1999年からの労働党政権では急進的な改革による歪みの見直しが図られ、
① 国民の資産の売却する完全民営化は中止し、SOEの株式売却は凍結する。
② 国民に的確にサービスが提供できるようSOE に国(国民)の株主統制を働かせる。
という考え方の下、他国に例のないSOEの統治構造が構築された。
2007年にニュージーランドの財務省の一部局である国有会社監視助言局75(現在の 国有会社モニタリング局(COMU)の前身)が SOE の取締役のために取りまとめた Treasury (2007),Owner’s Expectations Manual for State-Owned Enterprises, Crown Company Advisory Monitoring Unit (以下『期待マニュアル』) はこうした SOE の統治構造について詳しく説明している。SOE の根拠となる国有企業法(1986 年)、会社法(1993年)はSOEの所有権、ガバナンス及び公的説明責任に対応した法律
76であるが、この『期待マニュアル』はその具体的内容や SOEの取締役に対する持株 大臣(国有企業大臣と財務大臣)の株主としての期待を解説したものである。
『期待マニュアル』は現在も活用され77、「国有企業大臣には立法権、株式売却権を 付与せずSOEへの支配権を制限する一方、(国民の代表として)所有者としての株主統 制を強化する」という労働党政権による第2段階の改革の変更点を踏まえ、国(持株大 臣)、SOE の取締会など各機関の役割、権限、責任及びその範囲などの統治構造が具 体的に示されている。
第1節では『期待マニュアル』と有識者からのヒアリングを踏まえて国有企業改革、
SOEの統治構造及び社会的責任の位置付けを整理し、第2節では当該資料やNZポスト のディスクロージャー資料、有識者からのヒアリングを基に、NZポスト/キウィバン クの統治構造の全体像を示すこととする。
第1節 SOEのガバナンス改革と統治構造 1 SOEのガバナンス改革
1) SOEの目標
75 Crown Company Monitoring Advisory Unit.
76 Treasury (2007), p.5.
77 2012年に改訂版(Treasury(2012b), Owner’s Expectations Manual,Crown Ownership Monitoring
Unit)が出されたが、SOEのガバナンス改革のフレームワークや統治構造に変更はないので、本論
文ではTreasury(2007)を使用した。
ニュージーランドの国有企業改革は「公」と「民」を含め全てのアクターを等しく 扱い、公正な競争の場・共通の土俵を整備する78という思想の下で進められた。改革 によって生まれた SOE は利潤を追求し、税金を納め、株主である国に配当を支払う 株式会社である。SOEの第一の使命は国有企業法上でも「成功したビジネスとして運 営すること」とされ、SOEの目標として
「① 王国が所有しない同等のビジネスのように収益性があり効率的なこと
② 良い雇用者であること
③ 地域社会に関心を寄せ、企業として社会的責任を持つこと」
の3点が掲げられた79。 2) 持株大臣の期待
こうした考え方の下、現在のSOEのガバナンス構造が構築され、『期待マニュアル』
には SOE のガバナンス構造や大臣・取締役会等各機関の役割、権限及び運営のあり 方などが示されている。
この『期待マニュアル』は SOE の取締役への持株大臣の期待を概説し、取締役会 が自らの役割で SOE を効率的に運営しその責任を明確にするのに役立つように作ら れたもの80で、私企業や上場企業とは異なり、持株大臣(国)のSOEの取締役メンバー への特定の期待を説明して、株主統制を働かせようとするものである81。
3) SOEの位置付け
『期待マニュアル』では、SOEは「財政への貢献、バランスシートの改善、財政的・
社会的その他の政策目標を達成する能力が重要である」82としており、SOEに国の財 政への貢献、パフォーマンスの向上、社会的・政策的目標の達成を求めていることが 分かる。また、「1980 年代に政府は広範な国有部門改革の一環として会社のモデルを 使い始めた。重要な原則は、政府の所有権、購買、規制の利益との間に明確な分離と 維持を図ることである83」として、SOEは民間の会社モデルを活用し政府からの完全 分離・利益誘導を排除し公平な競争環境に置くものであること、を鮮明にしている。
