本研究の主な目的は,統制困難な出来事に対する高齢 者の対処方略について,調和焦点型SCの立場に沿って,
明らかにすることであった。以下では,本研究の結果と 先行研究の結果との比較を通して,高齢者の対処方略の 特徴およびSC過程について考えてみたい。
高齢者はどのように統制困難な出来事を対処しているのか
M-GTAによる分析の結果,統制困難な出来事に対す
る高齢者の対処として,高齢者が自己資源が低下してい ることを自覚する過程,身体や健康の衰退していく状況 を受け容れる状況受容の過程,状況に合わせて自分の目 標や認知,行動を調整する自己調整の過程,長期にわ たり統制困難な出来事に対処していくために,他者と の交流や気晴らしを行う維持・継続の過程があること がわかった。状況受容の過程のうち自律的に老いを受 容する対処方略は,高齢者の発達課題である,死を含 めて人生全体を肯定的に受容する(Erikson & Erikson, 1997 / 2001)ことに対応する対処方略であると考えられ る。また,自己調整の過程のうち目標,認知,行動を調 整する対処方略は,自分の情動を調整する対処(Folkman et al., 1987)および理想を引き下げる対処(Brandtstädter
& Rothermund, 2002)に符合するものである。さらに維 持・継続の過程の他者との交流や気晴らしという対処方 略は,利他主義やユーモアなど成熟した防衛機制が増加 する(Vaillant, 1993)という報告と同じ方向を示してい る。このように,高齢者は,老いと調和するような対処 方略を用いることにより,身体的な力や健康の衰退に適 応(Havighurst, 1953 / 1958)していると考えられる。
さらに,分析の結果,状況受容の過程では人生は多様 であることに関する知識や理解が自律的に老いを受容す る方略に影響を及ぼし,自己調整の過程では,自己資源 の限界を現実的に知ることが重要だという知識や理解 が,目標・認知・行動を調整する対処方略に影響を及ぼ していることがわかった。Baltes & Staudinger (2000)は,
高齢者の中には,長い人生に出会う様々な体験を通して,
人生は多様であることや不確定であることに関する知識 や理解を深めている者がいることを示唆している。この ような高齢者の持つ生きる智慧が,衰退していく身体を 受容し調和するような具体的対処方略の形成を促してい ることが推測される。
吉川・田中(2004)は,第二次世界大戦(沖縄戦)の 終戦時(1945年)において10〜33歳であった沖縄県高 齢者を対象に,戦争体験の回想に関する検討を行ってい る。その結果,沖縄県高齢者は,今なお戦争による心理 的損傷が残存しているものの,戦争体験を受容している
者,戦争を体験することに人生の意味を見出そうとして いる者,戦争体験を通して精神面が鍛えられたと評価す る者が,少なくないことを報告している。本研究の調査 協力者は,終戦時において10〜14歳であった沖縄県高 齢者であり,児童期に沖縄戦を体験し,青年期から成人 初期にかけて朝鮮特需やベトナム特需という戦争に関連 する沖縄経済の復興を体験し,成人中期以降は米軍基地 への依存と拒否というアンビバレントな状況を体験して きた者である。言葉を変えるならば,個人の力では統制 不可能な出来事(例,時代や社会の出来事)に数多く直 面し,それを乗り越えてきた世代といえる。このような 体験が,人生は多様であり不確定であることに関する知 識の発達や,状況に調和するように自己を調整する対処 過程(SC)の発達を,促してきたのかもしれない。
ところで,本研究で生成された概念《他者との交流》
について触れておきたい。本研究の高齢者は,他者に援 助を提供することにより,無力感に陥る危険を回避して いた。具体的には,ボランティア活動をしたり若い人の 手伝いをすることが喜びであり健康を保つ秘訣と答え ている高齢者が多く,援助の受領だけではなく援助の 提供も高齢者とって身体や健康の衰退に対する対処方 略の一つとなっているようであった。このような《他 者との交流》は,Rothbaum et al.(1982)の代理的SC
(例,若い人と自分を同一視する)およびHeckhausen
et al.(2010)の社会的支援希求(例,他者の助けやア
ドバイスを得て自分らしい生き方を実現する。PCの対 処方略に含まれる)と同じ,社会的サポートという概 念でまとめることも可能である。しかし,Rothbaum et al.(1982)やHeckhausen et al.(2010)が社会的サポー トの受領側面に焦点を当てているのに対して,本研究の
《他者との交流》では社会的サポートの提供が顕著であっ た。このような社会的サポートの提供は, サポートす る能力が残っていることを確認するため という側面に 注目するならばコントロール感焦点型SCの一部と捉え ることもできるが, 他者を喜ばせることで自分も喜び を得る という側面に注目するならば関係性欲求(例,
他者との良好な関係を欲する欲求)に動機づけられた調 和焦点型SCの一部と捉えることもできる。前原・竹村・
浅井(2006)は,沖縄県高齢者を対象に社会的サポート の授受と心理的健康との関係を調べ,社会的サポートの 受領に加えて,前期高齢者では娘の相談を聞く援助を提 供するほど生活満足感が高く,後期高齢者では孫にお小 遣いを提供するほど生活満足感が高いことを報告してい る。高齢者にとって,社会的サポートを提供し他者と喜 びを分かち合うことも,身体や健康の衰退に対する対処 方略となっていることが窺える。
調和焦点型SCの視点に立つSC過程
本研究には,調和焦点型SCの視点に立ちSC概念に
