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(兵庫県歴史博物館r世の中かわれば

      関係年表    3月下旬から全国的に「御蔭参り」が流行    天保の飢鰹(〜36年)

   安政大地震

   日米修好通商条約調印、安政の大獄    薩英戦争、八月十八日の政変、天謙組挙兵    禁門の変、第1次長州征伐

1月 薩長連合(同盟)成立 6月 第2次長州征伐(〜8月)

   江戸・大坂で大規模な打ちこわし

   三河(愛知県)で「ええじゃないか」がはじまり、全国的に流行

10月大政奉還

12月王政復古の大号令

1月 鳥羽・伏見の戦い(戊辰戦争開始)

3月 五箇条の誓文、五傍の高札、政体書公布 4月 全国的に流行したrええじゃないか」が    兵庫県宍粟郡山崎で終わりを告げる

      ええじゃないか』孔文館、1997年より)

(3)資料に関する考察

 a r神仏御影降臨之景況」(1)

鍵懸

  (兵庫県歴史博物館『世の中かわれば ええじゃないか』孔文館、1997年)

 ・中央に見える旗には、「日光東照宮」の文字が見える。

 ・この葬列は、徳川幕府の葬列をあらわしている。民衆が徳川幕府の終焉を  期待していることを示している。

 ・先頭で馬に乗っている外国人を、乞食や馬方が石や棒で追い払っているの  は、開港による物価高への怒りをあらわしているとも考えられる。

b 「神仏御影降臨之景況」(2)

      (前掲『世の中かわれば ええじゃないか』)

・相模国藤沢宿(神奈川県藤沢市)のrええじゃないか」のようすを描いた ものである。

・富んだ家の前には、酒がおかれ、ふるまわれる。もち米はまかれる。

・88・

第3章民間信仰に視点をおいた日本史教育内容開発

 ・天照大神や、御仏だという噂が広まり、祝い叫ぶ声が町にあふれている。

 ・降札を祀っている人の姿が窺える。

c「豊饒御蔭参之図」(ほうじょうおかげまいりのず)

94蟄饒鐡癒嚢之麹 嶽館

      (前掲『世の中かわれば ええじゃないか』)

・r天照皇太神宮」r八幡宮」r水天宮」r住吉大明神」r稲荷大明神」

「蛭子大神」「秋葉大権現」「春日大明神」「天満宮」「神田大明神」

「不動明王」「三島大明神」「牛頭天皇」などの降札がみられる。

・お札以外に、神像、仏像、小判が降ってきている。

・降ってきた神仏が、光を放っている。

・民衆の表情から、新しい世の到来や世直しへの期待の大きさが窺える。

3 「rええじゃないか1にみる幕末維新』の教授計画書

(1)単元名  rええじゃないか」にみる幕末維新

(2)単元設定の理由

 幕末史はこれまで人物学習や追体験学習など多くの手法で、学習の方法が模 索されてきた。この時代は、歴史上名高い人物が多数排出され、それら人物の 業績や事件を中心とした学習方法が一般的におこなわれてきた。しかし、その ような学習スタイルでは、一部の人間の業績に学習する内容が偏ってしまい、

為政者中心の歴史でしかなかったように感じられる。そもそも、人口の大多数 を占めていたのは農民であり、町人である。そして、この大多数の民衆のr考 え」や「願い」を無視して歴史は成り立つものではないはずである。これまで 等閑視されていたこの時代の民衆の動向に着目して幕末のようすを見直すこと は、歴史を多角的に考察する意味においても意義あることである。また、rええ じゃないか」に視点をあてた場合、伊勢講などにみられる地域の信仰と関連付 けることもできる。「ええじゃないか」の運動は兵庫県内でも頻発しており、現 代にもその影響が残っている地域が存在する。このことは、地域史学習の観点 からも大切な要素を含んでいる教材であるといえる。

①教材観

 伊勢信仰と関連の深いrええじゃないか」は、文献資料も豊富に残っており、

絵画資料を通して当時の民衆の心性に迫ることができる。また、民衆の凝集性 を高めた伊勢信仰と皇室の関係を整理することによって、明治時代の廃仏殼釈 や、国民意識を考える一助に繋げることもできる。

②生徒観

 生徒にとって幕末は一部の人々によって形成されたと考えがちであるが、実 は民衆の行動が大きな影響力を持ち、時代を変革させたことに気づかせるもの

としたい。また、地域史との関係を考えることも大切である。

③指導観

 さまざまな資料を活用することは、新学習指導要領における「地域社会の歴 史と文化」につながることはもとより、r資料を読む」やr資料にふれる」にま で及ぶことができる。また、当時の民衆の心性から幕末史を考えることは、為 政者のみが新しい時代をつくったと考えがちな歴史の偏重を是正し、生徒に今 を主体的に生きる大切さを認識させることができる。そのことは、社会認識を 形成する意味においても大切なことである。

