本研究では,音韻的短期記憶内での処理負荷量の観点 から,英単語スパン課題を用いて,日本語母語幼児と中 国語母語幼児の英単語音声の分節化傾向について検討し た。その結果,日本語母語幼児の平均記憶スパンのパター ンは,モーラのリズムで分節化した際のパターンと一致 している一方で,中国語母語幼児は,日本語母語幼児と 異なるパターンを示し,しかも,音節のリズムで分節 化した際のパターンとは異なっていた。また,CVCCや
CVCVCの複雑な音韻構造英単語において,中国語母語
幼児のスパン成績が,日本語母語幼児のそれよりも有意 に高い結果となった。また,反復音声持続時間では,1 スパン段階時では幼児間で違いが見られなかったが,最 終スパン段階時と,全試行スパンにおいて,日本語母語 幼児の方が中国語母語幼児よりも反復音声持続時間が長 くなる傾向があった。さらに,モーラと音節による分節 化パターン傾向を分析したところ,日本語母語幼児にお いて,モーラパターンがより多く見られた。以下,これ らの結果について考察を行い,最後に,発達心理学・教 育心理学的示唆と課題を述べる。
日本語母語幼児と中国語母語幼児の英単語音声の分節化 傾向
日本語母語幼児全体の記憶スパンのパターンは,モー ラのリズムで分節化した際のパターンと一致していた。
例えば,CVCの平均スパンは,1.9であり,日本語母 語幼児は,約2個の英単語を反復できた(CVC-CVC)。
これをモーラ単位に換算すると,約3.8個である。こ のように,5種類の音韻構造の英単語に対する平均ス パンをモーラ単位に換算したとき,CV,CVC,CVCV, CVCC,CVCVCは,それぞれ,2.4(4.8),3.8,4.4,3.3, 3.6であった。CVについては,方法の箇所で述べたよ うに,すべての英単語のVが長母音か二重母音から構 成されているため,正確に換算すると,( )内の4.8個 となる。このように見ると,音韻構造に関わりなく,約 4個のモーラ単位を言語的短期記憶内に表象していると 推測できる。このようなパターンは,中国語母語幼児の パターンとは異なっていたため,単に,英語を知らない 幼児のパターンを反映しているのではなく,日本語の影 響を受けたものであると考えることができる。
個人の単語スパンのパターンの分析もこのことと一致 している。日本語母語幼児において,中国語母語幼児よ りも,モーラパターンが多く見られた。ただし,すべて の日本語母語幼児がモーラパターンを示したわけではな く,音節パターンを示す幼児もいた。このことについて は,以下の可能性がある。第1に,個人の記憶スパンの 成績が必ずしもその個人の正確な記憶スパンを反映して いない可能性がある。本研究では,幼児にとって比較的
発声が困難であった音素を含む単語を除外しているが,
英単語は,幼児にとって新奇な単語であり,個々の音素 の発声に失敗した可能性がある。刺激音声の1つの構成 音素が反応では別の音素と入れ替わっている場合は,成 功 と評定したが,この評定基準をもう少し緩めること もできるが,そのことによって必ずしも個々の音素の知 覚・発声の問題を排除できるわけではない。第2に,単 語のタッピング(例えば,「ピーナッツ」を3回タッピ ングするか,5回タッピングするか)によって意識的な 分節化を検討したInagaki et al. (2000)では,幼児期か ら小学校入学にかけて,かな文字の習得とともに,音節 とモーラの混合パターン(3回と5回のタッピングの混 合)からモーラに基づいた分節化(3回タッピング)へ と変容することが示唆されている。日本語母語幼児にお いて,英単語についても,音節に基づいた分節化も多少 含んでいる可能性がある。
さらに,反復音声持続時間を測定したところ,1スパ ン段階の記憶負荷が小さい段階では,日本語母語幼児の 反復音声持続時間は,中国語母語幼児のそれと変わりは なかったが,最終スパン段階までに記憶負荷が大きくな ると,中国語母語幼児のそれよりも長くなった。このこ とは,日本語母語幼児がモーラのリズムで分節化し,言 語的短期記憶により大きな負荷をかけているという解釈 と符合する。
