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16 世紀から 18 世紀の文法書におけるリエゾンに関する説明

ドキュメント内 of the 18 (ページ 91-122)

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場合にも語末子音は休止の前で発音されると考えられる。この点については、Morin (2005 :

303)が例を挙げて指摘している。例えば、以下の韻文においてdiroysadieuの間に短い休

止が置かれた場合、リエゾン子音 [z]が発音されるのではなく([ʒədirwɛ: /zadjø])、むしろ[s]

が休止の前で発音される([ʒədirwɛ:s /adjø])。

Je diroys : adieu ma maistresse ; Mais le cas viendroit mieulx à poinct Si je disoys : adieu jeunesse

Car la barbe gruse me poingt.

(Clément Marot, Adieux à la ville de Lyon)

第二段階においては、休止の前における語末子音の脱落が起きる69

(d) Il est un petit garçon. [pəti garsɔ̃]

(e) Il est un petit enfant. [pəti tɑ̃fɑ̃]

(f) Il est petit. [pəti]

例(f)のように、語末子音[t]は休止の前で発音されない。この休止の前における語末子音の脱 落が始まると、語末子音字は母音の前でのみ発音される。リエゾンが成立したといえるの はこの段階である。この点について、Morin (2005b : 301-302)は以下のように説明している。

« La liaison s’est développée dans langue lorsque la forme tronquée d’un mot est devenue sa forme de base, utilisée en finale d’énoncé et, dans les usages métalinguistiques, comme forme isolée servant à le nommer. »

Morin (2005b : 301-302)

「言表の末尾において、子音が脱落した形が語の基本形となったときに、

そして、その切り取られた形がその語を指すようになったメタ言語的言語 使用において、リエゾンは形成された。」

休止が語末子音の脱落の有無に大きく関与していることはClédat (1917 : 166-167)によって 指摘されている。

69 休止の前における語末子音の脱落は、一様に生じたわけではない。Morin (2005b:302)は、

20世紀半ばにMarais Vendéen方言では、休止の前において破裂子音が保持されていたこと を指摘している。

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« La pause a été une cause de conservation de la consonne finale jusqu’au moment où le mot a pris sa forme définitive avec ou sans consonne finale. Depuis ce moment, elle a été au contraire une cause de chute de la consonne finale devant voyelle. Le mot s’étant fixé avec consonne finale amuïe, cette forme devient la forme normale du mot, même devant voyelle (...). »

Clédat (1917 : 166-167)

「語が語末子音を持つ、もしくは持たない形態のどちらかに定まるまで、

休止は、語末子音を保存する理由であった。反対に、この(語末子音が脱 落するか否かが決定的になる)時期から、休止は母音の前における語末子 音脱落の原因となった。母音の前においても、語末子音とともに定着した 語は、それが通常の(発音)形となった。」

よって、休止の前において語末子音が脱落した場合には、語末子音は母音の前でのみ現れ るようになるため、これをリエゾン子音と呼ぶことができる。反対に、未だ語末子音が弱 化されずに、発音される語もある。それは例えば、brut, but, sec, lasなどである。その一方 で、子音の前でリエゾン子音が脱落しない場合もある。例えば、数詞vingt (vingt-six [vɛ̃t sis])、 接続詞quand (Quand Marie va à l’école [kɑ̃t mari va a lekɔl])はその一例である70 (Cf. Carton, 2000 : 39 ; Encrevé, 1988 : 276-278 ; Morin, 1990, 2005b : 301)。

第三段階は、母音の前において語末子音が安定的に発音されなくなる段階である。つま り、語末子音が発音されるコンテクストに制限が与えられるということである。例えば、

17 世紀半ばには、リエゾンの実現への制限に関する規則を文法書に見ることができる。こ の最初の規則を提示したのは、Chiflet (1659 : 204-215)である。Chifletは「制御される語 (mot

régi)」という定義71を与えた。これは、リエゾンが常にどのようなコンテクストでも実現す

るわけではなく、リエゾンコンテクストにある2つの語のうちのMOT1がMOT2を制御す る場合に、MOT1の語末子音が発音されるというものである。つまり、このような言及とい うのは、リエゾンの実現が統語構造からの影響を受けるということを明確に示していると 解釈できる。Chiflet以降、リエゾンの実現について統語的な説明が加えられるようになる。

