第 3 章 不安定量子状態の異常緩和と Fibonacci 格子中における波の伝播 55
3.2 二準位系と結合した Fibonacci 格子
3.2.1 不安定状態の生存確率
この小節では、格子系のFriedrichsモデルを用いて、固有エネルギーΩ を持った離散状態|e⟩の生存 確率Ptr(t;λ)を調べて行こう。始めに、数値計算を用いて生存確率を求めよう。偏微分方程式を数値 的に解く場合には、Runge-Kutta法が一般的に用いられるが、Fibonacci格子のようなモデルに対して
Runge-Kutta法を用いると、格子間の相互作用が長距離にわたって効いてくるため誤差が大きくなり、
数値計算が短時間で破綻してしまう。この点を避けるための手法として、確率保存則を満たしながら時間 発展を計算できるSymplectic Integrator [42–48]を本研究では採用した。
図3.3に示すように、Ω及びtr の値によって生存確率の振舞いは大きく異なることが判明した。 始め に、変調の強さが弱い場合を見ることにする。離散状態エネルギーがバンドの中心に位置している場合、
生存確率はほば単調な減少過程を示す。しかし、指数的な緩和ではなくstretched exponentialな緩和と なっている(図3.3)。一方、離散状態エネルギーがバンド端に位置している場合には生存確率は振動緩和 をしながらある有限値へと収束する傾向を示した。次に、変調の強さを強くした場合では、バンド中心に 離散状態のエネルギーが位置した場合においても生存確率の振動が生じている。しかしながら、その極大 値は次第に減少をしており、有限値への収束ではなく振動減衰の傾向を示している。ここで、本研究にお いては、変調の強さはtr ≤4の範囲としている。なぜならば、tr が4を超えた領域では、バンド構造が 非常に粗(スカスカ)になってしまうが、このようなバンド構造において生存確率を求めるには、結合定 数λの値を非常に弱く取る必要が生じてくる。しかしながら、結合定数を弱く取ることはより長時間のシ ミュレーションを必要とするため、今度は累積誤差が大きくなるという問題が生じてくるからである。同 様の理由から、離散状態のエネルギーがバンド端にあるケースに付いては、変調の強さはtr ≤1.2の範囲 としている。
生存確率に対してスケーリング則、即ちP(t;λ) = ˜P(ληt) = ˜P(τ)と書けるようなη が存在するかを 調べた結果図3.4にあるように、これらの生存確率は長時間の領域を除いた部分においてスケーリング則 を満たすことが示された。
前章の議論では、特異連続スペクトルをもつFriedrichsモデルにおいてスケーリング則が存在し、その スケーリング指数ηが2未満であったならば生存確率はMittag-Leffler関数を用いて
P(τ˜ ) = cE¯ η/2
(
−cq¯ {
e−iπ(ηη−1) +Qeiπ(ηη−1)
} π(2−2/η)
sin(2−2/η)τη/2)
2 (3.6)
ただし、ここで
Eρ(z) =
∑∞ n=0
zn
Γ(nρ+ 1) (3.7)
である。また、η, q, Qは
¯ µ(ω) =
∫ ω ωb
|⟨j0|ω⟩|2dµ(ω) (3.8)
0 0.2
(a)
0.4 0.6 0.8 1
0 2000 4000 6000 8000 10000
Survival Prob.
Time ts/tw=1.2
λ=0.0080 λ=0.0082 λ=0.0084
(b)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 5000 10000 15000 20000
Survival Prob.
Time ts/tw=1.2
λ=0.0050 λ=0.0052 λ=0.0054
図3.3 異なる結合定数 (λ) に対する生存確率。(a):離散状態のエネルギーがバンド中心の場合 (Ω, tr) = (0,1.2)、及び(b):離散状態のエネルギーがバンド端の場合(Ω, tr) = (−2.15639,1.2)
(c)
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1
0 2000 4000 6000 8000 10000 12000 14000
Survival Prob.
