• 検索結果がありません。

リスクマネジメントの本質的な課題

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 68-71)

第 4 章 リスクマネジメントの困難性の理論的考察

4.2. リスクマネジメントの本質的な課題

前章のインタビュー・データの分析結果から、製品開発組織におけるリスクマネジ メントの課題の多くはプロジェクトマネジメントとリスクマネジメントの境界領域で 発⽣しており、かつ、単にリスクマネジメントのプロセスや技法だけの問題ではなく ヒューマン・ファクターの影響がきわめて⼤きいことがわかった。このようなリスク マネジメントの“実践上の難しさ”に対応するには、表⾯に⾒えている課題だけでなく、

その根本原因となる本質的な課題を明らかにする必要がある。

本節では、まず、リスクマネジメントと他のマネジメントの違いについて考察する。

リスクマネジメントはプロジェクトマネジメントの⼀部だが、リスクという確率的な 事象を扱っている点で他のマネジメントとは⼤きく性質が異なっている。すなわち、

リスクは常に存在しているが、その存在が最初から認識されているとは限らないし、

仮に認識されていたとしても必ずしも顕在化するとは限らないし、また、プロジェク ト期間中ずっと同じ状態であるとも限らない。もし、リスクが“確定的”であり、必ず 発⽣することが最初からわかっているならば、リスクへの対応は“タスク”としてあら かじめプロジェクト計画に組み込まれているべきであり、そもそもリスクマネジメン

6 リスクマネジメントの標準的なプロセスや技法などの“理想形”と開発現場における“実践”とのギ ャップ.

トは不要なはずである。リスクの発⽣が“確率的”であり不確実性を伴うがゆえに、リ スクマネジメントは必要なのだと⾔える。

プロジェクトにおいてどのタスクを実⾏すべきかの意思決定は、⼀般化して考える と、費⽤対効果の問題に帰着すると考えられる。すなわち、タスクの実⾏によって得 られるトータルのベネフィットが実⾏にかかるコストを上回っているならば、そのタ スクはプロジェクトでの実⾏の候補となる。しかしながら、⼤多数(ほぼすべて)の プロジェクトにおいては、時間やコストやリソースに関する“制約”が存在する。すべ ての候補タスクをプロジェクト内で実⾏することが不可能な場合には、“制約”の範囲 内で必要なタスクを選択するというトレードオフ判断が必要となる。ここで、トレー ドオフとは、⼀⽅を追求すれば他⽅を犠牲にせざるを得ないという状態や関係を意味 する。

リスクへの対応策など、不確実性を伴う事象に関する意思決定は、通常のタスク実

⾏のトレードオフ判断と⽐べて、⼀層複雑かつ困難になることが予想される。そこで、

本博⼠論⽂においては、リスクマネジメントの“実践上の難しさ”につながっている本 質的な課題を「限られた時間やコストやリソースの中で、不確実さを伴うさまざまな 事象や状態に対して、トレードオフを含む意思決定を適切なタイミングで実施するこ との難しさ」と仮定する。この不確実な状況下におけるトレードオフを伴う意思決定 問題は、図 4.1のようなデシジョンツリーで表現できる。これはある意味、最も単純 な形でのリスクマネジメントの意思決定モデルとみなすことができる。ただし、より 複雑にみえる現実のプロセスもこの単純化したモデルの組み合わせでかなりの部分を 説明できる可能性があると考えている。図 4.1より、リスク RへのコストCの対応策 を実⾏する場合の期待利得は、R が顕在化する確率を P1、その際の損失を L1 として 𝐸 𝐶 𝑃 𝐿 、対応策を実⾏しない場合の期待利得は、Rが顕在化する確率をP2、そ の 際 の 損 失 を L2 と し て 𝐸 𝑃 𝐿 と 計 算 で き る の で 、𝐸 𝐸 す な わ ち 𝑃 𝐿 𝑃 𝐿 𝐶 のとき、リスクRへの対応策を実⾏する⽅が期待利得が⾼い、つまりリスク Rへの対応策を実⾏する⽅が好ましいと判断できる。これは、既存のプロジェクト計 画に対する新たなタスクの追加を意味し、しばしば元々の計画に含まれていたタスク の再調整を必要とする。

上記のような合理的な意思決定が可能となるには、まず「リスクの定量的評価が信 頼できる」必要があり、その上で「⼈間は常に期待利得を⾼めるように⾏動する」と

4.2リスクマネジメントの本質的な課題 69

いう⼈間の⾏動基準の仮定が必要となる。しかしながら、これまでのさまざまな事例 が⽰すように、リスクマネジメントの実践において⼈間は必ずしも合理的に⾏動して いるとは限らない。実際のプロジェクトでは、リスクを認識していても対応策をとら ずにそのまま放置し、リスクが顕在化して問題(イシュー)になってから慌てて“⽕消 し”に追われるというような状況がしばしば⽣じている。リスクマネジメントの実践に おけるある種の⾏動パターンや⽅向性は、単にリスクの定量的評価の困難性などの技 術的な要因だけで説明できるものではなく、⼈間の⼼理的特性など、異なる切り⼝か らの分析も必要となる。そこで、本研究では、利害関係者間の取引コスト、および⼈

間がもつ認知バイアスの影響に着⽬し、それらがリスクマネジメントにおける誤った 判断や⾏動をさらに増幅する可能性があることを⽰す。

図 4.1:リスクマネジメントの単純化した意思決定モデル

ドキュメント内 JAIST Repository https://dspace.jaist.ac.jp/ (ページ 68-71)