Answer
1.インフルエンザワクチンの母体および胎児への危険性は妊娠全期間を通じて極めて 低いと説明し,ワクチン接種を希望する妊婦には接種する. (B)
2.感染妊婦・授乳婦人への抗インフルエンザウイルス薬(リレンザ
Ⓡとタミフル
Ⓡ)投与 は利益が不利益を上回ると認識する. (C)
3.インフルエンザ患者と濃厚接触後妊婦・授乳婦人への抗インフルエンザウイルス薬
(リレンザ
Ⓡとタミフル
Ⓡ)予防投与は利益が不利益を上回る可能性があると認識す る. (C)
▷解 説
インフルエンザは主に冬期に流行するインフルエンザウイルスによる感染症で,急激な 38 度以上の 発熱・頭痛・関節痛・筋肉痛などの症状を認める.その症状には特徴的な臨床症状や所見はなく,確定 診断にはウイルス学的検査が必要である.最近では迅速診断キットによるウイルス抗原の検出が普及し ている.インフルエンザに罹患した大多数は特に治療を行わなくても 1〜2 週間で自然治癒するが,乳 幼児・高齢者・基礎疾患のある人の場合には,気管支炎・肺炎などを併発し,死に至ることもある.妊 婦も心肺機能や免疫機能に変化を起こすため,インフルエンザに罹患すると重篤な合併症を起こしやす い.妊婦がインフルエンザ流行中に心肺機能が悪化し入院する相対的リスクは産後と比較して妊娠 14〜20 週で 1.4 倍,妊娠 27〜31 週で 2.6 倍,妊娠 37〜42 週で 4.7 倍であり,妊娠週数ととも に増加するとの報告もある1).また,現在使用されているインフルエンザワクチンは不活化ワクチンであ り,理論的に妊婦,胎児に対して問題はなく,約 2,000 例のインフルエンザワクチン接種後妊婦におい て児に異常を認めていない2).そのため米国における CDC ガイドラインではインフルエンザ流行期間に 妊娠予定(妊娠期間に関係なく)の女性へのインフルエンザワクチン接種を推奨している3).ACOG も CDC の勧告を支持している4).本邦の国立感染症研究所は妊婦にワクチンを接種した場合に生ずる特別 な副反応の報告はなく,また妊娠初期にインフルエンザワクチンを接種しても胎児に異常の出る確率が 高くなったとするデータもないと報告している5).妊娠初期の接種は避けたほうがいいという慎重な意見 もあるが,流産・奇形児の危険が高くなるという研究報告はないため,妊娠全期間においてワクチン接 種希望の妊婦には接種可能とした.
不活化インフルエンザワクチンを妊娠第 3 三半期に接種した妊婦からの児は,非接種妊婦からの児に 比して,生後 6 カ月までのインフルエンザ罹患率は 63% 減少する6).通常,生後 6 カ月未満の乳児に 対するインフルエンザワクチン接種は認められていないため,妊婦へのインフルエンザワクチン接種は 妊婦と乳児の双方に利益をもたらす可能性がある.
インフルエンザワクチン接種後,効果出現には約 2〜3 週間を要し,その後約 3〜4 カ月間の防御免 疫能を有するため,ワクチン接種時期は流行シーズンが始まる 10〜11 月を理想とする.また授乳婦に インフルエンザワクチンを投与しても乳児への悪影響はないため,希望する褥婦にはインフルエンザワ クチンを接種する.
我が国のインフルエンザワクチンには,防腐剤としてエチル水銀(チメロサール)を含有している製
剤と含有していない製剤がある.チメロサールを含んでいる製剤もその濃度は 0.004〜0.008mg!mL と極少量であり,胎児への影響はないとされている.懸念されていた自閉症との関連は最近否定された7). したがって,エチル水銀(チメロサール)含有ワクチンを妊婦に投与しても差し支えない.利用できる 状況にあり,かつ妊婦が希望する場合にはチメロサールを含有していない製剤を接種するが,利用でき ない状況下(チメロサールを含有していない製剤入手まで時間がかかる)であり,かつ周囲でインフル エンザの流行がある場合にはエチル水銀(チメロサール)含有ワクチン接種を躊躇しない.
妊婦が妊娠初期にインフルエンザに罹患した場合,神経管閉鎖障害や心奇形などの出生児の先天奇形 が増えるという報告がある一方,先天奇形と関連がないという報告もある.さらにこれらの奇形はイン フルエンザウイルスの直接的な催奇形性ではなく,妊婦の高熱によるものであり,適切な治療(解熱剤 の投与など)により奇形のリスクは上昇しないとの報告もある7).