他方で,中国語母語幼児は,日本語母語幼児と異なる パターンを示し,しかも,音節のリズムで分節化した際 のパターンとは異なっていた。李ほか(2009)は,中国 語母語幼児では,英単語の語頭音の認識が苦手であるの に対して,音韻構造に関わりなく,反復課題のみに正答 する単語数が多かったことから,CCVCやCVCCのよ うな,より複雑な音韻構造の単語であっても,1つのま とまりとして知覚していると解釈している。このことか ら考えると,本研究の場合も,音素数や音節数に関わり なく,英単語を1つのまとまりとして知覚している可能 性がある。実際,Table 2では,CVとCVCVのスパンが CVCCのそれと有意差はあるものの,全体的に,ほぼ2 個前後の数になっている。
また,正答のうち,完全反応として評定された反応の 割合は,日本語母語幼児と中国語母語幼児の間で違いが なかった。スパン課題で用いた刺激の音素は日本語母語 幼児にとって比較的発声が容易なものを選別したが,刺 激の音素の知覚・発声の困難さが日本語母語話者と中国 語母語話者で異なっていて,そのことが両者のスパン成 績のパターンに影響を及ぼしているという可能性は低い と考えられる。
湯澤ほか(2012)は,日本語母語幼児と中国語母語 幼児に対して2〜5音節の英語非単語反復課題を行った。
その結果,日本語母語幼児では,誤反応や無反応が多く,
中国語母語幼児に比べると,完全正答数がずっと少な かった。また,非単語の音節数の増加に伴う完全正答数 の減少や音節再生数の増加は,3音節で頭打ちまたは床 効果を示した。他方で,中国語母語幼児では,非単語の 音節数の増加とともに,完全正答数が減少し,逆に,音 節再生数が増加した。音節再生数の増加は,中国語母語 幼児にとって,言語的短期記憶の容量に余裕があるから であり,5音節非単語における音節再生数の平均は,2.36 であった。この数は,Table 2の平均記憶スパンと符合 する。このように,中国語母語幼児は,2音節以下の英 単語では,英単語を1つのまとまりとして知覚している と推測される。
発達心理学・教育心理学への示唆および今後の課題 従来の研究(李ほか,2009;湯澤ほか,2012)では,
中国語母語幼児と比較して,日本語母語幼児における英 単語や英語非単語の反復成績が低いことが示されてき た。その原因として,日本語の音声におけるモーラのリ ズムが英語の音声知覚に影響を及ぼしていることが指摘 されたが,そのことは直接実証されていなかった。本研 究は,音韻構造を操作した英単語を用いたスパン課題に よって,日本語母語幼児の英単語の分節化傾向を検討し,
日本語母語幼児全体の記憶スパンのパターンがモーラの リズムで分節化した際のパターンと一致していることを 示した。このことは,日本語の音声におけるモーラのリ ズムが英語の音声知覚に影響を及ぼしていることを実証 している。
ただし,乳児期の段階から,母語のリズムに敏感であ り(e.g., Nazzi & Ramus, 2003),母語のリズムへの同調 が言語発達の重要な側面であることを考慮すると,この ことは驚くにあたらない。実際,大学生でも,第2言語 の音声知覚が母語のリズムに制約されることが示されて いる(Cutler & Otake, 1994; Otake et al., 1996)。本研究 の意義は,乳児期から一貫して,日本語母語話者の英語 の音声知覚がモーラのリズムに制約を受けていることを 示していること,そして,単純に幼少期から英語に触れ させることで,英語音声知覚能力や発話能力が容易に習 得可能であるという安易な認識を否定していることであ る。
もちろん,本研究は,日本語母語話者における音声知 覚の可塑性がないことを示しているわけではない。水口・
湯澤(2012)は,英単語の記憶スパン課題を手掛かり として,6年以上英語を学習した日本語母語大学生・大 学院生の英単語音声の分節化を検討したところ,彼らの 英語の音声知覚が全般に日本語のモーラの影響を受けて いるものの,英語能力の高い大学生・大学院生が英単語 音声の一部を音節に基づいて知覚することを示唆してい る。そのため,今後の課題として,幼児期以降,いつ頃 から,どのような英語の学習を行うことで,日本語母語
話者における英語の音声知覚の変化がどのように影響を 受けるのかを詳細に検討する必要がある。
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