78「level playing field」(「平らな競技場」)と呼ばれる。和田明子(2007), 2頁。
79 Treasury (1986),State-owned Enterprises Act 1986, §4.
80 Treasury (2007), p.5.
81 Treasury (2007), p.5.
82 Treasury (2007), p.7.
83 Treasury (2007), p.7.
「企業モデルの下で王国所有企業は、
① SOEは政府から手の届く距離で運営する部局と異なり王国の一部ではないが、王 国によって所有される。
② 企業のパフォーマンスのために責任を有する独立した取締役会を持っている。
③ ビジネスや会社の業務を管理する責任を持つ取締役会を有する独立した法的事業 体である。
④ 関連部門固有の法律(国有企業のための国有企業法を含む)とともに、すべての 企業に適用される財務報告とその他の要求事項に従う。84」
とし、政府には属さないが政府が所有する法人と言う位置づけを明確にし、取締役会 と取締役が責任を有するという法人の特徴を明確にした上で、法人としての資格要件 は民間企業と同一であるとしているのである。
4) 政府の所有方針
政府の政策としてSOEの資産売却プログラムは議題になく、このことは政府の長 期所有方針に反映されている。長期所有方針の目的として
① その会社に関する持株大臣の期待を SOEの取締役と一緒に明確にすること
② 強力なベンチマーキングを通して、国有企業のパフォーマンスをより深い理解と 確信を持って持株大臣に提供すること
③ 王国に頼ることなく、運用の投資判断を下すのに十分な資本を確保しなら、国有 企業に財務規律を課して、適切な資本構造を開発すること
④ 資本に対する要求が国有企業のビジネスニーズに沿うものであることを確認でき ること、他方、主要な投資は通常の予算プロセスの中に大幅な投資のための資本へ のSOEの要求を包含することにより、王国全体の資本に対する他の要求との関連 性が考慮されるという王国の優先権を認識すること。
の4つを掲げ、株主である持株大臣と取締役会との関係性を基礎にSOEを長期所有 する目的を明らかにしている85。
2 SOEの統治構造
1) 持株大臣の責任と権限
84 Treasury(2007), p.7.
85 Treasury(2007), p.9.
『期待マニュアル』では、持株大臣の責任と権限の範囲を明確にするとともに、取 締役会と持株大臣の関係性を明らかにしている。
持株大臣の責任として次の事項があげられている86。
① 取締役を任免(会長と副会長を含む)すること
② 取締役会が作成するSOEの企業理念声明(Statement of Corporate Intent、以下 SCIと言う)の草稿と事業計画の内容にコメントすること
③ 国有企業の長期的·中長期の戦略的方向性を支援すること
④ 議会にSCIの最終バージョンを諮ること
⑤ 政府の所有方針を策定し伝えること
⑥ 取締役会のパフォーマンスをモニタリングし、取締役会がSCIと事業計画の目標 を満たすのに失敗しそうな時必要な改善のステップを取ること
⑦ 問題が発生した時に取締役会との協議すること
⑧ 議会において年次および半期報告書をテーブリングすること
⑨ 株主としての決定を行うこと(例えば、会社法の下で主要な取引を承認すること、
会社法の下でこのような承認が必要となるかどうかの他の取引)
⑩ 年次総会(または特別会合)で決議を行うこと、またはこのような会議の代わりに 書かれた決議の通過に同意すること
また、持株大臣の権限としてつぎの事項があげられている87。
① 会社法に基づく株主としての権利を行使すること 国有企業法の規定に基づき
② SCIの特定の規定を変更するために SOEの取締役を指揮すること
③ 任意の会計年度又は数年間SOEから支払われる配当金のレベルを決定すること
④ SOEからの追加情報を要求すること
また、「持株大臣は同社の SCI を変更し、あるいは支払うべき配当金のレベルを決 定するため取締役会に指示しその権限を行使する前に、取締役会と相談する必要が ある。」
としている。このように持株大臣の責任と権限及び取締役との関係を明らかにするこ とで、持株大臣の SOE に対する権限を国民の株主統制の範囲内に限定し、国による
86 Treasury (2007), p.11.
87 Treasury (2007), p.12.
企業支配や利益誘導を起こさないようしている。同時に、取締役会の責任と権限を明 確にすることで、CEO以下の執行体制と間に相互牽制機能が働くよう仕向けているの である。
2) SOEの統治構造
図3-1 国有企業のフレームワーク
出典:Treasury(2007) ,p.8の図を基に筆者が作成。
以上のような考え方の下、SOE の統治構造が図 3-1 のとおり構築された。SOE の 株式は二人の持株大臣(国有企業大臣と財務大臣)が 50%ずつ保有し、国有企業大臣は 持株大臣を代表し一般的に株主の役割を果たし、財務大臣は王国の経済や財政目標と いう観点での責任を持っている。SOE はその業務やパフォーマンスに責任を有する独 立した取締役会を持っていることが大きな特徴である88。
取締役会は、SCI、年度事業計画などを策定しその達成の責任を負うが、会社の最 高経営責任者(CEO)にその執行権限を委任し、ビジネスや会社の業務を管理・監査す るという役割を果たす89。つまり、ニュージーランドのSOEは取締役会に業務執行に
88 Paul Goodhead氏(COMU)へのインタヴューに対する下記回答(2012年3月13日、別表1,1-1) を参照。
「閣僚の役割は、国有企業大臣が責任をもって"所有"し政策担当大臣であることを認識し、財務大 臣はクラウンの全体的なバランスシートのために責任を持っている。慣例により国有企業大臣が責 任所有権を持つ大臣として先導的な役割を取るので、一般的に二人の持株大臣は国有企業大臣が代 表して発言する。」
89 Treasury (2007), p.8.
国有企業 (soe)大臣 50%
財務大臣 50%
取締役会
CEO マネジメント
COMU 財務省
モニタリング 情報提供と関係構築 管理