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博士論文 概要書

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Academic year: 2022

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(1)博士論文 概要書. 途上国の穀物価格の安定と国際価格波及のメカニズム -. サブサハラアフリカ市場に関する実証分析. -. Grain price stability in developing countries and the mechanism of international price transmission - An empirical analysis of sub-Saharan African markets -. 早稲田大学大学院社会科学研究科 地球社会論専攻 現代経済開発論研究 下石川 哲.

(2) No.1 1. 本研究の目的と課題 本研究は、世界的な自由貿易の潮流の中、途上国が穀物価格の安定を図る上で、貿易を通 じた国際価格波及が国内価格にどのような影響を与えるかを明らかにするために、国際価格 波及のメカニズムを解明するものである。 途上国にとって、穀物価格の安定は穀物へのアクセス、経済発展の基盤形成、社会秩序の 維持の観点から、長年重要な政策課題として位置付けられてきた。この問題は、1980 年代 以降は構造調整政策を通じた国内市場の形成、1995 年半ばには GATT ウルグアイラウンド合 意による国際市場の整備の観点から論じられ、2007 年後半には「食料危機」を契機に、国 際市場の拡大を通じた国際価格波及の影響という視点でも論じられるようになった。それか ら今日まで 10 余年が経過し、穀物の国際市場は益々拡大し、特にサブサハラアフリカでは 穀物の急激な輸入の増加が見られる。しかし、現在でも国際価格波及のメカニズムについて は十分解明されているわけではない。 このような問題意識の下、本研究は「貿易を通じて国内価格に国際価格が十分かつ速やか に波及することで、長期的に国内価格の安定性は高まる」という仮説を立てて、国際価格波 及のメカニズムを解明することで、仮説の妥当性を検証し、有益な政策的含意を導き出すこ とを目的としている。また、この目的に沿って、国際価格波及に関する包括的な独自の分析 フレームワークを構築し、2007 年以降に穀物輸入が急増しているサブサハラアフリカの穀 物市場を事例に、計量モデルを用いて国際価格波及を推計し、各々の阻害要因を明らかにす ることを課題に設定した。 2.. 仮説・分析フレームワーク 同一商品の異なる市場間での価格関係に関する既存研究は、「一物一価の法則」の概念を. 基礎としたものが多い。この法則に従えば、完全競争状態の前提条件の下で、同一商品の異 なる市場間での価格差は最終的に輸送コストに一致することになる。完全競争状態には、売 手と買手が多数存在し、いずれも市場支配力を持たないプライステイカーであること、売手 と買手ともに完全情報を有していること、取引が瞬時に成立することなどの条件が含まれ る。しかし、実際には、国境を越える国際市場でこのような完全競争状態が満たされること は現実的ではなく、特に経済発展の初期段階にある途上国では、完全競争を阻害する様々な 要因が存在するものと考えられる。そこで、本研究では、次の通り、国際価格波及の種類を 3 つに区分して、各々の阻害要因を明らかにすることで、国際価格波及のメカニズムに関す る独自の包括的フレームワークを構築した。 (1)国際価格波及の種類 この課題に関する既存研究では、国際価格波及の種類の違いが国内価格に対して異なる影 響をもたらすことは明確に意識されてこなかった。しかし、この違いは重要な意味を持つこ とになる。たとえば、国際価格が国内価格よりも安定的で、長期的には国際価格波及によっ て国内価格が安定するのであれば、国際価格波及は強い方が望ましい。ところが、長期的な 国際価格波及の程度が強くても、国際価格波及には通常一定のタイムラグが生じる。そこで、.