しかし、以上に挙げた 3 つの段階はフランスの異なる地域において同時に進行したとは 決して言えないだろう。これらの段階はフランス語全体に起こった事実ではあるが、それ ぞれの地域で同様の速度で進行したわけではないことがMorin (2005b)によって主張されて いる。例えば、Marais Vendéenと呼ばれる地方72において話されていた方言では、第一段階

70 ただし、例として挙げた語の語末子音はむしろ一度脱落が完了した後に、また子音の発 音が復活したと考えるほうが妥当である。

71 Chifletが定義した「制御される語」については、後ほど詳細に扱う。

72 フランス北西に位置するペイ・ド・ラ・ロワール地域圏にあるヴァンデ県で話されてい た方言である。

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から第二段階への進度は非常にゆっくりしたものである。Svenson (1959)の調査によれば、

20世紀においてもこの地域では未だ第一段階の状態が保たれていた73

4.2. 語末子音の発音およびリエゾンに関する記述

ここでは、まず 16世紀から 18 世紀にかけてフランス語がどのように整備され、規範が 形成されたのかについてその様子を概観する。また、16 世紀以前において語末子音字の発 音の状況について簡略に提示する。そして、16 世紀における文法書から読み取ることがで きる語末子音字の発音の状況について説明する。17世紀にChiflet (1659)が提示したリエゾ ンの規則、そしてそれに続くHindret (1687)のリエゾンへの説明などを取り上げる。終わり に、特に 17世紀から 18 世紀の文法書に見られるリエゾンのコンテクストに関する注意書 きにはどのようなタイプがあるのかを例を挙げて説明する。

4.2.1. 16世紀から18世紀にかけてのフランス語の規範化の進行

16世紀から18世紀にかけて、「良きフランス語 (le bon français)」、「良き慣用」といった 規範の提示、そしてこの規範を正当化する説明付けが成された。Lodge (1997)は良きフラン ス語の定義は時代によって変化することを前提に、この発展段階を、(1) 1500年~1660年、

(2) 1660年~1789年、(3) 1789年以降、の3つに分けている。特に(1)と(2)については以下の

ような特徴を挙げている。

(1) Première phase (1500-1660) : le « bon français » est celui qui est parlé par les gens du « meilleur monde ».

Lodge (1997 :221)

「第一期 (1500-1660) : 良きフランス語は最良の階層に属する人々によって 話されるフランス語である。」

(2) Seconde phase (1660-1789) : Le « bon français » est la langue de la raison et de la clarté.

Lodge (1997 :236)

「第二期 (1660-1789) : 良きフランス語は理性と明晰さを持つ言葉である。」

このLodge (1997)が定義する第一期には、まず社会的にフランス語が国家言語として確立す

る契機となる象徴的な出来事がある。これは1539年に、フランソワ1世が署名したヴィレ ル=コトレの勅令(司法行政の改革を目指した一連の勅令)が布告されたことである。こ の勅令は行政的な公文書におけるラテン語の使用を廃止することが目的であった74。さらに、

73 Morin (2005b : 302)を参照。

74 また、この勅令による排除の対象としては、ラテン語のみならず地域言語も該当する。

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この勅令によって、行政機関で使用される言語はフランス語に限定されることになる。ま た、1530年に設立されたコレージュ・ド・フランス (Collège de France)では、フランス語に よる講義も許可されていた。この頃から、フランス語に関する教科書、文法書、辞書など の出版も少しずつ増加していく。ただし、16 世紀において読み書きを学ぶというのは、未 だラテン語の読み書きを意味していたということも念頭に置いておく必要がある(Lodge, 1997 : 176)。

16 世紀において「フランス語」という唯一の言語が存在したわけではなく、パリおよび その周辺で話されていた方言が標準語として整備されていく過程が、フランス語の規範化 である。また、Lodge (1997 : 230-233)に従えば、特に17世紀に起こった規範化が意味する ものは、フランス語のヴァリエーションの拒絶である。つまり、成文化の対象となったフ ランス語は、上層階級が話すフランス語であり、下層階級 (いわゆる peuple)が話すものと は差別化が成された (Cf. Lodge, 1977 : 233)。

