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真宗研究10号 006瓜生津隆雄「蓮如上人の用語上の問題―タスケタマヘを中心として―」

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Academic year: 2021

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蓮如上人の用語上の問題

ーータスケタマへを中心として||

︵ 龍 谷 大 学 ︶ 蓮如上人は真宗法義を易く宣示する為に、当時の国語を自由に駆使し当機をかんがみて、 かろがろと法義を沙汰せ られたことは周知の事実である。但し現今から見ると蓮師の駆使せられた国語は室町時代に属し、その書かれた聖教 も和文であるからという通俗的な理解のみでは、正しくその句面を、充分に理解することは出来ない。此処に真宗聖 教の国語学的研究の必要がある。この必要を充たすべく江戸時代の宗学者の中には、真宗聖教の国語学的研究の分野 を開拓して偉大な成果を残された学匠としては天保の頃生存された東条義門師を先づ挙げねばならぬと思う。然し乍 らその後に於て義門師の如く真宗聖教の全般に亙って国語学的研究を更に進められた宗学者を私は憂分にして知らな ぃ。それは真宗の聖教の多くが和文で書かれているから和文は唯にでも理解出来るという安易な考え方に基因してい るのでなかろうかとも思われる。然しその間にあって和語の聖教の理解に就て近古時代の語法に注意を払い、その研 鎮の成果を部分的ではあるが残されている宗学者も少くはない。然しそれらの江戸時代から明治にいたる研賓の跡を 辿る時、国語学の立場からは、週間義並に句釈に就て今日に於ては如何と思われる多くの点を見出すのである。例えば 蓮如上人の用語上の問題 五

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蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 ー 』 , , 、 快楽院柔遠師主である﹃宝章訓函﹄一日を播いて見ると、宝章第一帖目第一通の﹁シカ︿ L の 語 義 を 釈 し ﹁ 然 々 ﹂ ﹁云々﹂の義と解釈せられている。然しこれは﹁タシカニノ\ L の略語であって﹁確々﹂という語義であり﹁シッカ リ ト ﹂ ﹁ ハ ッ キ リ ト ﹂ の 意 で あ る 。 また同章の﹁アサマシ﹂の語義に於ても﹁浅猿﹂の漢字に当てて﹁浅智なるをい う﹂と解し猿を﹁マシラ﹂と和訓し、略して﹁マシ﹂と云う。今案ずるに﹁浅猿﹂とはただ﹁浅し﹂という意なるべし イ ハ マ シ モ ノ ヲ キ カ マ シ と説明せられている。然し乍ら、万葉集に﹁一言接物乎﹂﹁聞猿﹂と﹁猿﹂を﹁マシ﹂と訓ましめていることは﹁猿﹂ ア サ マ シ ア ザ マ シ は仮借音で﹁マシ﹂という字音を表わしているにすぎぬ。ざれば﹁浅猿﹂を﹁浅増﹂とも書かれている。故に﹁アサ マシ﹂とは﹁アキレハテタ﹂という意味である。これは善悪両様に用いられた当時の用語である。﹁猿の如き浅智慧﹂ ﹁ あ さ は か な ﹂ と い う 意 味 で は な い 。 以上の如く先哲の考証に於ても今日に於ては整理改訂を要する個処が多々ある。夫で今回は時間の都合上特に蓮師 の教学の中に於て、すでに研究せられている﹁タスケタマへ﹂の語義に就ての先輩の解釈の正否を顧みつつ一つの私 見 を 述 べ 、 大 方 諸 賢 の 御 教 一 店 を 仰 ぐ こ と と し た 。

本願寺派の宗学史に於ては﹁タスケタマへ﹂の語義は願生帰命・コ一業惑乱という事件を契機として研讃せられ、こ ① の語義は仏勅に信順した義を易く教示された蓮師の特殊用語であるから﹁た父これ大悲の勅命に信順するこ L ろ な り ﹂ と本願寺派本如宗主は裁決せられ請求・度我・救我の義を含むものでないとせられている。然し乍ら室町時代に於け る﹁タスケタマへ﹂という語は、 一般には﹁度我・救我﹂の義をもっ語であって浄土門に於ては鎮西派西山派に於て すでに依用せられた用語である。然るに蓮師は﹁信順しの義を表わす用語としてこれを依用せられたとすれば、如何 に理解すれば﹁タスケタマへ﹂の語が信順の義をあらはす語となるかという問題が宗学者の研究の課題であった。

