3.1 緒言
NH4Clによる腐食は炭素鋼で年間数mmから数十mmといった腐食速度で進行し,
石油精製プラントの水素化脱硫装置において古くから問題となってきた.流体中のNH3 と HCl を排除することは不可能であるため,NH4Clが存在する前提で,その環境に応 じた適切な材質選定,防食方法を設計段階で考慮する必要がある.しかしながら,NH4Cl の腐食データは不十分であり,その腐食機構が解明されていない.従来の研究より,
NH4Clによる腐食はその進展過程の特徴から,以下の2種類の機構に分けられると考え られる;
(1)気相中のNH3とHClが冷却されNH4Clの塩を生成しデポジットとなって管内 面に付着し,塩が湿潤状態となり局所的に濃厚NH4Cl溶液環境が形成1)され腐 食発生
(2)NH3とHClを含む水溶液が加熱される過程で管表面にて水が蒸発し局所的に濃 厚NH4Cl溶液環境が形成2)されることにより腐食発生
いずれの機構においても,高濃度のNH4Cl溶液が形成されることにより,腐食が進 行すると考えられる.
しかしながら,濃厚NH4Cl溶液が形成された場合に各種材料がどの程度耐食性能を 発揮するのかといった材料データベースが不足している.これまでは,当該部位に選 定される炭素鋼が NH4Cl により著しい腐食を認め,材質変更を余儀なくされた場合,
経験的にAlloy 625やAlloy C-276といったNi基合金が選定されてきた3).
環境側の対応としては,NH4Cl 溶液の濃度,温度が変化した場合の腐食性の変化を 定量的に評価し,その挙動を解析した報告はこれまでなされていない.実装置におい て潜在的に NH4Cl による腐食が発生する可能性がある部位では,ある時は全く腐食が 発生していないが僅かな運転条件の違いにより著しく腐食速度が増加する場合がある.
これは,運転条件に伴う環境の変化が腐食挙動に及ぼす影響が把握されていないこと が要因である.
また,NH4Cl 塩は析出しても湿潤状態とならなければ腐食は発生しないが,API
RP932B3)は,NH4Clは吸水性が高いため気相中の水分を吸収し湿潤環境となりやすく,
相対湿度が10 %を超えると腐食環境となると指摘している.従来は,NH4Clが析出し ても洗浄水などの遊離水が存在しなければ腐食環境とはならないとし,NH4Cl塩の存在 下においても相対湿度は防食設計に考慮されなかった.遊離水が存在しない環境にお けるNH4Cl 塩の吸水性および腐食性について解明することは,NH4Clによる腐食を設 計段階で防止するために重要な課題となる.
そこで本章では,NH4Cl 塩が析出した場合の炭素鋼の腐食に及ぼす相対湿度の影響 を明らかにし 4),NH4Cl 塩が湿潤状態となった場合,また NH4Cl 水溶液が加熱され水
が蒸発した場合を想定した,濃厚 NH4Cl溶液における腐食機構を解明し,耐食材料を
評価5),6)することによって低コストで耐食性を有する新たな候補材料を見出す.
3.2 NH4Clの腐食に及ぼす相対湿度の影響 3.2.1 実験方法
3.2.1.1 恒温恒湿装置での腐食試験
腐食試験に供した材料は炭素鋼(UNS K02702)である.試験片は平板形状のもので,
サイズは20 mm×20 mm×3 mmとした. SiC研磨紙で600番まで研磨した後に,アセト
ンにより脱脂した.
市販の粉末状のNH4Cl試薬をテフロン製坩堝に入れ,その中に試験片を埋め込み完全に 材料が塩で覆われるように供した.その坩堝を図 3‐1 に示した恒温恒湿装置に設置し,
温度80 ℃で相対湿度を20 %から80 %まで変化させ,各相対湿度で100 時間静置した.
試験前後の試験片の重量変化を測定し,腐食速度を算出した.なお,恒温恒湿装置内の雰 囲気は大気環境となる.
3.2.1.2 恒温恒湿装置でのNH4Cl塩の吸水特性試験
(1)NH4Cl塩の吸水量に及ぼす相対湿度の影響
テフロン製坩堝に入れた粉末のNH4Cl塩を図3‐1の恒温恒湿装置に設置し,相対湿度 を段階的に増加させ,30 ℃,80 ℃における各相対湿度での塩の重量変化量を測定し重量 増加分をNH4Cl塩の吸水量とした.使用したNH4Cl塩の重量は30 ℃の試験では4.743 g,
80 ℃の試験では5.245 gとした.予備試験では,本恒温恒湿装置で20分間保持すれば相 対湿度が十分安定することを確認しているため,各相対湿度で 20 分間保持した後に重量 測定を行った.30 ℃の試験では相対湿度が20 %,30 %,40 %,50 %,60 %,70 %,75 %,
80 %,85 %,90 %での塩の重量を測定し,80 ℃の試験では相対湿度が20 %,30 %,40 %,
50 %,55 %,60 %,65 %,70 %,75 %,80 %,85 %,90 %での塩の重量を測定した.
試験片 湿球ウィック
風向き
温度センサー ファン
加熱器
冷却器
加熱ヒータ
温度湿度調節器
冷凍機 ユニット
冷媒回路 ポンプ 扉
チャンバー内面の断面図
ポンプ
(2)NH4Cl塩の吸水量に及ぼす時間の影響
NH4Cl塩の吸水特性における時間依存性を確認するために,80℃において相対湿度60 %,
80 %で恒温恒湿装置に設置した際の時間の経過による塩の重量変化を測定した.使用した NH4Cl塩の重量は,相対湿度60 %の試験では5.244g,相対湿度80 %の試験では5.058gと した.各相対湿度ともに,測定は試験開始10分後,20分後,1時間後,3時間後,6時間 後,24時間後,48時間後,100時間後に行った.
