Figure 4.8: 測定毎の光量のエネルギー依存性の比較
4.4 GSO 結晶の電子応答と光子応答
4.4.1 光子応答
吸収エネルギーに対する波高値に非線形性があること、すなわちエネルギーと光量の関係に非線 形性があることが測定結果から結論された。そしてこの非線形性は Gd K端での不連続として説 明される。
§4.3で、γ線吸収エネルギーと波高値の関係より得られた吸収エネルギー・相対光量関係E− L344(E) から、単位吸収エネルギー当たりに発生する光量を計算する。本実験のように、エネル ギーと相対光量の関係が1次関数で表される場合、
L344(E) = 344
344[keV]−Eth(E−Eth) (4.7)
と書くことができる(図 4.9)。従って単位エネルギー当たりの相対光量は、
L344(E)
E = 344
344[keV]−Eth µ
1−Eth E
¶
(4.8) なる関数となる。図4.10 に測定結果から計算した L344(E)/E を示す。Gd K端50.24 keV前後 で不連続のあることが明確にわかる。この単位エネルギー当たりの相対光量L344(E)/E は、「光 子応答」と呼ばれ、後述する「電子応答」と共にシンチレータの光量のエネルギー依存性を定量 化する上で、重要な量である。
32 CHAPTER 4. GSO結晶の光量のエネルギー依存性
Figure 4.9: エネルギーと相対光量の関係(1次関数)
Figure 4.10: GSO結晶の光子応答曲線
4.4. GSO結晶の電子応答と光子応答 33
4.4.2 入射光子エネルギーと光量
GSO結晶にγ線が入射した場合の吸収エネルギーと光量の関係を基礎過程に基づいて考察する。
• 入射光子によって作り出される電子の分布
γ線光子 Eγ が結晶に入射すると、物質(GSOの場合は殆んど Gd)との次のような相互作 用によってエネルギーが結晶中の電子に渡される。
1. コンプトン散乱せずに光電吸収
2. コンプトン散乱を何回か行なった後に光電吸収
3. 1,2の後に特性X線が結晶外に避散する
4. コンプトン散乱を何回か行なった後にγ線光子が結晶外に避散する
1,2の場合は入射γ線エネルギーはすべて結晶に与えられ(全吸収)、3,4の場合はエネルギー の一部が与えられる(部分吸収)。
入射光子ごとに、これらの相互作用を通じて様々なエネルギーを持つ多くの電子が生成され る。生成した電子のエネルギー分布関数をN(Ee) とすると、入射光子(1事象)の吸収エネ ルギーは、
Edeposit = Z
EeN(Ee)dEe (4.9)
全吸収のとき、
Edeposit=Eγ (4.10)
となるが、部分吸収では
Edeposit< Eγ (4.11)
である。
• 電子分布から光量への変換
エネルギーEe を得た電子は結晶内で電子正孔対を作りながらそのエネルギーを失って行く。
生成された電子は活性化物質(GSOの場合はCe)の作るエネルギー準位の中心に移動する。
その電子数を
Nimpurity=α(Ee)Ee (4.12)
とする。Nimpurity個の電子の基底準位への遷移に伴ってシンチレーション光子が放出され
る。遷移に伴う光子の発光効率を η とすると、シンチレーション光子の(平均的な)発生 数: 光量(Light Yield)は、
Le(Ee) = ηNimpurity (4.13)
= ηα(Ee)Ee (4.14)
η は、温度に依存し、従って光量も温度に対する依存性を有することとなる。η は結晶の種 類によっても大きく異なり、常温での比は、NaI(Tl) : CsI(Tl) : BGO = 1 : 0.45 : 0.08で ある[1]。
1事象に対する全光量 Lγ は、Le(Ee) を、発生した全電子について和をとることで次のよう に計算することができる。
Lγ =
Z
Le(Ee)N(Ee)dEe (4.15)
=
Z
ηα(Ee)EeN(Ee)dEe (4.16)
34 CHAPTER 4. GSO結晶の光量のエネルギー依存性 if ηα(Ee) is independent ofEe (4.17)
