リスク及び経済価値に基づくアプローチから、支配の移転に基づくアプローチへ
現行のIFRSには、第三者のために回収した金額を収益として会計処理しないとする類似の原則がある。ただし、
リスク及び経済価値に基づくアプローチから支配の移転に基づくアプローチに移行したことにより、企業が代理人 と本人のいずれとして活動しているかの判定は、新基準と現行のIFRSとで異なっている。現行のIFRSにおいて は、財の販売またはサービスの提供に関連する重要なリスク及び経済価値に企業がさらされている場合、その取 引において企業は本人となる。両ボードは、新基準の指標は、アプローチの全般的な変更を反映し、現行のIFRS の指標とは目的が異なるとしている。ただし、IASBがこの概念の変更により実務が著しく変更されると予想してい るかは不明である。
8.4 追加的な財またはサービスを取得するオプション
概要
追加的な財またはサービスを取得する顧客のオプションにより、重要な権利が顧客に与えられる場合、企業はそのオ プションを単一の履行義務として会計処理する。新基準には、顧客のオプションの独立販売価格の算定に関するガイ ダンスが含まれている。
新基準の規定
IFRS 15.B40
追加の財またはサービスを取得するオプションを企業が顧客に付与する場合に、そのオプションが、当該契約を締結していなければ顧客が受け取れない重要な権利を提供するならば、契約において履行義務を生じさせる。
IFRS 15.B40-B41
以下のフローチャートは、顧客のオプションが履行義務であるか否かを判定する際に役立つものである。IFRS 15.B42
追加の財またはサービスを取得するオプションが重要な権利である場合、その顧客のオプションの独立販売価格が直接観察可能でないならば、企業はそれを見積ることが必要となる。追加の財またはサービスを取得する顧客のオ プションの独立販売価格は、オプションの行使時に顧客が得るであろう値引きを、以下の両方について調整して反映 させることにより見積る。
顧客がオプションを行使することなしに受けることができる値引き
オプションが行使される可能性IFRS 15.B43
顧客が取得する重要な権利を有する財またはサービスが、当初から契約に含まれる財に類似している場合(例:契約を更新するオプションを有する場合)、企業は、提供すると予想される財またはサービス及びそれに対応する予想 受取対価を参照して、取引価格をオプションに係る財またはサービスに配分することができる。
いいえ
はい
オプ ションは履行義務を生じさせない オプ ションは履行義務を生じさせる
重要な権利である
企業は追加的な財またはサービスを取得する オプ ションを顧客に与える
はい
その販売契約を締結しなくても、顧客は追加的な財 ま たはサービスを取得する権利を得られるか
そのオプションは、追加的な財またはサービスを、
それら の独立販売価格を反映した価格で取得 す る権利を顧客に与えるか?
いいえ
設例37 カスタマー・ロイヤルティ・ポイント・プログラム
IFRS 15.IE267-270
小売業者Cは、自社の店舗でカスタマー・ロイヤルティ・プログラムを提供する。このプログラムでは、顧客は、財に10円支払うごとに、1ポイント獲得する。ポイントは、今後6ヶ月間の購入において1ポイントにつき、1円の現金値引と
して消化できる。C社は顧客のポイントのうち97%が消化されると予測している。この予測は、受け取る権利を有す ることになる対価の予測金額の見積りに利用できると考えられるC社の過去の経験に基づいている。報告期間にわ たって、顧客は100,000円の製品を購入し、10,000ポイントを獲得する。ポイントを除いた製品の顧客に対する独立 販売価格は100,000円である。顧客は当初の購入を行わなければ、将来の購入において値引きを受けられず、将来の購入におけるポイントの行 使時に顧客が支払う価格はそれらの項目の独立販売価格ではないため、カスタマー・ロイヤルティ・プログラムは重 要な権利を顧客に与える。ポイントにより重要な権利が顧客に与えられるため、C社は、ポイントが個々の販売契約 における履行義務であると結論付ける(すなわち、顧客は製品購入時にポイントについて支払いを行っている)。C 社はロイヤルティ・ポイントの独立販売価格を、顧客が行使する可能性に基づき算定する。
C社は、取引価格を独立販売価格の比率に基づき、製品とポイントに以下のように配分する。
履行義務 独立販売価格(円) 販売価格の比率 配分される価格(円)
製品
100,000
(a)91% 91,000
(100,000×91%)ポイント
9,700
(b)9% 9,000
(100,000×9%)合計
109,700 100% 100,000
注:
(a)
製品の独立販売価格(b)
ポイントの独立販売価格(10,000×1×97%)現行のIFRSとの比較
IFRIC 13
カスタマー・ロイヤルティ・プログラムの取り扱いは概ね同一である
カスタマー・ロイヤルティ・プログラムに関する現行のIFRSのガイダンスは、新基準のガイダンスと概ね類似してい る。ただし、企業が現在適用している配分方法が新基準においても引き続き容認されるか否かを検討しなければ ならない。現行のIFRSにおいては、企業は販売取引とポイントの付与とに対価を配分する際の配分方法を自由に 選択できる。対照的に、新基準においては、残余アプローチは特定の要件を満たす場合にのみ適用が可能とな る(3.4.1.2を参照)。
8.5 顧客の未行使の権利(非行使部分)
概要
企業は、将来において財またはサービスを受け取る権利を顧客に与える返金不能の前払いを顧客から受け取る場 合がある。この例として、ギフトカード、バウチャー、返金不能のチケットが挙げられる。通常、一部の顧客は権利を行 使しない。ここでは、その未行使の権利を「非行使部分」と呼ぶ。