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かくて蓮師八十通の御文章の二九ケ処に示された﹁タスケタマへ﹂の用例を集め、収約すると、蓮師の用法は﹁タ ス ケ タ マ へ ト 信 ジ ﹂ ﹁タスケタマヘトタノム﹂とは示されてあっても﹁タスケタマへト願フ﹂とは示されていない事 がわかる。これタノムは欲願の意でなく信順の意をあらわす。何となれば﹁タノム﹂の語は、信順を表わす用語なる 故﹁タノム﹂と結合している﹁タスケタマへ﹂も亦信順の義となるからである。然るにこれに対し蓮師は、 また外に ﹁ タ ス ケ タ マ へ ト 申 サ ン ﹂ ︵ 七 ケ 処 ︶ ﹁ タ ス ケ タ マ へ ト 申 ス ﹂ ︵ 二 ケ 処 ︶ と い う 語 例 も あ る 。 ﹂こに﹁マウス﹂とは請白 祈願の義語であるから﹁タスケタマへ﹂は祈願の義と見らるるという考え方もある。 しかし、これは敬語の﹁タテマ ツル﹂の意を表わす﹁マウス﹂なる事を心得、ざりし誤解であると言わねばならぬ。 然し乍ら本来的には請求の義を具している﹁タスケタマへ﹂の語が如何なる手続きを経て信順の義になるかについて は﹁タマへ﹂の用法に就て、これを考究せねばならぬ。これが為に古来の宗学者は仮名文字﹁へ﹂によって表示せら れた語例の各種を集めて﹁タスケタマへ﹂が信順の義を表わす語なることをつへ﹂の字から検索せられている。今夫 等の諸義を原口針水師著﹃タスケタマへ考﹄汁九によって十五例を示すと次の如くなる。 ﹁ へ ﹂ の 十 五 例 一 、 重 の 義 神 代 巻 二 ヤ ヘ ノ ン ホ ヂ ヤ ヘ カ キ ヘ 八重・潮路・八雲八重垣の重。 万葉十三 常帯乎三重仁結可我身者成奴 二、子の義古今第九北べゆく雁の鳴なる 御文章 極 楽 へ 。 浄土へ、西へ 、方の義 万葉十三 蓮葉爾浮有水之往方無 蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 七

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蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 古今夏部夏と秋ゆきかけ空の通路は片方す L しき風や吹くらむ A 四、経の義万葉五 和 讃 賎石窟者幾世将経 古今第十小倉山峰立ならん鳴鹿の経にけん秋を知る人ぞなき 無量劫をへめくりて:・弥勤菩薩はとしをへむ ヘ N U イ ヘ ヰ 玉、辺の義古今春部野辺ちかく舎居しぬれは黄鳥くなる声は朝なノ\聞く チギ政 六、期の義神代下巻 其 の 他 山 辺 ・ 川 辺 ・ 磯 辺 ・ 葦 辺 コ レ マ コ ト ユ ノ さ ヨ ナ ラ ハ ス マ サ ユ マ タ ク イ キ タ マ ヘ 是実天孫之子者必当ニ全生一︵要期︶ ネガフ 七、願の義新古今 神代下巻 願 : 以 我 救 立

加 あ ら せ た ま

II カ ト サ セ ヲ 八、命の義古今雑部今さらに訪ベき人もおもへす八重むくらしの門鎖てへ 取 捨 遊 之 シタガフ 九、聴の義旧事記六 。、可の略神代巻下 十一、﹁へり﹂の省案内したこの道まよへ山桜 コ ζ る み た ま ∼ 宜誠之︵宜又は可以をたまへとせり︶ 十 へ ・ ヒ 相 通 十 へ ・ ふ 相 通 噌 を ﹁ さ へ づ る ﹂ ﹁さひっる﹂と訓じ蛙を﹁かへる﹂﹁かひる﹂と訓ずる内

L

訴 を ﹁ う た へ ﹂ ﹁ う た ふ ﹂ 伝 を ﹁ っ た へ ﹂ ﹁ っ た ふ ﹂ 教 を ﹁ を し へ ﹂ ﹁ し ふ ﹂ 数 を ﹁ か そ へ ﹂ ﹁ か そ ふ ﹂ と い う 如 し

