第 3 章 不安定量子状態の異常緩和と Fibonacci 格子中における波の伝播 55
3.2 二準位系と結合した Fibonacci 格子
3.2.2 Fibonacci 格子中での波の伝搬
(c)
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1
0 1 2 3 4 5 6 7
Survival Prob.
Scaled Time ts/tw=4
λ=0.00070 λ=0.00072 λ=0.00074 MLF
図3.4 (続き)(c):離散状態のエネルギーがバンド中心の場合(Ω, tr) = (0,4.0)
時間領域において、生存確率の振舞いをスケールされた時間の関数としてよく再現している。これらの関 係より、スケーリグ指数とMittag-Leffler関数(3.6)の振舞いの関係を確認することができた。なお、時 間領域がより長時間となるとスケーリング則が成立しなくなり、Mittag-Leffler関数による生存確率の記 述が上手くできなくなるが、これらは結合定数λの高次項の影響であると考えられる。
これは、相空間上の点(n0, k0)を中心とし、幅σ= ∆xの広がりを持った最小不確定性波束である。波束 の相空間での相対的な広がりが等しいことを仮定すると、Lをシステムサイズとして∆x/L= ∆k/2π、 また不確定性最小より∆x∆k= 1/2 が要請されるためσ=√
L/4πである事が得られる。
Fibonacci 格子中での波の伝搬過程を見る前に、周期格子 (tr = 1) 中での波の伝搬を見ることに
しよう。結合の強さを λ = 0.01 とすると、図3.5 に示す様に離散状態から放出された波動は、相空 間上において (n, k) = (0,0)に対して点対称な二つの成分で表される。1つは運動量方向において k= cos−1(Ω/2)の位置に局在しつつ空間方向では右半面(n >0) に伸びる要素で、もう片方は運動量方 向ではk=−cos−1(Ω/2)の位置に局在しつつ空間方向左半面(n <0)に伸びる要素である。これは、離 散状態から格子内に放出された波が、波数を伴いながら格子内を一方通行的に伝搬していることを表して いる。実際、どちらの波動成分においても波頭は時間発展に伴い離散状態と結合しているサイトから遠ざ かる方向に進んでいることを図から読み取ることができる。また伝播中の波がもつ波数は、エネルギー保 存則から期待される値と一致している。格子中の波動の描く包絡線は放出された点j = 0から波頭にかけ て増大していることが読み取れるが、格子中の波は離散状態に局在した波動が減少することで生じるた め、離散状態と結合しているサイトにおける瞬間的な振幅は、離散状態の持つ振幅に比例することから理 解できる。すなわち、離散状態の振幅(確率振幅)が大きい、時間的に早い時点で放出された波の振幅は、
より後に放出された波よりも大きな振幅を持つためである。それぞれの波動成分は進行波として一方向的 に進むために、波頭から離散状態と結合しているサイトにかけて、単調に減衰する包絡線が描かれるので ある。
図3.5 周期格子(tr= 1)内における波動のHusimi関数表示(t= 1000, λ= 0.02)。n, kはそれぞ れ波数及びサイト、(a2),(b2)はそれぞれ(a1),(b1)をn, k平面に射影したものを表す。
図3.5 周期格子(tr= 1)内における波動のHusimi関数表示(t= 2000, λ= 0.02)。n, kはそれぞ れ波数及びサイト、(a2),(b2)は(a1),(b1)をn, k平面に射影したものを表す。
次に、格子がFibonacci格子である場合を考えよう。図3.7(tr = 1.2, λ = 0.0080)及び図3.9(tr = 4.0, λ= 0.00070)は、離散状態のエネルギーがバンド中心に位置する場合における、Fibonacci格子中 に放出された波のHusimi表示の時間発展をスナップショットにて表したものと、それぞれのスナップ ショットのタイミングにおける離散状態の生存確率を示したものである。
(BC1)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 (a) (b) (c) 10000
Survival Prob.
Time ts/tw=1.2
λ=0.0080
図3.6 離散状態エネルギーがバンド中心に位置した場合の生存確率。変調の強さ、結合定数は tr= 1.2, λ= 0.0080。(a),(b)及び(c)はそれぞれ以下に示すHusimi関数のスナップショットの時 刻に対応。
図3.7 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr = 1.2)内で の波動のHusimi関数表示(λ= 0.0080)。(a),(b)はそれぞれt = 500及び1000時点でのスナップ ショット。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
図3.7 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 1.2)内での 波動のHusimi関数表示(λ= 0.0080)。(c),(c′)はそれぞれt= 2000でのスナップショット及びその 拡大図。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
(BC2)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 (a) (b) (c) (d) (e)(f) (g) (h) 14000
Survival Prob.
