Answer
1.原則として入院管理を行う. (C)
2.早発型(32 週未満発症例)は低出生体重児収容可能施設と連携管理を行う. (B)
3.母体の理学所見・血液検査所見と胎児の発育・健康状態を定期的に評価し適切な分 娩時期を決定する. (B)
4.腹痛(上腹部違和感)や頭痛を訴えた場合,血圧を測定し子癇発症予防に努めるとと もに HELLP 症候群・常位胎盤早期剝離にも注意し,検査(血液検査,NST,超音 波検査)を行う. (B)
5.36 週以降の妊娠高血圧腎症軽症の場合,分娩誘発を考慮する. (C)
6.経腟分娩時は,血圧を定期的に測定するとともに,緊急帝王切開が行えるよう準備し ておく. (B)
7.分娩中は分娩監視装置を用いて連続的胎児心拍数モニタリングを行う. (B)
8.降圧剤使用に関しては表 1 を参考にする. (C)
▷解 説
本 CQ & Answer は「妊娠高血圧腎症,preeclampsia」に関するものであり,これとは病態が異なっ ている可能性もある「妊娠高血圧,gestational hypertension」を対象としているものではない.妊娠 高血圧症候群全般に関しては「妊娠高血圧症候群(PIH)管理ガイドライン 2009,妊娠高血圧学会編」
を参照されたい.なお子癇の予防等に関しては CQ315 を参照されたい.
2005 年の定義改訂により,妊娠中毒症の病名は廃止され,それにかわる病名として,妊娠高血圧症 候群(pregnancy-induced hypertension)が用いられるようになった1).その定義は以下のとおりで ある.「妊娠 20 週以降,分娩後 12 週まで高血圧がみられる場合,または高血圧に蛋白尿を伴う場合の いずれかで,かつこれらの症状が単なる偶発合併症によるものでないものをいう.」したがって,浮腫の み,あるいは蛋白尿のみの患者は妊娠高血圧症候群とは診断されないので注意する.妊娠高血圧症候群 には妊娠高血圧(高血圧のみ発症し蛋白尿を伴わない),妊娠高血圧腎症(高血圧と蛋白尿を発症),子 癇(eclampsia;痙攣があり,てんかんや二次性痙攣でないもの),ならびに加重型妊娠高血圧腎症の 4 者が含まれる.以下,妊娠高血圧症候群の 1 病型である「妊娠高血圧腎症」について解説する.
1.妊娠高血圧腎症一般について
妊娠 20 週以降に初めて高血圧(収縮期血圧≧140mmHg もしくは拡張期血圧≧90mmHg)が発症 し,かつ蛋白尿を伴うもので分娩後 12 週までに正常に復する場合,妊娠高血圧腎症と診断する.加重 型妊娠高血圧腎症と診断されるものは以下の 3 者である.
・妊娠 20 週以前より高血圧があり,20 週以降に蛋白尿が出現した場合
・妊娠 20 週以前より高血圧と蛋白尿があり,20 週以降それらの一方もしくは両者の増悪が認めら れた場合
・妊娠 20 週以前より蛋白尿があり,20 週以降に高血圧が出現した場合
妊娠高血圧腎症(高血圧と蛋白尿を合併)の頻度は 2〜3% である.妊娠高血圧腎症には高血圧が先
行する例,蛋白尿が先行する例,ならびに同時期に両者を発症する例がある2)3).高血圧を示した患者の 約 15〜25% 症例が妊娠高血圧腎症へと進展する2)4).妊娠中に蛋白尿のみを示している時期は妊娠高 血圧症候群とは分類されない1)が,蛋白尿を示した患者は高血圧を示した患者以上に妊娠高血圧腎症へと 進展しやすいことが示唆されている2)3).妊娠高血圧腎症において高血圧のみ,あるいは蛋白尿のみであ る期間は平均 2〜3 週間で,妊娠高血圧腎症の診断基準を満たしてから分娩までの期間は平均 2 週間前 後と報告されている2)3).なお,随時尿試験紙法による尿中蛋白半定量検査は有意な蛋白尿(>300mg! 日)を必ずしも正確には反映しないので,蛋白尿陽性時には随時尿での蛋白!クレアチニン比,あるいは 適宜蓄尿を行い尿中蛋白定量後に 1 日当たりの尿中蛋白喪失量の評価が勧められる.
