南京師範大学 心理学院 翁晶
今回のドラマセラピーワークショップに参加して得た収穫は多いです。表か ら見れば、私達はただいくつかとても簡単なワークをやっていたと見えるだけ です。例えば、声を出したり、作った表情を見せたり、プレイバックなどのパ フォーマンスを示したりしただけです。しかし、一つ一つのワークが完成する にしたがって、私たちの心はいつの間にか押されて自分の胸のそこに迫り、統 合されたように感じました。ワークショップに参加した感想をまとめている今 も、実は、もう一度内心を探求し、統合する体験だと思います。自分に素直に 直面できるように期待しています。
初日に、簡単な開会挨拶の後、すぐ、ドラマセラピーに親密に接触し始めま した。最初に行われたエクササイズは「熱いジャガイモ」のリレーでした。新
鮮な体験でとてもおもしろかったのです。誰も彼も一生懸命にこのリレーに投 入しました。会場の雰囲気は一体になったように一致していました。すべての 人が同じ状態に投入したら、まるで一つの「熱いジャガイモ」はみんなの手に よって投げ回されるように見えました。
その時、ある奇特な感じがしました。まるでみんなは同じで一人の人間になっ て、おなじ目標に向かっている感じでした。お互いに面識がなかったのに、そ の瞬間、互いの距離感が急になくなり、間に立った壁も消えてしまいました。
また、年齢の差も、国境も、学校も、時代も、文化の差も、さらに性別の差も なくなったようです。今にして、思い出して考えても、そんな感じはもっと強 くなりました。
ドラマセラピーという治療法は一つ目のエクササイズを体験しただけで、す でにその独特な魅力をしみじみと感じました。もちろん、ワークショップをす るグループのメンバーは、皆、互いに面識のない人同士で、個人のイメージに 関わると、周りの人の評価を気にすると、あやしいエクササイズをする時に、
周り構わずにすることができないことがあります。認めざるを得ないことは、
私自身は何度も、いくつかの動作をする時に、要求通りにやらなかったのです。
つまり、状態に「投入」していなかったのです。地形の模型ゲーム授業の教師 の話で言えば、そのピーク体験の状態から「出てしまった」という状態です。
一旦、その状態から出てしまったら、さまざまな評価システムに妨害され、要 求される動作をする時も、違和感がしてできなくなります。
次から、時間順序に従って振り返りながら、感じたことを話しましょう。こ こで、最も深い印象の体験をいくつか話したいのです。
まず、戦争トラウマについての理解です。中日戦争後の第 3 世代として、自 らおじいさんとおばあさんにこの方面のことを教えてもらったことはとても少 ないので、戦争体験というものはほとんど持っていません。戦争についての情 報は、ただ、映画などの作品から、あるいは図書の資料からをすこし知っただ けで、自分と直接に繋がったことはなかったように思います。でも、やはりそ の年代の人々について、日本人を日本鬼子と呼んでいました。しかし、キリス ト教を信仰してから、すべての人を愛すべきだと教えられてから、国境や異文 化に制限されなくなり、他人にしたがって日本人のことを判断することもなく なりました。というのは、判断を下す人は私たちではなくて、神だと思います から。
今回のワークショップを通して、私は、戦争はあの年代に起こったことだが、
その戦争につけられたトラウマはこの時代の人に影響を与えてしまうことを意 識するようになりました。あの歴史を振り返るとき、その恥、苦しみ、無力、
怒り……などを共感することができます。このワークショップに参与した若者 が自分の感情を表す時に使う言葉や文章を見て、戦争がもたらした暗い影は、
今でもこの世代の人々の心に広がっていることがわかります。
許しというのは、本当に容易なことではありません。我々はワークショップ を主催する誠実な日本の先生、我々と友好関係を結んだ日本人を許すことがで きるが、日本民族全体のことを言及する時に、やはり多くのマイナスな表現を してしまい、訴えたのは、相変わらずマイナス的な感情です。このことから、
前に言った許しは、やはり条件がついたものでしょう。つまり、許しは安全感 という基礎の上に成り立つことだと思います。
したがって、ほとんどの人は無条件に許すことはできないでしょう。ドラマ セラピーの意味はいったいどこにあるのでしょうか。私たちを率いて許しとい う道に向かっていこうというのでしょうか?しかしながら、なんだか、今の治 療のポイントは侵害された個人個人のマイナスな感情の発散と表現にあり、侵 害された個人個人の内心の統合と釈放にあるように思われます。
もし、そうだとすれば、考えてみましょう。個人のマイナスな感情が発散し てしまい、統合に達して、もっと和やかになり、そうして、この歴史を改めて 見直すようになる時に、もっと落ち着いて歴史に直面するようになり、もっと 許す態勢になっていくのでしょうか?もちろん、これは、ただ私個人の推定だ けです。治療はまだまだ、いろいろな他のプロセスを経るかもしれません。そ れらのプロセスを経てはじめて侵害された者を許す道に行かせるようになりま す。これから、このような研究をしていくべきかもしれません。
次は、私自身のドラマセラピーへの認識です。今回の治療全過程を振り返っ てみて、アルマンド先生は、私たちを連れて徐々に進んでいくことがわかりま した。
まずは、一人から一人への声、表情、動作、感情のリレーのステップです。
次は、一人や二人で、ある道中のシーンを演じるステップです。それから、二 人でペアにして、言語や非言語のコミュニケーションを行うステップです。そ の後、他人の感情状態への共感を、身振りや声、言葉で表現するステップです。
ワークショップはこのように進み、だんだん、小グループの形で静的なプレイ
バックをパフォーマンスするステップになり、最後のステップは、全員で一つ のまとまった劇を演じる形になるものです。
ドラマセラピーを受ける前に、ドラマセラピーとはおそらく芝居の形で、何 かを見せてくれるだろうと思ったが、ワークショップに参加してみて、とても ありがたく感じました。アルマンド先生は初段階において小グループの形で、
討論やパフォーマンスをみんなに要求しなかったのです。初段階でやった一つ ひとつのウォームアップのエクササイズは一つも欠かせないと思います。しか も、ステップの間も、繰り返して復習するチャンスもくれました。例えば、毎朝、
必ずいくつかの基本的動作や声のリレーをします。それらのエクササイズをし て、新しい一日を開け、また、一日の終了作業として、必ずみんなで、指で同 心円を作って一日の活動を終え、その同心円で、過ぎ去った一日のワークショッ プの活動を確認します。
私自身も、最初は緊張して、あまりオープンにできなかった状態から、何も 構わずに自分を投げ出したように自由自在な状態になった過程を経験しまし た。もちろん、その間には、繰り返しがありました。例えば、一日の休暇を取っ たことがあり、戻ってから、またも、いくつかの適応過程を経験しました。
今、ワークショップが終わったのですが、私個人の体験はまた継続していく ことができると思います。というのは、少なくともその高度なリラックスのピー ク状態を経験したことがあるから、その状態の感覚はこれからの参考になると 思います。自分の体験で、あのピークに達する鍵を見い出し、いつでもそんな playの状態に入れることを期待します。
最後になりますが、今度のワークショップを主催した先生方に心から感謝し ます。また、今回のワークショップで知り合った友達のみなさんに感謝します。
みなさんのおかげで、私は視野がもっと広くなり、考え方ももっとオープンに なりました。
これから、みんなが自分特有の、自分の心と接続モードを見つけることを期 待します。この接続モードはドラマセラピーか、地形の模型か、あるいは、別 の形かもしれません。とにかく、自分をそのピーク状態の体験へ導くものです。