博 士 論 文
キウィバンクの統治構造とビジネスモデルの研究
2015年1月
滋賀大学大学院経済学研究科
経済経営リスク専攻
氏 名 中尾 彰彦
指導教員 北村 裕明
指導教員 久保 英也
指導教員 二上 季代司
目 次
序 章 本論文の目的及び構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
第 1 節 本論文の目的及び課題 第 2 節 本論文の構成第
1 章 ニュージーランドの改革とキウィバンクの設立・・・・・・・・・・・・・15
第 1 節 ニュージーランドの概観と 1980 年代からの諸改革 1 ニュージーランドの概観 2 1980 年代からの諸改革 第 2 節 ニュージーランドの構造改革と国有企業改革 1 ニュージーランドの構造改革 2 政府部門の構造改革と国有企業改革 第 3 節 郵政事業の分割民営化 1 郵政庁の再編と分割民営化 2 NZ ポストの SOE 化と郵便局の削減 3 外資系銀行による寡占市場の形成と金融排除の発生 第4 節 国有企業改革の見直しとキウィバンクの誕生 1 公的部門改革における第 2 段階の改革と国有企業改革の見直し 2 キウィバンクの誕生第
2 章 NZ ポスト/キウィバンクの経営状況と経営課題・・・・・・・・・・・・33
第1 節 NZ ポストの概要 1 事業規模等 2 NZ ポストグループの組織体制 第2 節 NZ ポストの経営の現状 1 NZ ポストの収益 2 NZ ポストの利益の推移 第 3 節 NZ ポストの経営課題 1 郵便市場縮小の加速2 NZ ポスト会長から国有企業大臣への要望書 第4 節 NZ ポスト/キウィバンクの経営問題に関する議論 1 NZ ポスト/キウィバンクの店舗形態とリスク遮断 2 NZ ポスト/キウィバンクの経営問題に関するヒアリング結果
第
3 章 SOE のガバナンス改革とキウィバンクの統治構造・・・・・・・・・・43
第1 節 SOE のガバナンス改革と統治構造 1 SOE のガバナンス改革 2 SOE の統治構造 3 SOE の説明責任と社会的責任 第 2 節 NZ ポスト/キウィバンクの統治構造 1 NZ ポスト/キウィバンクの統治構造 2 国有企業大臣による株主統制とNZポストの取締役会との関係 3 キウィバンクの統治構造とキウィバンクの成功 4 SOEのガバナンス改革からキウィバンクの統治構造までの総括第
4 章 キウィバンクのビジネスモデルの解明と成功要因の分析・・・・・57
第1 節 キウィバンクの経営体制 1 キウィバンクの組織体制 2 キウィバンクの経営実態と情報開示 3 キウィバンクの発展 4 キウィバンクの市場規模 第2 節 金融サービスの質的向上 1 顧客ニーズに合わせた商品提供 2 個人向け金融サービス 3 ビジネス向けサービス 第 3 節 住宅ローン 1 住宅ローンによる競争戦略 2 住宅ローン関連サービス 3 キウィバンクの住宅金融サービスの特徴4 キウィ保険 5 ニュージーランド・ホームローン社(NZHL社) 6 住宅ローンとキウィバンクの収益・リスク管理 7 キウィバンクの住宅ローンモデルの総括 第 4 節 中小企業への融資 1 日常取引・短期貸出 2 長期貸出 3 中小企業支援サービス 4 中小企業金融市場の競争促進と外資系銀行のサービス拡大 5 市民・地域社会の自立支援 6 キウィバンクの中小企業融資の評価 第5 節 キウィバンクの経営基盤の確立と経営リスクへの対応 1 経営基盤の確立 2 貸倒れ損失の発生とリスク管理 第6 節 SOE の統治構造とキウィバンクのビジネスモデルとの関係性 1 キウィバンクの責任コード 2 キウィバンクの社会的責任論と成功要因に関するヒアリング結果 3 SOE の統治構造とキウィバンクの成功要因との関係性の総括 4 キウィバンクのビジネスモデルの総括
第
5 章 キウィバンク、ゆうちょ銀行等の収益・リスク構造の比較分
析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
86
第 1 節 キウィバンクと邦銀等との融資スタイルの違い 1 預貸率の違い 2 邦銀等の収益構造 3 邦銀等の経営の現状とリスク 第2 節 邦銀等のリスクと融資スタイルのあり方に関する 2 つの見解 1 信用リスク管理と杉山(2006)の見解 2 金利リスク管理と大久保(2010)の見解 3 邦銀等の経営判断とその問題点第 3 節 ゆうちょ銀行の収益及びリスク構造の分析 1 ゆうちょ銀行の収益構造 2 ゆうちょ銀行のリスク構造の分析 3 ゆうちょ銀行の経営リスク 第 4 節 キウィバンクとの比較を踏まえたゆうちょ銀行の経営課題 1 キウィバンクの収益力強化とリスク管理 2 ゆうちょ銀行の経営課題
第6章 我が国とニュージーランドの住宅市場・住宅金融の比較分
析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
106
第1節 我が国の住宅市場とニュージーランド調査の対象 1 我が国の住宅市場の現状 2 調査対象及び調査方法 第 2 節 ニュージーランドの住宅取引・住宅金融サービスの特徴 1 住宅取引市場の特徴 2 住宅金融市場の特徴 3 ニュージーランドの住宅取引・住宅金融市場のまとめ 第3 節 我が国の住宅市場・住宅金融市場の現状と市場の歪み 1 我が国の住宅市場の負のスパイラル構造 2 日本の住宅市場の現状と歪み 3 日本の住宅金融市場の現状と歪み 第4 節 我が国の住宅金融への示唆 1 ニュージーランドの住宅金融市場の歪みとその解消への道筋 2 我が国の住宅金融サービスへの示唆第
7 章 ゆうちょ銀行への示唆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・137
第1 節 キウィバンク成功への道筋とゆうちょ銀行の経営課題 1 キウィバンクの成功への道筋 2 ゆうちょ銀行の経営課題 3 ゆうちょ銀行の住宅ローンサービスの現状と問題点第2 節 既存住宅購入希望世帯への住宅金融のあり方 1 収入不安定世帯の既存住宅購入時の不安 2 収入不安定世帯に対するソリューション提案 3 既存住宅購入希望世帯へのソリューション提案 第3 節 ゆうちょ銀行への示唆 1 今後の住宅金融サービスの方向性 2 住宅金融サービスを活用したゆうちょ銀行の経営基盤の確立 3 ゆうちょ銀行への示唆の総括
終 章 全体の総括及び今後の展望・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・156
別 表 別表
1、別表 2・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・160
参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・183
序 章 本論文の目的及び構成
第1 節 本論文の目的及び課題 本 論 文 の 対 象 と し た キ ウ ィ バ ン ク は 、2001 年 に 国 有 企 業 (State-Owned Enterprises ,以下 SOE と言う)1であるニュージーランド・ポスト(以下NZ ポストと 言う)の子会社として設立され、郵便局を通じた小口金融サービスを全国に復活させ、 その後も高い成長を続ける銀行である。小口金融のユニバーサルサービスを担いつつ、 住宅ローンを中心とする総合的小口金融サービスを提供し財務内容も良好な郵政金融 モデルである。 本論文は、郵便貯金の消滅という経験を経て誕生し、短期間のうちに低リスクで収 益力の高いビジネスモデルを確立したキウィバンクの成功の本質を見極め、ゆうちょ 銀行が金融のユニバーサルサービス機能を担いつつ安定的で収益力のある経営基盤を 確立するための示唆を得ることを意図している。 ニュージーランドは、かつて世界で最も規制の多い国として知られ医療・年金をは じめとする社会保障制度が全て税金で運営されるなど、政府が国民の生活を保障する 高度福祉国家が整備されていた。1970 年代以降その「大きな政府」の脆弱性が一気に 露呈し、財政赤字、貿易・経常赤字、インフレーション等の諸問題に苦しむようにな る。 そうしたなか、1984 年に誕生した労働党政権は「小さな政府」を目指し徹底した構 造改革を進めた。ニュージーランドの改革は、規制緩和、補助金の廃止、税制改革(消 費税導入と所得税のフラット化)、民間部門への市場原理の徹底と公的部門への市場原 理の導入、政府組織の再編成と民営化の推進といった国家システム全体を抜本的に変 更する改革であった。数度にわたる政権交代を経て改革を継続し、現在では財政及び 経済状態が好転し、高い成長を維持している。アメリカ、英国やその後の日本の改革 と比べると市場原理に基づく改革という点では共通するが、ニュージーランドは理想 的な福祉国家の建設を目指し、国民・消費者のための改革を追求している点で独自性 がある2。 1 NZ ポストは国有企業法(1986 年)に基づき設立された国有企業(SOE)であるが、ニュージーランドの 国有企業改革は「公」と「私」を含め全てのアクターを等しく扱い公正な競争の場・共通の土俵を整 備するという思想の下、国有企業に対し精緻なガバナンス構造が採用された。本稿では国有企業法 (1986 年)の下で設立された国有企業を他と区別するため SOE と呼ぶこととする。 