(3) No.2 仮に国内価格の安定後に国際価格が波及すれば、むしろ国内価格が不安定になる可能性もあ る。また、国際価格波及が国際価格の上昇局面で下落局面よりも強く、局面によって一様で ない場合には、輸入国は国際価格波及を通じて国内価格の高騰を抑制する効果を十分享受で きていないことになる。このように、国内価格の安定の視点から、国際価格波及に関する有 益な含意を見出すには、国際価格波及の種類をより明確に区分することが不可欠である。 そこで、本研究では、国際価格波及を「程度」「速度」「対称性」の 3 種類に区分して、 各々を考察した。最初に、国際価格波及の「程度」は、長期的に国際価格の変化が国内価格 に波及する程度と定義する。次に、国際価格波及の「速度」は、短期的な国際価格の変化に 対して国内価格が反応する速度と定義する。最後に、国際価格波及の「対称性」は、国際価 格の上昇局面と下落局面で、国際価格の変化が国内価格に波及する程度が均一であることと 定義する。そして、これらの局面で国際価格波及が均一ではない場合は、国際価格波及に非 対称性があるという。なお、国際価格の上昇局面は売手である輸出業者にとってマージンの 圧縮につながる。このようにマージンの圧縮局面で相対的に価格波及が強いことを「正の非 対称性」と呼び、逆の場合を「負の非対称性」と呼ぶ。そして、国際価格波及の程度、速度、 対称性の 3 種類に関して、時系列データに関する計量分析モデルを用いて定量的に推計し、 以下で提示する阻害要因が国際価格波及に与える影響を考察することにした。 (2)国際価格波及の阻害要因 既存研究では、国際価格波及に影響を与える要因として、国際輸送に伴う運賃や政府によ る関税、通関手数料など、主に定量的に把握可能な金銭的要因が実証分析の対象とされてき た。しかし、国際価格波及に影響を与える要因はこうした金銭的要因に限られるわけではな い。特に途上国では、通常先進国に比べて情報基盤の整備が遅れており、契約施行の制度も 脆弱であることから、その分取引コストは大きいと考えられる。中でも、貧困消費者や小農 にとっては取引コストが隘路となり、速やかに裁定取引の機会を十分得られないことも考え られる。このように、国際価格波及の速度を分析するには、取引コストという非金銭的要因 による影響も明示的に分析する必要がある。また、穀物の国際市場では、先進国の輸出業者 が寡占状態の下で市場支配力を行使しているとの批判がある。しかし、実際に輸出業者が市 場支配力を行使し、国際価格波及に影響を与えていることが実証されているわけではない。 そして、輸出業者が寡占状態にあっても、常に市場支配力を行使できるわけではない。たと えば、輸出業者がある種類の穀物の価格を高値で維持しようとしても、輸入業者がより安価 な他の種類の穀物に代替できる余地があれば、輸出業者は価格の見直しを迫られるであろ う。このように、国際価格波及の対称性に関する分析では、市場支配力が顕在化する条件に ついても、輸入業者の視点から再検討する必要がある。 そこで、本研究では、国際価格波及の阻害要因を「貿易コスト」「取引コスト」「市場支 配力」の 3 つに区分して、各々が国際価格波及に与える影響を考察することとする。最初に、 「貿易コスト」は運賃、関税などの定量的に把握可能な金銭的要因と定義する。ここでは、 「運賃や関税などの貿易コストが高い状態では、長期的な国際価格波及の程度が弱い」とい う仮説を立てて、その妥当性を検証した。次に、「取引コスト」は情報収集や交渉、駆け引.

(4) No.3 きに伴う時間など、定量把握が困難な非金銭的な要因と定義する。ここでは、「交渉や駆け 引きに伴う取引コストが高い状態では、短期的な国際価格波及にタイムラグが生じる」とい う仮説を立てて、その妥当性を検証した。最後に、「市場支配力」は、売手または買手が市 場における公平な価格競争を制限する力と定義する。ここでは、「輸入国における商品の代 替性が限られ、輸出業者による市場支配力が発揮できる状態では、国際価格波及に正の非対 称性が生じる」という仮説を立てて、その妥当性を検証した。 3.. 本研究の結論と含意 本研究の主な結論とそこから得られた含意は以下の 4 点である。 1 点目は、輸入穀物(コメ、小麦)と自給穀物(メイズ、ミレット、ソルガム)の価格安. 定性に関する考察結果である。この考察では、輸入穀物の価格は自給穀物の価格よりも安定 性が高く、国際価格波及がより強く、速やかであることを確認した。この結果から、途上国 では国際価格波及を促進することで、輸入を通じて長期的に国内価格の安定性を高められる 余地があるという示唆を得た。 2 点目は、貿易コストが国際価格波及の程度に与える影響の分析結果である。この分析で は、輸入穀物の国内価格に対して国際価格が波及する際、運賃が高い内陸地点では相対的に 国際価格波及が弱く、また関税が高い国では相対的に国際価格波及が弱いことを確認した。 この結果から、長期的な国際価格波及の程度を強めるには、国内および近隣国間の輸送イン フラの整備や、主要輸出国との自由貿易協定の推進などを通じて、貿易コストをコントロー ルすることが有効であるという示唆を得た。 3 点目は、取引コストが国際価格波及の速度に与える影響の分析結果である。この分析で は、国全体のビジネス環境が脆弱でも、穀物の取引制度が安定している国では、相対的に国 際価格波及にタイムラグが生じにくいことが明らかになった。この結果から、短期的な国際 価格波及の速度を上げるには、穀物の取引制度に関する安定性を高めて、不確実性に伴う取 引コストをコントロールすることが有効であるという示唆を得た。 最後の 4 点目は、輸出業者による市場支配力が国際価格波及の対称性に与える影響の分析 結果である。この分析では、先進国の輸出業者が寡占状態にあったとしても、輸入国側の国 内市場で、輸入穀物と代替可能な他の種類の穀物が流通していれば、輸出業者による市場支 配力は発揮されず、国際価格の上昇局面と下落局面で国際価格波及に差異は見られないこと を確認した。このことから、輸出業者による市場支配力の顕在化を抑止するには、輸入国で 多種類の穀物の流通を促進し、商品の代替性が高い状態を作ることが有効であるという示唆 を得た。 4.. 本研究の貢献 本研究は、2007 年以降の穀物の国際市場の拡大とともに、サブサハラアフリカを中心と. する途上国では穀物輸入の急増による需給構造の変化が見られることに着眼し、途上国の穀 物価格安定には国際価格波及のメカニズムの解明が不可欠であるとの問題意識を起点して いる。そして、サブサハラアフリカの穀物市場を事例に、国際価格波及を 3 種類に区分して、.

