(表 1) 相異なる妊娠中の体重増加の推奨値とその目的
目的 体重増加の推奨値(a)
妊娠中毒症
(c) の予防 10~ 12kg
BMI< 18;
日本産科婦人科学会周 産期委員会 (1997年) 17)
(b)
7~ 10kg BMI18~ 24;
5~ 7kg BMI> 24;
産科的異常 の減少 肥満妊婦を対象とする(e)
日本肥満学会
(2006,2007 年)1)2)(d)
5kg以下 標準体重の 120%未満
(軽度肥満妊婦)
7kg以下 標準体重の 120%以上
(高度肥満妊婦)
適正な出生 体重(f) 9~ 12kg
BMI< 18.5 (やせ);
厚生労働省 「健やか親子
21 (2006年) 19) BMI18.5~ 25 (普通); 7~ 12kg 個別対応 BMI≧ 25 (肥満);
適正な出生 体重(h)
12.7~ 18.1kg BMI< 18.5 (やせ);
米国Institute ofMedi cine NationalAcade mies (2009年) 3)
11.3~ 15.9kg BMI18.5~ 25 (普通);
6.8~ 11.3kg BMI25~ 30
(overweight) (g);
5.0~ 9.1kg BMI≧ 30 (肥満);
(a):自己申告による妊娠前の体重をもとに算定した BMIを用いる.
(b):日本妊娠高血圧学会による妊娠高血圧症候群 (PIH) 管理ガイドライン (2009) 18) にお いても日本産科婦人科学会と同様の立場をとっているが,厚生労働省「健やか親子 21」を紹介している.
( c ): 現在の妊娠高血圧症候群と診断基準が異なる (CQ312参照).
(d):非妊時に正常体重であった妊婦の至適体重増加を 10~ 12kgと見なす意見は正当で ないとの立場である.
( e ):日本肥満学会では,妊婦の BMI値が,妊娠初期 (5~ 16週) では 24.9,中期 (17~
28週) は 27.1,末期 (29~ 40週) は 28.2を超える妊婦を肥満妊婦と判定する.
( f): 妊娠 37~ 41週において出生体重 2,500~ 4,000gを目標として設定.
(g): BMI25~ 30は米国では overweight(WHO基準では preobese) であり,BMI30 以 上から肥満となる.
(h): 妊娠 39~ 40週において出生体重 3,000~ 4,000gを目標として設定.
国と肥満の定義が異なる点に留意を要する.16,102 名を対象とした米国のコホート研究ではクラス I 肥満群ならびにクラス II 肥満群は BMI<30 の対照群に比較して,妊娠高血圧症合併の OR は 2.5,3.2 であり,妊娠高血圧腎症合併の OR は 1.6,3.3 であり,妊娠糖尿病の OR は 2.6,4.0 であり,巨大児 合併の OR は 1.7,1.9 であり,初産婦の帝王切開率は対照群 20.7% に比し各々 33.8%,47.4% で あった6).オランダでの耐糖能正常妊婦 2,459 名(妊娠前 BMI,18.5〜24.9 が 1,094 名,同 25〜
29.9 が 728 名,同 30 以上が 637 名)の検討7)によれば,最も妊娠前 BMI が低かった群と比較する と,BMI が大きくなるにつれ,妊娠高血圧症候群の OR は 1.7,5.6 と,帝王切開 OR は 1.6,2.7 と,
heavy for dates(HFD)児の OR は 1.1,2.5 と,巨大児の OR は 1.4,2.2 と高くなったと報告して いる.スウェーデンの 167,750 名を対象とした妊娠前 BMI と妊娠予後に関する検討8)(妊娠前 BMI<
20 群 22,634 名,20〜24.9 群 101,266 名,25〜29.9 群 33,438 名,≧30 群 10,412 名)で は妊娠が成立した時点での BMI が大きいと妊娠末期における胎内死亡が増える.神経管閉鎖障害児妊娠 と妊娠前 BMI について検討した報告9)では,BMI>29 群では BMI≦29 群に比べて神経管閉鎖障害児 妊娠の危険が高かった(OR 1.9). ACOG の Committee Opinion では肥満女性が妊娠した場合には,
これら母児のリスクに関して情報提供するとともに,帝王切開分娩の場合には血栓・塞栓症の予防策を 講じるよう推奨している5).