2 高橋文利(2002)『21 世紀日本の再構築-ニュージーランドに学ぶ-』晃洋書房,頁ⅵ。ニュージーランドの郵政庁は、1987 年に省庁再編・国有企業改革の一環として郵 便・貯金・電気通信の 3 事業に分割され、郵便部門は新たな SOE である NZ ポスト となり、貯金は外資系銀行に売却された。その後外資系銀行が郵便局での金融サービ スを停止したため郵便貯金は消滅した。金融分野の規制緩和に伴い数行の外資系銀行 が金融市場を寡占し不採算地域での店舗閉鎖を進めたため、金融排除や貸出金利の引 上げなど市場寡占の弊害が顕在化し国民の不満が高まった。そこで、労働党は「政府 による商業銀行への再参入」を政策に掲げて総選挙で勝利し、2001 年 SOE である NZ ポストの子会社としてキウィバンクが設立されたのである。 家森信善・西垣鳴人(2009a)は、キウィバンクの登場がニュージーランドの金融市場 に与えた影響を分析し、「キウィバンクがもたらした最大の効果は外資系銀行に寡占さ れたニュージーランド金融システムに競争を取り戻したことで、競争による料金の引 き下げやサービスの質的・量的拡大が全ての金融機関のサービスの受け手すなわち全 国民の厚生を改善した」3ことを明らかにしている。 また、和田明子 (2007)は、「ニュージーランドモデル」と呼ばれるニュージーラン ドの公的部門改革の理論、概念及び改革の方策を我が国に紹介し、「国有企業改革にお いてはサービス提供部門を政策提言部門から分離し、競争が既得権益や裁量によって 歪められないよう国有企業大臣を新設し4、国民が株主としての統制を働かすことがで きる5形にして、SOE と私企業を公平な競争条件下で競争させた」6ことを明らかにし ている。 注目すべき点は、SOE の性格や位置付けが 1984 年から 1999 年までの急進的な第 1 段階の改革と、市場原理の導入によって生じた様々な課題を解決し SOE の売却を凍 結した1999 年以降の第 2 段階の改革7とでは変化が見られることである。つまり第1 段階の改革では、SOE は国が所有するものの国はその経営には関与せず、民間企業と 和田明子(2000)『ニュージーランドの市民と政治』明石書店,27 頁 3 家森信善・西垣鳴人(2009a)「ニュージーランド・キウィ銀行の市場競争への影響-わが国郵政事業 民営化への示唆-」『生活経済研究、第30 巻』,10 頁。 4 和田明子(2007)『ニュージーランドの公的部門改革』第一法規,50 頁。 5 和田明子(2007) ,57 頁。 6 和田明子(2007) ,49 頁。
7 Statistics New Zealand(2004)及び和田明子(2010)は、1984 年(労働党政権)から 1999 年(国民党政権)
までを「第1 段階」の改革、1999 年以降を「第 2 段階」の改革と分類している。Statistics New Zealand(2004),New Zealand Official Yearbook2004,p.28. 和田明子(2010) 「ニュージーランドに
おける1980 年代以降の地方自治制度改革-国の公的部門改革との関連において-」『平成 20 年度比
公平な環境下で競争して収益を上げ国に貢献する企業であったが、第2 段階の改革で は国がSOE の経営に関与しない点は変わらないものの、所有者である国民の株主統 制が働くようSOE に対し精緻な統治構造を構築したことである。つまり SOE の統治 システムの主体を国から国民へと変更したのである。このような新しいSOE の統治 構造のあり方がキウィバンクの成功に結び付いた可能性が高いことも本研究の重要な 視点となっている。 一方我が国の郵政事業は、2007 年 10 月自民党政権下で持株会社である日本郵政株 式会社の下、郵便事業株式会社、郵便局株式会社、株式会社ゆうちょ銀行、株式会社 かんぽ生命の4 社に分割法人化され、10 年後までにゆうちょ銀行、かんぽ生命は完全 民営化されることとされた。その後2012 年 4 月には民主党政権下で「郵政民営化法 等の一部を改正する等の法律」が成立し、郵便局株式会社と郵便事業株式会社は統合 し8、郵便局で郵便・貯金・保険を一体的に利用できるよう郵便局ネットワークを維持 すること9、が定められた。またゆうちょ銀行、かんぽ生命の金融 2 社は完全民営化を 目指し、できるだけ早期に株式を処分すること10に改められた。 しかし、法改正から2 年が経過しても、ゆうちょ銀行は融資等の新規サービスへの 参入を制限され、未だに預金や送金決済等の基礎的金融サービスを提供するだけの金 融機関に止まっている。超低金利が長期間続くなか将来ビジョンのないまま債券運用 に特化した状況が続くと低収益性や金利変動(特に今後の金利上昇)を克服できず、金 融のユニバーサルサービスの維持はもとより経営自体が困難となるリスクも憂慮され る。ゆうちょ銀行とキウィバンクでは、置かれた政治経済環境、金融制度、郵政改革 の制度設計や諸規制も異なるが、小口金融のユニバーサルサービスの成功から学ぶ点 は多い。 キウィバンクについてはこれまで銀行論11や郵政改革の論点12から研究が行われ、キ ウィバンクの復活がもたらした成果が紹介されている。またキウィバンクの成功要因 8 「郵政民営化法」(平成 17 年 10 月 21 日法律第 97 号、最終改正平成 26 年 6 月 27 日法律 91 号)第 六条の二関係。 9 「郵政民営化法」(平成 17 年 10 月 21 日法律第 97 号、最終改正平成 26 年 6 月 27 日法律 91 号)第 七条の二関係。 10 「郵政民営化法」(平成 17 年 10 月 21 日法律第 97 号、最終改正平成 26 年 6 月 27 日法律 91 号)第 七条第二項関係。 11 家森信善(2013)「ニュージーランド・キウィ銀行の現状」『経済科学』第 60 巻第 4 号、家森信善・ 西垣鳴人(2009a)など。 12 西垣鳴人(2013a)『ポストバンク改革の国際比較-相対化された郵貯論争-』柘植書房新社など。
としては競争力のある経営を求めるSOE 政策とそれを裏づける国有企業法(86 年)が 評価されている13。しかし、国有企業法(the State-Owned Enterprise Act 1986)以降 に行われたSOE に対する精緻なガバナンス改革の内容やそれに基づくキウィバンク の統治構造との関係を具体的に研究した論文はなく、キウィバンクのビジネスモデル 自体も具体的に解明されてはこなかった。 そこで本研究の目的の第1 は、SOE のガバナンス改革を踏まえ、キウィバンクの統 治構造とキウィバンクの成功との関係性を明らかにすることである。第2 には、収益 を上げにくいとされる小口金融のユニバーサルサービスに成功したキウィバンクのビ ジネスモデルを具体的に解明することである。第3 に、研究目的の 1、2 の分析を下 に、キウィバンクの成功の本質を明らかにすることにより、金融のユニバーサルサー ビスを担うゆうちょ銀行が安定した経営基盤を確立していくための示唆を得ることで ある。 本論文は、こうした目的に沿い以下の4 つの研究課題を分析した。 1 SOE のガバナンス改革はキウィバンクの経営理念、ユニバーサルサービス、更に はそのビジネスモデルの形成にどのように関係しているか。 2 キウィバンクが一般的に収益性を高めにくいとされる小口金融分野で、ユニバー サルサービスと高い収益性を実現しているビジネスモデルは具体的にどういうもの か。 3 キウィバンクとゆうちょ銀行を含む我が国金融機関と比較してそのビジネスモデ ルや収益・リスク構造にどのような違いがあり、我が国は何を学ぶべきか。 4 キウィバンクは 85%以上を住宅ローンに融資し、それによって安定的で収益力の ある住宅ローンモデルを構築したがその成功の要因は何か。またニュージーランドの
13 国有企業法による SOE の競争政策を評価した論文として Belinda 他があるが、SOE の統治構造や
キ ウ ィ バ ン ク の ビ ジ ネ ス モ デ ル に 踏 み 込 ん で 分 析 し た も の で は な い 。 な お 、 家 森 教 授 は 、 「Belinda,Luke at al.(2010) はキウィバンクが成功している最大のドライバーとして、SOE に対 し政府資金に頼らずに収益をあげ配当を支払えるように、営利企業として競争力のある経営を求め
ている SOE 政策及びそれを裏付けている 1986 年国有企業法を高く評価している。1986 年国有企
業法は SOE の経営と民間セクターを同一条件にすることを目指している。そのために商業上の自
由度と責任を与えて、民間企業と同じ水準の収益性と効率性を求めている。」と指摘している。 Belinda,Luke at al.(2010) “Innovative and entrepreneurial activity in the public sector : The changing face of the public sector institutions.” Innovation Management, Policy & Practice
Volume12. Issue 2, August 2010, pp.138-153.
