第 4 章 リスクマネジメントの困難性の理論的考察
4.5. TA のハイブリッドアプローチによる仮説の妥当性検証
難しさにつながっていた。そこで、本博⼠論⽂では、「限られた時間やコストやリソー スの中で、不確実さを伴うさまざまな事象や状態に対して、トレードオフを含む意思 決定を適切なタイミングで実施することの難しさ」、すなわち「不確実な状況下でのト レードオフを伴う意思決定の難しさ」をプロジェクト・リスクマネジメントの本質的 な課題とみなし、さらに取引コストと認知バイアスの影響がその難しさを増幅してい ると仮定した
上記仮説について、帰納的 TAの分析結果(3.4節)を⽤いたハイブリッドアプロー チにより妥当性を検証した。ここで、TAのハイブリッドアプローチとは、帰納的分析 によって得られた結果を他の理論や仮説を⽤いて再分析あるいは解釈する⽅法である。
帰納的TAにより抽出された90件のコードには、⼤きく分けて、リスクマネジメント の"効果"に関するものと、リスクマネジメントの"難しさ"に関するものが混在する。
本分析には主に後者が必要なため、まず、リスクマネジメントの"難しさ"に関連する 41件のコードを選別した。続いて、各コードを(1)取引コストの影響あり、(2)認 知バイアスの影響あり、(3)その他、の3パターンに分類した。取引コストの影響と 認知バイアスの影響には相互作⽤7があり、どちらの影響が強いかを完全に切り分ける ことは難しいが、もし、最初の認識が偏っているならば認知バイアスの影響、(仮に認 識が正しくても)他者を説得できないことが問題ならば取引コストの影響とみなした。
分類の結果を表 4.1 に⽰す。(1)取引コストの影響あり(TC)は 14 件、(2)認 知バイアスの影響あり(CB)は 17 件、(3)その他は10 件となった。リスクマネジ メントの"難しさ"に関するコード全 41件のうち、31 件(75.6%)は取引コストまたは 認知バイアスの影響を受けており、本博⼠論⽂の仮説および理論的考察を裏付けてい ると考えられる。(3)その他に属する残りの10件のコードは、主に、リスクマネジ メントの組織ルーティン化(OR)、または、未知のリスクへの対応(UK)のいずれか に関連していた。ただし、前者には、柔軟な意思決定を必要とする部分との切り分け が含まれるため、上記の本質的な課題とも密接に関連している。⼀⽅、後者は知識や データだけで解決する問題ではなく、別の切り⼝も含めた多⾯的なアプローチが必要 となる。
7 取引コストを意識することで認知バイアスが増幅したり、逆に、認知バイアスがあることで取 引コストが増⼤するケースは、しばしば⽣じる.
4.5TAのハイブリッドアプローチによる仮説の妥当性検証 77
表 4.1:リスクマネジメントの実践上の難しさとその分類
※ TCは「取引コストの影響あり」、CBは「認知バイアスの影響あり」、ORは「組 織ルーティン化に関連」、UKは「未知のリスクに関連」を⽰す。
テーマ カテゴリー コード TC CB OR UK
(A2) 未知のリスクを予測することの難しさ 〇
(B2-1) ⾒えている範囲外のリスク抽出の難しさ 〇 (B2-2) ⾃分では制御できないリスクの存在 〇
(C2) 複雑な因⼦の柔軟な制御が求められる 〇 (B6) 管理側と現場側に危機感の温度差 〇 (D6) リスク対応への⼒の掛け具合に温度差 〇 (E6) 費⽤対効果と責任所在の認識ずれ 〇 (F6-2) リスク対応責任の押し付けに対する不満 〇 (G6) リソース配分での主観的判断や個⼈の思惑 〇 (C6) RMでの対⽴には⼈間の⼼理的要素が影響 〇
(E1) 本来低減すべきリスクが放置されている現状 〇 (D2) RMの⽂化がないと継続的な改善が回らない 〇
(F2) RMを周知徹底することの難しさ 〇
(G2) リスクを組織的に是正することの難しさ 〇 (E3-2) 同じパターンの失敗が繰り返し発⽣ 〇 (F5-2) 未経験の分野では有識者の知⾒は当てにならない 〇 (G3) 既存顧客では知⾒は必要だが、新規は当てはまらない 〇 (B4) 有識者に依存し過ぎると⾒えなくなる部分もある 〇 (B5) 過去の知⾒は⼀般化しないと合致しない 〇 (C3) 過去の知⾒がかえって判断の柔軟性を⽋落 〇 (C5) すべての知⾒には偏りが無意識的に混⼊ 〇 (E5) 他⼈から聞いた情報をそのまま信じる傾向 〇 (F3-1) 有識者の提⾔が今の現場と乖離している可能性 〇 (F5-1) DR指摘における有識者の思い込みや偏り 〇 (C4) 暗黙知を正確に形式知化するのは困難 〇 (G4) 複雑な事象での有識者の知⾒抽出の難しさ 〇
(E3-1) 有識者がたまに⼊っても効果なし 〇
(F4-1) 有識者の提⾔を受け取る側の問題 〇 (F4-2) 強制⼒をもつ指摘が的外れだと逆効果 〇
⼈間の気づきの⽀援 (A9-1) リスク特定で⼈間の気づきに依存している現状 〇 (B8) 現場感覚と異なる基準を合意するのは難しい 〇 (C8) データがあっても理由が不明だと対策が打てない 〇 (E8) データが個⼈の感覚とずれたときの説得⼒ 〇 (F8) 根本原因まで踏み込まないと受け⼊れられない 〇
(A8-1) PJ失敗要因の完全なデータ化は困難 〇
(A8-3) ⼈的要素の定量化の難しさ 〇
(G8-1) 定量化にはどうしても主観性が混⼊ 〇
(G8-2) PJでは完全に同じ状況は起こり得ない 〇 (A11-3) データ精度の確保は正しいPJ運営が前提 〇 (F10) ⼈間系で回っている部分がブラックボックス 〇 データ分析の⾼度化 (G10-1) リスク優先度への組織内全⼀致の難しさ 〇
データ活⽤の現状
合意形成や協調の促進
リスク要因のデータ化
将来への期待 リスクの⾒える化 取り組むべき課題
リスクの早期検知 柔軟なリスク対応
対⽴の解消
組織的な仕組み作り
知識活⽤の現状
知識によるリスク特定
過去の知識の信頼性
具体的な⾏動への誘導