Eq. 2-10
では、リガンドとアナライト間の特異吸着を記述するLangmuirの式145-146について説明した。
Langmuir の式は、正式には Langmuir の等温吸着式と呼ばれ、リガンドとアナライトの吸
着に用いる場合は、一定温度下で溶液中のアナライトがリガンドに吸着する際の濃度と吸着 量の相関関係を表した式となる。 Langmuirの等温吸着式では、以下に示す5点を前提とし ている。 (1) 吸着サイト(リガンド)と吸着質(アナライト)は1 : 1で吸着する。(多層吸着は生 じない。) (2) 吸着サイトは均一である。(吸着サイトと吸着質の吸着力は一定である。)
(3) 吸着サイト間や吸着質間の相互作用はない。 (4) 空の吸着サイトを M 、溶液中の吸
着質をS、吸着サイトに結合した吸着質をM-Sとすると、それらの間には、M + S ←→ M-S
の吸着平衡が成立する。 (5) 吸着熱の吸着量への影響は考慮しない。 その他の吸着式 として、Henry の式(古典的な理論式で濃度と吸着量が比例する)、BET の式(多層吸着が 生じる場合を考慮した理論式)、Freundlich の式(吸着熱と吸着量の関係を含む実験式)が あるが、バイオセンシングにおけるリガンドとアナライトの関係は、概ね Langmuir の等温吸 着式で説明可能な関係を示す。
Langmuir の等温吸着式の一般式は、吸着速度と脱着速度が等しい(吸着平衡である)と
いう関係から、吸着平衡定数を K ( = 吸着時の速度定数 Ka / 脱着時の速度定数 Kd )、
吸着質の平衡濃度を C、被覆率を θ ( = 吸着質が吸着した吸着サイト数 / 全吸着サイト 数 )、θ = 1 の時の飽和吸着量をVmax とすると、Eq. 2-10 のように吸着質の吸着量 V が 表される。
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⊿ f =
1 + K ・ [Avidin]
⊿ f
max・ K ・ [Avidin]
Eq. 2-11
この式から、Langmuir の等温吸着式は、C が大きくなり KC が大きくなると V は、V = Vmax に漸近し、C が小さくなり KC が 0 に近づくと、V はHenryの式(濃度と吸着量が比 例)に漸近することがわかる。
また、実験においては、Eq. 2-10 を実験に適した形に変換して使用される。 例えば、
MMDの周波数変化⊿f によりMMD表面に吸着した Avidinの定量を行う実験を例にする と、MMD の周波数変化量を⊿f、MMD の飽和周波数変化量を ⊿fmax、Avidin 濃度を [Avidin]、平衡定数を K とすると、Eq. 2-10 は、Eq. 2-11 のように変換して使用される。
2-5. 先行法の概要
MMDを用いた物質定量測定法の先行法として、分子間相互作用解析で用いられる SPR センサーや QCM センサー、臨床検査で用いられる ELISA やイムノクロマトを挙げることが できる。 本節では、本研究と最も関連があるSPRセンサーについて、概要を説明した。
2-5-1. SPR センサーの概要
SPR センサーでは、金属と液体界面で生じる表面プラズモン共鳴 113-121という光学現象を 利用して、センサーチップ表面で生じる微量な質量変化をSPRセンサーのシグナル変化とし て検出している。
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Au Glass plate リガンド
ω ⊿ω
Fig. 2-14 A method of measuring the mass of an analyte using an SPR sensor.
Fig. 2-14 に、SPR センサーの測定方法を示す 148。 光を金薄膜とガラスの界面で全反射
するように斜入射すると、反射光の一部に反射光強度が低下した部分が生じる。 この光の 暗い部分が現れる角度は、センサーチップ表面の溶媒の屈折率に依存する。 センサーチッ プ表面に固定化したリガンドにアナライトが結合すると、アナライトの存在により界面近傍の 溶媒の屈折率が変化し、光の暗い部分がⅠからⅡにシフトする。 このシフト量 ⊿ω [deg]を 測定することにより、0.1 [deg] のシフトを1000 RU(Resonance Unit) と定義し、1000 RU = 1 [ng mm-2] の換算式(検量線)を用いて、アナライトの質量[ng mm-2] の定量が行われてい る。 その比例係数を感度と定義すると、感度は0.1 [deg ng-1 mm2]となる。
2-5-2. 表面プラズモン共鳴の概要
SPRセンサーは、表面プラズモン共鳴によって生じるセンサーチップ表面近傍の共鳴電磁 界を用いて物質の定量測定を行っている。 本節では、SPRセンサーの測定原理となる表面
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Fig. 2-15 Illustrating the overall image of surface plasmon polariton.
