③門・塀
写真 6- 5 谷義仁氏(真ん中)
103 に具現化したのが谷氏を中心とする岡山市の職員たちであった。谷は具体的につめていく際に、
セットバック方式は、「東京の丸の内ビルの周辺を少し参考にしたが、普通では考えられない計画 だったため、他の市町村の都市は参考にしなかった」と述懐している注14)。
最初にセットバック方式を導入した街路が市役所筋(岡山駅~水道局の区間)と県庁通り(林 原駐車場注15)~県庁の区間)だった。昭和 47(1972)年に山陽新幹線開通にそなえて、岡山市は 岡山駅から市役所筋までの都市景観を整える必要があると判断した。この計画を成功させるため に、まず目を付けたのが駅前の一等地で市役所筋の起点でもある高島屋だった(図 6-5-Ⅰ.1、写 真 6-7-①・写真 6-7-②)。丁度、高島屋は村野藤吾に設計を依頼して駅前に進出しようとしてい たところだった。しかし、高島屋は商業施設ということもあり、何の見返りもなく売場面積が減 少することになるセットバック方式の要請に対しては、なかなか応じてくれなかった。その後、
交渉が難航するなか、高島屋の飯田社長と村野藤吾が岡山市長室を訪れた。訪れた理由として、
角地の土地がほしいということと付近の土地を買い足したいが、協議がまとまらないため市長に 協力してほしいということだった。この話し合いが終わった後に、再度何 cm でもいいので壁面後 退してほしいと強引にお願いしたが、そのときはまだ難色を示していた注16)。その後、谷義仁建築 指導課長を中心とする職員が何度もお願いし、さらに岡崎市長自らも出向いた注17)。高島屋側が提 示した要望の解決策として、用地買収に協力することと、市が地下道をつけて、当時中四国最大 規模の地下街である岡山一番街と直結する階段を設置することで、ついにセットバック方式の要 請を受け入れることを承諾した注18)。用地買収等に助力することになったが、高島屋というシンボ ル的な商業施設が壁面後退したことで、その後は無償で他の建物も追従するようになった。この とき高島屋は 1 階部分を 5m 後退した。
注14)谷義仁へのヒアリングをまとめたものである。
注15)現在(平成 26(2014)年 12 月)は、大型ショッピングセンターである。
注16)岡崎平夫『愚直人生らくがき帖』(1991.2)。
注17)岡山市「街並み整備誘導指針の実績報告書」(p.8、2008.12)。 注18)谷義仁へのヒアリングをまとめたものである。
表 6-1 セットバック方式の計画の経緯
・岡山市「街並み整備誘導指針の実績報告書」(2008.12)をもとに作成。
年月 事柄
昭和42年6月 岡山市都市美造成委員会を設置・岡崎平夫市長が諮問 昭和43年2月 岡山市都市美造成委員会から市長へ答申・提言 昭和46年3月 岡山市の都市美造成のための景観構想計画を策定 昭和46年4月 市役所筋・県庁通りで「セットバック方式」を導入
昭和49年 第2回岡山市優秀建築物賞をセットバック方式第一号の「高島屋」が受賞 昭和57年 「お願い」が初めて文書化
昭和50年代後半 「岡山市都市美造成に関する指導基準」が「岡山市都市美造成に関する誘導基準」へ と名称変更
昭和60年11月 「文化的シンボルゾーン内の街並み整備誘導指針」が策定 昭和62年5月 「西川・枝川緑道公園沿いの街並み整備誘導指針」が策定 昭和62年11月 「駅南土地区画整理事業区域内の街区形成誘導基準」が策定
平成7年 各エリアの誘導基準・指針がまとめられ、「街並み整備誘導指針」へと名称変更 平成20年4月 「街並み整備誘導指針」が「岡山市景観計画」へ移行
104
