東京雨露學會第六鳥総會演説 111 に激て∼撮します.と、.大膿に「シ。ック」4、5同位からAPpetiτ, S・hlaf力臓.ぐなり.、言語動作も 落付いて参ります。殊に幻聴の激しいもρは「シ。ック1を繰り返す内に聲が次第rc低くな凱遠 のいて、後には全く聰えなくなるに從つセ幻畳が盛んで、此の爲に妄想が魂はれたと思はれる様 な患者で「インシ昌リン」療法をやって美事に治癒したものを輕瞼してをります。 治癒的機構はまだ不明でありまして、色々な説はあηますが今の慮臆説にすぎません。 寛解率に就ては表B2の通ηであbます。私淫は病型による豫後は決定出來ませんでした.o’ 護病より治療開始迄の時期の早いものほど著しい効果のある事は皆の一致してみる慮でありま す、殊に登病宇年以内の成績は表B4の麺りであηます。 然し「’インシュリン」療法が行はれなかった頃の分裂病の寛解率は22%位のものでありました が、仁インシュリン」によると46.2%約2倍の寛解率を示してをる。 本療法に依って卒然と寛解した時の扶態は全. ョ何等の症駅を竜認め得ぬ迄に美事に治癒する事 があり、又完全と迄に到らないものも、治療前とは格段の愛化があり、. ウ爲荘然としてゐ渇もの が活溌となり、積趣的となり、或は話のまとまらなかったものが可なり.話にまとまりを生じ、或 は自分で身の隔りの事が出來る様になる事があるので、私蓮は三四分裂病には事情の許す限.り泌 ず一度は詰むべき療法であると確信してをります。 33 種々の合傍症蓼山登せる亜悪性淋巴性大緬胞性白血病が 無勇車起様(aleukamisch).に移行せる一例につtoて 東京女子濠州忌門學校岡本内科教室(主任 岡本教授). 岡 庭 徳 子 21歳の男、左側索性肋膜炎、滲出性心嚢炎、腹膜炎及び無鈎籐贔、十二指腸鐡、鞭贔寄生を有 せし亜急性淋巴性大細胞性白血病にして、入院當時白血球数12萬一16萬なbしも輕過中に白血球 敷140Gに迄減少し無白血無様に移行し約9ケ月の経過にて死亡せし1例につきて報告す。 追 加 三 藤 寛 第33番演者は心嚢炎の外科的治療に關しての詑録を省略されたので、私は此の鮎のみに撃て二 三の.所感を申述べたい。 吾邦に於ける心臓、心嚢手術の症例は未だ14例を敷へるに過ぎない歌態で、而もその手術成績 1塒P芳しくtg v〕のである・ 余は本患者に就て局所聯醇の下に右側第5・6肋軟骨を切除し、肋膜腔を経て心嚢に蓬し、その 一部を切除した。術中は極めて安静、術後1G藪外間は創口より滲漏液の漏出を見たが、後完杢に 馬蝉性に治癒した。 邉 力皿 岡 本 陽 一ヒ 手術前の患者の朕態は非常に悪く手本fこ耐えるか否か氣遣はれしも・手術経過良好にて後欺態 一一一一第9毬…749一
112 東京女讐學會第六1司糟倉演論 も一時輕快を見患者億感謝の意を表し居たb。三藤教授:に此の蝋画に於.で感謝す0 34 急性淋巴性白血病を讐ひたる淋巴性網欺織肉腫症の一例 東京女子磨學三門學校今村内科教室(主任 今村教授) 大 石 和 子 本例は・臨床上には定型的急性淋巴1性.白血病の像を呈し、.病理解剖即智に舶;血病を伶びたる 淋巴性綱歌織肉腫症と診出せ.られた.極.めて稀なる1例である.。 患者 16歳 中學生 家族趣…及び既往歴 共に.特別・の事なし。 現病歴 7月中旬、何等原因と思はるSものなく、全身違和、頚部腫脹を訴へ、二二の診療を 受くる・も寸効な3く、.力臥ふる・に歯歯艮出血を∫見る1に至る0 7月22日’、爾側々胸部に黙欺皮下鐙血を認め、更に四肢及び頸部に藁延した.。 7月25臥.皮下出』血及び頸部腫脹を主訴として、當内科を訪れ、急性淋巴性白血病と吊上され、 翌26』日、激.しき歯痛と共に、.大量の歯醸出血を見、歯科讐を訪れ、亦内.科的治療の必要を説かれ 翌27日、再び當内科に來り、直に入院。 現症二二稚々大、一三中筆、旧記顔色正常、意識明瞭、言語督聲正常、呼吸及び脈搏に異常