第 3 章 不安定量子状態の異常緩和と Fibonacci 格子中における波の伝播 55
3.3 考察
周期型に近いことと、波数が2πの周期性をもつことを考慮し、周期系における波の速度の概念を緩用す
ると2 sink∼(±π) = 0となる。つまり、この波動は殆ど静止しているであろうと考えることが可能であ
る。ここで、放出された波動の(中心に位置する)ピークの振幅に着目すると、振幅は緩和の初期におい ては増大しその後減少を見せている。一方生存確率は、ピークの増大・減少とは対照的に、緩和の初期に おいては減少しその後増大を見せている。当然この振動は結合点を通じた相互作用により起こっており、
長時間の極限においては共に一定値へと収束していく傾向が図から読み取ることができる。また、格子中 の波束にはピークを形作るものの他にゆっくりと拡散していく成分があることも示されているが、この時 の拡散は、離散エネルギーがバンド中心に位置した場合と同様に、進行波と逆進波を含んだ形であること が図3.16, 3.17から読み取れる。
前章において、特異連続スペクトルを持つ系における Friedrichsモデルが束縛状態をもつ為には、
H¨older係数(C±)のどちらかが0となる必要がある事を明らかにした。この時現れる束縛状態は、離散
状態と格子中の連続状態がなす「雲」の重ね合わせで構成されることが期待される。この観点から図3.17 を見ると、離散状態と結合したサイト付近に存在する静止した波動は、まさにその「雲」を表していると 見ることができる。又それらが定常状態に緩和していくことは束縛状態が存在していることを指し示して いると考えられる。
次に行ったのは離散状態の緩和とそれに関連した格子中での波動の伝播現象である。特異連続を持つ系
Friedrichsモデルでは、絶対連続スペクトルを持つ周期格子の場合とは異なり生存確率がリバイバルを見
せることがある。これは、周期格子と(準周期性を持つ)Fibonacci格子との場合で格子中における波動の 伝播が異なるためと考えられるが、ここではその振舞いを明らかにするため、Symplectic Integratorを 用いた数値計算を行い、波動の拡散過程を求めた。また、格子中での波動関数を視覚化する手法としては
Husimi関数表示を採用した。
変調の強さが弱く(Fibonacci格子が比較的周期格子に近い)、かつ離散状態のエネルギーがFibonacci 格子のバンド構造の中央に位置する場合は、生存確率は時間に関して単調減少であった。このときの格子 中の波動は、波数方向に良く局在し空間方向にほぼ一方向的に伝搬して行った。Fibonacci格子のような 並進対称性が欠如した系であるにもかかわらず、波数を保った形で、結晶中を一方向に伝搬することは興 味深い現象である。また、周期系と異なる重要な特徴として格子内に反射波が現れる事が確認できた。反 射波はそう空間上波数に関してに進行波と対称な位置に存在し、格子の原点(離散状態と結合した点)に 向かって進行する波動として捉えられた。周期系であれば波動は進行波のみを持ち、完全に一方向的な伝 搬しか示さないことと乱雑系では波動が完全に局在化することを併せて考えると、反射波を伴う波動の伝 搬は特異連続スペクトルを持つ系を特徴づける現象であると考えられる。
離散状態のエネルギーが同じくFibonacci格子のバンドの中央に位置した場合に、tr = 4.0と変調の強 さを大きくすると、生存確率の振る舞いは振動減少を示した。格子中での波動は、変調が小さい時と同様 に格子中を伝搬するが、特徴的な相違点は反射波の振幅が進行波と同程度に成長した点である。また、波 動の形状も変調が小さいときは波数方向にのみ局在していたものが、変調が強い領域では空間的にも局在 する形をとることも特徴である。これらの進行波と反射波は、相空間上の4つの象限に同時に存在し、図 3.14に示されるような方向に運動をしていた。Husimi関数表示によると波動が到達する領域は空間的に ほぼ閉じ込められており、無限遠方に到達する波動は殆ど存在していない。このように相空間上、空間方 向にも波数方向にも局在した波動が有限の空間領域を運動するさまは、古典力学的な剛体が2つの壁に挟 まれた領域で反射を繰り返す現象をHusimi関数表示で表したものによく似ている。
一方、tr = 1.2で離散状態のエネルギーがバンド端に位置した場合には、生存確率は振動しながら一定
の値へと収束する過程を示したが、この時Fibonacci格子中に放出された波動は局在する成分とゆっくり と伝搬する成分で構成されることが観察できた。一般にFriedrichsモデルにおける束縛状態は、初期状態 を与える離散状態と格子中の連続状態の重ね合わせで書くことができるが、ここで観察された局在する成 分は束縛状態を構成する格子中の「雲」であると捉えることができた。このような「雲」をHusimi関数 による表示を用いることで視覚的に確認できたことは興味深い結果であった。またこのとき、局在する成 分の振幅は時間が変化するにつれて振動することが観察されたが、この振動はまさに生存確率の振動と対 をなしているものであった。