当初岡山市では、指導 基準として、敷地面積が 1,000 ㎡以上の大規模な ものを中心にセットバッ ク方式を要請することに していた。しかし、昭和 50 年代半ばまでは、建築 主や設計者に対してセッ トバック方式について説 明する文書はなく、確認 申請を受ける際に口頭で 要請していたという注19)。 このとき、後退距離の指 導基準は市職員の間での み決まっていた注20)。しか し、担当者の発案により 市の方針を明確に提示す る必要があるとして、文
書にまとめることになった。そして、昭和 57(1982)年に「お願い」を初めて文書に まとめた「岡山市都市美造成に関する指導 基準」が完成した。しかし、セットバック 方式は、市のまちづくりのビジョンに対す る建築主の理解と協力を求めるものであっ たため、「指導」を「誘導」という言葉に置 き換え、建築主に送付することで壁面後退 を実施することとなった(表 6-1)。実際に 送付していた書類の一例は以下のような文 面である注21)。
注19)谷義仁へのヒアリングおよび前掲「街並み整備誘導指針の実績報告書」(p.9、2008.12)による。また、平 成 11 年 5 月 1 日に建築基準法が改正され、建築確認・検査の民間開放が実施されて以降、岡山市に必ずしも建築 確認を申請する必要がなくなったが、岡山市は民間の指定確認検査機関にも同様に対応するように指導している ため、建築確認・検査をする場所において、対応による違いはない。
注20)後退距離の基準は、指導基準と同様のもので市役所筋は 1 階 5m、県庁通りは 1 階 3m となっていた。
注21)岡山市所蔵「都市美創造について(依頼)」の協力要請の文書である。
表 6-2 街並み整備誘導指針
・岡山市都市整備局都市建築部建築指導課「やさしさが彩るまちづくり 街並み 整備誘導指針」より作成。2 階部分でも基準が設けられているが、該当する建物の 2 階部分の後退距離が不明なため、本稿では検討しない。*1:敷地形状等によりや むをえない場合、別途協議が必要、また専用住宅・狭小敷地等は別途協議が必要 である。*2:おいでんせえ広場とは、1 階部分に設ける歩道沿いの空地のことであ り、壁面後退部分の面積も含む。*3:やむを得ない場合は、パイプ製等の開放的 なものとする。*4:やむを得ない場合は、高さ・材質・色調に配慮し、開放的な ものとする。
オープンスペース 市役所筋
県庁通り
桃太郎大通り
シンボルツリー等 の樹木を植える。
光、水、モニュメ ントで表情豊かな 街並みを創る。
シャッターは設け ない*3。
●壁面後退でつく る場合(図2-A)
●公開空地でつく る場合(図2-B)
●屋上広場でつ くる場合 3階以下の建物は敷
地境界より㋐1階部 分は1.5m以上。4階 以上の建物は敷地 境界より㋑1階部分 は2.5m以上㋒2階以 上は1.0m以上
3階以下の建物は 1.5m×敷地間口寸 法。4階以上の建物 は2.5m×敷地間口 寸法。左記と同面 積以上の空地。
市民が自由に利 用できる開放的 な屋上広場は、
左記にある㋐と
㋑の公開空地と 同等の空地と考 える。
1階部分は3.0m以上。2階部分は1.0m以上。
西川・枝川緑 道公園沿い
シンボルツリー等 の樹木を植え建物 の個性を演出す る。歩道との段差 をなくす。耐久性 のある材料を選 択。塀を設けない
*4。 1階部分においでんせえ広場*2を設ける(敷地間口寸法×
3.0mと同面積の空地を歩道に面して設ける)。さらに、
道路に面する壁面後退は敷地境界より1.0m以上。開放的 な創りにして人が自由に行き来できるようにする。駐輪 場・駐車場等に利用しない空地にする。
街並み整備誘導指針*1 壁面後退
1階部分は5.0m以上。2階部分は1.0m以上。 植栽で景観に潤い を添える。
・岡山市都市整備局都市建築部建築指導課「やさしさが彩るま ちづくり 街並み整備誘導指針」より作成。
図 6-2 西川・枝川緑道公園沿いの誘導指針
道路境界▶
道路境界▶
1.5m
1.5m
1m
2.5m
2.5m A
▲道路境界