= ηα
Z
EeN(Ee)dEe (4.18)
= ηαEdeposit (4.19)
ここでLe(Ee)/Eeは“電子応答(electron response)”と呼ばれ、ある決まったエネルギーの電 子が結晶内でそのエネルギーを全部失った時に発生する光量を電子のエネルギー当たりに規格 化したものである。一方、全光量を吸収エネルギーで規格化したLγ/Edepositは前述の“光子応 答(photon response)”である[22]。あるエネルギー範囲で、電子応答Le(Ee)/Ee=ηα(Ee) が定数ならば、そのエネルギー範囲では光量は吸収エネルギーと線形の関係になる。逆に電 子応答があるエネルギー範囲で一意の値をとらなかったりエネルギー依存性があると、光量 に非線形性が生じたり不連続が起きたりする。
4.4.3 電子応答
上記のように光量の非線形性を決定しているのは電子応答 L(Ee)/Ee であると考えられる。実際 に、電子応答が結晶の光量の非線形性を支配し、特徴づけていることは1960年代より議論されて いる[1][22]。しかし電子応答は、(1)入射γ線に対する光量測定のdeconvolution (2)入射電子に 対する直接的な光量測定、のいづれかで原理的には求められるが、どちらの方法も低エネルギー
(20 keV以下)領域では表面効果によって正確な測定は困難であり、低エネルギーでは各測定での
不一致が顕著であった。我々が改良を進めてきたGSO結晶は30−40 keVというような低エネル ギーから使用されるため、このような低エネルギー電子の応答が重要であると考えられる。
しかし最近、新しい手法が開発されて[23] 何種類かの無機シンチレータに対しては低エネル ギー領域に対しても信頼性の高い電子応答が測定された[24]。電子に対する応答が求まれば、あ とは結晶中での光電効果に対する知識を用いるだけで入射γ 線に対する光量すなわち光子応答が 計算できる。[25] にNaI やLSOに対する計算と実測の比較があり両者ともよく一致している。
ここでは電子応答が公表されている結晶の中でGSO結晶と結晶構造が近いLSO :Lu2SiO5(Ce) 結晶1の電子応答のエネルギー依存性を参考にして、GSO結晶の場合も定性的に図4.11(a)のよう
に10 keV 以下の低エネルギー側で急激に単位エネルギー当たりの光量が小さくなっていると考
え、光子応答がどうなるかを考えてみる。
(a)電子応答 (b)光子応答
Figure 4.11: GSO結晶で仮定した電子応答(a)とそこから予想される光子応答(b)
まずGSO結晶が図 4.11(b)のような電子応答を持つときの、エネルギーEγの光子に対する
光量、光子応答を考える。100 keV以下の入射光子を考えるとき、GSO: Gd2SiO5(Ce)結晶中で
1Gd(Z=64)とLu(Z=71)はともにランタノイドで、Ce3+ドープされたGSO,LSO結晶はともに最近見い出さ れた新しい結晶シンチレータである。
4.4. GSO結晶の電子応答と光子応答 35 の入射光子自身の反応は際だって大きいZを持つGdとの光電効果のみを考慮すれば十分である。
なおGd原子のデータをBi原子とともに表 4.4に示す。
Gd K端より入射光子エネルギーEγが小さいとき 入射光子のエネルギーEγ はK殻電子を叩き だすのに不十分である。故にL殻より外殻の電子と反応する。(L1,L2,L3殻は一括してL殻 としておく。)約3/4の確率でL殻の電子と反応し、Ee=Eγ−BL(BL: L殻の結合エネル ギー)の光電子が放出される。光電子はその運動エネルギーEeに対する電子応答Le(Ee)/Ee に従ってシンチレーション光を発する。一方、L殻に空きが生じたGd は主にオージェ電子 を放出しながら基底状態へと遷移していく。電子応答Le(Ee)/Ee はEe の増加関数なので、
光子応答Lγ/Eγ もEγ が大きくなるとともに大きくなる (図4.11)。
