6.1 緒言
石油精製プラントでは,水素化脱硫装置や水素化分解装置によって生成される H2S とNH3によりNH4HSが形成され,これらの装置のリアクターエフルエント(反応塔下 流)配管や熱交換器伝熱管,また付帯設備の廃水ストリッパー装置においてNH4HSに よる異常腐食が深刻な問題となっている.このために,リアクターエフルエント系で は水注入によりNH4HSを希釈する対応をとっているが,熱交換器伝熱管内では,水の 不均一分散により局所的にNH4HSが高濃度となる場合がある.
NH4HS による腐食が懸念される廃水ストリッパー装置では,ストリッパー塔頂空冷 式熱交換器伝熱管において,NH4HS による激しい腐食を伝熱管の気相部のみに認めた が,同じ機器においても全く腐食を認めていない伝熱管も存在していた.これは,僅 かな運転条件の相違から腐食環境が大きく変化することを示している.著者らは1),2),3), この腐食事例解析から,気相凝縮部において過酷な腐食環境となる可能性を,熱力学 計算をベースとした気相濃縮モデルによって示した.
また,NH4HS 腐食環境では気相凝縮部の方が液相部よりも腐食速度が高くなるとい った実験結果4)も報告されている.
第5章では,濃厚NH4HS溶液における腐食試験と溶液分析により,NH4HSはある濃 度を超えると錯イオン形成により炭素鋼だけでなくSUS316Lをも激しく腐食させるこ とを明らかにした1),5).本章では,気相凝縮部での腐食環境が液相部でのそれよりも激 しいものとなる機構を解明するために,伝熱係数を考慮したモデル6)を構築し,気相凝 縮部では液相部よりもNH4HSが高濃度となることを,様々な条件での解析により示す.
6.2 NH4HSの濃縮モデルの構築 6.2.1 実装置の腐食状況
本解析は,水素化脱硫装置の下流設備である廃水ストリッパー装置で発生した腐食 事例に基づき実施した.水素化脱硫装置にて生成したH2S,NH3を含む廃水は本ストリ ッパーに通水され,再沸器にて塔内で加熱されることによりH2S,NH3含有ガスが塔頂 へ移行する.塔頂から出た高濃度のH2S,NH3を含む水蒸気は,空冷式熱交換器にて冷 却され,凝縮水の一部は系外に排出され,残りは再度廃水ストリッパーに戻される.
また,塔頂ガスは硫黄回収装置にて処理される.
腐食が発生した廃水ストリッパー塔頂空冷式熱交換器のタイプは1パス,4段,伝熱
管材質はSUS316Lである.空冷式熱交換器の概念図を図6‐1に示す.当該熱交換器は,
最下段伝熱管(4段目伝熱管)の下側に設置されているファンにより,熱交換器の下側 から空気が送り込まれ,上側から排出される構造となっている.空冷式熱交換器に入
るガスの組成は,H2S 10.0 mol%, NH317.7 mol%, H2O 72.3 mol%となっている.また,
当該熱交換は 4 段から構成されており,各段伝熱管外部の冷却空気の温度が異なるた め,図6‐1に示すように伝熱管内部流体の温度も異なる.一方,熱交換器流体出口温 度は,4段の各伝熱管出口流体が合流した後の温度にて管理されている.従って,熱交 換器出口温度は 88℃にて管理されているが,最下段の4段目伝熱管出口流体温度は計
算上78℃となっており,管理温度よりも低くなっていることが分かる.
腐食は空冷式熱交換器伝熱管にて発生した.激しい腐食は,4段目伝熱管の出口部に 集中していた.流体は熱交換器伝熱管内では冷却されながら流れていくため,伝熱管 出口部の方が入口側よりも流体温度は低くなる.また,空冷式熱交換器の下側から冷 媒である空気が送り込まれるため,最下段の 4 段目伝熱管において最も流体温度が低 くなっている.すなわち,腐食は温度の低い箇所で顕著となった.
また,図2‐11,図6‐2に示すように,腐食した伝熱管では,上部のみ減肉が激し
く金属光沢を認めたが,下部は黒色スケールに覆われており,減肉は軽微であった.
当該環境では,H2S,NH3が高濃度で存在する環境であり,塩化物,シアンなどの他の 腐食性物質は検出下限界以下であること,また,全面腐食の形態を呈していることか ら,腐食原因はNH4HSによるものであると推定した.更に,伝熱管内流速は腐食が発 生した出口側で 2.1m/s と低く高せん断応力を受けたエロージョン・コロージョンが要 因となる可能性は低い.従って,当該部の腐食は,高濃度のNH4HSが局所的に生成し たことによる腐食と推定した1).
入口
出口 空気の流れ
•1パス, 4段 タイプ
•チューブ材料: ASME SA213 (SUS316L)
:激しい腐食 115C
88C 78C84C 91C97C
ファン
1段目 ガス組成:
H2S 10.0 mol%, NH317.7 mol%, H2O 72.3 mol%
2段目3段目 4段目
図6‐1 空冷式熱交換器の概略図と運転条件
上面にスケールを 伴わない全面腐食
下面はスケールに覆われ,
腐食を認めず 上面にスケールを 伴わない全面腐食
下面はスケールに覆われ,
腐食を認めず
6.2.2 伝熱管内流体のフローパターン解析
当該伝熱管内部流体は熱交換器に入る前は水分飽和のガスであるため,伝熱管内で 冷却される過程で凝縮水が発生し,気液混相流体となる.腐食が激しかった伝熱管上 部において気液がどのような状態で存在するかを把握するために,フローパターン解 析を実施した.フローパターン解析には,水平管において一般的に使用されるBaker 線 図7)を適用した.その結果,図6‐3に示されるように,腐食が激しかった4段目伝熱 管では,入口部ではWavy(波状流)領域,出口部に進むにしたがってStratified(層状 流)領域となり,いずれの位置でも気相と液相は伝熱管上下で完全に分離しているこ とが確認された.よって,腐食が激しかった伝熱管上面は気相部であったと推定され る.当該部において,伝熱管上面は気相部であるが,内部流体の水分飽和ガスが伝熱 管にて冷却されるため,気相部においても伝熱管内表面には常に凝縮水が生成する状 態であると推定される.よって,以降腐食した伝熱管上面を気相凝縮部,健全であっ た下面を液相部と区別して論ずる.