▲道路境界
▲道路境界 ▲道路境界 1.5m×a=b×c
2.5m×a’=b’×c’
a’
b’
c’
a
b c
B 平面 立面
3 階 以 下
4 階 以 上
105
都市美造成について(依頼)
拝啓
盛夏の候、貴殿におかれましてはますますご隆盛のこととお喜び申し上げます。さて、このたび
○○の敷地に貴社の○○建設計画がある由拝察しております。岡山市では、かねてから魅力ある 都市づくりの一環として都市景観への御配慮をお願いしております。特にモデル道路(岡山駅-水 道局)沿いは重点的に取組み、現在まで数多くの御協力をいただいております。つきましては、
貴社の建設計画に当たり、建築物の形態、外観、敷地の利用及び植栽等につき格段の御配慮と御 協力を賜りますようお願い申し上げます。なお、具体的な点につきましては、建設局建築部建築 指導課まで御相談いただければ幸甚に存じます。
敬具
この要請文からも任意の「お願い」であったことがわかる。誘導基準に置き換わったあとは、
別のエリアでもセットバック方式が導入され、桃太郎大通りでは、昭和 60 年 11 月に「文化的シ ンボルゾーン内の街並み整備誘導指針」、西川・枝川緑道公園沿いでは、昭和 62 年 5 月に「西川・
枝川緑道公園沿いの街並み整備誘導指針」が策定された。これらは、「岡山市都市美造成に関する 誘導基準」と合わせて、平成 7(1995)年に「街並み整備誘導指針」(表 6-2)として各エリアの 誘導基準・指針がまとめられた(以下、誘導指針)。その後も、セットバック方式は地道につづけ られ、平成 20 年 3 月までに 4 つの街路で、202 件注22)の建物の壁面後退が完了している。
平成 20 年 4 月 1 日以降は、岡山市景観条例施行により、平成 7 年に策定された「街並み整備誘 導指針」が景観条例(岡山市景観計画)注23)に移行した注24)。これにより見直しを行い、対象とす る各街路においても景観形成基準が設けられ、壁面後退距離が敷地面積によって細分化されるこ ととなった注25)。平成 20 年 4 月~平成 26 年 3 月までにセットバック方式によって建てられた建物 は、4 つの街路で 38 件となっている注26)。
6-1-3 岡山市の都市美造成に関連する制度
(1)街並み整備誘導指針
一般的な壁面後退は、建物全体を後退させる場合が多いが、都市美造成協力依頼によるセット バック方式は、必ずしも全体を後退させる必要はなく、さまざまな壁面後退の方法がある。壁面 後退の方法は、建築主に委ねられており、形状や設置物等さまざまな空間が計画されていった。
注22)平成 20 年 3 月 31 日までに 4 つの対象街路では、届出は 225 件あるが、バス停や増改築により再度壁面後 退した場合は含まない。平成 20 年 4 月以降には、38 件壁面後退している。
注23)岡山市景観計画は、平成 18 年 3 月に策定した岡山市景観基本計画をふまえ、景観法第 8 条の規定に基づき 平成 19 年 12 月に定めたものである。対象とする各街路においても、景観形成基準が設けられた。
注24)平成 20 年 4 月 1 日より、施主は建築物等を建築しようとする場合は、工事着工の 30 日前までに岡山市に 設計図など必要な図面を添付した届出書を提出する必要があり、建築確認申請の前に必要になる。
注25)対象としている 4 つの主要街路以外の地区では、従来通りのままで面積による細分化は行われていない。
また、市役所筋では、400 ㎡以上、150 ㎡~400 ㎡未満、150 ㎡未満に細分化され、その他 3 つの街路では、250 ㎡ 以上、150 ㎡~250 ㎡未満、150 ㎡未満に細分化され、これにともなって小規模なものに関しては、後退距離の長 さも短くなった。
注26)岡山市都市計画課都市景観係へのヒアリングによる。