本邦では抗インフルエンザウイルス薬としてザナミビル(リレンザⓇ:吸入薬),オセルタミビル(タ ミフルⓇ:内服薬)などが使用できる.これらの薬剤は,感染した細胞からウイルス粒子を遊離させるた めに働くノイラミニダーゼの活性を阻害し,インフルエンザウイルスの増殖を抑制する.このため,抗 インフルエンザウイルス薬を適切な時期(発症から 48 時間以内)から服用開始することにより,発熱 期間は 1〜2 日間短縮され,ウイルス排出量も減少する.これらの薬剤は動物実験では胎盤通過性と乳 汁への移行が確認され,また大量投与では胎仔に骨格異常をきたすことも報告されている.しかしなが ら,妊婦における抗インフルエンザウイルス薬の安全性および有益性に関する臨床研究は行われておら ず,CDC と ACOG では治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合の投与(有益性投与)を勧 めている4)8).また,米国の CDC ガイドラインでは抗インフルエンザウイルス薬を投与された妊婦および 出生した児に有害事象の報告はないとの記載がある8).最近の論文においても,妊娠第 1 三半期にオセル タミビル投与を受けた妊婦 90 名からの児に関する検討ではオセルタミビルの催奇形性は否定的で あったり9),またオセルタミビル投与を受けた単胎妊婦 133 名(第 1 三半期 18 名,第 2 三半期 40 名,第 3 三半期 75 名)自身および新生児にも有害事象がなかったとされている10).Pandemic(H1N1)
2009(本邦では 2009 年 5 月〜2010 年 4 月)時,本邦では妊婦死亡例は報告されなかった.この 理由の 1 つとして,本邦妊婦は患者との濃厚接触後,高率に抗インフルエンザウイルス薬の予防的投与 を受けたこと,また感染後は速やかに抗インフルエンザウイルス薬の治療的投与を受けたことが挙げら れている.
2010 年から点滴薬であるペラミビル(ラピアクタⓇ)や長時間作用型吸入剤であるラニナミビル(イ ナビルⓇ)も使用できる.作用は上記薬物同様,ノイラミニダーゼ活性阻害である.添付文書には妊婦に 対する有益性投与が記載されているが,動物実験では流産や早産が報告されている.
また,授乳婦に抗インフルエンザウイルス薬を投与する場合には,薬剤添付文書には授乳を避けさせ るとの記載もあるが,一方で抗インフルエンザウイルス薬投与と授乳は多分両立するとの記載のある教 科書もある11).最近の報告では授乳婦においてオセルタミビル標準量を内服した場合,母乳中のオセルタ ミビルの最高濃度は 38.2ng!mL であり,乳児の最大摂取量は 0.012mg!kg!日と見積もられ,小児の 標準量(2〜4mg!kg!日)と比べかなり少量であるとしている12).Pandemic(H1N1)2009 時には 世界保健機関(WHO)と米国疾病予防局(CDC)のいずれもが感染妊婦や感染授乳婦人への抗インフル エンザウイルス薬(リレンザⓇとタミフルⓇ)投与を推奨した.
なお,10 歳以上の未成年のインフルエンザ患者においてタミフルⓇ服用後の異常行動が報告されてお り,平成 19 年 3 月よりこの年代の患者に対する本剤の使用は原則禁止とされている.ただし,やむを 得ず使用する場合には,(1)異常行動の発現のおそれがあること,(2)自宅において療養を行う場合,少 なくとも 2 日間,保護者等は小児・未成年者が一人にならないよう配慮することについて患者・家族に
対し説明を行う必要がある.
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1)Neuzil KM, Reed GW, Mitchel EF, et al.: Impact of influenza on acute cardiopulmonary hospitalizations in pregnant women. Am J Epidemiol 1998; 148: 1094―1102 (II)
2)Heinonen OP, Shapiro S, Monson RR, et al.: Immunization during pregnancy against polio-myelitis and influenza in relation to childhood malignancy. Int J Epidemiol 1973; 2: 229―
235 (II)
3)Centers for Disease Control and Prevention: Prevention and Control of Seasonal Influ-enza with Vaccines. Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR 2009; 58 (RR-8): 1―52 ( Guideline ) http:!!www. cdc. gov!
mmwr!preview!mmwrhtml!rr5808a1.htm [2009.12.12]
4)ACOG Committee Opinion (No.305): Influenza Vaccination and Treatment During Preg-nancy. Obstet Gynecol 2004; 104: 1125―1126 (Guideline)
5)国立感染症研究所感染症情報センター:インフルエンザ Q&A(Guideline) http:!!idsc.nih.go.jp!d isease!influenza!fluQA!index.html [2009.12.12]
6)Zaman K, Roy E, Arifeen SE, et al.: Effectiveness of Maternal Influenza Immunization in Mothers and Infants. N Engl J Med 2008; 359: 1555―1564 (I)
7)Price CS, Thompson WW, Goodson B, et al.: Prenatal and infant exposure to thimerosal from vaccines and immunoglobulinʼs and risk of autism. Pediatrics published online Sep 13, 2010 DOI: 10.1542!peds.2010-0309
8)Acs N, Banhidy F, Puho E, et al.: Maternal influenza during pregnancy and risk of congeni-talabnormalities in offspring. Birth Defects Res A Clin Mol Teratol 2005; 73: 989―996 (II)
9)Centers for Disease Control and Prevention: Prevention and Control of Influenza. Recom-mendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR 2008;
57 (RR07): 1―60 (Guideline) http:!!www.cdc.gov!mmwr!preview!mmwrhtml!rr5707a 1.htm [2009.12.12]
10)Greer LG, Sheffield JS, Rogers VL, et al.: Maternal and neonatal outcomes after antepar-tum treatment of influenza with antiviral medications. Obstet Gynecol 2010; 115: 711―
716 (II)
11)Tanaka T, Nakajima K, Murashima A, et al.: Safety of neuraminidase inhibitors against novel influenza A (H1N1) in pregnant and breastfeeding women. CMAJ 2009; 181: 55―
58 (II)
12)Briggs GG, Freeman RK, Yaffe SJ: Drugs in Pregnancy and Lactation 8th ed. Philadel-phia, Lippincott Williams and Wilkins, 2008 (Textbook)
13)Wentges-van Holthe N, van Eijkeren M, van der Laan JW: Oseltamivir and breastfeeding.
Int J Infect Dis 2008; 12: 451 (II)