第 5 章 機械参加型リスクマネジメントの提案と評価
5.4. 機械参加型リスクマネジメントの継続的改善
機械参加型リスクマネジメントは、リスクマネジメントを⾏うプロジェクト実務者
(以下、プロジェクト側)と機械学習を活⽤するデータ分析者(以下、機械学習側)
の双⽅がそれぞれ不完全な知識に基づいて⾏動していることを前提としている。すな わち、機械参加型リスクマネジメントの実践においては、プロジェクト側のリスク知 識の更新と機械学習側のモデル化知識の更新を並⾏かつ継続的に実施することが重要 である。これらの更新には、組織的知識創造プロセス (SECI モデル; Nonaka and Takeuchi 1995=1996)が適⽤可能となる。ただし、リスクという不確実性を伴う事象や
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状態の知識を取り扱うには、プロジェクト側と機械学習側がそれぞれ独⽴に知識更新 を⾏うだけでは⼗分ではない。プロジェクト側では、リスクに関する知識の取り扱い において確率や統計による定量的な評価が不可⽋だが、残念ながら⼈間の直観は確率 や統計の処理をあまり得意としていない。もし、リスクに関する知識の変換が主に⼈
間の直感によってなされ、それが客観的な視点から⼗分にチェックされない場合、認 知バイアスの影響で知識の増幅が妨げられ、表⾯的な知識を単に共有するだけの活動 へとスパイラルダウンする恐れがある。また、機械学習側においても、データが表し ているのは現実のプロジェクトのごく⼀部であり、モデルはその範囲内での内挿に過 ぎない。プロジェクト側から現場の知識を積極的に取り込まなければ、そもそも実⽤
的なモデルにたどり着けない可能性がある。すなわち、プロジェクト側のリスク知識 更新と機械学習側のモデル化知識更新は、相互に密接に連携しながらスパイラルアッ プしていくことが期待される。
図 5.9は、機械参加型リスクマネジメントにおけるプロジェクト側と機械学習側の 知識更新のイメージを⽰している。プロジェクト側のリスク知識更新のサイクルと機 械学習側のモデル化知識更新のサイクルが相互に連携しながら、それぞれ SECI モデ ルが回るという2サイクル構造となる。⼀⽅のサイクルが他⽅のサイクルの駆動⼒と なり、互いの知識を補完しながらスパイラルアップしていく。以下、SECIモデルの各 知識変換モードで想定されるプロジェクト側と機械学習側の相互学習の例を⽰す。
図 5.9:プロジェクト側と機械学習側の知識更新の2サイクル構造
共同化(Socialization):暗黙知から暗黙知へ
プロジェクト側は、プロジェクト活動における成功や失敗などのさまざまな経験を メンバー間で共有する際、機械学習モデルの予測結果との⼀致点や相違点に着⽬する ことにより、外部的かつ客観的な議論の軸を得ることができる。機械学習側は、プロ ジェクト活動のさまざまな側⾯についての⽣データを収集・蓄積する際、プロジェク ト側の⽇常的な⾏動を観察することにより、新たなデータ収集のヒントを得ることが できる。ここで、⽣データには、情報システムなどに記録されたデータ、プロジェク ト活動をモニタリングして得られたデータ、各種成果物から抽出・変換されたデータ などが含まれる。
表出化(Externalization):暗黙知から形式知へ
プロジェクト側は、各個⼈の経験の中に埋もれているリスクに関する知識を抽出し て形式知化する際、機械学習モデルの構築・活⽤への参画を通じて、プロジェクトの 特性などに関する思い込みやバイアス(偏り)を減らすことができる。これは⼀種の リフレーミング、すなわち、「ある枠組み(フレーム)で⾒ている事象に対して、その 枠組みをはずして違う枠組みで⾒ること」の効果である。ここで、リフレーミング
(Bandler and Grinder 1981=1988)とは、主に神経⾔語プログラミング(NLP: neuro-linguistic programming)の分野で⽤いられる⽤語であり、⼈間のもっている⼼理的枠組 み(フレーム)の変換によって⼈間の反応や⾏動の変⾰を引き起こすことを意味する。
また、機械学習側は、予測モデルのプロトタイプ構築において、収集・蓄積した⽣デ ータを加⼯して説明変数や⽬的変数の候補を選択する際、プロジェクト側のもつ現場 の実践的な知識を活⽤することにより変数の探索を効率的に⾏うことができる。
連結化(Combination):形式知から形式知へ
プロジェクト側は、例えば、失敗事例データベースの構築など、形式知化されたリ スクに関する個々の知識を組み合わせて全体として⽭盾がないように体系化する際、
機械学習モデルの予測結果との突き合わせにより知識体系の⽭盾点を⾒つけたり、リ フレーミングによる新しい知識の獲得などが期待できる。また、機械学習側は、構築 した予測モデルをさまざまな⾓度から分析し、他の概念と結合して継続的にブラッシ ュアップしていく際、プロジェクト側から単なる性能⾯だけでない実⽤的な視点での
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フィードバックを得ることができる。
内⾯化(Internalization):形式知から暗黙知へ
プロジェクト側は、体系化された知識をプロジェクト活動の現場へと展開する際、
機械学習モデルの構築・活⽤を通じて得られた客観的な裏付けに基づき、⾃⾝の知識・
⾏動への確信や他者への説得性を⾼めることができる。また、機械学習側は、予測モ デルを解釈・理解してモデル化知識として内⾯化する際、プロジェクト側から表⾯的 な分析だけでは⾒えないデータ間の依存関係や順序関係などの背景知識を得ることが できる。こうした解釈・理解は次の反復でのデータ収集に活かすことができる。
このようにプロジェクト側のリスク知識更新のサイクルと機械学習側のモデル化知識 更新のサイクルが相互に連携しながら反復して回ることで、機械参加型リスクマネジ メントが継続的に進化していく。
機械参加型リスクマネジメントの適⽤効果として、以下の仮説が⽴てられる。
従来は、リスクマネジメントの本質的な課題である不確実な状況下でのトレードオ フを伴う意思決定問題に加えて、取引コストや認知バイアスの影響が作⽤することに より合理的な判断からの偏りが増幅し、リスクマネジメントの形骸化などのさまざま な実践上の困難性につながっていたと考えられる。これに対して、機械参加型リスク マネジメントの適⽤により、(1)不確実さの低減(過去データに基づく予測)による 意思決定の合理化、(2)利害関係者間の合意形成による取引コストの低減、(3)シ ステムⅠとシステムⅡの連携による認知バイアスの影響の緩和、が期待できる(図
5.10)。すなわち、図 4.1の意思決定モデルにおいて、新たな取引コストを 𝑇 、損失に
かかる係数を 𝑘 とすると、リスク R への対応策を実⾏すべき条件は 𝑃 𝐿 𝑃 𝐿 𝑘 𝐶 𝑇 となる。ただし、 𝑇 𝑇 0, 𝑘 𝑘 1 である。このように、提案アプロ ーチはリスクマネジメントの実践上の困難性への有効な対応策となることが期待でき る。
図 5.10:機械参加型リスクマネジメントの適⽤効果の仮説