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十 四 へ 、 め 相 通 十 五 、 ﹁ こ そ ﹂ を 承 け る ﹁ へ ﹂ こ そ : : : た ま へ ︵ 係 り 結 び ︶ 娘部志を﹁をみなへし﹂ ﹁ を み な め し ﹂ と い ひ 新 品 甘 か ︸ ﹁ に は な へ ﹂ ﹁にはなめ﹂と訓ずる如し 右の十五例は三分類せられる。即ちハ円同国同国は名詞・助詞に属する﹁へ﹂の一類で、今の所論に関係がない。同

w

ω w

m w

同局の五例は﹁タマへ﹂の語義に関係ある一類である。次に出は﹁たまへり﹂の省略と見、自由自由は共にタマ への活用に関する変化を﹁相通﹂と誤解した一類である。それ故に原口針水師も、十五例の中しばらく付回倒的白骨 1 の六例のみを取り挙げて批判を加えている。その内容を示すと次の如くなる。 ﹁数字を冠する﹁へ﹂は重ねる義故、機法一体をあらはすと見る義なるも﹁たまへ﹂の﹁へ﹂ ﹁ 重 ﹂ 義 説 ︵第一例︶ 2 、 辺 の 説 ︵第五例︶ 3 ﹁ ベ キ ﹂ 省 略 説 ︵第十例︶ ﹁ へ り ﹂ 省 略 説 ︵ 第 十 一 例 ︶ 4 5 ﹁ へ フ ﹂ 相 通 説 ︵ 第 十 三 例 ︶ を重ぬる義とは見えない﹂と批評し おほとまぺのみことしなかとぺみこと 大苫辺尊、級長戸辺尊の如く辺は女神を示す、女神は陽神の教をうけ貞操を守って別心をおこ さぬを陰神の心とす。きれば帰依信順の義を辺といふとなす見方には、二難ありとす。 付彼は名、此は言なり 彼 は 渇 音 此 は 清 志 日 な り 此の説難あり﹁可当﹂は未来に就き﹁給へ﹂は現在に就く語なる故に ( 二 ) 御文章八十章には﹁タスケタマヘル﹂ ﹁タスケタマフ﹂の語・数々あるもこれは新信の境 摂化の方を明す用語である。されば南無帰命の義となり難し 能信所信の位次を弁ぜす。加之下二段四段の活用の分斉あるを知ら九 蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 九

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蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 四

6 ﹁ コ ソ ﹂ 係 結 説 ︵ 第 十 五 例 ︶ 宝章二ノ一等に﹁阿弥陀如来なればこそ悉くも助けましまし候へ﹂という。此義なれば﹁こそ﹂ を承くる﹁へ﹂は﹁ふ﹂の義となり、阿弥陀仏に属して南無に属せず と 批 判 し 、 カミ イ〉 ﹁以上六例は﹁たまへ﹂の義を欲願の義とせざるは努めたりといえども和語の解に至りでは未だ全からず﹂と論じ 上の十五例中の釈の適否に拘るべからずとし、 タスケタマへを信順の義とするは、今家不共の所談で﹁た L こ れ 大 悲の勅命に信頼するこ L ろなり﹂の明裁を範とすべしと指示し、強て信順の義例を十五例に求むれば第九聴従・信 許の﹁へ﹂こそ今の義に適すべしと立論している。 右の如き立論は要するに﹁タスケタマへ﹂の﹁タマへ﹂に希求・命令・聴許の三義のある中、第三の聴許の義をも って﹁タマへ﹂を解すべしとするものである。