II.妊娠中の体重増加量について
妊娠中の体重増加は妊婦の栄養指導における評価項目の 1 つである.また,妊婦健診において測定さ れた体重値は服装などの影響を受ける.わが国における正期産婦人の妊娠中平均体重増加量(分娩時体
重と自己申告による妊娠前体重の差)について 550 例の検討で 9.8kg10),3,738 例の検討で 10.0 kg11),1,126 例での検討で 10.5kg12)などがある.しかし,これらデータには何らかの体重制限の指導 が行われた影響や,服装の影響を受けており,メタ解析も行われていないため,必ずしも正確な,ある いは生理的増加量を反映していない可能性がある.一方,Hytten et al.は代謝解析から正常体格妊婦の 生理的な体重増加は 11.5kg であると報告している13).日本人の食事摂取基準(2010 年版)(厚生労働 省策定)では,普通の体格の妊婦(非妊娠時 BMI 値が 18.5〜25.0 未満)が妊娠 40 週時点で約 3kg の単胎児を出産するのに必要な体重増加量を 11kg として,エネルギー付加量を策定している14).
妊娠中の体重増加量と出生時の児体重には正の相関(母体中増加量が大きいほど児の出生体重は大き くなる)が認められる11)15).しかし,この相関は妊娠前の肥満度が大きいほど弱くなる15).米国の 38 週以降単胎分娩 7,407 例の検討6)によれば,妊娠中の体重増加量が多いほど,巨大児,帝王切開の頻度 が高くなったが,2,500g 未満の低出生体重児は少なくなったと報告している.わが国でも巨大児,HFD 児の中には妊婦が過剰な体重の増加をきたした例が多いとの報告もある16).一方,日本肥満学会の肥満症 治療ガイドライン(2006 年)ならびに肥満症治療ガイドラインダイジェスト版(2007 年)によれば 肥満妊婦における巨大児の発症には妊娠中の体重増加より妊娠前の肥満度の方が強く影響する.肥満妊 婦の妊娠中の体重増加を 5kg 以下に抑えても,肥満妊婦では巨大児,HFD の発症を防止できない1)2). 妊娠による体重増加量の推奨値や妊婦の体格評価基準に関してわが国では複数の異なる推奨がある.
介入研究報告が少なく,また目的となる評価のエンドポイントも相異なり,標準体重や至適体重増加量 に関してはコンセンサスがなく混乱が認められる.また,妊娠中の体重増加とは如何なる時点までの体 重増加であるかいずれの推奨においても明確に記載されていない.例えば,妊娠中の体重増加が 11kg の場合であっても妊娠 37 週に分娩した場合と妊娠 41 週に分娩した場合では,母体ならびに児に及ぼ す影響は異なると推定される.
日本産科婦人科学会周産期委員会(1997 年)による「妊娠中毒症の生活指導および栄養管理」では 妊娠中毒症(現在の妊娠高血圧症候群とは診断基準が異なる)予防を目的として BMI 値が 18〜24 の妊 婦に対しては妊娠中の体重の増加を 7〜10kg に制限している(表 1)17).日本妊娠高血圧学会による妊 娠高血圧症候群(PIH)管理ガイドライン(2009 年)においても同様の立場をとり,推奨グレード B として「妊婦の至適体重増加は BMI により決められ,至適体重増加を超えると,PIH を発症しやすくな る」と記載されている18).
一方,厚生労働省からの妊産婦のための食生活指針「健やか親子 21」(2006 年)(表 1)19)では,正期 産の出生体重 2,500〜4,000g を目標とする適正な出生体重として,ふつうの体格である妊婦(BMI 18.5〜25)の体重増加を 7〜12kg としている.これに対して日本肥満学会の肥満症治療ガイドライ ンならびに肥満症治療ガイドラインダイジェスト版では「わが国では非妊時に正常体重であった妊婦の 場合,その至適体重増加を 10〜12kg と見なす意見が多い.しかし,現時点ではこの値が正当と結論づ ける根拠はない」との見解を記載している1)2).
とりわけ肥満妊婦についての見解は異なっている(表 1).日本産科婦人科学会周産期委員会(1997 年)では肥満妊婦(BMI 24〜)に対して 5〜7kg の体重増加を推奨している17).一方,日本肥満学会で は BMI 値が妊娠 5〜16 週では 24.9,妊娠 17〜28 週では 27.1,妊娠 29〜40 週では 28.2 を超え る妊婦を肥満妊婦と判断すると記載されている1)2).そして,軽度肥満妊婦(標準体重 120% 未満)では 5kg 以下,高度肥満妊婦(標準体重 120% 以上)では 7kg 以下を推奨している1)2).これに対して,厚 生労働省「健やか親子 21」19)では肥満妊婦(BMI 25〜)の体重増加は個別に対応するとしている.