家森信善(2013)「ニュージーランド・キウィ銀行の現状」『経済科学第60 巻第 4 号』名古屋大学, 249 頁。
住宅取引の90%以上を既存住宅が占めキウィバンクは中低所得者向けの住宅金融で 成功しているが、我が国の中低所得層の国民が手頃で良質な既存住宅を取得できるよ う支援し、かつ金融機関の経営の安定化に資する住宅金融サービスとはどのようなも のか。 以上の研究課題はそれぞれ第3 章から第 6 章を構成しており、これらの分析をとお してゆうちょ銀行への示唆を第7 章で取りまとめた。 本論文における研究課題の多くは文献調査だけでは事実の解明が難しいテーマであ るため、2012 年 3~5 月及び 2014 年 4~6 月の 2 回にわたり、ニュージーランド調査 を行い、現地政府関係者・研究者・実務者に直接インタヴューし、文献調査の内容の 詳細な事実確認とそこに込められた意図をディスカッションやメール交換を通じて明 らかにするという独自の研究手法を採った。表1 はその調査の概要である。
表1 本論文のニュージーランド調査 第1 回:SOE のガバナンス構造とキウィバンクの成功要因に関する調査14 第2 回 ニュージーランドの住宅取引と住宅金融サービスに関する調査15 14 (財)かんぽ財団「平成 23 年度調査研究助成」により現地調査を実施。 報告書:中尾彰彦(2013c)「キウィバンク(NZ のゆうちょ銀行)の成功要因に関する調査」『生命保険 に関する調査研究報告(要旨)No.23』(財)かんぽ財団, 6~10 頁。 15 (財)ゆうちょ財団「平成 25 年度研究助成」により現地調査を実施。 報告論文:中尾彰彦(2014)「ニュージーランドの住宅取引及び住宅金融に関する調査分析-我が国 の住宅金融への示唆-」『ゆうちょ資産研究-研究助成論文集』第21 巻、(財)ゆうちょ財団,27~86 頁。 調査時期 調査方法 調査対象 所属・役職 氏 名 調査内容 2012年 3~5月 面談2回 メール2回 研究者 元ビクトリア大学 教授 (公共政策) Rob Laking ロブ レイキング 公的部門・国有企業改革 NZポストのガバナンス構造 2012年 3~5月 面談1回 メール3回 研究者 マッセイ大学 教授 (金融) David Tripe デヴィド トライプ キウィバンクの金融モデル NZポストの経営 2012年 3~4月 メール3回 財務省 国有会社モニタリング局(Crown Ownership Monitoring Unit) Gaverance and Perfrmance Specialist Paul Goodhead ポール グッドヘッド SOEのガバナンス構造 キウィバンクの成功要因 2012年 3~4月 面談1回 メール1回 キウィバンク関連会社 NZホームローン社 ニュービジネス・コンサルタント Mark Stone マーク ストーン NZホームローン社の住宅ローン キウィバンクとの関係 調査時期 調査対象 所属・役職 氏 名 2014年 4月7日 独立モーゲージ・ブローカー (住宅ローン・アドバイザー) 個人経営者 Mike Wong マイク ウォン 2014年 4月8日 モーゲージ・ブローカー (住宅ローン・アドバイザー) NZホームローン社 オーナー・マネージャー Steaven Kirk スチーブン カーク 2014年 4月8日 住宅仲介会社 プロフェッショナル社 エリアマネーシャー Christian Casbolt クリスチャン キャスボルト 2014年 4月9日 住宅ローン取扱銀行 ANZ 銀行 ビジネス マネージャー Helen McGorugh ヘレン マクグロア 2014年 4月10日 独立 住宅仲介業者 リーダーズ社 契約個人経営者 Deborah East デボラ イースト 2014年 6月18日 住宅ローン取扱銀行 キウィバンク バンキング コンサルタント Megan Watt メガン ワット
第2 節 本論文の構成16 本論文は、上記の目的に応えるため、以下の構成で分析を進める。 序章では、本論文の目的及び課題を述べ、各章の構成を説明する。 第1 章「ニュージーランドの改革とキウィバンクの設立」では、1980 年代半ばか らスタートしたニュージーランドの構造改革による郵政事業の三分割と郵便貯金の売 却・消滅の経緯及び金融分野の規制緩和に伴い発生した外資系銀行による市場寡占や 金融排除の発生を改革の歴史を踏まえて論述する。さらに1999 年以降、改革におけ る市場原理主義の一部見直しが行われ、金融市場の歪みに対応するためのキウィバン ク創設及びSOE に国民の株主統制を働かせるための SOE のガバナンス改革の経緯を 改革の流れに即して論述する。 第2 章「NZ ポスト/キウィバンクの経営状況と経営課題」では、ディスクロージ ャー資料やインタヴュー等を基に、NZ ポスト/キウィバンクの経営状況の推移を検 証し、郵政事業は世界共通的に郵便市場の縮小が見込まれグループの収益を成長性の 高い金融部門に依存せざるを得ない構造にあること、キウィバンクの株式売却はNZ ポストグループの成長戦略や投資・配当政策に影響するので難しいと考えられている ことを論述する。 第3 章「SOE のガバナンス改革とキウィバンクの統治構造」では、ニュージーラン 16 各章と、筆者による既発表論文等との関係は次のとおりである。 序章「本論文の目的及び構成」は本論文のために書き下ろした。 第1 章「ニュージーランドの改革とキウィバンクの設立」は、本研究の背景を構成するもので、和 田明子、西垣鳴人、家森信善らの諸論文をもとに筆者が再構成した。 第2 章「NZ ポスト/キウィバンクの経営状況と経営課題」は、(財) かんぽ財団 2011 年度 (平成 23 年度)調査研究助成によるニュージーランドの有識者ヒアリングなどに基づき作成した報告書、 中尾彰彦(2013c)「キウィバンク(NZ のゆうちょ銀行)の成功要因に関する調査」『生命保険に関する 調査研究報告(要旨)No.23』(財)かんぽ財団を下に筆者が書き下ろした。 第3 章「SOE のガバナンス改革とキウィバンクの統治構造」、第 4 章「キウィバンクのビジネスモ デルの解明と成功要因の分析」は2012 年 12 月 8 日に京都大学で開催された国際公共経済学会第 27 回研究大会で発表した報告論文「ニュージーランドの郵政金融(キウィバンク)の分析-我が国郵 政金融のあり方への示唆-」を基礎に書きあげた中尾彰彦(2013a)「「ニュージーランドの郵政金融 の分析-キウィバンクと国有企業のガバナンス改革との関係を中心に-」『国際公共経済研究』第 24 号(国際公共経済学会:査読論文)を加筆修正した。 第5 章「キウィバンク、ゆうちょ銀行等の収益・リスク構造の比較分析」は、中尾彰彦(2013b) 「キ ウィバンクとゆうちょ銀行の収益及びリスク構造の比較分析-ゆうちょ銀行への示唆-」『びわ湖経 済論集』(滋賀大学大学院経済経営研究会) 第 12 巻第 1 号を加筆修正した。 第6 章「我が国とニュージーランドの住宅市場・住宅金融の比較分析」、第 7 章「ゆうちょ銀行への 示唆」は、(財)ゆうちょ財団 2013 年度(平成 25 年度)研究助成に基づき作成した論文、中尾彰彦(2014) 「ニュージーランドの住宅取引及び住宅金融に関する調査分析-我が国の住宅金融への示唆-」『ゆ うちょ資産研究-研究助成論文集-』第21 巻を加筆修正した。 終章「全体の総括及び今後の展望」は本論文のために書き下ろした。
ドの財務省の一部局である国有会社監視助言局が 2007 年に取りまとめた Treasury (2007),Owner’s Expectations Manual for State-Owned Enterprises, Crown
