第2章 日本史教育における民間信仰活用の意義と方法
第2章 日本史教育における民間信仰活用の意義と方法
明治半ば以来立憲政治がおこなわれてきていたにもかかわらず、ほんとうに正しい、
各人の公明な判断に基づく選挙は行なわれずに4
と指摘している。このことは後に、「かしこく正しい選挙民の育成」こそが社 会科の目標であるとして結実することになるが、このように、「各人の公明な判 断に基づく選挙」を改善の柱としていることが理解できる。そして、その実現 のために社会科に大きな期待を寄せたのである。
昭和28年、教科書『日本の社会』が刊行され、柳田社会科が具体化する。
そして、『社会科単元と内容』が発表され、それを理論的に確立させたのが『社 会科教育法』であるとされる。さらに、その翌年にはr学習指導の手引き』が 刊行されている。では、柳田はどのような考えをもって社会科を捉えていたの か。柳田社会科の理論について、柳田社会科理論の一応の結実とされる『社会 科教育法』および『学習指導の手引き』を通して整理したい。
結論から言うと、柳田は社会科の最終目標をrかしこく正しい選挙民になる こと」としている。このことは次のことから理解できる。
社会科とはrかしこく正しい選挙民になるにはどうすればよいか」とも表現すべき、
5 大きな問題解決学習だといえる
と目標を規定している。ただし、その問題解決の方法については次のように 指摘している。
その問題解決の方法について、教師はいろいろの形、方式を挙げて援助するけれども、
なおどういう解決の仕方が一番正しい、望ましい行き方であるかは、そこから子供たち が選んでいく。それに対して教師が、一種の模型的な形において一つの実演をしてみる ということはかまわないが、これが正しい判断である。こうすれば望ましいことになる のだと、最初からきめて与えてやることは絶対にいけない6
としている。そしてその目標を達成させるために必要なものが「歴史・地理・
道徳教育」であるとし、その柱となるものが歴史教育であるとしている。それ は次のことからも理解できる。
社会のもつ諸性質を分析して見る時、今日の社会の現実が過去の諸制約、諸条件を基 礎として、また今後の社会が今日の社会を前提とし、それを条件として進むであろうこ とは自明の理であるが、このことはいうまでもなく歴史を考えることなくして今日を理
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7 解することはできないということである
と述べている。そして、ここでいう歴史教育とは「史心」の育成を意味する としている。このr史心」については、幾度か出てくるが、その到達点であっ たと考えられているのが、次の発言である8。
史心とはr社会は動いていくものである」という確信をもつ心をいう。その基礎には、
今は昔と違っているということ、昔から今の間には、変遷なり発達、進歩があって、現 実を昔と変えてきているが、それと同様にこれからも変えていくことができるものであ るという確信をもつこと、これが即ち史心なのである9
では、どのようにして史心を育成するのかであるが、その方法としては次の 発言から理解できるように、歴史を倒叙的にみるとしている。
今から近い時代をさきに調べて、その前その前というふうに逆にたどっていく10 このことから「いま」と「ここ」を重視して、そこから疑問を連鎖的に抱か せる歴史教育の方法であったことが理解できる。それを示しているのが次の発 言である。
歴史は毎日の実生活の中に、いくらでもその問題を投げかけていることを理解させる 1ユ
だけでも、教育的には意味が大きいのではないだろうか
また、このとについて、谷川彰英氏は次のように整理している。
まず(1)時代の変化変遷を認識させ、(2)次にそれがrなぜj変わってきたかと いうr疑問」を起こさせ、(3)さらにその変わったr原因」を探らせて、(4)歴史と いうものへの「人の一生の関心」をひきつけるのが、柳田のいう「史心」の育成であり、
また歴史知識の日常化、常態化である12
としている。rいま」とrここ」を起点とし、日常生活で自己が経験する、目 で見たり、耳で聞いたり、思い浮かべたりする歴史事象を、詳細にみること、