次に﹁タスケタマへ﹂の活用を中心とした国語学的研究を窺わん。すでに東条義門師は﹃末代無智章御文和語説﹄ 雪一一一頁︶に﹁引自加行下二段ノ活キユヱ o 州ト云ガ次ノ州訓 H ト云用言へツマキタルナリ。ヂマへ、コレハ 言 ノ 自 体 ノ 義 ハ 、 タ マ ト 云 処 ニ ア リ 。 玉 ト 云 モ ノ ハ 、 宝 玉 ニ テ 、 貴 ム モ ノ ユ へ 、 ソ コ デ 貴 重 シ テ 一 玄 言 バ ニ 、 自 ラ 用 ︵ ヰ ︶ ル様ニナリタモノナリ。ソノタマト云ヲ、活キ言トスルニ、三ノ別有テ、て一ハ、ハヒフへト四段一一用フ。コレハ他 ニ付ケテ云言。二ニハへ、フ、フルフレト活ク下二段ナリ。此時ハ、自ニ付ケテ云。サテ他−一ツケテ云ハヒフヘト云 ハ、活キハ一ツデ、遣フ意ハ、ニタ色アリ。 コレハ物ヲ上ヨリ下へ与ル事。又一切ノ用言 て 一 ハ 、 賜 ノ 字 ニ 当 ル 。 ヤ タスケ給へト云ガ如キハ、体アルモノヲ、遺ルノ取ルノト云事ナシニ、タマ他ノ上ヲ敬テ云事。サテ其物ヲ 授ケ与ル﹁タマフ L ヲ、将然言ノハヨリ羅行−一ウツリテ、ラ、リ、ル、レ、ト活ク時ハ、上ヨリ下サル、モノヲ。頂 ツ ケ テ 、

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戴スル貰ヒ人ノ方デ云調ナリ。 十 人 ニ 六 七 人 マ デ ア リ 、 タマフハ、下シ置カル、ヤラセ ソカ ラル、ナドイフニ当ル。波行四段−一用クト、羅行ノ四段ニ用クトヲ、近世ノ歌ヨミ・文カキ、大イニ遺ヒ誤ルヤカラ コレヲ弁へテ、玉霞ノ中ニ、此誤リヲ正ス議論一条アリ。爾ニ、今世−一現ニ此アヤマリヲ遣フモノ、 包 己 ﹁タマフ﹂ハ下シ置カル、デ、ヤリテ封ノ方−一付テ云言ナリ。﹁タマハル﹂ハ、頂戴仕ル 四段ニ活クト、下二段ニ活クトノ、此二ツノ遣ヒサマノ、明ニミ ソコデタマハルハ貰フ頂戴スルナドト云俗言ニ当リ、 多 シ 。 本 居 ハ 、 デ 貰 ヒ 人 ノ 方 ニ 付 テ 云 詞 ナ リ 。 時 − 一 同 シ 波 行 ニ テ 、 エタル事、古書−一移敷例アレドモ、就レ中一トカタマリニ、手近キヲイハ子、﹃黒谷伝﹄四十五坊本 九 心 十 ﹁ 勢 観 坊 一 人 障 子 ノ 外 一 一 テ 、 間 体 r h ケ レ パ 、 女 房 ノ 声 一 一 テ 、 今 シ パ シ ト コ ソ 思 ヒ 払 九 山 一 一 、 御 住 生 ノ チ カ ツ キ テハヘランコソ。無下一一心ボソク侍レ、斑権化ノヨシヲアラハシ朴︵山コトオドロクニタエズ﹂等トアリ、是白ニツ ケテ、向ヘルアナタヲ敬フハ、下二段ノ活ノ相判川、又他ニ付ケテ云フ敬ヒ言パ、四段ノ劇判ナル事明ナル文ナリ。﹂ 知 レ ヤ ス キ ヲ 、 ト ﹁タスケタマへ﹂の活用を細論している。即ちっタスケタマへ﹂とは、加行下二段の﹁タスク﹂の連用形に﹁タマ へ﹂の敬語の助動詞か附いたものとし、その﹁タマへ﹂の助動詞には下二段と四段の両つの活用がある。四段活用の ﹁タマフ﹂は他に付けていう。下二段活用の﹁タマフ﹂は自に付けていう。即ち一 w 宏 一 ド ﹂ の 意 で あ る 。 而 し て 四 段 の ﹁タマフ﹂の用法には﹁肱いの意と﹁敬語﹂の意との二様がある。今の﹁タマへ﹂は﹁敬ひ言葉﹂の j F 叫引の活用の 命令言︵希求言︶であることをのべたものである。更に 此﹁助ケ給へ﹂ノ﹁タマへ﹂はっワレニ思惟ヲ教へ玉へ﹂ で、希求を云う﹁給へ L なり。店﹁下サルベグ候﹂という意で、:::﹁下サリマセイ﹂と云う俗言に当るなり。この ﹁へ﹂の字を﹁ハヒブヘホ﹂の通音で﹁給へ﹂というは﹁給フ﹂と信ずることじゃという︵ことは︶:::活用の定格 ﹁ワレニ正受ヲ教へ松川﹂などの﹁給へしと、全く同じ 蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 四

