• 検索結果がありません。

咬合咀嚼は健康長寿にどのように貢献しているのか Do occlusion and masticatory function contribute

to general health and longevity?

座長 赤川安正

広島大学大学院医歯薬学総合研究科 矢谷博文

大阪大学大学院歯学研究科顎口腔咬合学分野 Chairpersons

Yasumasa Akagawa

Department of Advanced Prosthodontics

Hiroshima University Graduate School of Biomedical Sciences

Hirofumi Yatani

Department of Fixed Prosthodontics, Osaka University Graduate School of Dentistry

(社)日本補綴歯科学会は,「咬合・咀嚼が創る 健康長寿」を2005年の第113回大会から学術大会 のメインテーマに掲げ,補綴歯科治療が健康長寿 に果たす役割について研究を進めてきた.このテ ーマを始めて以来7年が経過した今,その役割に 関するエビデンスがどの程度集積されているのか を検証し,その成果を広く国民にアピールする必 要がある.そこで以下の仮説について,現在わか っていることといないことを整理してみたい.

1. 咬合・咀嚼を維持できなければ,健康を損なう,

あるいは,寿命が短縮する.

2. 咬合・咀嚼を維持すれば,健康を維持できる.

3. 咬合・咀嚼を改善すると,健康を回復する,あ るいは,寿命が延びる.

シンポジウムでは,まず平成1819年度に本学 会理事長を務め,「咬合・咀嚼が創る健康長寿」の メインテーマへの採択に深く関わられた赤川安正 先生にその経緯についてご紹介いただいた後に,

4名のシンポジストにご講演をいただく予定であ る.高田 豊先生には内科医の立場から咬合・咀 嚼は健康にとってどの程度の重要性をもつのか,

臨床エビデンスに基づいた率直なご意見を伺い,

続いて那須郁夫先生には,公衆衛生学の立場から 健康長寿の定義,疫学的観点から見た咬合・咀嚼 の意義についてご講演いただく.さらに池邉一典 先生に咬合・咀嚼と全身疾患の発症率や生命予後 との関係について文献的レビューをもとにエビデ ンスを抽出していただき,最後に赤川先生にシン ポジストとして補綴歯科治療がもたらす咀嚼,嚥 下機能の改善・維持が運動機能や全身栄養状態に 及ぼすインパクトについての研究成果をご紹介い ただき,掲げた3つの仮説の検証を試みたい.

一人でも多くの方々にご参加いただき,有意義 なシンポジウムにしたいと考えています.

トピックス

●咬合・咀嚼

●健康長寿

●臨床エビデンス

80歳高齢住民の12年間追跡による生命予後と咀 嚼機能・現在歯数との関連

高田 1)、安細敏弘2)

九州歯科大学

総合内科学1)・保健医療フロンティア科学2)

12-Year Mortality and Chewing or Tooth Number in an 80-Year-Old Elderly Population

Yutaka Takata,1) Toshihiro Ansai,2)

Kyushu Dental College, 1) Division of General Internal Medicine and 2) Division of Community Oral Health Science

福岡県在住の80歳住民824名を対象とし、782 名の生死を12年間追跡した。12年間で506名が 死亡し276名が生存した。死亡506名中、心血管 病死128名、呼吸器病死96名、癌死87名、老衰 死51名であった。80歳時の咀嚼機能か現在歯数 と 80 歳~9212 年間生存・死亡の関係を

Kaplan-Meier法とCox比例ハザード回帰分析で解

析した。咀嚼可能食品数04個(咀嚼不良群)、5

9個(軽度不良群)、1014個(軽度良好群)、 15個全て(良好群)の4群に分けた。

Kaplan-Meier法で、咀嚼機能4群の12年間生存 率に差を認めた。男女別検討では、男性、女性と もに咀嚼機能と生存率に関係があった。現在歯数 は0本、19本、1019本、20本以上の4群に 分けた。現在歯数4群間で生存率に差がなかった。

心血管病死、呼吸器病死、癌死、老衰死の死因別 生存率は咀嚼機能4群間に差を認めなかった。Cox 比例ハザード回帰分析では、咀嚼良好群に比べて、

性差を補正した全死亡相対危険率は咀嚼不良群 2.1倍、軽度不良群1.4倍、軽度良好群1.3倍であ った。咀嚼可能食品数が1つ増えるごとに性差補 正死亡率は4.5%低下した。性差補正全死亡相対危 険率は現在歯数20本以上群に比べ、0本群1.5倍、

19本群1.4倍であった。性差補正後全死亡危険 率は現在歯数が1本増えると1.5%低下した。

性差補正後の死亡率は咀嚼可能食品数が1つ増 えると4.5%、現在歯数が1本増えると1.5%低下 することから、80歳住民の死亡率は咀嚼機能が良 く現在歯数が多いと低下することが分かった。80 歳の高齢者でも歯を残し咀嚼機能を保持すること が長寿に寄与することが示唆された。

トピックス

●死亡率

●現在歯数

●咀嚼

咀嚼能力と健康余命 那須郁夫

日本大学松戸歯学部社会歯科学講座(地域保健学)

Chewing ability and active life expectancy NasuIkuo

Nihon University School of Dentistry at Matsudo, Department of Social DentistryCommunity Health Sciences

健康日本21の目標は,①早世の防止と②健康寿 命の延伸である。

古来,加齢とともに歯を失うことは,世の常で あった。8020運動の掛け声以前から,日本人の歯 の喪失速度は抑制されてきてはいたが,現実に歯 を多数失う高齢者は多い。わが国では義歯などの 補綴処置が健康保険に包含されるため,国民の装 着率は高く,高齢者の自分の歯と補綴歯を合わせ た「歯」(これを機能歯と呼ぶ向きもある)の平均 保有数は267本である。