Gd K端よりEγが大きいとき Gd K端50.2 keVを越えると、入射光子は全ての殻の電子を叩き だすことができる。入射光子のおよそ80%がK殻電子と反応する。K殻電子と反応した場 合にはEe=Eγ−BK (BK: K殻の結合エネルギー) の光電子が放出される。
実験で得られた光子応答曲線(図 4.10)における不連続性は、L殻電子と反応した場合にはK 殻電子と反応した場合よりも光電子の運動エネルギーが大きいことから定性的には理解できる。電 子応答の物理的な理解に定説はないが、例えば電子の運動エネルギーが小さいと局所的(< µm)に 電子正孔対が作られるために移動する不純物準位が足りなくなることが考えられる。いづれにし ても結晶が温度依存性を持つのは不純物準位から基底準位への遷移の過程であるので、電子応答、
従って光子応答に温度依存性は現れないと考えられる。実際に今回の実験結果でも温度依存性は 見られなかった。結晶毎の個性は今回の実験からは ≤2%の程度である。
4.4.4 241Am 59.5 keV のラインγ線に対する応答
上述の議論に沿って考えれば、光子応答がGd K端を越えたところで2つに分かれることになり
(図 4.11(b))、入射γ 線のエネルギーが一定であっても発生する光量は2つの異なる値をとるこ
とが予想される。これは先に触れた(§4.3) 241Am 59.5 keVの問題を自然に説明できる。つまり
59.5 keVの光子が、L殻と光電効果を起こしたかK殻と光電効果を起こしたかで、異なる(平均
の)光量(ChLshell とChKshell)が発生し、それぞれが統計的に広がった2つのガウシアンで1つ
のピークが構成されていると考えるのである。
そこで実際に2つのガウシアンで 241Am 59.5 keV光電ピークフィットした。(4.6) を用いる と、59.5 keVでの ChLshell とChKshell の差は3.6 keV(ADCチャンネルでは 105 ch)である。
そこでガウシアンの2つの中心 p1, p2 のパラメータに p2 =p1 + 100[ch]という関係を陽に要求 し、残りのパラメータは自由にしてフィットした。結果(図 4.12,表4.5)を1つのガウシアンで のフィットとともに示す。
まず図 4.12 から1つのガウシアンの時に見られた残差の構造が2つのガウシアンにすること によって消失していることがわかる。そしてそれぞれのパラメータは、
標準偏差 どちらのガウシアンも、シングルガウシアンの時と近い値に落ち着いている。
面積比 光電効果のK殻反応断面積はその他の殻のおよそ4 倍である。従って、ChKshell を反映 しているガウシアンの面積は全対の80%程度になると予想される。実際に81.9%という面 積比が得られている。
このように今までの議論を裏付ける結果となっている。異常な振舞いを見せていた241Am59.5 keV の問題もここで展開している考え方で解決できたと言える。
4.4.5 GSO結晶の光子応答関数
HXDに搭載された井戸型フォスイッチカウンタのエネルギー応答を構築するために上述の光子応 答曲線の定量化を行なっておく。我々の実験結果から光子応答 L344(E)/E はL殻に対するもの
36 CHAPTER 4. GSO結晶の光量のエネルギー依存性
Figure 4.12: 241Am59.5 keV ピークを2つのガウシアンでフィット
LL344(E)/EとK殻に対するものLK344(E)/Eがあることが示唆される。§4.3の結果からそれぞれ 次のように表される。
LL344(E)/E = 0.9685− 2.90
E[keV] (4.20)
LK344(E)/E = 1.0463− 15.58
E[keV] (4.21)
図 4.13 に測定結果とともに示す。LL344(E)/E が120 keV付近でLK344(E)/E に合流している が図 4.11で描いた様子の方がもっともらしい。しかし最初のモデル関数としてはこれ以上精密化 する必要はないだろう。
Figure 4.13: 測定3の光子応答とフィットで求めたモデル関数