この規範を成文化する上で、規範的記述の対象となるフランス語話者はどのような特徴 を持つのだろうか。この理想的な話者は宮廷に住まう人々であることが、1647年にClaude Fabre de VaugelasによるRemarques sur la langue françoise (『フランス語に関する覚え書き』) において言及されている。

« Voicy donc comme on définit le bon Usage [...] C’est la façon de parler de la plus saine partie de la Cour, conformément à la façon d’escrire de la plus saine partie des Auteurs du temps. Quand je dis la Cour, j’y comprens les femmes commes les hommes, et plusieurs personnes de la ville où le Prince reside, qui par la communication qu’elles ont avec les gens de la Cour participent à sa politesse.

(Vaugelas, 1647 : Préface, II, 2-3)

「良き慣用の定義を以下に挙げる。時の作家の最も健全な人々の書き方に従 った、宮廷の最も健全な人々の話し方である。私が宮廷という言葉を用いる 場合には、男性と同じく女性も、そして儀礼に参加する宮廷の人々と交流を 持つ、王子が住む街の人々も含む。」

ところで、Vaugelasが書いた『覚え書き』は、一つのジャンルとして確立し、その後これ に類似したタイプの文法書の出版が相次ぐ。このジャンルとしての『覚え書き』の特徴に ついてAyres-Bennett & Seijido (2011 : 42)は以下のように説明している。

リカード (1995 : 121)は、「すべての訴訟、証書、判決等は他のものではなくフランスの母な

る言語でen langage maternel françois et non aultrementで書かれるべきことを命ずることによ って、他の地域言語を排除した」と述べている。

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« Les remarques ne traitent donc pas de questions élémentaires de la grammaire mais de points particuliers qui posaient problème à ceux qui maîtrisaient déjà bien la langue française. [...] Tous les domaines de la langue peuvent être discutés : prononciation, orthographe, morphologie, syntaxe, style et lexique. »

Ayres-Bennett & Seijido (2011 : 42-43)

「覚え書きは文法の基本的な疑問を扱うのではなく、むしろフランス語を 既に習得しているものにとって問題となる特定の項目について扱うもので ある。言語の全ての分野について議論がなされる。つまり、発音、綴り字、

形態、統語、スタイルそして語彙である。」

よって、覚え書きというジャンルにおいては、全ての文法項目について丁寧に説明が記さ れているというものではなく、正しいフランス語の習得の最終段階、つまり完成 (perfection) という観点が重要であるということである。さらに、17 世紀半ばにこの覚え書きというジ ャンルが確立した理由について、Ayres-Bennett & Seijido (2011 : 17)は以下のように説明して いる。

« L’émergence du genre des remarques en France au milieu du XVIIe siècle semble donc être intimement liée au contexte socio-culturel contemporain. L’essor d’un gouvernement central, le prestige de la Cour et la mobilité sociale des nouveaux riches encourageaient un nouvel intérêt pour la perfection linguistique comme moyen de s’intégrer dans la bonne société ; une fois cette perfection acquise, elle servait également à s’y distinguer.

Ayres-Bennett & Seijido (2011 : 17)

「17世紀フランスにおける覚え書きというジャンルの出現は現代の社会文 化的コンテクストに密接に結びついている。中央集権的統治の飛躍、宮廷 の威厳そしてブルジョワジーといった社会的流動性は、上流階級へ同化す る方法としての言語の完成度に対する新しい関心を生んだ。そして、この 完璧さが一度習得されれば、それは同様に他者との区別に役立った。」

規範の完全なる習得は、理想的な話者を模倣することであり、この習得は社会的にも良し とされたということである。

フランス語の規範化における第二期 (1660-1789) には、良きフランス語は「理性と明晰さ」

が結び付けられたわけであるが、それはどういう経緯から起こったのだろうか。18 世紀を 通して、フランス語の規範の成文化は詳細な部分にまで達し、標準フランス語のイデオロ ギーが確立された(Lodge, 1997 : 236)。Lodge (1997 : 236)によれば、このイデオロギーは以下 の3つの要素に基づくものである。

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