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蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 四 が 立 た ぬ 様 に な る ﹄ ﹁依て、此﹁仏タスケタマへ﹂とあるは﹁御助ケ下サリマセイ﹂と申し﹁御助け下さるべく候﹂ と申す言葉なりと先づ存ぜらるるなりと説明している。 ﹁タスケタマへ﹂の本来的意義は義門師の言う如き意であろ ぅ。この考え方は国語学的に、 また文法的に語義解釈を施されたものとして適切な帰結である。 以上の如く希求をあらわす﹁タスケタマへ﹂の用語が蓮師に於ては﹁信順 L をあらわす言葉に用いられていること は全く蓮師特用の妙子によるものと窺いたい。その特用の妙手段となったものが﹁ト﹂の助詞と窺うのである。即ち 助 詞 ﹁ ト ﹂ に よ っ て 、 ﹁ タ ノ ム ﹂ ︵ 信 順 ︶ と ﹁ タ ス ケ タ マ へ ﹂ と が 結 合 し 、 ﹁タスケタマへ﹂が﹁タノム﹂と同意語 に用いられる結果となった所に蓮師の妙手段があると思わる。

そこで御文章の﹁タスケタマへ﹂の用語に就ての先哲の理解の一一一二を窺う事とする。まづ、柔遠︵一七回二一七九 八︶師は﹃宝章訓函﹄却に ﹁タスケタマへ等。︵トハ︶至心信楽欲生ノ三信ナリ。巻摂シテコレヲ云︵へ︶パ唯タノム一心ノ外ナシ。本願成 就ノ文ニ聞其名号信心歓喜乃至一念トイヒ、小本一一聞説阿弥陀仏等ト説ケリ。雨︵レ︶パ信ノ一念ナルコト道理文証 灼 然 タ リ 。 ﹂ と述べられている。然し国語学的な理由は示されていない。 ﹁ 二 七 七 J 次に道隠︵一七四一一八二二︶師は﹃御文章明灯紗﹄︷真叢頁︶には 名号を持念するなり。日帰命の二字の古訓にタスケマセと訓ず。黒谷亦順古。今師依一一順之、帰命をタスケタマへと 訓釈したもふ。日夕スケタマへは、これ帰命の訓釈なれば信一一順本願招喚之勅命一之義也。町叉タスケタマへは、如 来の勅命に順ひ、御助けにうち任せたる心相にて、これ信順の相なり:::摂取不捨の御たすけに帰仰する信相をタス ﹁阿弥陀仏後生タスケタマへトタノムとは ケタマへと云ふ。このほかに別に起願の信相あるべきなし﹂といわれている。

(9)