新基準の規定
IFRS 15.B44-B45
企業は顧客から受け取った前払いを契約負債として認識し、約束した財またはサービスを将来移転した時点で収益を認識する。ただし、認識した契約負債の一部には、行使されることが見込まれない権利に関連する部分(すなわち、
非行使部分の金額)も含まれると考えられる。
IFRS 15.B46
非行使部分に関する収益認識のタイミングは、非行使部分の金額に対する権利を得ると見込まれるか否か(すなわち、非行使部分を認識することにより収益認識累計額の重大な戻入れが生じない可能性が非常に高い(highly
probable)か否か)に依存する。
IFRS 15.B46
企業は収益認識累計額の制限が適用されるか否か、及び適用される場合にはその程度を判定するために、変動対価に関するガイダンスを検討する(3.3.1.2を参照)。企業が権利を得る非行使部分の金額は、重大な戻入れのリスク が将来発生しない可能性が非常に高いとみなされる金額により算定する。
IFRS 15.B47
未請求資産法または没収法に従う場合のように、顧客の未行使の権利に帰属する金額を政府機関に支払うことが要求される場合には、権利が消滅するまで(収益ではなく)金融負債を認識する。
設例38 ギフトカードの販売
小売業者Rは、ギフトカードを顧客Cに100千円の金額で販売する。類似のギフトカードに関する過去の経験に基 づき、R社はギフトカードの残高の10%が非行使のままと見積っている。この非行使の金額は没収の対象とならな い。R社が予想される非行使部分の金額を合理的に見積ることができ、またその金額を取引価格に含めることに より重大な収益の戻入れが生じない可能性が非常に高いため、R社は、非行使部分10千円を、顧客による権利 の行使パターンの比率に基づき収益として認識する。
顧客Cが前払いを行うギフトカードが返金不能であるため、R社はギフトカードを販売する時点で、契約負債100千 円を認識する。その時点では、非行使部分の収益は認識しない。
顧客Cが30日後に45千円分について権利行使した場合、予測される権利行使のうちの半分が発生したことになる
(45/(100-10)=50%)。したがって、R社は、非行使部分の半分(すなわち、(10×50%=5))についても収益を 認識する。顧客Cが30日後に行ったこのギフトカードの権利行使について、R社は、50の収益を認識する(財また はサービスの移転からの収益45千円と非行使部分からの収益5千円の合計)。
残っ た権利を顧客が行使する可能性が ほとんどなくなった時点で認識する 顧客が権利を行使するパターンに
比例して認識する
非行使部分の金額に対する権利を得ると 見込んでいるか?
いいえ はい
KPMGの見解
収益認識累計額の制限は対価の金額が判明している場合であっても適用される
企業が非行使部分の見積りの基礎を有していない場合(すなわち、見積りが全額制限される場合)、企業は顧客 が権利を行使する可能性がほとんどなくなった時点でのみ非行使部分を収益として認識する。
企業が権利を得ると見込む非行使部分の金額を算定できると結論付ける場合には、非行使部分の金額を見積 る。非行使部分の金額を算定するために、企業は、未だ行使されていない権利に関する収益を取引価格に含め ても、重大な戻入れが発生しない可能性が非常に高いか否かを判定する。収益認識累計額の制限に関するガイ ダンスのこの論点への適用は、他とは異なる。当該ガイダンスを非行使部分に適用する場合には、対価の金額 は判明しており、すでに受け取ってもいるが、顧客が将来、財またはサービスの移転に関してどれだけの金額の 対価について権利行使するかが判明していない。これとは対照的に、他の状況に収益認識累計額の制限に関す るガイダンスを適用する場合には、対価の総額が判明していない。
現行のIFRSとの比較
収益認識のタイミングが変更される可能性がある
現行のIFRSには、非行使部分の会計処理に関するガイダンスはない。ただし、新基準により、未行使の金額は以 下の両方が満たされる場合に収益として認識しなければならないというKPMGの現行の見解と比較し、収益認識 のタイミングが変更される結果となり得る。
その金額が返金不能である。
企業は入手可能な証拠に基づき、顧客が履行義務の履行を要求する可能性がほとんどないと結論付ける。この論点に関する詳細な説明については、KPMGの刊行物Insights into IFRS第11版4.2.440.20を参照。
8.6 返金不能のアップフロントフィー
概要
契約によっては、契約開始時またはその直後に、返金不能のアップフロントフィーが支払われることがある(例:ス ポーツクラブの入会手数料、電気通信契約の加入手数料、供給契約の当初手数料)。IFRS第15号には、これらの アップフロントフィーの認識時期を決定するためのガイダンスが含まれている。
新基準の規定
IFRS 15.B48-B51
企業は返金不能のアップフロントフィーが、約束した財またはサービスの顧客への移転に関連しているか否かを判定する。
多くの場合、返金不能のアップフロントフィーは、企業が契約の履行のために行わなければならない活動に関連する ものであるが、その活動は約束した財またはサービスを顧客に移転するものではなく、管理作業である。履行義務の 識別に関する詳細な説明については、3.2を参照。
その活動により約束した財またはサービスが顧客に移転しない場合、アップフロントフィーは将来充足される履行義 務についての前払いであり、それらの財またはサービスが将来提供された時点で収益として認識する。