 困 難 な 人 違 や , 喉 頭 摘 出 直 後 の 人 違に は 十 分 利 用 す る価 値があ るとい える.
第6章 で は , 本 研 究 の 結 論 と 今 後 の 課 題 お よ び 展 望 に つ い て 述 べ た . と く に 将 来 実 用 化 す る 上 で の 課 題 と し て 個 人 差 の問 題 と 長 期 間の 使 用 時 に 生じ る 問 題 に つ いて 考 察 し た .
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学 位 論 文 審 査の 要 旨
主 査
教 授
伊 福 部
達副査 教授 勇田敏夫 副査 教授 栃内香次
副査 講師 松島純一(医学研究科)
学 位 論 文 題 名
「 呼 気圧 によ るピ ッ チ周 波数制御機 能の 付 い た 人 工 喉 頭 の 研 究 」
話し言葉は人と人とのコミュニケーションをはかる上で文字言語と並んで重要な役割 を果たしている.
喉頭癌などにより喉頭摘出手術を行った者 は,呼吸や下気道の保護を行う重要 な器官を失うと同時に,振動体である声帯を 失うため,そのままでは音声を生成 することが困難になる.このような人たちの 数は日本だけで12 ,000 人存在すると 言 わ れ , こ れ か ら 到 来 す る 高 齢 化 社 会 で は 急 増 す る こ と は 必 至 で あ る .
喉頭摘出者のための音声回復の手段のーっ として,電気式人工喉頭と呼ばれ,
前頚部に振動子をあてて音を声道に送り込み 発声を行うものがある.これは代用 発声法の中では声の修得が最も容易であるこ とから高齢者にも適している.ただ し , 現 在 の こ の 音 声 は 極 め て 不 自 然 で あ る と ぃ う 致 命 的 な 欠 陥 が あ っ た ,
本研究は,電気式人工喉頭で自然な音声を 生成できるようにするための基礎的 研究を行ない,実用装置を試作して喉頭摘出 者に適用し,その有効性を確認した ものである.具体的には,人工喉頭音声の自 然性を向上させるために音声の自然 性を決定づけるイントネーションを喉頭摘出 者自身が発する呼気圧で制御させる 最適な方法を見いだしている.その上で実用 器を作り喉頭摘出者に適用して有効 性を確認している.
本論文は全6 章から構成されている.
第
1章で は, 本研 究の背景として研究対象となる喉頭摘出者の現状 と研究の目 的について述ぺている.
第
2章で は, まず ,喉頭摘出者が発声機能を失う理由を示し,その 人達のため の代 用発 声器 具の 長所 と問 題点 , また その 音声学的特徴について述 べている.
第
3章で は, まず 電気式人工喉頭音声にイントネーションを付与す る方法とし て,指で圧カを加える方法,ポテンショメー タを回す方法,呼気圧による方法の
3つ の ピッ チ周 波数 制御方法を提案し,音声の自然性の観点からは呼 気圧による 方法が最も優れていることを示している.
次 に,
16名 の喉 頭摘 出者 で呼 気 圧に よる 制御音の音程を提示音の 音程に追従 させ,喉頭摘出者で呼気を使う代用発声法を 使用している人の制御能カは他の被 検者に比べ高いことを明らかにした.このこ とから,訓練によって制御能カが向 上す るこ とが 示唆 され,実際,喉頭摘出 者で1 週間の訓練を行ったと ころ,制御 能カの向上が見られたことを述べている.
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また ,健常者 が発声し たピッ チバター ンに人工喉頭音声のピッチバターン合わ せる制 御を訓 練なしで 行った ところ, ある程度の精度でピッチ周波数の高低に追 従させ ること ができた ことか ら本呼気 圧制御方式は有効であると判断している.
喉頭摘出直後ではまだ呼気による発声制御機能を活かせる可能性があることから,
術 後 直 後 に 本 方 式 が 効 カ を 発 揮 す る 可 能 性 が 高 い こ と を 推 察 し て い る .
第4 章では ,呼気圧 制御型 の電気式 人工喉 頭を設計 する上で 問題となる点,す なわち 呼気圧 を検出す るため に用いる 気流抵抗の値と,呼気圧からピッチ周波数 への変 換関数 の設定に ついて その最適 なパラメータを探る検査を行っている.ま ず,訓 練され た健常者 の予備 検査から ,今回検査を行った範囲では,呼気圧によ る制御 の精度 は気流抵 抗値に はあまり 依存しないこと,呼気圧からピッチ周波数 への変 換関数 を線形に 設定し た場合に その傾きは25.OHz/cmH20 程度が妥当である ことが示されている.
っぎ に,この 結果を参 考にし ながら, 喉頭摘出者自身が呼気圧でピッチ周波数 を制御 したと きの人工 喉頭音 声の自然 さと,使用者の主観的な制御のしやすさの 観点か ら最適 パラメー タを導 き出した ,その結果,呼気圧をP(cmHz0) ,ピッチ周 波数をf(Hz) とすると,f 〓A(P‑1)+60 の傾きA の値が12.5 から50 またはf :BlogeP+60 の 傾きB の値 が50 から75 の 間が妥 当である ことを 示してい る.ま た,訓練の有無あ るいは 被検者 の違いに よって 音声の自 然性が大きく変わることを明らかにしてい る.
第
5章 では , 実 際 に呼 気 圧 制御 型 人 工喉 頭を試 作し, その発声 音の自 然性の 評価か ら本方 式の有用 性を裏 付けてい る.さらに,企業の協カのもとで,センサ 部,変 換部, 振動子が 一体と なった呼 気圧制御型人工喉頭を開発し,その有効性 を確か めてい る.本装 置は, 食道発声 法が困難な人達や,喉頭摘出直後の人違に は十分利用する価値があるとぃえる.
第6 章では ,本研究 の結論 と今後の 課題お よび展望 について 述べた.とくに将 来実用 化する 上での課 題とし て個人差 の問題と長期間の使用時に生じる問題につ いて考察している,
以上 のように ,著者は ,喉頭 摘出者の ために自然な音声を生成できるような電 気式人 工喉頭 を基礎研 究に基 づぃて開 発したことから,生体工学とくに福祉工学 に寄与するところが大きい.
よって,著者は,北海道大学博士(工学)の学位を授与される資格あるものと認め る。
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