然らば、何故に﹁タスケタマヘ﹂が語義的に﹁信順﹂の意を表す言葉となるであろうか。此の問題はタマスタマへ がタノムと同義語に用いられていることによって解決される。即ち真宗の相伝の用法に於ては﹁タノム﹂の義は﹁希 求﹂でなく﹁信順﹂をあらわす語として伝承せられ信順帰依の心を﹁タノム﹂の語を以て示されている。その﹁タノ ム﹂信順帰命の相を﹁タスケタマへ﹂と顕示せられた所に蓮師の御再興の意趣があることは既に知られている所であ る。即ち﹁タノム﹂と﹁タスケタマへ﹂を﹁ト L の助字をもって結合し同義語としてタノム念持の相を﹁タスケタマ へ﹂と示された所に蓮師の転用の妙手段がある。このことに就ては ﹃裁断中明書信順証﹄末四丁に超然︵一七九二一八六一︶師が ﹁中興︵蓮師︶ノ世、鎮西義盛−一シテ浄華院流特−一流行セリ、是以︵蓮︶師・此言ヲ転用シテ却テ他力信心ヲ光顕 シ玉フ。所謂、以レ模抜レ模モノナリ。元来通途ニハ度我救我ヲ和訓シタル者ニシテ此言願心ナルコト勿論ナリ・: 今 ハ 然 ラ ズ 他 力 ノ 信 心 ヲ 安 ク 知 一 フ シ メ 給 フ 教 一 一 小 ナ ル ト キ ハ 、 所 言 ノ 助 ケ 給 ヘ ハ 信 受 随 順 ニ 非 ズ シ テ 何 ソ ヤ ﹂ と 言 い 。 ﹁タマへ﹂の語義に請求・教令・許可の三義あるも今は第三の信順許可の義とし﹁信忍・喜愛・帰託・不疑 ノ辞ナリ﹂と断定していることは妙解と言うべきである。 更にまた此の﹁タスケタマへ﹂を信順の義とすることに就ては大詰師は﹃金剛鉾﹄下計一一には ﹁今ノタスケタマヘハ仏ノタスケタマフ願命ノ、機ノ心中一一徹至シテ阿弥陀如来ナレハコソ辱クモタスケマシノ\ 候 へ ト 信 シ 御 意 ノ マ 、 ト 投 出 シ 託 ス ル 心 ナ リ : : : 故 一 一 今 ノ 列 引 ー ベ ノ 言 ハ 審 験 決 定 ノ 辞 ・ 喜 愛 信 任 ノ 辞 ナ リ ﹂ ﹁タスケタマフト深ク信ス仁議トイフモタスケタマへト深ク信ストイフモ一致シテ異途ナシ﹂ 十 四 ま た 同 左 に は ﹁タスケタマへトタノムトハタスケタマフヲ信スル相ナリ﹂ 蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 四

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蓮 如 上 人 の 用 語 上 の 問 題 十 四 と言い、更に説明して同中右には ﹁タスケスクハントアル願命ヲ信喜シテ全ク投托スル心ナル故ニ、近ク論ジテハ帰命トハタスケタマヘトイフコ、 四 四 ロゾトノタモフ:::イマダタスカラヌ身ノ何トゾタスケタマヘヨカシト勉強シテ願求スル心相一一ハ非ス﹂ と述べている。この論旨は師の言を以てすれば﹁文に依て義を定むる﹂のでなく﹁義に依て文を定むる﹂の解釈法に 依 る も の で あ る 。 即ち﹁オ助ケテ下サイマセ﹂という﹁タスケタマへ﹂の語が﹁オ助ケノマ、ニ﹂という意味を表わす語に転用せら れた。即ち﹁タマへ﹂に聴許、許可の義をもた,しめ信順帰命を表わす語となったのである。かかる転用は文選訓みの 音訓並読に用いられた助調﹁ト﹂の用法、例えば﹁トキヨ刊時節﹂という語に於ける﹁ト﹂が﹁トキヨ﹂ ﹁ 時 節 ﹂ の 音と訓を結合せしむる役目をもっと共に音訓両者同義を示す役目を持つ。 此処に於て ﹁タスケタマヘトタノム﹂の ﹁ト﹂の助調が﹁タノム﹂と﹁タスケタマへ﹂の両者を結合し同義語を示す役目をはたしている。 かくてタノム︵信 順﹀と同義語と扱われた上の﹁タスケタマへ﹂は勿論希求・請求の義でなくして信順帰命の義をあらわす。蕊におい て﹁タスケタマへ﹂の口語訳は﹁オ助ケノマ、ニ﹂と訳さるべき言葉となって﹁オ助ケ﹂は法に当り﹁マ、ニ﹂は機 に当る、信機信法・捨自帰他の全相が﹁タスケタマへ﹂の語に表わされていることになる。ここに蓮師が易く念持の 義を示された御再興の偉業の重要な意義とその語義に対する理解が正しく受け取らる L で あ ろ う 。 ハ 一 九 六 五 ・ 六 ・ 2 一

O

草 稿 ︶ 註

θ

本如宗主の御裁断の御消息 。東条義門﹃末代無智御文和語説﹄︵真全四二四頁︶に﹁タ モ フ ﹂ の 話 用 に 下 二 段 と 四 段 の 活 用 あ る こ と を 論 し ﹁ タ ス ケ タ マ へ ﹂ の ﹁ タ マ フ ﹂ は 四 段 活 用 な る こ と を 明 ら か に し て ゐ る 。

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