3.2.2 実験結果
3.2.2.1 固体のNH4Cl塩における相対湿度と腐食速度の関係
図 3‐2 に,各相対湿度における重量変化量から算出した炭素鋼の腐食速度を示す.相
対湿度が20 %を超えると腐食が発生し,相対湿度が30 %から50 %の範囲で腐食速度は
0.82 mm/yから1.63 mm/yの範囲で推移することが分かった.相対湿度が50 %を超えると 腐食速度は急激に増加し,60 %で腐食速度のピークを認めた.60 %での試験は2回実施し たが,7.15 mm/y,7.05 mm/yといずれも7 mm/yを超える高い腐食速度となった.60 %を 超えると腐食速度は低下し,70 %,80 %でそれぞれ1.66 mm/y,1.35 mm/yとなった.
3.2.2.2 試験後のNH4Cl塩と試験片の外観観察結果
腐食試験を実施する前のNH4Cl粉末は白色であった.試験終了後,相対湿度が20 %か
ら60 %でのサンプルの外観は試験前と同様白色を呈していた.一方,相対湿度が70 %,
80 %でのサンプルの外観は,試験後は茶褐色の水が生成していた.これらの外観観察結果
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0
10 20 30 40 50 60 70 80 90
腐食速度
相対湿度 / % 温度 :80 ºC
試験時間 :100時間 材料 :SS400 大気環境
図3‐2 炭素鋼におけるNH4Cl塩での腐食速度に及ぼす相対湿度の影響
を図3‐3に示す.なお,相対湿度60 %でのサンプルの外観は試験前と同様白色を呈して いたが,試験片を取り出すと,図 3‐4 に示したように激しく腐食しており試験片は厚い 茶褐色の腐食生成物に覆われていた.腐食生成物を除去した後の試験片の腐食状況を図3
‐5に示す.相対湿度20 %では金属光沢を有しており腐食は認められないが,30 %を超え ると表面状態に変化が見られ,腐食を認めた.特に 60 %では,激しい腐食が発生してい ることが,試験片表面状態からも確認された.
3.2.2.3 NH4Cl塩の吸水挙動
図3‐6,図3‐7に,それぞれ30 ℃,80 ℃での相対湿度とNH4Cl塩の吸水量の関係 を示す.30 ℃では相対湿度が75 %までは吸水量は微量に増加し,75 %を超えると著しく 増加した.80 ℃では相対湿度55 %までは吸水量の増加は認めなかったが,60 %で増加を
相対湿度60 % 相対湿度70 % 図 3‐3 試験終了後の相対湿度 60 %と 70 %におけるサンプルの外観写真
図3‐4 試験終了後に相対湿度60 %のサンプル から取り出した炭素鋼試験片の外観写真
0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0
10 20 30 40 50 60 70 80 90
腐 食 速 度
相対湿度 / %
20 %
30 % 40 %
60 %
80 % 温度 :80 ºC
試験時間 :100時間 材料 :SS400 大気環境
図3‐5 各相対湿度での炭素鋼の腐食状況
認め 60 %を超えると著しく増加した.これらの結果より,ある相対湿度を超えると吸水 量が増加し,その相対湿度は温度により変化することが確認された.
図3‐8に80 ℃における相対湿度60 %と80 %での吸水量変化に及ぼす時間の影響を示 す.相対湿度 80 %のケースでは,試験時間の増加とともに塩の吸水量は著しく増加する ことが確認された.これは,相対湿度 80 %では気相から塩に吸湿した量が著しいことを 示す.一方,相対湿度60 %では,100 時間を超えても重量は増加しなかった.
-0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4
20 30 40 50 60 70 80 90 100
相対湿度/ %
吸水量
30 ºC
図3‐6 30 ℃における相対湿度とNH4Cl塩の吸水量の関係
-0.1 0.0 0.1 0.2 0.3 0.4
20 30 40 50 60 70 80 90 100
相対湿度/ %
吸水量
80 ºC
図3‐7 80 ℃における相対湿度とNH4Cl塩の吸水量の関係
3.2.3 考察
3.2.3.1 NH4Cl塩の臨界相対湿度
材料表面に付着した水溶性の塩の粉末は気相から吸水しやすい性質がある.気相中の 水と各種塩の粉末の間の相互作用については,数多くの研究がなされてきた.塩の吸水 特性は,吸水量が著しく増加する相対湿度である臨界相対湿度によって評価されること が多い.相対湿度が臨界相対湿度を超えると,腐食速度が著しく増加することも報告さ れている.公表されたNH4Clの臨界相対湿度は,20 ℃では79.2 %7),80 %8),79 %9), 23 ℃では79 %10),25 ℃では79.3 %11),50 ℃では71.3 %12)となっている.
図3‐2,図3‐6,図3‐7に示された腐食挙動および吸水挙動は,臨界相対湿度で説
明することができる.30 ℃では,相対湿度が75 %で吸水量が増加したが,これは報告 されている臨界相対湿度の値とほぼ一致していることが確認された.80 ℃での NH4Cl 塩の臨界相対湿度については報告されていないが,80 ℃では相対湿度が60 %で吸水量 が増加し,腐食速度のピークが得られたことから,80 ℃での NH4Cl 塩の臨界相対湿度
は60 %近傍に存在することが示唆された.
NH4Cl塩の臨界相対湿度に及ぼす温度の影響については,電解質熱力学計算モデルに より解析した.本モデルの内容は,第2章 2.3.2で述べた.臨界相対湿度は以下 の式により導かれる.
100
%
0 4
4