6.2.3 気相部液膜厚さ測定
熱交換器に入ったガスが伝熱管内で冷却され凝縮水が生成する過程において,気相 部での凝縮挙動を確認するために,スチームを用いた凝縮実験を行った.その結果を 図6‐4に示す.実験条件を以下に示す.
0.1 1.0 10.0 100.0
0 1 10 100 1,000 10,000
X=(WL/WG)λψ
Y=GG/λ
Bubble Dispersed
Annular
Slug Stratified
Plug Wavy
Wavy Inlet
Outlet
0.1 1.0 10.0 100.0
0 1 10 100 1,000 10,000
X=(WL/WG)λψ
Y=GG/λ
Bubble Dispersed
Annular
Slug Stratified
Plug Wavy
Wavy Inlet
Outlet Wavy Inlet
Outlet
WG:気体流量, lb/h GG:気相質量速度, lb/(ft2-h) WL:液体流量, lb/h :0.463(GL)1/2
:(1147/)[L/L]1/3 L:液体粘度,lb/(ft-h) rG:気体密度, lb/ft3 L:液体密度, lb/ft3 :表面張力, dyne/cm
図6‐3 Baker線図7)による4段目伝熱管のフローパターン
• 外気温:28 ℃
• スチーム圧力:0.45 MPa
• 管材料:透明ポリカーボネート
• 管長さ:4 m
• スチーム出口温度:98 ℃
• 測定器:レーザ式変位計(キーエンス社製LT-9000)
本実験では,内部流体の可視化のために透明ポリカーボネート管を使用しており,
実機の管の材質や管内表面の濡れ性など実機の条件と異なる可能性があるものの,ス チームのみの凝縮過程では滴状凝縮領域になっていることが確認された.また,レー ザ式変位計による凝縮水の水膜厚さ測定値は0.3~0.9 mmの範囲で変化し,平均として 約0.6mmであった.
6.2.4 気相凝縮部でのNH4HS濃縮モデル
(1)解析の前提条件
顕著な腐食を引き起こした 4 段目伝熱管において,気相凝縮部と液相部における NH4HS濃度の解析を行った.図6‐5に4段目伝熱管での解析条件を示す.当該伝熱管 を分割し,各区間における気相凝縮部と液相部におけるNH4HS濃度を算出した.濃度 算出には,電解質熱力学計算モデルを適用した.本モデルの内容は,第2章 2.3.
2に述べた.事前検討として,気相各成分の凝縮挙動を確認するために,管内流体の 温度変化による気相流体の各成分濃度分布解析を実施した.図6‐6に示されるように,
温度の低下とともに凝縮が起こるため気相の流量低下及び液相の流量増加が見られる.
また,気相各成分の濃度変化については,NH3及び H2S が温度低下に従ってほぼ一定 の割合で低下するのに対し,H2O は凝縮初期において単位降下温度あたりの凝縮量が 大きいことが分かる.
上側からの観察結果
図6‐4 管の上面における凝縮水の水滴形成状況
(2)伝熱係数を考慮したモデリング
6.2.1で述べた実装置での伝熱管の腐食状況と6.2.2で実施した当該伝熱 管でのフローパターン解析の結果より,腐食を認めた管上部は気相部となっているこ とが確認された.これより,選択的に激しい腐食を引き起こしたのは,伝熱管出口側 の気相部であることが分かった.また,当該伝熱管では水分飽和のガスが冷却される ため,伝熱管内表面には凝縮水が生成していると推定される.当該伝熱管の気相凝縮 部では液相部よりも高濃度の NH4HS 水溶液が形成されていたと仮定しモデル化した.
115C 78C
伝熱管入口ガス流量: 21.1 kg/hr (3,466 kg/hr全伝熱管)
伝熱管入口ガス組成: H2S 10.0 mol%, NH317.7 mol%, H2O 72.3 mol%
伝熱管入口ガス温度/圧力: 115C / 230 kPa 伝熱管出口ガス温度/圧力: 78C / 210 kPa 空気温度: 32C
-流体条件
- 伝熱管仕様
外径: 25.4 mm, 厚さ: 2.0 mm, 長さ: 8,300 mm 材質: ASME SA 213 (SUS316L)
伝熱係数: 1,279 W・m-2・K-1(design), 733 W・m-2・K-1(operation)
伝熱管内部入口ガス 空気入口 伝熱管内部出口ガス 空気出口
図6‐5 腐食した4段目伝熱管のモデル作成条件
0 200 400 600 800 1000 1200
70 80 90 100 110 120 130
Temperature / ºC
Liquid /mol Vapor /mol H2S in Vap. /mol NH3 in Vap. /mol H2O in Vap. /mol
◆Liquid / mol
●Vapor / mol
○H2S in Vap. / mol
△NH3in Vap. / mol
□H2O in Vap. / mol
温度 / ℃
流量
◆ 液体 / mol
● 気体 / mol
○ H2S /mol
△ NH3 /mol
□ H2O /mol
図6‐6 温度変化時の気相中のH2S,NH3,H2Oの量の変化