Company Advisory Monitoring Unit 及び 2012 年 5 月に実施した「SOE のガバナン ス構造とキウィバンクの成功要因に関する調査」におけるインタヴュー等を下に、国 有企業改革の最終形である SOE の新たな統治構造を具体的に整理する。その上で NZ ポスト/キウィバンクの統治構造を検証し、真の所有者である国民の株主統制が一貫 して機能する統治構造が構築されていることを確認する。そして SOE のガバナンス 改革は国有企業が自らの企業努力で国民の利益や社会的責任に配慮し「公」と「私」 の企業間競争を促進することで、国民の福祉の最大化が図られるよう意図しているこ とを指摘する。 第4 章「キウィバンクのビジネスモデルの解明と成功要因の分析」では、キウィバ ンクが個人や中小零細企業など一般的に収益性を高めにくいとされる分野で小口金融 サービスの提供に成功したビジネスモデルを具体的に解明する。本章前段では財務分 析等を行い、キウィバンクのビジネスモデルは外資系銀行の市場寡占で生じた歪み(寡 占の利得:貸出金利・手数料の高止まり等)に着目し、住宅ローンを活用して金利・手 数料・サービス競争を通じ、利ざやと関連手数料収入でリスクの少ない安定した経営 基盤を確立し、小口金融サービスのユニバーサルな提供を実現していることを論証す る。また後段ではこの革新的ビジネスモデルはSOE の統治構造が誘導したことを検 証する。 第5 章「キウィバンク、ゆうちょ銀行等の収益・リスク構造の比較分析」では、キ ウィバンクとゆうちょ銀行や邦銀等の財務構造の違いを分析し、融資スタイルやリス ク認識の違いによるリスク・収益構造上の問題を検証する。筆者はゆうちょ銀行の債 券運用に特化したポートフォリオへの懸念を強く持っており、小口融資へのリスク分 散の必要性を指摘する。 第6章「我が国とニュージーランドの住宅市場・住宅金融の比較分析」では、既存 住宅を活用した住み替えが活発に行われるニュージーランドの住宅取引、住宅金融サ ービスと我が国の市場を比較分析する。その上で、我が国の既存住宅は取引市場が未 整備で住宅金融サービスも行き届いていない半面、潜在需要が大きく価格下落リスク も小さいので、金融機関にとっては収益力強化と経営の安定化につながる住宅金融サ ービスが可能であることを指摘する。
第7 章「ゆうちょ銀行への示唆」では、キウィバンクのビジネスモデルの成功要因 は低マージン・ハイリスクとされる中低所得層の国民に対し、有益でリスクの少ない 住宅ローンモデルを構築したことであり、なかでも収益向上とリスク管理に効果を発 揮したのが所得補償の付いた住宅ローン保険であったことを指摘する。その上で、ゆ うちょ銀行がかんぽ生命と連携し、キウィバンクと同様の手法で、中低所得層の国民 に既存住宅の取得を支援する住宅金融サービスを行えば安定した経営基盤の構築につ ながることを研究で得た示唆として述べる。 終章「全体の総括及び今後の展望」では、本研究の総括とゆうちょ銀行への示唆を 取りまとめ今後の展望を行う。
第
1 章 ニュージーランドの改革とキウィバンクの設立
第1 節 ニュージーランドの概観と 1980 年代からの諸改革 1 ニュージーランドの概観17 ニュージーランドは、南半球・オーストラリアの南東に位置し、人口は約440 万人で 日本の約30 分の 1、面積は約 27 万平方キロメートルで日本の約 3/4 に当たる。人口 構成は、ヨーロッパ系の住民が約67.6%、先住民のマオリが約 14.6%、残りが南太平 洋諸国やアジア系の住民である18。経済は母国イギリスに一次産品や加工物を輸出す ることを中心に発展してきたが、現在は中国、オーストラリア、アメリカが三大貿易 相手国で、アジア系特に中国系移民の増加に併せて中国との貿易が急拡大しており、 アジア太平洋国家としての地位を着実に築きつつある。 ニュージーランドは、1769 年のイギリスの探検家ジェームス・クックの調査きっか けにイギリスを中心とした移民が本格的に始まり、アメリカ、カナダ、オーストラリ アよりも後に始まった入植地である。その後母国イギリスへの食肉・乳製品・羊毛輸 出によって順調に成長を続けた。ニュージーランドはイギリスの産業革命によって引 き起こされた様々な社会問題に直面した市民が移民となり、階級や貧困のない理想的 な国家建設を目指して建設された国である。政府は「社会構成員が税金を納めあい、 彼らの選出する代表者がその使途を決定し支出する仕組み」と捉えられ、経済活動に おいてもセーフティーネットという意味でも大きな役割を果たすことになった。 経済的発展を遂げたニュージーランドは1950 年代には一人当たり GNP が世界第 5 位に達すると同時に、社会保障水準の高い高度福祉国家として、世界にその名を知ら れるようになった。ところが、1970 年代初頭にイギリスが EC に加盟し輸出の縮減を 余儀なくされたこと、また石油輸入国としてオイルショックの影響を受けたこと等を きっかけとして、経済・財政の状況が徐々に悪化していく。 それまでニュージーランドでは政府が生産・サービス主体としても、また規制主体 という意味でも民間経済に大きな位置を占め介入していた。鉄道・郵便・電力をはじ めとする国家建設に必要な社会インフラは税金で整備され、1980 年代に改革が実施さ れるまで政府・省庁が直接運営していた。ニュージーランドは世界で最も規制の多い 17 和田明子(2000)『ニュージーランドの市民と政治』明石書房、和田明子(2007)、高橋文利編(2002) を下に作成。 18 外務省(2013)「ニュージーランド基礎データ」(2013 年 8 月 1 日現在)による。 〈http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nz/data.html〉。国として知られ、医療・年金をはじめとする社会保障制度が全て税金で運営されるな ど、政府が国民の生活を保障するという高度福祉国家が整備されていた。改革以前の ニュージーランドは他の先進諸国に比べ「大きな政府」となっていたため、1970 年代 以降その脆弱性が一気に露呈したのであり、こうした経済社会構造自体に根本的な問 題があると考えられるようになった。 2 1980 年代からの諸改革19 1975 年からの国民党政権では、悪化する経済・財政状況を、政府主導の大規模プロ ジェクトの実施によって立て直そうとした。しかし思うような経済浮揚効果は得られ ず更に財政状況は悪化した。また高まるインフレを抑えるために物価や賃金の凍結や 為替市場への介入など経済的規制も更に強化されるという悪循環に陥っていった。 米国に留学し新古典派経済学理論を学んできた財務省の政策アナリスト(官僚)たち は、問題の根本原因は「大きな政府」に存在し、民間経済に大きく介入する従来の政 府のやり方を根本的に変えないと問題は解決しないとし、政府の経済・財政政策の抜 本的な改革を提言した。 国民党政権下で経済・財政の状況がますます悪化したことに不満を募らせた国民は 1984 年の総選挙で労働党政権を誕生させた。当時 41 歳のロンギ首相率いる労働党政 権は多くの若手大臣からなる内閣で多く進取の気風に富んでいたため、財務省の提言 を受け入れ市場競争原理の導入を柱とする改革を次々と実施していった。一連の改革 を財務大臣に就任したロジャー・ダクラスが主導したことから、「サッチャリズム」、 「レーガノミックス」と並び「ロジャーノミックス」と呼ばれている。 労働党政権では民間経済を活性化するため各種補助金の廃止、規制緩和、消費税導 入・所得税フラット化など新古典派経済学に基づく諸改革が実施された。また政府の 事業を政府から分離して株式会社化(SOE 化)し、その後順次完全民営化を進め民間企 業との競争環境を整えるとともに、中央省庁の抜本的再編が進められた。 労働党のこれらの改革に対しその支持層である労働者層は大きく反発し、その結果 1990 年の総選挙で労働党は敗北し国民党政権が誕生した。しかし 1990 年代の国民党 政権(1990 年~1999 年)の下でも構造改革が受け継がれ、主に社会保障・福祉、医療、 19 和田明子(2000)、和田明子(2007)、和田明子(2010)、高橋文利編(2002)などを下に作成。
