総 合 的 考 察
SD 5.32 4.85 8.77 高群
M 30.55 34.00 64.55
SD 3.71 3.07 4.41
低群
M 17.33 20.80 38.13
SD 3.13 2.17 3.88
自己−記憶システムによれば,自伝的記憶は階層構造 をなしている。階層は上位から出来事の時期(lifetime period),一般的な出来事(general events),出来事の詳 細な情報(event-specific knowledge)の三層からなって おり,下位になるほど具体的で詳細な情報が貯蔵されて いる。自伝的記憶が想起される際には,現在の自己イメー ジや自分の目標と矛盾しないように制御されながら,手 がかり等に応じて上位の階層から下位の階層に向けて,
情報の探査と照合が循環的に繰り返される。それによっ て,次第に自伝的記憶構造内の情報が活性化され,ここ で活性化された情報それ自体が自伝的記憶となり,想起 に至る。
本研究結果をConway & Pleydell-Pearce(2000)のモ デルにあてはめると考えると,アイデンティティ確立の 個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響は以下のように 解釈される。アイデンティティの確立度が高い場合には,
想起者にとっての具体的な自己イメージが明確であるた め,そのイメージに合致した自伝的記憶内の情報が豊富 に活性化されやすい状態にある。それゆえに,自分自身 について内省するような状況では,検索が自伝的記憶構 造内の最下層にまで行われ,詳細な情報が活性化される。
それに対して,アイデンティティの確立度が低い場合に は,具体的な自己イメージが定まっていないため,基盤 となる自伝的記憶内の情報が活性化されにくい状態にあ る。そのため,検索が最下層に辿り着く前に終了してし まい,詳細な情報が活性化されない。それゆえに,アイ デンティティの確立高群が低群よりも,鮮明でかつ重要 等の特性をもった自伝的記憶が想起されると解釈される。
また,自己−記憶システムでは,意図的および無意図 的想起事態で駆動する2つの検索過程が提案されてい る。1つは生成的検索(generative retrieval)であり,既 述のように,自伝的記憶構造内を探査,照合し,循環し ながら情報を活性化させていく制御的な過程である。い ま1つは生成的検索でみられる探査,照合の循環過程が 省略される直接的検索(direct retrieval)である。直接 的検索は,記銘時と想起時における状況の一致度が高い 場合に生起され,特定的な出来事が突如として想起され たように感じる自動的な過程である。意図的想起事態で は主に生成的検索が生起されるのに対して,無意図的想 起事態では主に直接的検索が生起されると考えられてい る(e.g., 山本,2008)。
上述のように,アイデンティティ確立度の個人差が自 伝的記憶の想起に影響を及ぼした結果について,ここで は基本的に生成的検索を前提とした解釈を行った。しか し,本研究では,無意図的想起事態においても意図的想 起事態と同様の結果が示されたことから,生成的検索だ けではなく直接的検索が介在している可能性がある。す なわち,自己イメージに基づいてそれに合致する情報を
検索する過程には,ある程度自動的な成分が含まれてい ると考えられる。生成的検索が駆動する中で,極めて具 体的な情報が活性化された場合には,その後,直接的検 索が介在される可能性はConway(2005)によっても想 定されている。神谷(2007)は,無意図的想起には過去 の自分と現在の自分を比較して自己内容や自己一貫性を ほぼ自動的に認識させる機能があると考えており,ほと んど無意識的な思考過程を経て,自分が何者であるのか を定義する役割の一端を無意図的想起が担っていると主 張している。本研究結果はこのような主張を支持するも のであり,無意図的想起とアイデンティティの確立との 密接な関連性を示唆している。
アイデンティティと自伝的記憶が密接な関係にあるこ とは,記憶研究者にとっても自己研究者にとっても,あ る程度暗黙の前提であったためか,両者の関係を直接検 討した研究は決して多くない(e,g, 佐藤,1998)。その 中で,本研究ではアイデンティティ確立の個人差と自伝 的記憶の関係性を意図および無意図的想起の両観点から 実証的に示したといえる。しかし,本研究にはいくつか の問題点が考えられる。以下ではそれらについての議論 を通して今後の課題を提示したい。
第1に,本研究では意図的想起と無意図的想起の両 事態を扱いながらそれらによる直接的な比較を行ってい ない点が挙げられる。既述のように,従来の研究では想 起意図による自伝的記憶特性の差異が指摘されている
