否定的←一一一一 gー一一一一四七的
悩んで動いたGとCだけに解説を求めると,Gは難しいし,自分自身それだけのキャパシティがあると 思えないということで,Cは勉強しだしてからまだ日が浅く,どちらにも行けずにこの場所になったとい
うことであった。
続けて,「今の生活に満足しているか。」という問い(問3)に対しては以下のようになった。
AJBH FGCID
否定的一一一一一一一鯖定的
そこで,「問2から問3に動いたときの様子を劇化表現してみよう」と声をかけたところ,問2から問3 へさらに肯定的に動いたDが挙手をしたので主役に決定した.問3でさらに肯定的な方向へ動こうとした 理由を聞くと,少し考えながらも自分が両親にとても大事にされていていつも見守ってもらえていること や,曲がりなりにも一人で生活し,勉強とバイトを両立させながらがんばれているといった内容を,長々
と説明した。一番肯定的な場所まではいっていないことを指摘すると,やはり,「あれをやる,これをやる となんでも口にだして言うわりには達成できていないところもあるから」と答えた。
その内容を〔両親からの応援〕,〔自己肯定〕,そして,〔少しの戒め〕の3つにまとめ,それぞれのメッ セージを補助自我的役割で3名の人に演じてもらうように要求した。C.1.Gが登場し, Dと役割交換をしな がら,大体のセリフを決定する。
C:お父さんもお母さんもあなたのことを大事に思っているし,みんなで見守っているから,大丈夫,満足 だよね。
1:自分のしなくちゃいけないことをしっかりして,ちゃんとコントロールできているよ。
G:なんでもできるって言うけど,実際は有言不実行なことが多いでしょ。
監督の合図で,Dを中心として, C,1, Gがそれぞれのメッセージを言葉で表現しながら,押したり引 いたりの動作を加えながら,問3の質問があった後のDの動きを再現した。Dは(自分で体を動かすこと なく,されるがままに身をゆだね,少しうつむきかげんで),それぞれのセリフなどを噛み締めているよう であった。
最後に今度はAがD役になり,Dは外からその様子を見てみた。
シェアリング
B:一つ一つ整理してみることができたので,単にそのときの気持ちをしゃべって説明しているときより も目で見せてもらった方がわかりやすかったような気がした。また,よいことを言ってもらったことは よりよいことのように,悪いことを言われたときはより悪いことを言われているような感じがするよ うな気がした。
A:人の気持ちになるというのは,なかなか難しかった。少し異様な感じがした。
C:よいことを言う役だったが,自然に応援するような感じで,がんばれがんばれってDを押していたよ うな気がする。
G:何もできていないという役が,自分にフィットして,いきなりDの気持ちに入っていけたような気が した。
F:普段,Dとはよく話をするのでいろいろなことを知ってはいたのだが,単に話で聞くよりも理解でき たように思う。
」:あまりDとは話をしたことはなかったが,考えていることが少し分かったような気がしたし,親しみ がもてたような気がした。
H:普通に動いているつもりのときでも,頭の中ではいろいろと考えているのだなと思った。
D:頭の中にあるものを言葉に出していったので,外から言われたということに対しては特に抵抗は感じ なかった。
(感想)
A: 同じポーズを見ても,見方,感じ方は様々なものがあるんだと半ば関心しながらウォーミングアンプを 楽しめた。「心のものさし」では人の心の有り様を人間が,それも違った人が,気持ちを一つ一つ表現 するというのはなんとも不思議な体験だった。また,今,ここにいる自分を再確認することができた。
B: 全く初めてだったので少し戸惑ったが,やっていくうちにみんな自然に自分の思ったことや感じたこと を出していけた。劇をすることで,その人の考えや思っていることがよく理解できた。話を聞くだけだ と頭の中だけで考えることになるけど,実際にその人の心の中の現象を見ることでとても分かりやすく なった。見ている観客はどのような働きをするのかを知りたかった。
C:
D:
F:
G:
H:
1:
劇の中で家族の愛情の役をしたが,自分の家族など周りの人の愛情と重なり気持ちが温かくなった。