教育、労働などソーシャル・ポリシー分野の改革が進められ、公的部門改革も更に進 められた。 次のクラーク労働党政権では、医療、教育、労働などソーシャル・ポリシー分野に 採り入れられた市場原理の見直しが行われ、民営化政策についても「国民の資産が民 間の手に亘ってしまった」という国民の不満を受け株式の民間売却は凍結され、SOE の「所有者」である国民による統制を強化する改革が行われた。この政権では急進的 な改革による歪みの見直しが図られる一方、国及び地方の公的部門改革は更に進めら れている。 このように、ニュージーランドでは労働党政権と国民党政権との交代が起こっても、 常に構造改革の火は受け継がれ最良のシステムを弁証法的に追求していく形になって いる20。改革に当たっては全ての市民が安心して暮らせる社会的仕組みを維持するこ とが優先されており、現在も医療(介護を含む)・年金・失業手当は税金で賄われ、社 会保険料は存在しない21。 つまり経済活動では徹底して「小さな政府」を目指し、不要な補助金・公共事業・ 行政活動を廃止し無駄な政府支出を無くすことによって、民間経済を活性化し新しい 雇用を創出すると同時に、社会保障を維持するための財源を確保するための改革にな っているのである22。ニュージーランドの改革は常に社会的公正を求め悪戦苦闘しな がら前進しており、祖国イギリスでも達成できなかった理想的な福祉国家を建設しよ うとする意気込みが構造改革のエネルギーになっていると見られている23。 表1-1 ニュージーランドの諸改革 注:和田明子(2007), 21 頁、和田(2010), 5 頁などを加筆修正 20 高橋文利(2002),ⅵ頁。 21 和田明子(2000), 26 頁。 22 和田明子(2000), 27 頁。 23 高橋文利(2002),ⅵ頁。 期間 政権 改革の中心分野 84-87年 労働党政権1期目 補助金廃止、規制緩和、消費税導入、政府事業SOE化・完全民営化 87-90年 労働党政権2期目 公的部門(人事・組織・財務)改革・中央省庁再編 90ー99年 国民党政権1-3期目 社会福祉・医療・教育・労働分野の改革 99-02年 クラーク労働党政権1期目 ソーシャル・ポリシー分野改革における市場原理の見直し 02-05年 クラーク労働党政権2期目 国及び地方の公的部門の再改革 05-08年 クラーク労働党政権3期目 改革の定着期 第一 段階 第二 段階
次節では、1987 年からスタートした郵政事業の分割・民営化、ポストバンク(郵便 局における金融サービス)の消滅、2001 年のキウィバンクの誕生は、ニュージーラン ドの構造改革のなかでどのように位置づけ評価できるのか、を改革の歴史を踏まえな がら整理することとする。 第2 節 ニュージーランドの構造改革と国有企業改革 1 ニュージーランドの構造改革 1) ロジャーノミクス24 1984 年に成立した労働党政権は、閉塞的な経済状況、その打破を願う世論の盛り上 がりなどを背景に、蔵相であったロジャー・ダグラスが主導的役割を演じながら、前 政権までの介入主義的、保護主義的な経済政策から、自由主義的な経済政策へと大き く転換した。 ロジャーノミクス政策の基本理念は、①自由主義と市場原理を重視した産業構造改 革、②政府部門の構造改革、であり、それを達成する手段として規制緩和・廃止、税 制改革、民営化などの諸策が次々と実施された。表1-2 は諸改革を時系列に並べたも のである。 表1-2 1984 年~1990 年代前半の 2 大政党による主な改革の内容 出典:和田明子(2000), 22 頁。 24 和田明子(2000), 和田明子(2007), 第一勧銀総合研究所(2000)「ニュージーランドの経済再構築とそ の評価」『調査レポート』2000 年 8 月 2 日発行 No. 6、を下に作成。 1984 経済・金融の各種規制緩和開始 1986 税制改革(消費税導入10%) 1987 政府企業の国有企業化(株式会社化)開始 1988 国有企業の完全民営化開始 税制改革(所得税率引き下げ:最高税率33%、消費税率引上げ12.5% 中央銀行改革(財務省からの独立性確保) 地方自治改革(国と同様の行政改革) 教育改革(小中高校運営に関する規制緩和・権限移譲) 社会保障改革(社会保障給付額の切り下げ等) 労働市場改革(労組強制加入規定の非合法化、個人雇用契約の促進等) 包括的環境法の制定 1992 大学改革(授業料の有料化等) 1993 医療改革(公立病院のクラウン・エンティティ化等) 1994 財政責任法による均衡財政原則の確立 1989 労 働 党 1991 国 民 党
2) 産業構造改革25 ニュージーランドでは、1980 年代までに輸入許可制、高関税、輸出奨励(インセ ンティブ)、農産物価格支持制度、といった経済システムが既に強固に構築されており、 OECD 諸国中でも最も閉鎖的な経済(市場)と言われていた。しかし、そうした保護 主義的政策では 1970 年代から 1980 年代にかけての経済環境の大きな変化の中で、 経済の行き詰まりを打破することができなかったため、当時米国(レーガン政権)、英 国(サッチャー政権)などの「小さい政府」志向にも影響を受けた労働党新政権によ って大胆な経済(市場)の自由化が推し進められた。 ① 貿易分野、農業分野では保護主義的な政策が廃止され、市場開放、自由化が促進 された。 ② 資本市場・金融分野では変動為替相場制への移行、金利規制の撤廃が実施された。 ③ 自由で競争促進的な市場形成のため、物価面の価格統制が解除された。 これらの産業政策により、大幅な自由化が図られた市場で企業活動を営んでいくた めの規範となる法律として、自由競争の促進をうたった「商業法」(the Commerce Act) が 1986 年に制定され、業界の種類、国有企業と民間企業の違いなどとは無関係にほ ぼすべての企業に適用されることとなった。
また、労働市場が硬直的で労働移動の阻害要因となっていたため、より柔軟な雇用 契約と賃金交渉を確立することを目的とした「労働関係法」(the Labor Relations Act) が1987 年に施行された。また当時労働市場全体の約 4 分の 1 を占めていた公共部門 の労働市場の改革を図る「国家部門法」(the State Sector Act)が 1988 年に施行され、 「労働関係法」の多くの条項が公共部門の労働者にも適用された。 2 政府部門の構造改革と国有企業改革 1) 政府部門の構造改革(公的部門改革)の概要 公的部門改革も 1984 年の労働党政権によって開始され、税制改革・国有事業の民 営化・補助金撤廃・省庁再編・予算管理ときわめて多岐にわたっている。しかし、そ のどれにも共通しているのは「改革の目標の明確化、契約主義に基づくインセンティ ブの向上、目標に対する業績のチェック、アカウンタビリティの向上」などが貫徹さ 25 第一勧銀総合研究所(2000), 4~5 頁