(Berntsen,1998; Berntsen & Hall, 2004)。これらの比較 を行うためには,同一の参加者に意図的および無意図的 な自伝的記憶を両方想起させるなどの手続き上の工夫が 必要となるが,本研究では想起意図による比較が主な目 的ではないため,これらの操作を行っていない。しかし,
意図的あるいは無意図的想起のいずれがよりアイデン ティティの確立と関係するかといった問題は,今後応用 的な検討を行う上でも重要な視点である。そこで厳密に は方法が異なるものの,試みに,研究1を無意図的想起 群,研究2を意図的想起群とみなす想起意図の有無要因 を第1の独立変数と仮定し,アイデンティティ確立の高・
低群を第2の独立変数とする2要因分散分析(いずれ も実験参加者間要因)を自伝的記憶の各特性評定平均値 について行った。その結果,重要度(F(1, 141)= 6.25, p <.001)と鮮明度(F(1, 141)= 18.66, p <.001)におい て想起意図の主効果が有意であり,いずれも意図>無意 図の関係が示された。また,重要度(F(1, 141)= 12.23, p <.001),感情喚起度(F(1, 141)= 11.26, p <.005),快 不快度(F(1, 141)= 6.19, p <.05),想起頻度(F(1, 141)
= 6.37, p <.05),鮮明度(F(1, 141)= 5.68, p <.05)にお いて,アイデンティティ確立群に主効果がみられ,高群
>低群の関係が示された。その他,交互作用は有意では なかった。アイデンティティ確立度の個人差と想起意図
との直接的な関係性は示されなかったが,部分的に意図 的想起による優位性がみられたことから,今後は厳密な 方法を採用することにより,想起意図による効果をより 詳細に検証する必要があるであろう。
第2に,アイデンティティの確立と自伝的記憶の想起 における双方向の影響が考えられる。本研究では,アイ デンティティ確立度の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼ す影響に焦点を当て,その関係を示したが,当然ながら これらの関連性は一方向に限定されるものではない。す なわち,自伝的記憶を想起することによってアイデン ティティの確立が促されるという逆方向の影響も十分に 考えられる。このような影響は自伝的記憶の機能研究(佐 藤,2008)と関連し,さらには回想法等の応用研究へと 発展し得るものである。本研究結果から,重要度等のい くつかの自伝的記憶特性がアイデンティティの確立と関 連することが明らかになった。今後は,このような特性 をもつ自伝的記憶の想起がアイデンティティの確立度に 及ぼす影響について検討すべきである。
第3に,日誌法の改善点が挙げられる。本研究では,
参加者への負担を考慮し,期間内における1事例のみを 記録させた。しかし,他の日誌法を採用した研究では,
複数事例を収集することも多い(e.g., Berntsen, 1996)。
個人におけるアイデンティティの確立度と自伝的記憶と の関連性を検討する以上,複数の事例を収集することは データの信頼性を高める上で極めて重要である。それだ けでなく,個人の中で,ある程度内容的に一貫した自伝 的記憶が繰り返し想起されるのか,あるいは全く個別の 自伝的記憶が想起されるのかといった想起の安定性を検 討することも可能になる。今後は参加者の負担を軽減す るために,日誌の項目数を最低限に抑えるなどの工夫を 施しながら,複数事例での検討を試みたい。
最後に,本研究では,従属変数として鮮明度等の自伝 的記憶特性に関する評定値を使用したが,近年では,想 起された自伝的記憶が個人のライフストーリーの中でど れほど中心的な役割を果たしているかを測定する出来 事の中心性尺度(The Centrality of Event Scale: CES)が 開発されており(Berntsen & Rubin, 2006, 2007),すで に邦訳も試みられている(Rubin & Berntsen, 2008/2008,
pp.111112)。項目の中には「この出来事は,私のアイ
デンティティの一部になったと感じる」といったアイデ ンティティと直接的に関係するものが構成されている。
今後は,CESのような新たな尺度を採用し,アイデンティ ティ確立の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響をよ り詳細に検討する必要がある。
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