生存確率の振舞いを決定するのにおいて重要な要素であったのは、離散エネルギーの値におけるH¨older 連続性であったが、これはその点における状態密度の発散度合いを表していると捉えることができた。離
散状態のエネルギーがバンド中央に位置するときには、状態密度が発散することで2つの共鳴状態を発 生させ、それらが生存確率のゆっくりとした緩和を表すことは前章で指摘したとおりであるが、この時 二つの共鳴状態の一方は二つのH¨older係数の比Q = Q(−)/Q(+) の値に応じて、任意の生存時間を持 つことが可能であった。羽多野等は、van Hove特異点の近傍における生存時間の非常に長い共鳴状態 (QBIC:quasi-boud state in a continuum)を議論しているが、離散状態のエネルギーがバンド端に位置 するとき、Q →0の極限において、一方の共鳴状態は束縛状態となることが示せる。したがって、この 論文で指摘した束縛状態はQBICの一つの極限状態であると見なすことができる。
さて、冒頭で述べたとおり、生存確率がMittag-Leffler関数で記述される原因は生存確率を記述する確 率微分方程式のメモリ効果に起因していた。
˜
a(τ) = 1−K
∫ τ 0
(τ −σ)1−κ˜a(σ)dσ (3.13) 生存確率振幅がnon-Markov過程である時、時間をリスケールした微積分方程式は(3.13) の形で書かれ たが、この積分核はτ −σと、時間遅れを表す関数となっている。つまり、ある時刻τ における生存確率 振幅は、˜a(σ),(σ < τ)となる自分自身の履歴に影響をうけているのだが、この描像をHusimi関数による 表示にあてはめて考えると、自分自身の過去の履歴を反射波の存在と理解することが可能である。ある時 刻τ′ < τ に放出された波動が、反射波となってτ の時刻の生存確率に影響を与えているのである。反対
に、Markov過程である場合を考えると、格子中の波動の向きが一方向的(反射波が存在しない)である
ことから、離散状態と相互作用しているサイト近傍での波動の振幅が速やかに0に減衰する、即ち相互作 用が始まる前の定常状態と同じ状態に緩和することが原因であると理解できる。
第 4 章
まとめと考察
本論文では特異連続スペクトルを持つ量子系でのダイナミクスを理解することを目標として、Friedrichs モデルという単純なモデルを用いた研究を行って来た。第1章では特異連続スペクトルを持つ系において の一般論を展開するためにFriedrichsモデルを用いた解析的な手法について議論を行った。
始めに、通常のFriedrichsモデルでは、特異連続スペクトルを記述することは不可能であったが、連続ス ペクトルを含む部分についての積分をスペクトルに対応する特異測度を用いたStieltjes積分を用いて記 述することでHamiltonianを書き下すことができた。ここで定義された特異測度をエネルギーの下限か ら積分して得られる累積状態密度に相当する関数は、特異連続スペクトルの定義よりいたるところで微分 が不可能であった。スケーリング則が成立する範囲において生存確率の計算においては、離散状態の固有 エネルギーにおける状態密度が重要であった。状態密度を計算することができないので、H¨older指数と
H¨older係数を用いて生存確率を導出した。上記の近似に基づきH¨older指数が1未満の場合には生存確
率はMittag-Leffler関数により記述されることを導出することができた。Mittag-Leffler関数は、絶対連
続スペクトルを持つ系での緩和を記述する指数関数とは異なり、振動や収束などの特徴的な振舞いを見せ る場合があった。
これらの解析の要点は、特異連続スペクトルの累積状態密度を離散状態の固有エネルギー近傍において べき的に発散し、それ以外の点においてはなめらかな関数で近似したことであった。この解析を用いる と、Mittag-Leffler関数の特徴的な振舞いはFriedrichsモデルが第一Riemann面上に持つ、1ないしは 2つの極によって特徴付けられることが明らかになった。つまり、2つの極の実部が共に大きい場合には 単調現象、一方が他方よりも小さかった場合には再起現象をそして一方が純虚数であった場合には振動収 束をするという関係である。
第1章においては特異連続スペクトルを持つ場合のFriedrichsモデルがMittag-Leffler緩和を持つ場合 と、Mittag-Leffler緩和の特徴について一般論を展開した。上述した通り、Mittag-Leffler緩和が生じるた めの原因は、状態密度をエネルギーの関数として見た場合にH¨older連続な特異点を持つことであったが、
スケーリングした時間を用いると生存確率を記述する積分方程式がべき的な積分核を持つ、non-Markov 過程であることに帰着できた。Friedrichsモデルのような単純なモデルを用いて、non-Markov過程を導