4 発話実験 3 :子音区間の高周波数帯域のパワー
5.1 破擦音 C 類
5.1.1 VOT 比較
破裂音の VOT観察を通じて、2章では「濃音のVOT上限25ms ライン」、「激音のVOT 下限50msライン」を提案し、「濃音は、平音・激音と分布が重ならない」こと、「平音と激 音の分布の重なりは、被験者全員で同じように起こっているわけではない」ことを示した。
ここでも、(1)上限・下限ラインと(2)3系列の分布の重なりに注目して特徴を記述する。
「濃音上限ライン」と「激音下限ライン」
参考までに、図 41は、M1氏の語頭T類のVOTグラフ(図 16再掲)である。25msに 濃音上限ライン(実線)、50ms に激音下限ライン(実線)を引いてある。VOT は濃音であ れば25msよりも短く、激音であれば50msよりも長い:
図 41:語頭T類のVOT(M1氏)(図 16再掲)
M1氏
/Tu/ /Te/ /Tɔ/
/Ta/ /Ti/
( ms ) VOT
88
破擦音C類のM1氏のVOTの結果が図 42である。こちらにも同様に、25msに濃音上限 ライン、50msに激音下限ラインを引いてある:
図 42:語頭C類のVOT(M1氏)
C類では、全体的にT類よりもVOTが長い。濃音/ʧ’/のVOTは、破裂音の濃音の上限ラ イン25msをすべて上回っている。また、激音/ʧʰ/のVOTは90ms以上であり、これは破裂 音の激音の下限ライン50msはもちろん、M1氏自身のT類激音の下限ライン70ms(図 41: 点線)よりも長い。T類よりもC類の激音が長い傾向は、破裂音で他の被験者に比べてVOT が短かったM2氏でも言える。M2氏のT類グラフ(図 43:図 19再掲)とC類グラフ(図 44)を比べると、次のようになる:
M1氏
/Cu/ /Ce/ /Cɔ/
/Ca/ /Ci/ VOT
( ms )
89
図 43:語頭T類のVOT(M2氏)(図 19再掲)
図 44:語頭C類のVOT(M2氏)
破裂音では、他の被験者に比べて全体的に短い VOT特徴をみせていた M2氏も、M1氏 同様に長く、全体的に20msほど底上げされた状態である。この傾向は、F1氏とF2氏にも 同様に観察される。どの被験者でもC類がT類よりもVOTが長い特徴がみられた。データ
はAppendix 1.1を参照されたい。
M2氏
/Cu/ /Ce/ /Cɔ/
/Ca/ /Ci/ VOT
( ms ) M2氏
/Cu/ /Ce/ /Cɔ/
/Ca/ /Ci/
( ms ) VOT
90
語頭がT類の/ta, tʰa, t’a/、C類/ʧa, ʧʰa, ʧ’a/を用いて実験した韓喜善〈han, hisɔn〉(2016) でも、T類に比べて、C類のほうが、被験者平均31でVOT32が約30ms長いという結果が報 告されている。
3系列の分布の重なり
VOTの観察(2.5)を通じて、4名の被験者の中でF1氏は平音と激音のVOT分布の重な りが多く、F1氏のVOT特徴は平音と激音の対立を支える手がかりとなりにくいと予測され ると指摘した。破擦音でも、類似した傾向が観察された。図 45はF1氏によるC類のVOT グラフであり、比較参考として破裂音T類のVOTグラフ(図 46、図 10再掲)も示す:
図 45:語頭C類のVOT(F1氏)33
31 韓喜善(2016)では、被験者6名(男女各3名ずつ)、4種類のキャリアセンテンス(文 頭語頭または文中語頭、フォーカス有または無、の組み合わせ)、各10回発音したデー タを平均したものである。よって、1子音(1実験語)につき、240データの平均となる。
32 韓喜善(2016)では、Lisker and Abramson(1964)の提案したVOTの代わりに、「子音
の閉鎖の開放から後続母音の開始までの区間」を示すRVOWT(release to vowel onset time) という概念を用いている。しかし、「語頭での無声破裂音と破擦音については本書で取り
上げたRVOWTとLisker and Abramson(1964)が提案したVOTとは結果的に実態が一致
する」(ibid.: 22-23)とあることから、VOTと称することにする。
33 F1氏の平音/ʧu/と激音/ʧʰu/では、VOT分布範囲が重なることなく「平音>激音」とな
っている。このようなパターンは他の被験者では観察されず、F1氏にとってVOTが平 音と激音の対立を支える音響特徴となりにくいことを示している。
F1氏
/Cu/ /Ce/ /Cɔ/
/Ca/ /Ci/ VOT
( ms )
91
図 46:語頭T類のVOT(F1氏)(図 10再掲)
C類では、T類に比べて全体的に底上げされている傾向がF1氏にも観察されるが、平音 と激音のミニマルペアにおいて分布の重なりが多く観察されるのは、破裂音と同様である。
F1氏と異なり、破裂音で平音と激音での分布にほとんど重なりが観察されなかったM2氏 の場合、C類でも分布の重なりは少ない(図 44)。つまり、個々の被験者で観察された破裂 音のVOTの特徴は、破擦音でも同じように反映されていると考えられる。