れている点である。経済に大きな比重を占めていた政府・国有企業等の公的部門に民 間部門の経営・管理の手法の導入を図る公的部門の抜本的改革が進められた26。 公的部門改革の特徴は、新制度派経済学(公共選択理論、エージェント理論など)、 経営学(マネジェリアリズムなど)の系統を上手く結合させ、理論を具体的に実践した ことにあると言われる27。公共選択理論などをもとに「公正な競争」を推進し、競争 が「政治家」「官僚」「サービス提供者」など特定のアクターの既得権益や裁量によっ て歪められないようにすること、競争における透明性を確保することが推奨され、サ ービス提供部門を政策提言部門から分離し公正で中立な政策提言・規制が行われるよ うにするための組織改革、公的部門に競争原理や相互牽制を機能させるためのガバナ ンス改革が行われたのである28。 2) 公的部門改革 (1) 国有企業改革29 ニュージーランドでは従来省庁が商業的活動に直接従事していたが、それらの事業 の効率化と質の向上を図るため事業を省庁から分離独立させ、国を株主とする株式会 社に改組したのがSOE である。1986 年の国有企業法(State-Owned Enterprise Act 1986)により、1987 年から設立が開始された。SOE は株式会社として他の民間企業と 全く同じように効率的な経営を行い企業経営として成果を上げることが期待された。 会社化された国有企業の取締役は民間から任命され、取締役会は毎年担当大臣への報 告義務が明記された。1987 年の国有企業法の施行と同時に、電力、電気通信、電信電 話、郵便など国有企業が行う分野での規制が緩和され、民間との競争の促進が図られ た。 このように、従来の政府事業の SOE 化及びその一部の完全民営化、さらに省庁再 編に伴う新規のSOE の設立、完全民営化した企業の国による買戻し(SOE 化)などと いう変遷を経て現在のSOE が形成されており、2012 年現在 16 社の SOE が存在して いる。NZ ポストのほか NZ 鉄道、航空管制、国有林、発電、送電などである。(表 1-3 参照) 26 高橋文利編(2002), 32 頁。 27 和田明子(2007), 4 頁。 28 和田明子(2007), 2~3 頁。 29 高橋文利編(2002), 37~38 頁、和田明子(2007), 49~51 頁などをもとに作成。
表1-3 ニュージーランドの主な SOE(2012 年 3 月現在)
出典:Treasury (2012a), State Service Commission 1 May 2012 より抜粋
SOE は利潤を追求し、税金を納め、株主である国に配当を支払う国から分離・独立 した企業である。SOE の使命は「ビジネスとして成功する」ことであり、そのために ① 民間企業と同様に、利益を上げ、効率的に経営を行う ② 「よき雇用者」となる ③ 地域社会に関心を寄せ、企業としての社会的責任を持つ ことが定められている(国有企業法第 4 条)。利益だけでなくよき雇用者となることや 企業としての社会的責任を持つことが法律で求められているのが注目される。また、 SOE が民間企業と同じ条件で経営を行うための環境を整えることが重視され、 ① SOE を民間企業と同様、利益を上げる企業にすること ② 政府はSOE の経営に口出ししないこと ③ SOE を特別扱いしないで、公平に民間と競争する環境にすること という3 つの視点30が実現するような環境づくりが図られた。また、国有企業が他の 民間企業と比べて優遇されることのないよう公平な競争環境を徹底させるため、次の ような工夫がなされている。具体的には ① SOE を省庁から分離・独立させ、所有者となる国有企業大臣を新設し、政策担当 大臣がSOE に利益誘導することを排除する31。
30 Rob Laking 博士(Victoria University 元教授)へのインタヴュー(2012 年 5 月 11 日別表 1,3-1)参照。 31 Treasury(2007), p.9.
国有企業名 業態
1 Airways Corporation of New Zealand 航空管制 2 Meteological Service of New Zealand 気象予報
3 New Zealand Post 郵便
4 Genesis Power 発電
5 Transpower New Zealand 送電
6 Landscorp Farming 国有農場
7 Timberlands West Coast 国有林
8 Mighty River Power 水力発電
9 New Zealand Railways 国有鉄道
② 国が必要とするSOE の非営利活動に関する費用は国が補償する32。 といった形で私企業との公平化が図られているのである。例えば①は、国有企業の株 主である国有企業大臣・財務大臣と、エネルギー政策を担当する大臣とは別に設置し、 エネルギー担当大臣がエネルギー事業を担う国有企業に有利な政策決定を行わないよ うにするということである。その上で国有企業法の思想を下に SOE が有効に機能発 揮できるようガバナンス構造が構築されている33。 しかし、当初国有企業の最終目標は完全民営化に置かれ、政府は非効率で財政赤字 の拡大要因となっている事業を次々と売却・完全民営化していった。多くの国有企業 が政府の判断で民間に売却された結果、国民の不安と不満が高まり、1999 年からの労 働党政権においてSOE の株式の民間売却は中止され、同時に SOE に所有者である国 民の株主統制が働くよう SOE の統治システムが見直されたが、その経緯については 第4 節「国有企業改革の見直しとキウィバンクの誕生」において、キウィバンクの設 立と関連付けながら説明する。 (2) 完全民営化34 SOE 化された国有企業の完全民営化は、労働党政権(1984 年~1990 年)から次の国 民党政権(1990 年~1999 年)に受け継がれ約 10 年間進められている。当時は民間部門 の規制を緩和し、他企業の参入を促し、独占企業の出現を防止した上で、民間への株 式の売却を行うことが正しい選択と考えられていたのである。その理由35としては、 ① 政府は企業の良い所有者にはなり得ないこと ② 政府が開発事業に投資し効率の悪い事業へ補助する誘因をなくすこと ③ 政府のリスクを減らすこと ④ 政府がより重要な社会的・経済的政策目標に集中できるようにすること などであった。また、完全民営化が望ましいか否かを ① 売却によって得られる利益が、政府が所有することで得られる利益を上回ること ② 売却することが政府の社会的・経済的目標の達成に貢献すること
32 Treasury(1986), State-Owned Enterprises Act §7. 33 和田明子(2007), 50 頁。
34 和田明子(2007), 51~52 頁を下に作成。
35 Mascarenhas (1991), State-Owned Enterprises, In Boston, J.,et al(eds.) Reshaping the State: New Zealand’s Bureaucratic Revolution Auckland, Oxford University Press, p.43.
という基準36で判断し、この基準に合致する国有企業を 1988 年から次々と民間に売却 し、完全民営化していったのである。1988 年以降完全民営化された主な国有企業は表 1-4 のとおりである。
表1-4 完全民営化された主な国有企業(単位:百万 NZ$)
出典:Stasistics New Zealand(1997), New Zealand Official Yearbook 1997.