自分の内側で感じていることを言葉にするのは思いのほか難しかった。自分の考えていることを他の人 に言ってもらうと,自分の中で考えている時や話している時よりも,その内容が,より大きく(大げさ に)聞こえる気がした。
劇には参回目きなかった。少し恥ずかしかったので。劇を見ていると,劇をやっている人の問題を自分 のことのように切実に感じ,また自分自身についても考えることができた。
主役の気持ちを表す役になったが,もっと適切な言動があったのではないかと反省した。同じ言葉の繰 り返しばかりでなく,もっとバリエーションがあればよかったと思った。参加型の授業で楽しかったが,
ただ言われた通りにやっていたので,感情移入が半分ほどであった。
劇を見ていて,Dの気持ちが耳でただ聞くよりも目で見てよく分かったし,実際に自分も,例えば両親 や周りの人に受容されているけれど,普段はDみたいに意識としては大きくは持っていなかったので,
それをDが言葉にして,その気持ちになった人が良い方向へ押しているのを目で見て,自分も支えら れるような気持ちがした。逆に,Dが生活の中で満足していない点は,今の自分の意識の中にはなかっ たが,自分自身の満足していない点もはっきりしたように思った。
Dの気持ちの一面である「生活のコントロール」の役をしたが,自分も一人暮らしをしているという共 通点があるので,Dに「あなたは十分生活のコントロールができているから大丈夫よ。」と言いながら,
自分はどうだろう?できていないかもしれないと思った。でも,不思議なことに「生活できているわよ」
と言っているうちに,「私も一人暮らしできてるよ,3年もやってきているのだから」という気分にな ってきた。初めは確実に違和感があったのに,それが消えて安心に近い感覚になったようでおもしろい なと感じた。
J: 単純な動作でも,実際に動きで表現してみると,頭で考えているだけだった時ぶりも自分の気持ちをよ り具体的に理解できたような気がした。他の人の劇も,同じ内容を言葉だけで伝えられた時よりも,た ぶんもっとその人を理解できたような気になると思った。
(分析)
ジェスチャーゲームは全員が意欲的に参加できた。ポーズをとるために舞台 に上がったのは,C.H.D.Gであった。 Cは指示され,額のところで手をかざす ポーズ。Hは舞台に上がってからどのようなポーズをとるか考え,胸の前で手 を組み合わせた。次に#0で注目を集めたDが躊躇なく舞台の真中まで出て きて,いきなり手を組んでしゃがみこむといったポーズを作った。さらに,#
0では発言の少なかったGが出てきて,やや恥ずかしげに,柱に隠れてこっ そりと顔を出しているといったポーズをとった。それぞれのポーズに対しての 観客からの解釈は,単に何をしているところかというだけでなく,その時間,
季節,考えていることといった,その人が置かれている周りの状況にまで想像 を膨らませたものとなった。しかしながら,観客はそのポーズをとっている人 に自分を置きかえて,その状況を味わうといった体験をするまでには至らなか った。それは,後の話し合いでの「これは意外とその人の内面が出てくるもの である」とか,「演じている人もそうであるが,答える人も何となくその答え にその人の性格が出てくるような気がする」といった,このゲーム自体を客観 的な見方で分析するような意見になってしまったことからも伺える。舞台の上 で表現することに慣れるという意味でのウォーミングアップにはなったもの の,演じている人が作り出す世界に深く入り込むといった心理劇に向けてのウ ォーミングアップとしての効果は上がらなかったと思われる。
部屋の両端を気持ちの最も肯定的・否定的な場所として位置づけ,臨床の勉 強をしてどの程度よかった思っているのかをあらわす場所から,今の生活にど の程度満足しているかをあらわす場所に動いた時の気持ちを劇化表現する場 面では,再度,Dが主役となった。肯定的な方向へと動いた説明を求めると,
舞台の上で,実生活の場面を振り返りながら,詳しく長い時間をかけて話し続 けた。補助自我的役割の人にそのセリフを添えて,体を動かされる時には自分 の世界に陶酔しているようにすら見受けられた。シェアリングではDのこと を,以前と比べて深く理解でき,親しみがもてるようになったという他者理解 につながるもの,そして,補助自我的な役割を演じてもらったGからはセリ