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26-2 国際セミナー「南京を思い起こす 2013」の感想

ドキュメント内 HWH Healing the Wounds of History JSPS / open_research.html (ページ 131-140)

南京航空航天大学 羅萃萃

歴史のトラウマの世代間連鎖と和解修復の試みとする国際セミナー「南京を 思い起こす」ワークショップは、2009 年に始まって三回にわたって行われてき て、今回は最後になりました。もし、2007 年の南京大虐殺 70 周年の国際セミナー と 2012 年のワークショップ参加者インタビューを含めたら、私は、幸いに、

五回も体験させていただきまして、受けたものが多くて本当に良い思い出にな りました。それに、もし、四日間で一つの治療コースとすれば、私は、合わせ て五回にわたった治療全コースを体験させていただけたといえるのでしょう。

一人の治療対象として、本当によい人生体験をさせていただき、とても感謝し ております。

それにしても、六年にわたって付き合ってきて親しくなった先生方と参加者 のみなさんと別れて、また、いつ会えるかわからないと思っては、涙ぐんでし まうほど名残惜しくなります。でも、あくまでも歴史のトラウマを癒すワーク ショップですから、六年間をかけて行われてきたこのイベントが終了したこと は一つの治療コースが終わったと理解してもよいでしょう。

本当に感じたことが多いので、どうやって複雑で絡まっている感想をちゃん とまとめて書いていったらいいか、戸惑って整理にちょっと時間がかかりまし た。

実は、このワークショップに参加して、一つ一つのステップの進展に従って

私自身の身分や気持ちが次々に変わり、また、このワークショップや参加者を 見る立場も変わっていったので、よく、考えたすえ、次々と変わっている立場 から感じたことを分けて書かなければ自分の気持ちを全部表すことができな い。即ち、日本語通訳として、大学日本語教師として、それから日本から帰国 した華僑の子孫である治療対象として、かつての中日友好協会の役人として、

さらに、「南京を思い起こす」プロジェクトの参与者としての立場です。でも、

時間の関係で、ここでは、とりあえず日本語通訳としての立場から感じたこと と見たことを書きましょう。

1)通訳としての新鮮な体験

立命館大学の先生方が主催し、アルマンド先生が指導するこの「南京を思い 起こす」ワークショップの一人の通訳として、このワークショップに参加させ ていただけたことは、私にとって、中国語では「三生有幸」で、ほんとうに幸 いなことです。また、プロジェクトの先生方に私のことを信用していただいて 本当にありがたいことで、ここでお礼申し上げます。

実は、大学を卒業してから、いままで、いろいろな場所、場合で、様々な仕 事内容の日本語の通訳をしてきたが、今回のような通訳をしたことはありませ んでした。一つはこのワークショップの参加者の身分は特別でした。もう一つ は、このワークショップのような通訳内容は前例のないものです。例えば、ド ラマセラピー心理治療法研究者であるアルマンド先生のサイコドラマ的ファリ シテーターの言葉の他に、歴史専門家の研究成果の発表、文字の読めない幸存 者の泣きながらの証言、参加者たちの複雑な気持ちを込めた本音、芝居のセリ フなどです。さらに、通訳である自分自身も、毎日、複雑で、奇妙な気持ちで 通訳したことはなかったのです。

さらに、参加者はすべて、日中という戦争敵対両国の戦後二世代と三世代で、

戦争経験者から直接、間接にその影響を受けてきた人々だけでなく、相手国の 言葉や文化をほとんど知らず、しかも、相手国に行ったこともあまりなくて、

多かれ少なかれ、相手国に対して、不信、憎み、疑惑などの気持ちを抱いていて、

好感をあまりもっていない人が多かったようです。その上に、通訳した会話内 容の多くは、ずっと胸に抑圧されてきて、活火山が噴火するように、一気にず ばりと相手国に対する不信、憎み、批判、疑惑などを訴えたものが多かったの です。

それにも関わらず、通訳者である私自身も、ドラマセラピーの一つ一つの、

不思議で可笑しいエクササイズをさせられながら、毎日、芝居の俳優、プレイ バックの人体彫像、物語の主人公として自分の物語をみんなとシェアリングす る治療対象など、ステップが進むにつれて、次から次へと自分の身分を絶えず に変え、そして、身分が変わるに従って、心情も恥ずかしかったり、戸惑ったり、