また,厚生労働省「健やか親子 21」19)において目標とする至適な出生体重に関して異論もある.米国 Committee on Nutritional Status During Pregnancy and Lactation ではわが国と異なる適正な
出生体重を想定している.妊娠 39 週から 40 週において出生体重が 3,000〜4,000g を目標として,
正常体格妊婦(BMI 18.5〜24.9)に 11.3〜15.9kg の体重増加を推奨している(2009 年)(表 1)3). さらに,日本産科婦人科学会17),厚生労働省「健やか親子 21」19),日本肥満学会1)2)において妊婦の体格 を区別する BMI 値が異なり,日本肥満学会では軽度肥満と高度肥満の境界値として標準体重に対する 120% 値を用いている1)2)など,栄養指導の根幹となる妊婦の体格評価基準に対するコンセンサスが得 られていない(表 1).今後,わが国における見解を統一することが望まれる.
このように体格評価の基準や体重増加の推奨値に関しては統一見解がなく,介入研究も極めて少ない.
したがって,厳しい体重管理を行う根拠となるエビデンスが乏しく,慎重な姿勢が求められる.英国 Na-tional Collaborating Centre for Womenʼs and Childrenʼs Health のガイドラインでは,初診時に身 長体重を測定して評価を行い,栄養状態に問題がある場合のみ定期的に体重を測定し,通常の妊婦検診 では体重を測定しないことを推奨している(定期的な体重測定は妊婦に不必要な心配を与えるに過ぎず メリットがないとしている)20).しかし,わが国では日本産科婦人科学会,日本肥満学会,厚生労働省か ら妊婦の体重増加の推奨値が提唱され,妊娠高血圧症候群において急激に発症する全身浮腫18)の指標の 1 つとなる可能性が指摘されており, CQ001 にあるようにわが国では健診時に毎回体重を測定する.
わが国で実際に妊婦に栄養指導を行う場合には,バランスよく栄養素の摂取を促すことを基本として,
体重はその評価項目の 1 つである点に留意すべきである.そして,妊婦の体格や臨床的な背景を十分に 評価したうえで,複数の体重増加に関する推奨の中で如何なる立場に基づいて体重増加の指導を行うか を判断し,異論もあることを念頭におき,必要や要望に応じて妊婦に情報開示しつつ,ゆるやかな指導 を心がけることが望ましい.
また,双胎や品胎妊娠では単胎とは異なった妊娠中の体重変動を示す可能性があるが,十分なデータ 蓄積がない.米国 Institute of Medicine National Academies は双胎妊娠に関して BMI に基づく データはないが,16〜20.5kg の体重増加を推奨している21).しかしながら,わが国妊婦におけるこの 推奨値の妥当性は検証されていない.
近年英国を中心とした欧州の疫学研究から胎生期を含めた発達期の栄養などの環境が成長後の健康や 種々の疾病の発症に影響するという Developmental Origins of Health and Disease(DOHaD)と いう考え方が紹介され22),わが国妊婦の食生活との関連が注目されている.例えば疫学研究により,低出 生体重児23)あるいは巨大児24)において成長後に肥満,耐糖能異常など生活習慣病を発症するリスクが報告 されている25).しかし,これらは観察研究であり介入研究ではないため,わが国における現行の日本産科 婦人科学会17),厚生労働省「健やか親子 21」19),日本肥満学会1)2)による妊婦の体重増加の推奨いずれにお いても,児の長期予後に何らかの影響を及ぼすか否か明らかではない.
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 文 献 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
1)肥満症治療ガイドライン.肥満研究.2006 年 第 12 巻 臨時増刊号 日本肥満学会編(Guide-line)
2)肥満症治療ガイドラインダイジェスト版.日本肥満学会編,協和企画,2007;125―126(Guide-line)
3)Weight Gain During Pregnancy: Reexamining the Guidelines, Report Brief, Institute of Medicine National Academies, 2009(Guideline)
4)Ehrenberg HM, Dierker L, Milluzzi C, et al.: Low maternal weight, failure to thrive in preg-nancy, and adverse pregnancy outcome. Am J Obstet Gynecol 2003 ; 189 : 1726 ― 1730 (III)
5)ACOG Committee Opinion No. 315, Obesity In Pregnancy(Committee Opinion)