(3)単元の指導目標

 ・「ええじゃないか」に見られる幕末の動向について、民衆の視点を含めて、

  その原因や経過について進んで調べようとすることができる。

   【関心・意欲・態度】

一90・

第3章 民間信仰に視点をおいた日本史教育内容開発

・なぜ「ええじゃないか」の動乱は発生したのか。幕末史の流れの中でその あり方や民衆の心情について考えることができる。【思考・判断】

・rええじゃないか」について、絵画資料やさまざまなメディアから情報収集 し、調べ発表することができる。【技能・表現】

・幕末史を概観し、この時代に表出した民衆の動向である「ええじゃないか」

について、民衆の視点と、統治体制の側からの視点で比較考察して、その 限界性や時代の特色を理解する。【知識・理解】

(4)単元の指導計画(全2時間)

 <導入>  rええじゃないか」の核をなす歴史事実とは何か。

<展開> なぜ「ええじゃないか」は起こったのか。

   oこの時代の政治体制はどのようなものであったか。

   oどのような背景があったか。

   oどんな事象をとおして神格化されたか。

<終結> なぜ「ええじゃないか」は民衆に広がりをみせたのか。

   o維新と民衆の関係はどのようなものであったのか。

   ○この時代の信仰はどのようなものであったのか。

   oこの時代の文化とはどのようなものであったのか。

(5)問いと知識の構造 く問いの構造>

 単元を貫く問い:幕末維新に民衆は何を思い、考え、行動したのか。

 中核となる問い:A、B、C、D

A:「ええじゃないか」の背景はどのようなものであったのだろう。

 A−1:当時の民衆はどのように社会をみていたのだろう。

 A−21当時の政治体制はどのようなものだったのか。

B l「ええじゃないか」の核をなす歴史事実とは何か。

  B−1;「豊饒御蔭参之図」(ほうじょうおかげまいりのず)は何を      物語っているのか。

    B−1一あ:天から降っているものは何だろう。

    B−1一い:お札にはどんなことが書かれているだろう。

  B−2:人々はなぜ踊っているのだろう。

C l rええじゃないか」はなぜ起こったのだろう。

  C−1:御蔭参りと伊勢信仰は、江戸時代を通じてどのように信仰されて      きたのだろう。

  C−2:どんな事件を通して神格化されたのか。

D:なぜrええじゃないか」はこれほどの広がりをみせたのだろう。そして急  激に終息したのだろう。

  D−1:民衆はrええじゃないか」に何を感じ、行動したのだろう。

  D−2:「ええじゃないか」はなぜ終息したのだろう。そして、「ええじゃ      ないか」の限界はどこにあったのだろう。

<知識の構造>

A−1

  当時のようすを風刺した絵から読み取れることは、民衆は江戸幕府の終焉  を予感している。「旗」に見られる「日光東照宮」は江戸幕府を意味し、その  幕府の葬列を描いている。また、先頭にみえる馬に乗った外国人を、乞食や  馬方が石や棒で追い払っているのは、開港による物価高への怒りの表れでも  あり、民族意識のあらわれでもある。

A−2

  ペリーの来航から第二次長州征伐までの政治史の流れを、理解する。特に、

 第二次長州征伐の失敗は、幕府の権威を失墜させ、世直し一揆が叫ばれるよ  うになり、開港による物価の上昇も相まって、為政者への不信がはっきりと  示されるようになった。

B−1

  1867年に、三河にはじまったとされる「ええじゃないか」の民衆の狂乱の ようすを伝えている。

  B−1一あ

・92一

第3章 民間信仰に視点をおいた日本史教育内容開発

  多数のお札や小判、神像、仏像が降ってきている。また、降ってきた  神仏が光を放っている。

B−1一い

  お札に見える文字は、r天照皇太」r大黒点」r豊川稲荷」などさまざま な文字が散見できる。お札は、祭壇などに祀り、そこへ周辺の人々が参 詣し、祝宴が催されやがて乱舞となっていった。

B−2

  幕府倒壊前後というまさに時代の節目で、社会の変革や世直しを願う民衆  は、新しい時代への不安や日常生活の不安を、さまざまな神々の降札を通し  て「ええじゃないか」によって表出させた。

C−1

 江戸時代を通じて、比較的大きな御蔭参りは5・60年周期で、約15回発

生している。抜け参りなどの形式も見られるが、「男女とも一生に一回は年齢  にかかわらず参宮せねばならない」といわれるようになり、各地に伊勢講が  できた。

C−2

  当時、お札が降ってくると、吉兆のあらわれとして、奇跡がおこりつつち  る、又は、奇跡のおこる前兆といった印象付けのはたらきをした。

D−1

  降札のあった家では、近い将来においてよいことがあると信じて、祝福し  た。また、庄屋や地方の富農のように裕福な家に降ることがほとんどであっ  たので、お祝いにきた人々に酒食を振舞った。あちこちで降札がおこり、や  がてお祭り気分となり、華やかに飾ったり、扮装をこらすなど、民衆は欝積  した気分とは打って変わってrハレ」の意識の中で「ええじゃないか」と離  したてながら踊りだした。そして、新しい世の到来を願った。

D−2

  自然発生的におこったrええじゃないか」は組織的な民衆の行動ではあっ  たが、統率する者は存在せず、秩序もばらばらであった。そこに、この「え  えじゃないか」の限界性がみえる。また、推論の域は出ないが、倒幕派の影