(5) No.4 計量モデルを用いて推計し、各々の阻害要因に関する考察を行った。その中で、途上国では、 通常先進国よりも取引コストが大きいことを踏まえて、取引コストが国際価格波及に与える 影響を明示的に分析した。また、穀物の国際市場では先進国の輸出業者が寡占による市場支 配力を行使しているとの指摘があることを踏まえ、輸入国側の商品の代替性も考慮した上 で、市場支配力が国際価格波及に与える影響も明示的に分析した。最後に、国際価格波及に 関する推計結果を用いて、国内価格の安定性と国際価格波及の関係を考察した。このような 国際価格波及に関する包括的なアプローチは、既存研究に見られない新たな手法である。 また、本研究の学術的な貢献は、経済開発論と国際貿易論の研究に関するものがある。経 済開発論では、経済発展の初期段階にある国では、国内農業の生産性を向上させて、非農業 部門での労働者の実質賃金の上昇を抑制することが工業化にとって重要とされている。本研 究は、国内価格の安定には国内農業の発展だけではなく、貿易を通じた国際価格波及によっ ても有効であることを示しており、世界貿易の自由化の潮流の中で、新たな経済開発論の視 座につながるものといえる。また、国際貿易論では、各国が市場開放を促進し、穀物の国内 供給量が不安定な国はその余剰国から輸入することで、供給量の安定確保につながるとされ ている。本研究は、穀物貿易が輸入国の供給量の安定確保だけでなく、価格安定にも有効で あることを示しており、途上国の穀物輸入に関する利点をさらに明確にしたことになる。こ のように、本研究は国内価格に対する国際価格波及のメカニズムを解明することで、国際貿 易に新たな視点を提示できたことも新たな貢献といえる。 5.. 各章の概要 本論文は、計 9 章と付図表、参考文献によって構成される。各章の概要は以下のとおりで. ある。 (第 1 章)本研究の問題意識と課題設定 序章の第 1 章では、本研究のテーマに関する問題意識を提示し、具体的な課題設定を行っ た。途上国にとって穀物価格の安定は長年重要な政策課題である。その中、2007 年以降、 サブサハラアフリカをはじめとする途上国では穀物輸入が急増していることに注目し、国内 価格の安定に向けて、これらの国々では貿易を通じた国際価格波及による影響を明確にする 必要があることを論じた。その上で、本研究では、国際価格波及のメカニズムの解明を行う ことを目的とし、国際価格波及を定量的に推計し、各々の決定要因を明らかにすることを課 題に設定した。 (第 2 章)既存研究の問題と分析フレームワーク 第 2 章では、既存研究では、途上国の国内価格の安定の視点から、国際価格波及のメカニ ズムが十分解明されていないことを指摘した。そこで、本研究の独自の分析フレームワーク として、国際価格波及を「程度」「速度」「対称性」の 3 種類に区分し、各々に対する「貿 易コスト」「取引コスト」「市場支配力」の 3 つの阻害要因を考察する、新たな枠組みを構 築した。.