(3) 中央省庁改革37 中央省庁の改革は1988 年の政府部門法、1989 年の財政法に基づいて行われ、その ポイントは政策立案機能と政策の実施部門の分離、省庁次官への大幅裁量権の付与、 アカウンタビリティの向上を図ったことである。中央省庁の組織改革の基本的考え方 は次のとおりである。 ① 組織目的の明確化 一組織一機能を原則に各組織には明確な目的を与え責任の所在をはっきりさせ、 同じ機能を持つ組織は統合する。 ② 政策立案機能と実施機能の分離 中央省庁の機能を原則として政策立案に限定し、サービスの供給や規制業務・監 視業務はクラウン・エンティティ38等に行わせる。これは政策立案を行う組織にサ 36 Mascarenhas(1991), p.43. 37 財務省(2001) 「Ⅲニュージーランド~経済理論を実践する NPM の旗手」『「民間の経営理念や手法 を導入した予算・財政のマネジメントの改革」報告書』財務省総合政策研究所,83~86 頁、高橋文 利編(2002) ,33~37 頁、をもとに作成した。 38 クラウン・エンティティとは国家部門の組織から、省庁、国有企業、国会関係機関、中央銀行 を除いたものの総称であると位置づけられる。和田明子(2007), 48 頁。 会社名 売却額 年度 ニュージーランド鉄鋼会社 327 1988 ペトロスコープ(石油公団) 801 1988 開発融資会社 111 1988 郵便銀行 678 1989 ニュージーランド航空 660 1989 電信電話会社 4,250 1990 住宅金融公社 2,414 1991 ニュージーランド鉄道 1,993 1993 国有林事業 1,600 1996
ービスの供給や規制を行う業務があると、関係業界の既得権益を守るため企画立案 が歪められるという「プロバイダー・キャプチャー」を防ぐ目的がある。 ③ 競争の促進 中央省庁及びクラウン・エンティティ等の機能を明確化することにより、競争の 土俵を定め、民間を含め他の組織と競争が可能となる環境を構築する。 このような考え方を下に、一つの省庁を役割ごとに細分し、省庁にはコアの政策提 言業務だけを残し、規制・監視業務やサービスの供給はクラウン・エンティティや国 有企業に移管する中央省庁の大規模な組織改革が進められた。その結果、一つの省庁 の職員数は平均100 名程度と大幅に削減された。 また省庁次官は公募契約により 3~5 年の雇用契約に基づいて採用され、自らの裁 量で人事・組織・財務面で大幅な権限を行使できることとなった。また各省庁次官に は大臣・議会に対する明確なアカウンタビリティが義務づけられ、それを可能にする ため省庁次官の業績を評価する適切な行政のバランスシート情報として発生主義会計 制度が予算・決算ともに導入されたのである。 第3 節 郵政事業の分割民営化 1 郵政庁の再編と分割民営化 国有企業法の成立を受け、郵便、貯金、電気通信業務を担っていたニュージーラン ド郵政庁は、1987 年 4 月 1 日中央省庁の再編の一環として 3 つの独立した SOE に分 割された。(図 1-1) 図1-1:郵政庁の省庁再編 出典:和田明子(2007), 65 頁。 再編によって新たに誕生したのは次の3 つの SOE である 郵政庁(廃止) SOE(郵便事業) SOE(郵便貯金事業) SOE(電気通信事業) 他省庁へ移管(政策提言等) 完全民営化 完全民営化
① New Zealand Post Ltd(以下、NZ ポスト)
② New Zealand Telecommunications Ltd(以下、NZ テレコム) ③ Post Office Bank(以下、ポストバンク)
である。その後、ニュージーランド政府は省庁再編方針に従い、1990 年に NZ テレコ ムをアメリカ資本に一括売却し、米資本のテレコムNZ として上場された。また政府 はポストバンクを1989 年にオーストラリア資本のオーストラリア・ニュージーラン ド銀行(以下、ANZ 銀行)に一括売却した39。 2 NZ ポストの SOE 化と郵便局の削減40 唯一SOE として残った NZ ポストは、国有企業法の下で収益性のある企業として 成功するため抜本的な組織改革をスタートさせた。当時赤字となっていたSOE は効 率化努力が乏しければ財政再建を名目に躊躇なく民間売却されており、NZ ポストも 合理化を進め収益の上がる企業に再生できなければ、税金を浪費する国有資産として 民間に売却される可能性が高かったのである。なお、ポストバンクの売却も恒常的な 赤字が原因と言われている41。 収益力を高めるためにNZ ポストは、 ① 民間大手企業の一流幹部の戦略策定、マーケティング、財務・人事部門への登用 ② 1994 年にかけて職員の 40%(4,000 人超の削減)、432 郵便局の削減 ③ 有用な人材登用制度、業績評価システム、職能訓練プログラム等による能力強化 など部内改革を徹底して推進していった42。 その結果、NZ ポストは 1987 年時点で 1,200 局あったフルサービスの直営郵便局を 1993 年時点で 252 局と約 5 分の 1 に激減させ、一方民間との委託契約で集配と切手 販売業務のみを取扱うPost Delivery Center を増やし、コスト削減を図っている。直 39 当時、ポストバンクの経営状況が芳しくなかったこともあり、商業銀行として成功していた ANZ 銀行に対し、ニュージーランド政府からポストバンク買収について働きかけがあり、リテールバン キングの強化が課題であったANZ 銀行にとってもポストバンク買収はメリットがあると判断し、買 収を決定した。ゆうちょ財団(2013)「Ⅷニュージーランド」『海外の郵便貯金等のリテール金融サー ビスの現状』, 19 頁:ANZ 銀行(買収当時の担当者)のコメント参照。 40 西垣鳴人(2013b)「民営郵政が社会的責務を果たす必要十分条件~ドイツ、イギリス、ニュージー ランドの国際比較~」『貯蓄・金融・経済 研究論文集』ゆうちょ財団, 91~93 頁、96~97 頁を下に 作成した。 41 ゆうちょ財団(2013), 18 頁。 42 西垣鳴人(2013b), 91~93 頁。
営郵便局の削減は郵便と金融(ANZ 銀行窓口)のサービス低下を招いたが、NZ ポスト が直営郵便局(432 局)の閉鎖を政府に申し入れた際、SOE 大臣は「郵便局の閉鎖は『経 営陣によって下されたビジネス上の決定』であり政府は口を挟むべきではない」との 見解を示した。国はSOE の経営に関与せずその収益性と経営的自立を優先させると いう国有企業改革の趣旨に沿った判断を行い店舗政策には関与していないのである43。 表1-5 は分割・民営化直後の郵便局数の推移を見たものである。 表1-5:分割・民営化直後のニュージーランドの郵便局数の推移44 NZ ポストの直営店舗の削減を受け、1989 年にポストバンクを買収した ANZ 銀行 の郵便局窓口店舗も 5 年で 5 分の 1 程度に激減した。こうした中、ANZ 銀行は 1994 年にポストバンクを吸収合併した後郵便局窓口から社員を引上げ、郵便局の金融サー ビスから全面撤退し郵便局の金融サービスは消滅した45。なお、ANZ 銀行の撤退に際 して、ニュージーランド政府への事前相談や報告義務はなく、全て同行単独の決断に よるものだったと言われる46。 3 外資系銀行による寡占市場の形成と金融排除の発生 1984 年以降、政府部門の構造改革と同時並行的に、金融分野においても為替管理撤 廃、金利規制撤廃、銀行参入の自由化など矢継ぎ早に急進的な改革が実施された。1987 43 西垣鳴人(2013b), 96 頁。 44 西垣鳴人(2013b), 97 頁。 45 1994 年に郵便局サービスから撤退した理由は、①買収後の ANZ 銀行の郵便局サービスは赤字には 陥らなかったものの想定していたよりも収益が得られなかったこと、②経営方針も顧客層も異なる ポストバンクとANZ 銀行と政府所有で公共性・社会性を重んじるポストバンクでは、顧客対応の方 法も異なり顧客離れを起こしてしまったこと、の2 つである。ゆうちょ財団(2013), 19 頁、ANZ 銀 行(買収当時の担当者)のコメント参照。 46 ゆうちょ財団(2013), 20 頁。
1987
1989
1991
1993
1995
1997
1999
直営郵便局336
