第三章 20 世紀および 21 世紀初頭におけるリエゾン研究
3.4.2.2. Kaisse (1985)
Maurice Gross (1967)は文構造の樹形図における距離を測ることで、その距離が短い場合に はリエゾンの実現があるとした(Cf. Encrevé, 1988 : 90)。後に、Gross (1967)のアプローチを生 成統語論の枠組みにおいて発展させたのがKaisse (1985)である。Kaisse (1985)はリエゾンの 実現の有無をC統御 (C-command)による規則性によって説明することを試みた。C統御は 以下のように定義される。
「C-command(C統御)= 2つの接点α、βがいずれも他を支配せず、
かつ、αを支配する全ての枝分かれ接点がβを支配している場合、αは βをC統御する。」
Kaisse (1985)はリエゾンの実現はαとβがC統御の関係にある場合に起こることを主張す
る。ここでは « Les adorables enfants ont été conduits en classe »という句を例に挙げる以下の
66 Morin (1987)は、フランス語に関する音韻論の研究において、実際に話されたフランス語
のデータを使用しないことについて大いに批判している。
87 図はこの句の統語的樹形図である。
図 3-7 : リエゾンとC統御67
例えば、この連辞において、定冠詞lesと形容詞adorables、形容詞adorablesと名詞enfants でリエゾンが必ず実現される(義務的)。一方、助動詞ontと過去分詞été、過去分詞conduits と前置詞enの間では必ずリエゾンが実現されるわけではない(選択的)。また、名詞enfants と助動詞ont の間ではリエゾンは実現されない(禁止的)。例えば、リエゾンが義務的であ る « Les [z] adorables »において、lesはadorablesをC統御し、また « adorables [z] enfants » においては、この2つの語はそれぞれC統御の関係にある。一方でリエゾンが実現される ことがない、 « enfants ont »では、この2つの語にはC統御の関係にない。ただし、 « ont été » および« conduits en »では先行語が後続語をC統御しているが、リエゾンが必ず実現するわ けではない。Fougeron et al (2001)は、「C統御はリエゾンの実現において、必要条件ではあ るが、それだけでリエゾンの実現を説明できるわけではない」 と結論付けている。
3.4.2.3. 統語的アプローチのまとめ
統語構造に基づいたリエゾンへのアプローチは、リエゾンコンテクストにある語と語の 統語的関係(統語範疇、C統御)を明らかにすることによって、リエゾンの実現の有無を予 測できるものにしようと努めたといえる。ただし、特に選択的リエゾンには、統語構造以 外の他の要因も影響するため、リエゾンの実現が可能であることは予測できても、それが どのような確率で実現されるのかについては予測できない。
67 Fougeron et al (2001)を参照。
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3.5. 第三章のまとめ
20世紀および21世紀初頭のリエゾンに関する研究は以上で概観したように、規範的記述 研究、記述的研究、社会言語学的研究、そして理論的研究(生成音韻論、生成統語論)が ある。
まず、規範的記述研究においては、「リエゾンはどのように実現されるべきか」という姿 勢がはっきりとみられる。これは、リエゾンの実現および非実現に関する基準をフランス 語話者およびフランス語を学習する外国人に与えることに貢献した。ただし、これは規範 に基づいて主観的に選択されたものであって、実際の言語使用とは異なることが問題であ った。
次に、記述的研究は、実際に話されたフランス語を観察することで、「リエゾンはどのよ うな場合に実現し、その実現にどのような要因が影響するのか」という問いに対する答え を提示しているといえる。特にリエゾンの実現に影響する言語内的要因として提示された のは以下のようなものである。
- 語の長さがリエゾンの実現に与える影響 - 語の頻度がリエゾンの実現に与える影響 - リエゾン子音が持つ形態的特徴
- リズムグループがリエゾンの実現に与える影響
また、社会言語学的研究は、「リエゾンの実現および非実現はどのような社会言語学的特 徴を反映するのか」という問いに答えることに寄与したといえる。つまり、言語内的要因 のみではなく、話し手の特徴を分析することで、リエゾンの実現および非実現が実際には 話者の社会的特徴を反映することを示したといえる。
- 話者の社会階層 - 話者の性別 - 話者の年齢 - 地域的な違い
- 発話状況とそれに応じたスタイル
以上が、リエゾンの実現に関与すると考えられた言語外的要因である。ただし、最近の 大規模コーパスを用いた研究(Mallet, 2008)において、特に影響が顕著だと考えられているの は、特に朗読と会話という伝達手段の違いに近いものである。
理論的研究では、音韻論および形態論においてリエゾン子音の位置について多くの議論 が行われた。また、新しい理論的アプローチが作り出される度に、このようなアプローチ は常にリエゾンを説明するために適用された。もしくは、このようなアプローチの妥当性 を示すために、リエゾンは格好の対象となったといえる。統語理論的なアプローチは統語 構造の分析によって、義務的リエゾンおよび選択的リエゾンの区別を試みた。リエゾンの 実現に関して統語構造は重要な要因である一方、それ以外の要因(言語内的要因および言
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語外的要因)の相互作用が大変複雑であることから、統語的アプローチだけではリエゾン 現象を捉えることは不可能であることも明白である。
リエゾンを対象とした言語学的研究は、複数の言語学分野において行われ、その数は大 変豊富であるといえる68。そして、リエゾンを対象とした言語学的研究は常に言語学の発展 と共にあった。特に、変形生成文法、社会言語学といった言語学理論、そして研究の方法 論が生まれる度に、リエゾンへの説明に対して還元されたと言っても過言ではない。
リエゾンに対する研究が言語学の複数の分野で行われる大きな理由は、リエゾンという 現象が形成された通時的変化の過程において、少しずつ複雑性を増していったということ が考慮される。次章では、この通時的変化の過程について概観したい。そして、リエゾン の持つ複雑さというものが、16世紀から18世紀の文法書の説明において、どのように表現 されていたのかを観察する。
68 Encrevé (1988 : 87)によれば、生成音韻論にのみ限定するのであれば、20年という期間に、
39人の学者によってリエゾンが扱われた論数は75本に及ぶ。
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