(6) No.5. (第 3 章)価格波及に関する計量分析モデル 第 3 章では、前章の分析フレームワークを踏まえた計量分析モデルを検討した。最初に、 回帰分析による「見せかけの回帰」の問題を提示し、時系列データの定常性の条件と単位根 検定の必要性を確認した。次に、単位根過程にある価格データ間の関係の分析に用いられる、 共和分検定と誤差修正モデルを提示し、さらに状態変化を伴う分析に用いられる閾値自己回 帰モデルを提示した。最後に、これらのモデルを踏まえて、本研究の課題に対する分析プロ セスを提示した。 (第 4 章)穀物市場の需給構造 第 4 章では、穀物の国際市場とサブサハラアフリカ市場に関する特徴を考察した。最初に、 2007 年以降の穀物の国際市場では、主要穀物であるコメ、小麦、メイズの取引量が増加し ており、輸出地域の多様化、分散化が進んでいることを確認した。次に、サブサハラアフリ カではコメ、小麦の輸入量が急増しているが、メイズはミレット、ソルガムと同様に略自給 されていることを確認した。この特徴から、この地域の穀物の種類を、輸入穀物(コメ、小 麦)と自給穀物(メイズ、ミレット、ソルガム)に類型化した。さらに、サブサハラアフリ カ内でも、東・南アフリカでは主にメイズが消費されているが、西アフリカではコメ、小麦 の消費が増加しており、地域によって需給構造が異なることを確認した。 (第 5 章)輸入穀物と自給穀物の価格安定性 第 5 章では、サブサハラアフリカの市場を対象に、輸入穀物と自給穀物に関する価格水準 と価格変動を考察した。最初に、サブサハラアフリカの国内価格は国際価格よりも概ね高い 水準にあり、国際市場には裁定取引の機会が残されていることを確認した。次に、広大な国 際市場から輸入される輸入穀物の価格は、狭小なエリアでの国内生産動向に左右される自給 穀物の価格よりも安定性が高いことを確認した。最後に、自給穀物の価格について、穀物の 輸入割合が高い地域では、自給中心の地域よりも安定性が高いことを確認した。 (第 6 章)国際価格波及の程度:「貿易コスト」 第 6 章では、国際価格波及の程度の推計と、貿易コストと国際価格波及の関係に関する実 証分析を行った。最初に、貿易コストについて、地理的立地に基づく運賃と輸入関税の観点 から考察し、事例の対象国・地点を類型化した。次に、価格データの定常性を確認した上で、 共和分検定によって長期的な国際価格波及の程度を推計し、運賃や関税の高いグループでは 国際価格波及の程度が弱いことを示した。最後に、国際価格波及が強ければ、その分価格安 定性が高いことを示した。 (第 7 章)国際価格波及の速度:「取引コスト」 第 7 章では、国際価格波及の速度と、取引コストと国際価格波及の関係に関する実証分析 を行った。最初に、取引コストについては、国全体のビジネス環境と穀物の取引制度の観点.

(7) No.6 から考察し、事例の対象国・地点を類型化した。次に、誤差修正モデルを用いて国際価格波 及の速度を推計し、穀物の取引制度が安定しているグループでは国際価格波及にタイムラグ が生じにくいことを示した。最後に、国際価格波及が速ければ、その分価格安定性が高いこ とを示した。 (第 8 章)国際価格波及の対称性:「市場支配力」 第 8 章では、国際価格波及の対称性と、市場支配力と国際価格波及の関係に関する実証分 析を行った。最初に、市場支配力について、輸出業者の寡占状況に加えて、輸入国側の商品 の代替性の観点でも考察し、事例の対象国・地点を類型化した。次に、閾値自己回帰モデル を用いて、輸出業者のマージンの拡大局面と圧縮局面で国際価格波及に差異があるかを検証 し、輸入国で多様な種類の穀物が流通しているグループでは、国際価格波及が均一であるこ とを示した。最後に、国際価格波及に非対称性が生じていても、国際価格波及が強ければ、 その分価格安定性が高いことを示した。 (第 9 章)本研究の成果と今後の課題 結びの第 9 章では、各章の考察、分析結果を総括して、「貿易を通じて国内価格に国際価 格が十分かつ速やかに波及することで、長期的に国内価格の安定性は高まる」という仮説は 妥当であるとの結論を導いた。また、実証分析の結果から、貿易による国際価格波及の利点 を高めるには、輸送インフラの整備や自由貿易協定の推進すること、穀物の取引制度を安定 させること、輸入国で多様な種類の穀物の流通を促進することが有効という含意を導き出し た。最後に、今後に残された課題として、第 3 国ルートを通じた国際価格波及、周辺国との 関係による国際価格波及への影響、輸入穀物と自給穀物の価格安定性の関係にも分析対象を 拡張することを提示した。. 以 上.

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参照

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