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ドキュメント内 総研叢書 第07集 共に生き、共に往くために (ページ 86-105)

ました︒

同様の問題は仏教団︑特に日本で顕在化しています

日本の僧侶は父親の職業を 義務的に継いでいることが多く︑宗教的使命に基づく天職ではなくビジネスとして考えて いる人も少なくないと社会から見られる傾向があります

仏教国の僧侶教育は︑得てして 説教者を養成することに力点が置かれ︑僧侶の本分である寄り添う者︑慈悲に基づき支え 合う仲間という視点が弱くなっていると

言えます︒

仏教チャプレンとチ

l ムケア

本論で取り上げた文献の多くが︑仏教チャプレンの養成を緊急の課題とし︑しっかり訓 練された僧侶が必要であると訴えていますが︑見方を変えれば︑宗教者が現代社会の中で 役割を失いつつある現状への危機感のあらわれであり︑社会に再び関わりを持とうとする 試みであるとも

え ま す

︒アメリカの浄土真

宗本願寺派僧侶で

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の指導員であるジユ

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は︑もし僧侶教育が檀信徒と付き合うためのものだけでな く︑社会のあらゆる階層の人たちと関わっていくためのものであるなら︑わざわざチャプ レンが必要とされることはないだろうと

言っています︒

しかし︑多くの仏教国での僧侶教

85  第三章 医療・仏教・死の現場

育は︑経典を機械的に暗記し︑教義の宗派的解釈︑儀礼の教育︑寺院の運営ノウハウなど

に限定されていて︑この幅の狭さは医療者教育とあまり変わりません︒

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円)で指導員をつとめるトマス・キルツ(叶町︒

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は︑寺院をどうするか︑ではなく︑人との関係性や危機的状況にどう対応するかという問