Time ts/tw=4.0
λ=0.00070
図3.8 離散状態エネルギーがバンド中心に位置した場合の生存確率。変調の強さ、結合定数は tr = 4.0, λ = 0.0007。(a),(b),(c),(d),(e),(f)及び(h)はそれぞれ以下に示すHusimi関数のス ナップショットの時刻に対応。
(a)
λ=0.000700 0.0005 0.001 0.0015 0.002 0.0025 0.003 0.0035 0.004
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=1000
n
k
(b)
λ=0.000700 0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=2000
n
k
図3.9 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 4.0)内での 波動のHusimi関数表示(λ= 0.0007)。(a),(b)はそれぞれ、t= 1000及び2000の時点でのスナッ プショット。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
(c)
λ=0.000700 0.0005 0.001 0.0015 0.002 0.0025 0.003 0.0035 0.004
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=3000
n
k
(d)
λ=0.000700 0.0002 0.0004 0.0006 0.0008 0.001 0.0012 0.0014
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=4000
n
k
図3.9 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 4.0)内での 波動のHusimi関数表示(λ= 0.0007)。(a),(b)はそれぞれ、t= 3000及び4000の時点でのスナッ プショット。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
(e)
λ=0.000700 5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=5000
n
k
(e’)
λ=0.00070-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004
ts/tw=4.0 t=5000
n
k
0 5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004
図3.10 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 4.0)内で の波動のHusimi関数表示(λ= 0.0007)。(e),(e′)はそれぞれt= 5000でのスナップショット及び その拡大図。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
(f)
λ=0.000700 5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=5500
n
k
(f’)
λ=0.00070-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004
ts/tw=4.0 t=5500
n
k
0 5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004
図3.11 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 4.0)内で の波動のHusimi関数表示(λ= 0.0007)。(f),(f′)はそれぞれt= 5500でのスナップショット及び その拡大図。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
(g)
λ=0.000700 0.0001 0.0002 0.0003 0.0004 0.0005 0.0006 0.0007
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=8000
n
k
(g’)
λ=0.00070-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.0001 0.0002 0.0003 0.0004 0.0005 0.0006 0.0007
ts/tw=4.0 t=8000
n
k
0 0.0001 0.0002 0.0003 0.0004 0.0005 0.0006 0.0007
図3.12 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 4.0)内で の波動のHusimi関数表示(λ= 0.0007)。(g),(g′)はそれぞれt = 8000でのスナップショット及び その拡大図。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
(h)
0 5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004 0.00045
-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006
ts/tw=4.0 t=10000 λ=0.00070
n
k
(h’)
λ=0.00070-400 -200
0 200
400 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004 0.00045
ts/tw=4.0 t=10000
n
k
0 5e-005 0.0001 0.00015 0.0002 0.00025 0.0003 0.00035 0.0004 0.00045
図3.13 離散エネルギーΩがバンド中央に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 4.0)内で の波動のHusimi関数表示(λ= 0.0007)。(h),(h′)はそれぞれt= 10000でのスナップショット及び その拡大図。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
変調の強さがtr = 1.2である場合には、生存確率は単調に減少していく(図3.6)。この時のFibonacci 格子中における放出された波動のHusimi表示の時間発展、及び生存確率の図3.7の通りである。離散状 態から放出された波は、生存確率が減少するのに伴い、波数方向に局在を示しながら格子中を一方向的に
伝搬していることが図より読み取れるが、この特徴は格子が周期的(tr = 1.0)の場合と非常によく似てい る(図3.5参照)。波数を定義するためには、空間的な並進対称性が必要である事を考えると、Fibonacci 格子のように並進対称性を欠いた系において、波数がほぼ一定の値に局在を示すことは興味深い現象であ る。また、この系における波動の伝搬においては、周期格子の場合と良く似た特徴を示す一方で全く異 なった特徴も存在していることを強調しておく。周期格子系の場合には、離散状態から格子中に抜け出 した波動は二つの成分に分かれてそれぞれ一方向的にしか伝搬しなかったのに対し、Fibonacci格子の場 合には、離散状態と結合しているサイトに対して“戻る”方向へと伝搬する逆進波成分が現れる点である