ついて再検討することも,目的の中に含まれていた。以 下では,本研究で見出されたSC過程について考えてみ たい。
先ず,SCの概念構造について,本研究で明らかになっ たSC過程には,具体的な対処方略に加えて本人の価 値観や人生に関する理解などが含まれていた。Skinner, Edge, Altman, & Sherwood (2003)は,SCの概念構造に ついて,下位概念の具体的な対処行為,中位概念の対処 方略,上位概念の対処系(SC過程)から構成される階 層構造を想定し,その階層構造には動機づけや価値,認 知が含まれると述べている。すなわち,SC過程は単に 対処方略を集めたものではなく,それまでの生活の中で 形成された価値観や知識をも含む過程であると捉えると 理解しやすいと述べている。Skinner et al.(2003)の考 えに本研究の結果を対応づけると,本研究で生成された 対処方略はSkinner et al. (2003)の言う中位概念に位置 し,カテゴリーは中位概念と上位概念の中間に位置し,
多様な生き方や自己の限界に関する知識は上位概念の対 処系に含まれる価値や認知に対応するものであると考え られる。今後のSC研究は,対処方略を検討するだけで なく,このような価値や認知をもSC過程の中で捉えて いくことが必要であると考えられる。
第2に,SC過程のカテゴリーについて,本研究の 結果は,SC過程が状況受容,自己調整,維持・継続 の3つのカテゴリーから構成されることを示していた。
Morling & Evered(2006)は,調和焦点型SCの立場に 立つならば,SC過程には状況の受容と自己調整が必須 であると述べている。本研究の結果は,彼らのこの仮説 を支持していると思われる。加えて,本研究では,統制 困難な出来事と長期間向き合っていくための対処過程も 必要であることを明らかにできた。統制が困難で,自分 の望みと自己資源のバランスを獲得することに時間がか かるような状況では,何度も受容や自己調整,PCを繰 り返す必要があり,それを忍耐強く作動させているのが,
気晴らしや他者との交流など無力感を回避する対処方略 なのだと思われる。
第3に,コントロール感焦点型SCと調和焦点型SC の立場の違いについて考えてみたい。Morling & Evered
(2006) は, 両 者 の 違 い をSC機 能 の 捉 え 方 の 違 い と して説明していた。すなわち,コントロール感焦点型 SCではSC機能を コントロール感またはPCの機能 を増大し維持するための自己防衛的な心の働き (e.g., Heckhausen et al., 2010)と捉えていたのに対して,調 和焦点型SCではSC機能を 統制困難な状況を受容し 状況に合わせるために自己を調整(または統制)する働 き(e.g., Weisz, Francis, & Bearman, 2010)と捉えていた。
そして本研究では,調和焦点型SC過程に注目した結果,
高齢者は身体や健康が衰退したことを自覚し受容してお
り,コントロールができないという事実を現実的に受け 容れていること,コントロールができない状況に合わせ て自らの目標や行動を自律的に変えていることが示され た。この結果に基づくならば,2つのSC研究の視点の 違いは,SC機能の捉え方だけではなく,個人のコント ロール能力の捉え方にも見られるように思われる。すな わち,コントロール感焦点型SCでは 状況をコントロー ルする能力(または可能性)が残っている ことを強調 するのに対し,調和焦点型SCでは 状況をコントロー ルする能力には限界がある ことを前提とする。そして,
コントロール感焦点型SCでは 状況をコントロールで きない ことを絶望や無力感と関連づけているのに対し,
調和焦点型SCでは 状況をコントロールできない 場 面においても自分にできることや残された問題解決の可 能性を見出そうとする対処過程に注目していると思われ る。すべての出来事をコントロールすることは人には不 可能である。人は,コントロールすることができない出 来事もたくさんあるのだという知識や理解を持っている からこそ,状況に合わせて生きる手段を見出すよう努力 し,最終的に統制困難な状況を乗り越えていけるのかも しれない。
今後の課題
本研究には,以下のような限界があることが指摘され る。先ず,分析方法上の限界が挙げられる。M-GTAで は,分析により得られた結果はデータを解釈して得られ る仮説的なものであり,分析データの範囲内に限定され ると捉えている。したがって,本研究で得られた結果は あくまでも本研究が分析対象としたデータの範囲内に限 定されるものである。本研究の調査協力者は皆,70〜74 歳の前期高齢者であり,病気や家族の介護など高齢期に 直面する問題を抱えているものの,自分の足で歩き質問 に回答できる者であった。前期高齢者は後期高齢者と比 較して,認知機能や身体の力,健康ともに高い者が多く,
このような能力の高いことがSC過程に影響していた可 能性も考えられる。後期高齢者,または重篤な病気を抱 えているなど,もっと障害の重い高齢者では,異なる結 果が生成される可能性も考えられる。今後,SC過程の 一般的な仮説モデルを構築するには,調査協力者の範囲 を広げた検討を行う必要がある。
第2に,本研究では,高齢者の心理的健康にSC過程 が貢献しているのかどうかについて論じていない。特定 の対処方略が顕著に見出されたとしても,それが心理的 健康を増大していなければ,適切な対処ということはで きない。今後は,状況の受容や自己調整と心理的健康と の関係について検討する必要があるだろう。
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