題を取り扱っています

︒危機的状況にある人は﹁寺の中にいる﹂のではなく︑﹁いたると

ころにいる﹂のであり︑仏教を用いるべき時とそうでない時があるということを学ばない

といけません︒これはチャプレンがまず初めに必要とされる能力です︒チャプレンは説教

をするのではなく︑耳を傾け︑傍らにいるということが大事であり︑イサlン・ドルシー

が言うように︑寺という限られた場所ではなく︑いたる所で人と出会い︑そこでさまざま

な方法によってコミュニケーションをとることを学ばなければなりません︒私たちが出会

った実践者たちは︑こうした経験はとてもやり甲斐があると話します︒初めに医療現場に

順応することが求められ︑次に自分の精神性の知識を人との関係性を構築する中にどう用

いるかを学ぶ︒

その

ため

CPE

では︑チャプレンに特定の宗派・宗教に偏らないことを

強く求めます︒つまり︑患者がいかなる信仰を持っていようとも平等に接しなければなり

ません︒

宗教教団がチャプレンに資金を提供しながら養成すると︑教団はどうしても自宗 派を重視してもらいたくなるので︑チャプレン養成はとても面倒な事業になります

︒そこ

で︑アメリカでは︑チャプレン養成は病院が請け負い︑チャプレンは患者に対してプロと して偏見なく向き合う医療チ

l

ムの一員としてみなされるようになりました

これはボランティアとチャプレンの重要な違いです

チャプレンは医療機関(しばし公 的機関)の有給職員として働くことになります

この点で︑チャプレンは大きな責任を負

い︑病院の臨床チ

l

ムの一員として働き︑医療チ

l

ム全体の精神の安定をはぐくむよう務 めなければなりません

チャプレンが医療チ

l

ムの一員ということは︑従来の医療システ ムに対する批判的な新しい取り組みといえます

今までは︑ソ

l

シヤルワ

l

ヵーや精神科 医︑セラピストやチャプレンはほとんど顧みられることなく︑医者と看護師からなる医療 の専門家の支配のもと︑医療ケアシステムは排他的に築かれてきました

しか

し︑

WHO

が健康の定義をメンタルとスピリチユアルの分野にまで広げたことで︑全人的ケアを拡充 していく方向に医療界も向かうようになったのです

くわえて︑ジョン・カピットジン

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同与えlN5

) の よ う な 先 駆 者 た ち は

︑ 心 の ケ ア が 予 防 医 療 と し て 早 期 治 療 と 同 様 に︑医療機関や医療行政の財政負担を軽減できることを示してきました

︒ジユリ

l

・ハ

医療・仏教・死の現場

ダはチャプレンの役割を次のように要約しています

︒﹁チャプレンは入院期間の短縮化を

助け︑医療チ

l

ムと協力し︑患者や家族が不満を持って訴訟を起こしたりしないよう︑そ

の話に耳を傾け︑皆が死や医療倫理について話し合う手助けをする叫﹂と︒

チャプレンに求められるもう一つの役割は︑チャプレンとは患者と家族だけではなく︑

医療施設の介護者や医療者たちのためにも働くということです

ジユリ1・ハナダは自身

の経験から︑チャプレンは医療チ

1

ムの

一員として働くことや︑厳しい業務のなかで医療

者たちを悩ませる諸問題に関わることに自分の時間の五

O %

を使っていると言います︒こ

の点では︑チヤプレンは患者や遺族の同伴者以上の役割を担い︑医療チ

lム全体の精神状

態を見渡し︑健全な方向に育むということも求められるのです

︒これは︑特殊な能力であ

り︑技術を要する極めて重要な仕事です

ジョン・ハリファクスがアメリカで創設

・運営

しているウパヤ・ピl

イング・ウィズ・ダイイングプログラムは︑仏教の教えを上手に医

療現場に適応させ︑医療チl

ムや施設のなかで知識や技術を活用するチャプレンを養成す

るシステムの好例です︒

七 病院

・ ホスピス・在宅ケア

この問題は︑既存の医療施設をどう改革するか︑心のケアが欠かせない全人的ケアをど う推進するかというこつの問題が重なり︑我々の調査での大きな課題の一つでした

︒既存

の医療施設の改革は︑非常に難しい問題です︒なぜなら︑現代の医療施設は︑死を敗北と して否定的にとらえる価値観︑科学的物質主義に覆われており︑仏教的ケアを含む全人的 ケアの流れとは相容れないからです

調査した各事例は︑こうした医療文化をなんとか変 えようと︑心のケアの有効性を証明しようとしていますが︑実際には全人的ケアに共感を 示す医療者側のリーダーなり行政担当者がいるかどうかが︑変革の大きな鍵となっていき ます︒ 台湾とドイツでの調査では︑仏教に理解のある医師が病院の上層部にいて︑彼らが 病院への進歩的全人的ケア導入の道筋を作っていました

皮肉なことに︑おそらく仏教固 とみなされるであろう日本の医療者や行政官僚が︑仏教や心のケアに対する理解がもっと も欠けているように思えます

しかし︑医師でもある僧侶の存在

│ ほとんどは僧侶であ ることを隠して医師をしているのだが

│ は︑社会における仏教や宗教への態度を変える ことができるのではないかという僅かな希望を与えてくれます

8 9

一一一ーー第三章 医療・仏教・死の現場

他方︑仏教徒がわずかではあるが︑草の根から革新的な取り組みを始めていることも分

かってきました︒終末期の患者と家族への仏教的ケアは︑サンフランシスコのマイトリー

ホスピスと禅ホスピスプロジェクト︑タイのプラパット・ナンプ寺院(司宵与巳

Z ω B U C

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H ︼立巾)にあるタマラ

・ ニ ウ ェ ッ ト

・ ホ ス ピ ス

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出︒省庁巾)︑カンボジアのブラ

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マピ

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カンボジア・エイズ・プロジェクトなどの エイズ治療の現場から始まりました︒こうしたプロジェクトは︑慈悲に基づくケアという

真の宗教的理想の実現にあたって大きな意味を持ちました︒キャロライン・ブレイザlは

﹁文化の質や特徴というものは︑その社会のもっとも弱い立場の人たちへのケアのあり

方︑関心の持ち方にあらわれるものです刈﹂と言います︒

かつてエイズ患者たちは︑家族

からの支えも︑金銭も︑自分自身の価値も失いがちで︑彼らを支援するということ自体︑

大きな困難でした︒しかし︑誰も彼らに関心を払わないからこそ︑仏教者たちは創造性を

発揮し︑自分たちが良いと思うことを自由に試みることができました︒既得権益を守ろう

とする病院・医療システムと違い︑周縁領域での活動は仏教の理念に合致するプログラム

を生み出す自由な創造性を持つことができるのです︒

洋の東西を問わず︑キリスト教・仏教を問わず︑ホスピス運動はボランティアによる在

ドキュメント内 総研叢書 第07集 共に生き、共に往くために (ページ 86-105)