(図3.7(b)、図3.7(c’)の矢印で示した部分)。逆進波成分は、相空間上において進行波成分と波数方向に
対して対称となる位置に存在し、拡散を示すことなく伝搬を示しているが、これらの特徴は、進行波の成 分が部分的に反射されたものが逆進波成分を構成していることを暗示している。図3.14は進行波と反射 波の関係を模式的に示したものである。実際図3.7(b)、図3.7(c’) からは、波動の時間発展も波数が正の 領域に存在する波動は空間方向正の向きへと伝搬し、波数が負の領域に存在する波動は、空間方向負の方 向へと伝搬していることが読み取れる。
n k
Propagating
Propagating Reflected
Reflected
0
図3.14 Husimi関数表示における波の進行方向と、象限の関係図
変調の強さが大きく(tr = 4.0)となると、生存確率は振動減衰の様相を示していた(図3.8)。この時、
放出された波動のHusimi表示は図3.9から図3.13 に表されたものになる。時間領域が0≤t≤2800の 範囲においては、生存確率が減少するのに従って放出された波動の振幅が増加する過程を示す。このとき 波動は非常にゆっくりとだが伝搬を示している。時間領域が2800≤t≤5500の範囲では、生存確率が 回復するのに従って放出された波動の振幅は減衰を示し、生存確率が極大値に到達した時点においては、
離散状態と結合しているサイトの振幅は消滅してしまう。変調の強さが弱い(tr = 1.2)時と対照的な点 は、格子内を伝搬していく波動が空間的に局在した波束の形を取ることと、波動を構成する各成分(二つ
の進行波成分と二つの逆進波成分)の振幅がほぼ同程度の振幅を持っている点である。これらの特徴から 見ると、この系における離散状態から放出された波動の振舞いは、二つの剛体壁の間を跳ね返りながら往 復運動する粒子のHusimi表示によく似ていると考えられる。ただし、離散状態から放出された波動の閉 じ込めは不十分であり、波動は空間方向に常に拡散し続けている点においては両者は異なる挙動を示して いる。
次に、tr = 1.2、λ= 0.0050かつ離散状態のエネルギーがバンド端に位置している場合における、生存
確率と格子中の波動の振る舞いの関係を見ていこう。
(BE)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 (a) (b) (c) (d)
20000
Survival Prob.
Time ts/tw=1.2
λ=0.0050
図3.15 離散状態エネルギーがバンド端に位置した場合の生存確率。変調の強さ、結合定数は tr= 1.2, λ= 0.0050。(a),(b)及び(c)はそれぞれ以下に示すHusimi関数のスナップショットの時 刻に対応。
(a)
-1500-1000-500 0
500 1000
1500 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
ts/tw=1.2 t=5000 λ=0.0050
n
k
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
(b)
-1500-1000-500 0
500 1000 1500 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
ts/tw=1.2 t=8000 λ=0.0050
n
k
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0.12
図3.16 離散エネルギーΩがバンド端に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 1.2)内での 波動のHusimi関数表示(λ= 0.0050)。(a),(b)はそれぞれt= 5000及び8000の時点でのスナップ ショット。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
(c)
-1500-1000-500 0
500 1000
1500 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
ts/tw=1.2 t=10000 λ=0.0050
n
k
0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0.12 0.14 0.16 0.18 0.2
(d)
-1500-1000-500 0
500 1000 1500 -3 -2 -1 0 1 2 3 0
0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
ts/tw=1.2 t=20000 λ=0.0050
n
k
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25
図3.17 離散エネルギーΩがバンド端に位置した場合における、Fibonacci格子(tr= 1.2)内での 波動のHusimi関数表示(λ= 0.0050)。(c),(d)はt = 10000及び20000時点でのスナップショッ ト。n, kはそれぞれサイト及び波数を表す。
図3.15に示されるように、生存確率は初めの内は減少するが、その後振動緩和を示し長時間の極限にお いて有限値への収束をしていく。生存確率が減少していく過程においては、格子中には(n, k) = (0,±π) の点近傍に局在した波が放出されていることが読み取れる。ここで、tr = 1.2∼1.0と変調の強さが弱く
周期型に近いことと、波数が2πの周期性をもつことを考慮し、周期系における波の速度の概念を緩用す
ると2 sink∼(±π) = 0となる。つまり、この波動は殆ど静止しているであろうと考えることが可能であ
る。ここで、放出された波動の(中心に位置する)ピークの振幅に着目すると、振幅は緩和の初期におい ては増大しその後減少を見せている。一方生存確率は、ピークの増大・減少とは対照的に、緩和の初期に おいては減少しその後増大を見せている。当然この振動は結合点を通じた相互作用により起こっており、
長時間の極限においては共に一定値へと収束していく傾向が図から読み取ることができる。また、格子中 の波束にはピークを形作るものの他にゆっくりと拡散していく成分があることも示されているが、この時 の拡散は、離散エネルギーがバンド中心に位置した場合と同様に、進行波と逆進波を含んだ形であること が図3.16, 3.17から読み取れる。
前章において、特異連続スペクトルを持つ系における Friedrichsモデルが束縛状態をもつ為には、
H¨older係数(C±)のどちらかが0となる必要がある事を明らかにした。この時現れる束縛状態は、離散
状態と格子中の連続状態がなす「雲」の重ね合わせで構成されることが期待される。この観点から図3.17 を見ると、離散状態と結合したサイト付近に存在する静止した波動は、まさにその「雲」を表していると 見ることができる。又それらが定常状態に緩和していくことは束縛状態が存在していることを指し示して いると考えられる。