Time ts/tw=4.0
λ=0.00070 λ=0.00072 λ=0.00074
図3.3 (続き)(c):離散状態のエネルギーがバンド中心の場合(Ω, tr) = (0,4.0)
で定められた、実効的な累積状態密度µ(ω)¯ のω = ΩでのH¨older連続性によって定まる定数である。こ のとき、µ(ω)は(3.5)で導入された測度を、ωbはバンドの最小エネルギーをまた|⟨j0|ω⟩|2はj0番目の サイトでの固有関数|ω⟩の振幅を表している。実際、ω= Ωにおけるµ¯のH¨older連続性が
|µ(Ω¯ ±∆)−µ(Ω)¯ | ≤C(±)∆κ, (0<∆≪1) (3.9) と表される場合、C(+) ̸= 0ならばq=C(+), Q=C(−)/C(+)、スケーリング指数はη= 2/(2−κ)とい う関係式が成立する。また時間スケールされた時間τ で記述された生存確率に、短時間の効果を取り入れ るために導入された複素数¯cについては、前章と同様にフィッティングパラメータである。
しかしながら、今回の数値計算においてはµ(ω)¯ のH¨older連続性を数値的に求めることが困難である ために、これらのパラメータを求めるのに際して別の手法を採用した。
始めにスケーリング指数ηであるが、これはλの異なる生存確率のグラフを比較することで決定した。
図3.4にある通り、ηを適切に選ぶことで生存確率はあまりτ が大きくならない範囲においてスケーリ ング則を満たしていることが分かる。この時のスケーリング指数は、Ωがバンド中心に存在する場合は η= 1.68 (r = 1.2)、η= 1.052 (r = 4)で、バンド端に存在する場合ではη= 1.32 (r = 1.2)である。次 に、ω= ΩにおけるH¨older係数C(±)の比で定まるパラメータQであるが、これは、バンド構造を考慮 することで以下の様に取れば良いことが分かる。Ωがバンド中心に存在した場合、バンド構造はΩに対 して対称性を持つのでC(+)=C(−)、即ちQ= 1となることが分かる。一方Ωがバンド(下)端に存在し
(a)
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1
0 0.5 1 1.5 2
Survival Prob.
Scaled Time ts/tw=1.2
λ=0.0080 λ=0.0082 λ=0.0084 MLF
(b)
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1
0 5 10 15 20
Survival Prob.
Scaled Time ts/tw=1.2
λ=0.0050 λ=0.0052 λ=0.0054 MLF
図3.4 異なる結合定数(λ)に対する生存確率。横軸はスケールされた時間、MLFはMittag-Leffler 関数による理論値を表す。(a):離散状態のエネルギーがバンド中心の場合(Ω, tr) = (0,1.2)、及び(b):
離散状態のエネルギーがバンド端の場合(Ω, tr) = (−2.15639,1.2)
た場合にはΩよりも下には状態が存在しない (C(−)) ことより Q= 0であることが得られる。残るパラ メータ¯cとqについてはここではフィッティングパラメータとして取り扱かった。図3.4に示すとおり、
上記のパラメータを代入して得られたMittag-Leffler関数(3.6)は、生存確率がスケーリング則を満たす
(c)
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6 0.7 0.8 0.9 1
0 1 2 3 4 5 6 7
Survival Prob.
Scaled Time ts/tw=4
λ=0.00070 λ=0.00072 λ=0.00074 MLF
図3.4 (続き)(c):離散状態のエネルギーがバンド中心の場合(Ω, tr) = (0,4.0)
時間領域において、生存確率の振舞いをスケールされた時間の関数としてよく再現している。これらの関 係より、スケーリグ指数とMittag-Leffler関数(3.6)の振舞いの関係を確認することができた。なお、時 間領域がより長時間となるとスケーリング則が成立しなくなり、Mittag-Leffler関数による生存確率の記 述が上手くできなくなるが、これらは結合定数λの高次項の影響であると考えられる。