妊娠高血圧腎症は胎盤機能不全,胎児機能不全,IUGR!IUFD,早産,常位胎盤早期剝離,HELLP 症候群,子癇,DIC,急性腎不全等,母児生命を危うくする重篤な合併症を併発しやすい.入院管理はこ れらの早期診断・早期治療に有用であると考えられている.諸般の事情により入院が困難な場合には,
週 1〜3 回程度の外来通院も代替として考慮される.なお,妊娠高血圧に関しては外来治療が行われる 場合もある.
妊娠高血圧腎症では血管内皮機能不全による血管透過性亢進(血漿成分が血管外に漏出しやすくなる)
のため,あるいは,原因不明機序により,結果として「妊娠に伴う生理的血漿量増大」が少なく,循環 血漿量減少(血液濃縮)が起こっている5)6).従来の妊娠中毒症の管理方針として用いられてきた強度の 食塩制限は,Na 欠乏に伴う循環血漿量減少をさらに助長し,妊娠高血圧腎症に伴う胎盤や全身臓器の循 環障害を悪化させる可能性が指摘されている7).また,循環血漿量不足はむしろ高血圧に傾きやすいこと が示唆されている8).血管透過性亢進は分娩まで改善することなく徐々に悪化するのが普通である.妊娠 高血圧腎症における腎機能悪化は循環血漿量減少にともなう腎血流量低下に伴うものであり,胎盤機能 不全も同様な機序により引き起こされている可能性が高い.
血管内皮機能障害は止血凝固能に大きな影響を与え,それらの結果として血小板やアンチトロンビン の過消費が起こり,血小板数やアンチトロンビン(以前のアンチトロンビン III)活性低下が起こりやす くなる.アンチトロンビン活性は血管透過性亢進を反映している可能性があり,アンチトロンビン活性 の減少が激しい妊婦では循環血漿量が減少していることが多い9).血圧上昇機序にも血管内皮機能障害が 密接に関与している10).妊娠中に降圧剤投与が考慮される血圧カットオフ値に関してはコンセンサスが 得られていないが本邦では 160!110mmHg(重症と分類される程度の高血圧)前後と考えられてい る.軽症妊娠高血圧腎症での「降圧剤治療による予後改善効果」については否定的な意見が多い11).急激 な血圧降下は胎盤循環不全を招来する可能性があり,また長期間の降圧剤使用は胎児発育不全との関連 が示唆されている12).どの程度まで降圧するかについてもコンセンサスはないものの,軽症高血圧レベル
(収縮期血圧 140〜160mmHg,拡張期血圧 90〜100mmHg)が一応の目安になるとされる.
妊娠 36 週以降の軽症妊娠高血圧腎症と軽症妊娠高血圧患者を対象とした分娩誘発の効果について のランダム化比較試験(誘発群 377 例 vs 待機群 379 例)結果が最近報告された13).誘発は高血圧重症 の患者等を減らすなどの効果により,帝王切開率を減少させた(14% vs 19%)ことより,本ガイドラ インでは 36 週以降の妊娠高血圧腎症軽症の場合,分娩誘発を考慮するとした.
妊娠高血圧腎症の分娩管理の目的は血圧のコントロールと子癇の予防である(CQ315 参照).した がって,経腟分娩時には定期的血圧測定が勧められる.MgSO4の投与(最初の 1 時間は 4g!時間,引 き続いて 1〜2g!時間)は子癇予防に有効14)であるが降圧剤が子癇予防に効果があるかについては結論 が出ていない.子癇後にはアシドーシス,PaO2低下が高率に認められる15).したがって,妊娠高血圧腎 症妊婦経腟分娩にあたって子癇発作,引き続く急速遂娩に備え,絶飲食とし静脈ラインを確保し,脱水 を防止するための輸液を行う.
