一52・
八幡信仰 5. 心の耐火・耐震 治承4年(1180)と永禄10年(1567)
一正倉院はなぜ焼 の二度の戦火を潜り抜けてきた正倉院。東 け残ったのか一 大寺は宇佐八幡から勧請された手向山八
中 幡が、鎮守として鎮座する。なぜ、八幡神
世 を聖武天皇は勧請したのかを考えながら、
神仏習合を考察し、1000年以上守られた 正倉院と八幡神を廃仏殿釈との関係も含 め考察できるものとしたい。
地蔵信仰 6.地域に息づく地 地蔵盆やさまざまな逸話(砂かけ地蔵、笠 蔵信仰 地蔵等)にみられる地蔵信仰を通して、地 域の地蔵信仰を考察できるものとしたい。
祇園祭 7.祇園祭と町衆 古代から続く霊魂観の変遷の中で祇園 祭を考える。一時中断されていた祇園祭 が、庶民の経済力の向上に伴い、宮座を中 心とした町衆の力によって再興されてい
くようすを、時代背景の中で考察できるも のとしたい。
一味同心
8.土一揆
支配者側に残された史料による歴史の 一味神水 柳生の徳政碑文が 解明は数多く見られるが、被支配者側の史語るもの 料に基づくものは多くない。民衆によって 残された「柳生の碑文」に焦点をあて、「大 乗院日記目録」と対比しながら当時の一揆 の特色を考える。また、一味同心・一味神 水にみられる民衆の凝集力に視点をおい て当時の社会背景を考察する。
伊勢信仰 9.伊勢参り、大神 江戸時代の農民の生活を、年中行事や信 宮へもちょっとよ 仰生活からとらえさせる。封建社会の中
り で、家内安全や豊作を祈ったり、余暇を楽 しんだ農民の心意をとらえさせる。約50 年周期で起こった御蔭参りの実態や、地域
における代参講を通して、当時の社会背景 を考察できるものとしたい。また、東海道 五十三次や天保国郡全図などを使用して、
伊勢参りに名を借りた当時の民衆の旅な どから、当時の社会背景を考察できるもの
としたい。
近 10.ええじゃないか 幕末維新は一部の者が成し遂げたよう 世 にみる幕末維新 に思われるが、当時の民衆は社会の変革期
に何を考え、どのように行動したのかを rええじゃないか」という幕末の民衆運動 を通して考察できるものとしたい。
義民信仰 11.人神となった義 佐倉惣五郎や杉木茂左衛門などの義民伝 民を通してみる一 承と百姓一揆とを関連付ける。17世紀後 揆と打ちこわし 半から18世紀にみられる一揆の特徴と、
当時の社会背景を考察できるものとした
い。
・54・
第3章 民間信仰に視点をおいた日本史教育内容開発
庚申信仰 12.地域の庚申信仰 近世の庶民が受け入れた庚申信仰は、公 家・武家などによるものとは違い、五穀豊 穣の祈願として信仰されるものが多かっ た。さらに、庚申講は、飲食を共にする場
となり、数少ない娯楽の一つとなってい た。庚申塔は比較的多く残されており、地 域における庚申信仰を通して、当時の人々 のものの考え方・信仰観、地域の人々がど のように生活していたかを理解できるも のとしたい。
盆踊り 13.地域に根ざす心 盆は祖先の神に感謝して五穀の実りを のルーツ 祈り、霊をなぐさめ、祖霊をおくる行事で
ある。また、盆踊りは庶民の楽しい催しと して発展してきた。現在もなお各地の特色 を残して続く盆踊りを通して、その地域の 歴史を理解し、日本文化の中における地方 の特性をつかませるものとしたい。
巡礼 14.巡礼の旅 巡礼は、定まった地域の中の道を巡歴す お遍路の道 る宗教行為である。そして、巡礼道を一回 りすることに意義が認められている。信仰 的性格が色濃く残る四国八十八ヶ所めぐ
りなどを現在のお遍路さんとの比較を通 しながら考察するものとしたい。
廃仏殿釈 15.廃仏穀釈 明治維新政府は、祭政一致を目標とし、
明治政府が急ぐ近 神社を国家統合の機関にしようとして伝 代化の道 統的な神仏習合の信仰形態を一掃し、国家 神道としての体裁を整えるために神仏分 離政策を行った。民俗信仰とそれらの行
近 事・習俗、地域に根ざした講なども近代化
■現 にはふさわしくないとして禁止された。し
代 かし、民衆の宗教心は政府から押しつけら
れた圧力ではなくならず、多くの寺院が再 興されていった。そのような維新期におけ る民衆の心性を、さまざまな角度から考察
したい。
主題学畠
民間信仰 日本人の生活と信仰 主題に対する生徒の調査・発表 習