288
252
259
297
314
委託郵便局134
88
0
0
0
0
0
424
513
885
964
1,002
1,033
1,234
894
889
1,137
1,223
1,299
1,347
フル営業 郵便局 配達センター(委託:集配・切手販売) 計 各年6月末現在1,234
年の金融資本取引の自由化に伴い、オーストラリア系を中心とする外資系銀行がニュ ージーランド国内銀行の買収を急速に進めた。それによってニュージーランド籍の銀 行は1 地方に 10 店舗ほどの支店を持つタラナキ貯蓄銀行(TBS)、市町村所有の信用組 合といった小規模金融機関のみとなった。 ANZ 銀行はポストバンクの買収(1989 年)に次いでもう一つの国有銀行であったニ ュージーランド銀行を買収(1992 年)し、ニュージーランド国内における圧倒的店舗を 手に入れた。その一方同行を含む大手外資系銀行は不採算地域から急激に撤退し、郵 便貯金の消滅と重なって、農村地帯や小規模町村においては金融サービスの空白地帯 が広がった。銀行の支店数は1993 年末の 1,510 店舗から、2001 年末には 832 店舗ま で減少し47、郵便局における金融仲介サービスの拠点数は1987 年の 1,234 店舗から 1994 年にはゼロとなった。銀行の総資産に占める外資系の比率は、1985 年の約 40% から、2002 年 6 月末には 99%まで上昇した48。 その結果、ニュージーランドの都市部においては、1990 年代を通じて少数の外資系 銀行(オーストラリアに本社を持つANZ 銀行、BNZ 銀行、ASB 銀行、ウェストパッ ク銀行の4 行)が寡占市場を形成し、一方地方においては外資系銀行の店舗閉鎖によ る金融サービスの空白地帯が一気に拡大した。市場を寡占することで競争相手がなく なった外資系銀行はオーストラリアのインフレ率に合わせた名目貸出金利や手数料の 機械的な引き上げ、預金金利の抑制、低所得者に不利な口座維持手数料の導入など寡 占利得の拡大を進めていった。このような銀行行動は都市生活者の銀行サービスに対 する不満を高めるとともに、地方や低所得者層など銀行サービスを受けられない、口 座を持てない国民の増加を招き、国民・消費者の不満は高まっていった49。 つまり、①ポストバンクの ANZ 銀行への売却後、地方における店舗閉鎖が急速に 進んだこと、②国有資産の民間への売却は必ずしも競争を助長するのではなくむしろ 寡占状態を助長し、寡占料金体系によって中低所得者層の生活に打撃を与えたこと、 が明らかとなったのである50。 47 山本佳世(2002)「国有銀行を設立したニュージーランドの金融部門への影響」『東京三菱銀行レビュ ー』NO.20(2002 年 11 月 28 日号), 2 頁。 48 山本佳世(2002), 2 頁 49 家森信善・西垣鳴人(2010)「郵政民営化の見直し-モデルとしてのニュージーランド-」『(季刊)個 人金融』2010 冬号, 65 頁。 50 家森信善・西垣鳴人(2009b), 「ニュージーランドの郵政民営化:「失敗」についての再検証」『会計 検査研究』2009 年 5 月号, 32 頁。
労働党はこのような外資系銀行の市場寡占や金融排除問題に対し、「外資諸銀行によ って目論まれた手数料や借入金利の引き上げが低所得者層に打撃を与えている(1995 年)」、といった批判を行っていたが、1999 年になると次期選挙をにらみ、地方におけ る銀行サービスの欠如を打開するための「政府による商業銀行への再参入」を党の政 策として掲げるようになった51。 第4 節 国有企業改革の見直しとキウィバンクの誕生 1 公的部門改革における第 2 段階の改革と国有企業改革の見直し (1) 公的部門改革における第 2 段階の改革 1990 年の総選挙で労働党が敗北し、国民党政権が 1990 年~1999 年まで約 10 年続 いた。この政権では社会保障・福祉、医療、教育、労働などソーシャル・ポリシー分 野に市場原理を導入する改革が主に行われた。これらの改革は労働組合などを支持基 盤に持つ労働党政権には手を付けにくい分野であり、国民党政権下で行われたのであ る。またこの政権では国有企業改革のスタンスに大きな変化はなく、完全民営化はス ローダウンしたものの、売却したSOE の買戻しも行われなかった52。 国民党政権の後1999 年に誕生したクラーク労働党政権の下では、1984 年から 1999 年にかけての急進的な改革によって生じた様々な課題を克服することが優先課題とな った。民間手法の導入という改革の基本路線は変わらないが、「効率性」よりも「有効 性」、「市民にとっての成果」、「パートナーシップ」などに重点を置く改革となった53。 和田明子(2007)はニュージーランドの公的部門改革を次のとおり総括している。 「公的部門改革とは「政府」部門をより良く機能させる改革である。具体的には、 ① 民間でできる業務は民間に委譲し、政府の大きさを縮小する。 ② 民間移譲後、残された「政府」の運営に民間のマネジメント機能の原理を導入し て、国民に効率的・効果的な政策を実施する。 ③ 国民の代表である大臣に対する省庁等のアカウンタビリティを強化する。 ④ 選挙以外にも、国民が「政府」を統制する手段をできるだけ多く確保し、国民に 51 家森信善・西垣鳴人(2009b), 33 頁。 52 Rob Laking 博士へのインタヴューに対する下記回答(2012 年 5 月 11 日、別表 1,3-1)参照。 「1990 年に労働党が敗北し国民党政権が誕生し 1999 年まで続いた。この政権は、私企業に同情的な 政権だったので私企業化のスタンスに大きな変化はなく、売出しはスローダウンしたが買い戻しも なかった。」 53 和田明子(2010), 3 頁。
対する「政府」のアカウンタビリティを強化する。 ことが含まれる。1999 年以降の次の段階(第 2 段階)の改革においても、 ① 政府の大きさの縮小に歯止めが掛けられ、 ② 「効率性」から「効果(有効性)」あるいは「アウトプット」から「アウトカムに 向けた取り組み」に改革の焦点が移る。 などに変化が見られるが、 ③ 大臣に対する省庁等のアカウンタビリティの強化 ④ 国民に対するアカウンタビリティの強化 は、一貫して図られている。」 とし、ニュージーランドの公的部門改革は1984 年からの当初(第 1 段階)から 1999 年 以降の次の段階(第 2 段階)を通じ、一貫して国民主権の徹底が目的であったと指摘し ている54。つまり、1999 年からの労働党政権による第 2 段階の改革は、「市場原理を 徹底した第1 段階の改革で生じた国民生活への影響を是正するとともに、国民へのア カウンタビリティの強化を図る、国民主権をより徹底するための改革であった」とす るのである。 (2) SOE のガバナンス改革 1999 年からの労働党政権の下では、医療、教育、労働などの分野から市場原理の適 用を撤回するソーシャル・ポリシー分野の再改革が最初に行われた55。国有企業改革 においても、多くの国有企業が政府の判断で民間に売却され、「国民の資産が民間の手 に渡ってしまった」という国民の不安と不満が高まったため、民間企業とイコール・ フッティングで事業を行うSOE の仕組みを維持し株式の民間売却は中止された。そ して事業の効率化と質の向上をもたらす「SOE 化」はよいが国民による民主的統制を 失わせる「完全民営化」はしないという方針が採られている56。完全民営化をせず国 有企業のままであれば国民は株主としての統制を働かせることが可能と考えられたか 54 和田明子(2007), 26~27 頁。
Rob Laking 博士(Victoria University 元教授)へのインタヴューに対する下記回答(2012 年 5 月 11 日、別表1,3-1)を参照。 「財務省は当初は公的部門改革の政策作りに大きな役割を果たした。しかし、改革は政権のサポート がなければ成功しておらず、事実として政権が私企業化や買い戻しをリードしており財務省がそれを リードしている訳ではない。しかし、政権が変わったとしてもSOE の目的そのものは変化していな いので、この間の改革の理念そのものは一貫していると言える。」 55 和田明子(2010), 3 頁。 56 和田明子(2007), 57 頁。