悲しかったり、嬉しかったり、怒ったり、興奮したりするように変わりながら、

感情を込めた通訳をしていたのです。

これは、なんと新鮮で奇妙な通訳体験でしょう。なんと万丈波乱で勉強になっ た通訳体験でしょう。

それでは、次から通訳者としての感じや心理変化を話しましょう。

2)好奇心

2009 年に南京師範大学の張先生に「南京を思い起こす」ワークショップの通 訳の仕事を頼まれた時に、これはただ四日間にわたる普通の中日文化交流のイ ベントだと思いました。具体的な内容をちょっと聞いたら、その説明をいくら 聞いてもピンと来なくて首を傾げていました。なぜかというと、実は、説明し てくれた人自身も、そのプロジェクトの具体的な内容について、もやもやして いるし、心理学院の専門家に聞いても、ただ、聞いたことがあるようだが具体 的にははっきりわからないという答えをもらっただけなのです。あくまでも、

話し手にとっても、聞き手にとっても聞いたことも、見たこともない新鮮な心 理治療実験的ワークショップですから、これを理解するのには、この身で参与 しながら勉強するしかないと覚悟して、かえって、好奇心に大いに駆られて、

探検のような気持ちでこのワークショップの始まる日を首を長くして待ってい たのです。

3)半信半疑

80 年代から、いままで、数え切れないほどの中日友好交流の通訳をしてきま した。しかし、今までの中日の交流双方はほとんど、相手に友好か好意を積極 的に示そうとして、なるべく穏やかな口調で交流する人々なので、通訳者は、

できるだけ、双方の友好を求める気持ちを相手に伝達すれば交流は円満にでき るのです。

けれども、今回の仕事は例外です。なんだか、交流双方は、わりと相手国の

ことを知らないし、年齢層や身分もさまざまでした。しかも、ほとんど相手に 対して、敵意、憎み、不満、不信、批判、恐怖さえもある、などの心情を持っ ています。通訳者は、このような双方の心の底に抑圧されてきた気持ちをなる べく、徹底的に通訳して、相手に伝えて、相手に理解してもらって、最後、双 方の戦争トラウマが癒され、和解に達するという仕事だそうです。

初めは、この仕事は意義あると思ったが、その新鮮で、見たことのない不思 議な心理治療の実験手段、さらに、四日間しかない治療コースで、果たして理 想的結果に達することができるのかと、とても半信半疑だったのです。また、

治療コースはほとんど双方のコミュニケーションで完成するので、交流の架橋 である通訳の如何は、治療結果の如何に繋がるでしょう。そう思うと、とても 心細くなったのです。

4)心配 

2009 年のワークショップ、すなわち一回目の初日の通訳をしてみたら、案の 定、心配したことは出てきました。

まずは、ドラマセラピー心理治療法をめぐる新しい外来語の単語が次から次 へと話されたことです。ウォームアップの活動から、見たこともない、聞いた こともない、説明されても、すぐにはピンと来ない、イメージの想像できない ワークショップの一つ一つのエクササイズの説明を正確にタイムリーに通訳し なければ、中国側の参加者は、みんなについていけないし、次から何か新しい サイコドラマ的な指示が出されるかは予想もできません。その上に、通訳をす る人もみんなと一緒に、その次から次へと出された指示に従って怪しい手振り や身振りをしなければなりませんでした。

それで、ドラマセラピー心理治療法の専門用語をちゃんと、一つ一つのステッ プの進展に間に合うように、通訳である私は目も耳も体も緊張して、アルマン ド先生の身振り手振りを見ながら、彼の真似をしながら、最大限に頭を動かし てそのステップの内容を理解して中国語に訳したり、時には、わかりやすく説 明するために、可笑しい動きをもっと大げさにしなければならなかったのです。

初日の通訳は、このようにモヤモヤしているうちにやってしまったのです。

通訳も、参加者も、みんな五里霧中(中国語では「一头雾水」)の中を、興奮 の中を、心理治療のわけもわからない一日を過ごしたのです。それにしても、

ほとんど、コミュニーケーションを通じてワークショップを進めていくので、

ドキュメント内 HWH Healing the Wounds of History JSPS / open_research.html (ページ 131-140)