それが歴史であり、それを行なうことが歴史教育であると捉えていることが理 解できる。つまり、文化は生活の中にあり、また、歴史も生活の中にあるとい うことではないだろうか。だからこそ柳田氏は社会科を「世問教育」として位 置付けたということも理解できる。
(2)人の一生の検討
昭和26年に『社会の単元と内容』で初めて柳田社会科の内容が明らかとな った。その後昭和29年に刊行された『学習指導の手引き』で示された第二次 単元で一応の完成をみる。ここではその第二次単元に示されている、第六学年 の単元「報道、日本の貿易、世界の人々、社会と人、選挙と政治、平和、人の 一生jの中から小単元「人の一生」を取り上げて検討する。ただし、小学校段 階ということを考慮して、内容に立ち入るのではなく、話題(トピック)と目 標の関連性に視点をおいて考察するものとする。r人の一生」の配列と目標をま
とめると以下の表になる。
<小単元r人の一生」配列と目標>
単元 小単元 話題 目標
人の一生 赤ん坊時代 誕生、食い初め 人の一生には幾つか
(6年) 死ぬ確率の高い時期、言葉を覚える の段階がある 幼年時代 七五三の祝い
少年時代 小学生 幼少者、老人に対する
中学生の生活 思いやり
青年時代 成人の日 一人前の働き
壮年時代 結婚家族が増える 人生を力いっぱい過
大いに仕事をする ごそうとする態度
老年時代 老後、喜寿の祝い
みんなが幸せに 不幸な人のないように みんなの幸福と社会 なれるように みんなが幸せになれるように 保障制度の必要
表からも理解できるように、いくつかの話題(トピック)がまとめられて小 単元となり、それがさらにまとめられて単元が構成されている。内容的にはそ れぞれの話題には民俗事象が含まれており、身近な事例を通して人生について 学習が進むものと思われる。また、目標では、「人生を力いっぱい過ごそうとす る態度」「みんなの幸福」といったことから「世間教育」を重視していることが 確認できる。それは同時に「かしこく正しい選挙民」を社会科の最終目標とす るねらいとも繋がっている。これらのことから、「いま」と「ここ」を起点として、
過去を知り、現在を理解し、未来を創造することを主眼とした歴史教育への姿 勢を読み取ることができる。
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(3)柳田社会科の考察
「いま」と「ここ」に視点をおき、日常的な生活の中から社会を考えさせて いこうとする柳田國男の思想や考えは現代において消滅したわけではなく、む しろ見直されてきているとさえ感じられる。なぜなら、知識教育中心近代教育 について、そのあり方が問われる現代において、社会科のあるべき姿の一端を 示しているように思えるからである。柳田氏は近代教育のありかたについて、
次のように批判している。
いわゆる世間教育は、昔はみんな子供の時分から、家庭や村々において行われていた のである。ところが学校教育が整ってきたがために、かえつて家庭の教育がおろそかに なり、学校もそれを卑俗なものとして取り上げようとせず、無視するようになった。そ こを改めていかなければほんとうの教育にはならないというのが、われわれの考えであ る13
つまり前代の教育は、生きていくための生活教育であり、経験主義にもとづ いていた。しかし、近代教育は科学的な知識教育に偏重してしまい、生きてい くための生活教育がおろそかにされてしまっている。しかし、この生活教育こ そが実践せねばならない教育であることを主張している。そのような生活教育 の基本として、柳田は社会科教育において「世間教育」の重要性を主張してい る。そして、「世間教育」を通して、「一人前の選挙民」をつくることが、社会 科教育、歴史教育の最終目標であるとしている。
これらのことから、疑問を重視し「いま」とrここ」を起点とした柳田社会 科は社会科教育や歴史教育の中に民俗学的視点を導入し、民俗を単なる事実認 識としての捉え方でなく、民俗事象のもつ意味を時代の変遷の中で理解するこ とが大切であると考えていた。つまり、民俗事象を考察することによって、過 去の社会のしくみや、現代との関連性あるいは相違点を理解し、未来への指針 を手に入れることのできる学習が可能であると考えていたと思われる。このよ うに、柳田國男が社会科教育や歴史教育において民俗学によせた期待の大きさ が理解できる。
2 現行の歴史教育の問題点
高等学校の教育現場における歴史教育には、歴史認識の問題、評価の問題など