(表 1) 降圧剤使用法と注意点(主に妊娠高血圧腎症の場合)
1.妊娠中
1)降圧剤投与は高血圧重症レベル(160/110mmHg)で開始し,降圧目標は高血圧軽症レベル(140~ 159/90
~ 109mmHg)とする .
2)高血圧は妊娠高血圧腎症の重症度を示す 1つの徴候であって,血圧の適正化は妊娠高血圧腎症の改善を意味し ない.適切な分娩時期を決定するにあたっては,血圧以外の母体理学所見(体重推移,浮腫の程度,訴え等)
や血液検査所見(Ht値・血小板数・アンチトロンビン活性値・尿酸値・AST・LDH値推移),胎児の発育・健 康状態も参考にする.
3)降圧剤は以下の 2薬剤を単独あるいは併用で使用する.
・メチルドーパ(250~ 2,000mg/日)
・ヒドララジン(30~ 200mg/日)
4)ACE阻害薬と ARBは胎児発育不全,羊水過少,先天奇形,ならびに新生児腎不全の危険を高めるので使用し ない .
2.分娩中の急激な血圧上昇(> 160/110mmHg)時
子癇(CQ315参照)が危惧されるので MgSO4を投与する(4gを 1時間で,引き続き 1~ 2g/時間で持続静 注).場合により以下のいずれかを併用する.
・ヒドララジン(注射用,1アンプル中 20mg)
1アンプル(20mg)を筋注,あるいは 1アンプルを徐々に静注(1/4アンプルを bolusで,その後 20mg/200mL 生理食塩水を 1 時間かけて点滴静注).
・ニカルジピン(注射用,2mg,10mg,25mgの製剤あり)
10mg/100mL生理食塩水を 0.5μg/kg/分(60kg妊婦では 18mL/時間)で投与開始する.
HELLP 症候群・子癇・常位胎盤早期剝離患者の初発臨床症状が(右)上腹部痛・上腹部違和感である ことがある16)17).血圧測定,エコー検査・NST・血液検査がそれらの否定・診断に有用である.近縁疾患 と考えられている HELLP 症候群や急性妊娠脂肪肝発症(GOT!LDH 上昇)に先行して血小板数やアン チトロンビン活性の減少が認められる場合がある18)19)ので血小板数とアンチトロンビン活性測定はこれ らのハイリスク群同定に有用である.また血圧,蛋中蛋白量,体重の推移等と同様に血小板数やアンチ トロンビン活性の推移も分娩時期決定の際に参考となる.
乏尿(<500mL!日)は分娩前後に気づかれることが多いが腎性(腎実質に問題がある,acute tubu-lar necrosis 等)ではなく腎前性(循環血漿量不足による腎血流低下)であることが多い.輸液量増量 は腎血流量増加に効果がある.肺水腫は血管透過性亢進の結果として起こり,分娩当日・翌日に最もそ の危険が高い20).アンチトロンビン活性減少が大きかった妊婦には特に注意する9).アンチトロンビンは 腹水中に漏出しており21),アンチトロンビン活性低下は血管透過性亢進を反映している可能性がある9)21). SpO2,PaO2のモニターは肺水腫の早期発見に有用である.
以下に示す管理法・分娩時期設定法・分娩時管理法の概略はエビデンスに基づいたものではないが,
励行することにより予後改善に寄与する可能性がある.
2.入院後の管理
・利尿剤投与ならびに水分摂取制限は行わない.
妊娠高血圧腎症では循環血漿量減少がある.Ht 値上昇が持続するような場合は要注意である.利尿剤 投与は血液濃縮・循環血漿量減少を加速させ,むしろ高血圧を助長し,胎盤循環に悪影響を与える.
・血圧測定:3 回!日
血圧 160!110mmHg 前後が複数回観察される場合には降圧剤投与を考慮.汎用される降圧剤と投 与法は以下のとおりである(表 1 参照).
メチルドーパ:初期投与量 250〜750mg!日(分 1〜3),効果がでるまでに数日ごとに 250mg ずつ増量,2,000mg まで増量可(経口投与)
ヒドララジン:初期投与量 30〜40mg!日(分 3〜4),効果をみながら漸次増量,200mg まで増量 可(経口投与)