日本大学では,1999年から健康余命に関連する 要因の研究に取り組み,全国5000人規模の高齢者 縦断調査を行っている。歯科からは,高齢者にお ける十分な咀嚼能力保持が健康余命の延伸につな がっていればいいと願い,このプロジェクトに参 加した。その結果,さきいか・たくあんが噛める と答えた高齢者は,そうでない者に比べて平均余 命の差はそれほどでもないが,健康余命では,は っきりした違いが見られた(那須:2006)。

時あたかも2006年に介護保険に導入された,新 介護予防事業のうち「口腔の機能向上プログラム」

は,5年が過ぎた今日では,「口腔機能」なる新語 もようやく歯科界の目や耳にも慣れたらしい。い わゆる二大疾患に大きく依存していた「疾病対応 モデル」のほかに,咀嚼を中心にした「機能向上 モデル」の存在が認知されたように思う。

そこで,歯科補綴の出番である。

歯科補綴学における「咬合」理論は,奥の深い 研究分野であり興味が尽きないことは私なりに承 知しているつもりである。本学会の会員諸氏にお かれては,補綴装置を設計,調製する側の立場か ら,国民の「咀嚼」機能向上が果たす社会的効果 について,学会を上げて深遠かつ広範な研究をお 願いしたい。

トピックス

●健康日本21のねらい

●健康余命の延伸は介護予防と同義

●口腔機能向上プログラムの普及

健康長寿に与える補綴歯科のインパクト 赤川 安正

広島大学大学院医歯薬学総合研究科

The impact of prosthodontic care on healthy longevity and minimizing nursing care needs

Yasumasa Akagawa

Department of Advanced ProsthodonticsHiroshima University Graduate School of Biomedical Sciences

我が国の少子・超高齢化の中で、われわれ補綴 歯科を担う研究者・臨床医は健康長寿を願う国民 に対して、健康長寿に果たす咬合・咀嚼の役割を 長い間強調してきた。健康長寿のためには要支援 や要介護の状態にならないようにすること、ある いはもし要支援や要介護の状態になってもその状 態が悪くならないようにすることが極めて重要で ある。これが「介護の予防」や「介護の重症化の 予防」である。補綴歯科は、咬合・咀嚼・嚥下の

「機能」を回復することを通して、われわれが考 えていたよりはるかに大きなインパクトを「介護 の予防」や「介護の重症化の予防」に与えている。

すなわち、介護予防・重症化の予防には、①口腔 機能の向上②運動器の機能向上③栄養改善の3つ の柱があるが、いくつかのよく計画された介入研 究の結果から、補綴歯科が提供する咬合・咀嚼・

嚥下の回復・維持が、口腔機能の向上はもとより、

運動器の機能向上や高齢者の栄養の改善にも大き く貢献することが明らかにされつつある。しかし ながら、この分野の研究は必ずしも十分でなく、

今後さらに進めていかなければならない。このシ ンポジウムでは、補綴歯科のインパクトについて 介入研究を含めて優れた臨床研究のデータから説 明し、さらに最近強調されている「地域包括ケア」

における補綴歯科の役割についても論じてみるこ とにする。

トピックス

●健康長寿と補綴歯科

●介護予防における補綴歯科のインパクト

●義歯補綴と栄養改善

咬合・咀嚼と健康長寿

―文献レビューを中心に―

池邉一典

大阪大学大学院歯学研究科顎口腔機能再建学講座 Do occlusion and masticatory function contribute to general health and longevity? -a literature review- Kazunori Ikebe

Department of Prosthodontics Gerodontologyand Oral Rehabilitation

Osaka University Graduate School of Dentistry

「咬合・咀嚼は健康長寿に貢献しているのか」

を明らかにするにためには,厳密に言うと,「咬 合・咀嚼の改善」が,「健康を回復する」,あるい は「寿命を伸ばす」という仮説を長期的な縦断的 研究で検証しなければならない.しかし,ヒトを 対象とした研究において,例えば咬合・咀嚼を改 善する群としない群をランダムに割り付けし,そ れらが,死亡あるいは健康を損なうまで追跡する ことは現実的には不可能である.

そこでこれまでは,ベースラインの調査時に,

健康な被験者を歯の状態がよい群と悪い群に分け,

一定期間ののち,両者の死亡率や疾患の発症率を 比較する研究が多い.このような研究では,歯の 状態と死亡率や疾患の発症率との2者の間には有 意な関連がみられる.

しかし当然ながら,疾患の発症率や死亡率を高 める要因は,喫煙や食習慣,生活習慣病,社会経 済的要因など,すでに確立されたものがいくつも あり,それらの要因が歯の状態と健康・死亡率の 両者に影響を及ぼす交絡因子となっている.多変 量解析を用いてこれらの要因を統計学的に調整す ると,歯の状態と健康・死亡率との関連が弱くな り,有意でなくなることもある.

また口腔の状態として,残存歯数や義歯の使用 の有無を用いている研究がほとんどであるが,「咬 合・咀嚼」という機能を評価するには不十分であ る.言われて久しいが,補綴歯科学会としては,

信頼性と妥当性に優れ,なおかつ簡便な咬合・咀 嚼の評価の確立が急務である.

今回の文献レビューでは,これまでの研究を紹 介するとともに,その問題点を指摘し,今後どの ような研究モデルが必要かを提案する予定である.

トピックス

●咬合・咀嚼の評価

●死亡率と疾患の発症率

●多変量解析