プラズモン共鳴の概要を説明した147-149。
プラズモンとは、金属におけるプラズマ振動を量子化した時の呼び名で、実体は電子の粗 密波による固有振動であり、その振動は縦波である。 一方、電磁波(光)は横波であるため、
電磁波を金属に直に入射してもプラズモンと電磁波の結合は生じず、共鳴電磁界を得ること が出来ない。 この問題を解決しているのが表面プラズモンになる。 Fig. 2-15 に、表面プラ ズモンの概念図を示す。 表面プラズモンとは、表面近傍の金属中の電子の粗密波が表面 近傍の誘電体中に電磁界を形成したものを指し、電子の粗密波と誘電体中の電磁界の混 成状態が実体であることから、正式には、表面プラズモン・ポラリトンと呼ばれる。
表面プラズモンの誘電体中の電磁界部分は界面に沿って進む表面波になり、この部分があ ることにより、入射する電磁波と表面プラズモンの結合が可能となる。 一見すると、Fig.
2-15 の電界 E の方向に電場成分を持つ電磁波を入射すれば結合が得られるように思わ
れるが、表面プラズモンの場合も直に電磁波を入射することでは結合は得られない。 理由 は、表面プラズモンが界面に沿って進む位相速度が入射電磁波の位相速度に比べて遅く、
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Prism Prism
入射光 入射光
表面プラズモン 表面プラズモン
エバネッセント波 エバネッセント波
Otto配置 Kretschmann配置
Fig. 2-16 A method of incidence of light for exciting surface plasmons.
Eq. 2-12(a) Eq. 2-12(b)
Eq. 2-12(c)
位相整合がとれないことによる。 この問題を解決するために考えだされたのが、Fig. 2-16
に示したOtto配置やKretschmann配置と呼ばれるSPRセンサー特有の電磁波の入射方法
となる。 界面で入射電磁波を全反射させることで生じるエバネッセント波(位相速度が遅い 波になる)を生成し、それにより表面プラズモンとの結合を実現している。
表面プラズモンの励起方法は分散関係を用いて説明される。 角振動数を ω、界面方向
の波数をk、光速をC、プラズマ振動数をωp、金属の屈折率をnとすると、入射波の波数 k0、
エバネッセント波の波数 kev、表面プラズモンの波数 ksp は、Eq. 2-12(a) ~ (c) のように示 される。
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Fig. 2-17 Dispersion relation between incident electromagnetic wave, evanescent wave and surface plasmon.
また、それらの分散関係をまとめると Fig. 2-17 のようになる。 界面方向を X、時間を t と すると、 k・X-ω・t で界面方向に伝搬する電磁波の位相を表すことができる。 また、位相 速度は ω / k で表すことができる。 Fig.2-17 の分散関係からわかるように、入射電磁波と 表面プラズモンはグラフに交点がなく、位相速度を一致させることが出来ない。 対して、エ バネッセント波と表面プラズモンは、図中の赤点で交点を持ち、位相速度が一致するため、
位相整合が実現し、エバネッセント波と表面プラズモンの結合が生じ、共鳴が発生すること になる。 SPRセンサーでは、このような仕組みで表面プラズモンの励起を行っている。
SPRセンサーでは、金属表面に被測定物が付着することで、誘電体(溶媒)中に生じている 共振電磁界Eの周波数が低下する。 それが、プラズモン・ポラリトンの相互作用を通じてプ ラズモンの周波数を低下させる。 上図においては、黒点線で示した漸近線が低くなることに 相当し、それによる共鳴点の低周波数側(低波数側)へのシフトを⊿ωとして測定している。
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2-6. 先行研究の概要
本節では、MMD を用いた物質の定量測定に関する先行研究の中から、本研究に関連が あるタンパク質の検出を行っている報告について、その概要を説明した。 なお、本節で示す 図は、全て原論文からの引用になっている。
2-6-1. 吉田らによるペルオキシダーゼの検出
124FIG.1(論文から引用)に、彼らの
研究で使用されたMMDの電磁波透 過特性を示す。 彼らの研究では、
周期P = 76.3 [μ m]、孔寸法D = 58 [μ m]、厚みT = 6 [μ m] で、約2.85
[THz] にディップ点がある MMD が
使用された。 MMD 表面へのペル
オキシダーゼの付着には、インクジェットプリンターが用いられ、所定の濃度のペルオキシダ ーゼ水溶液をインクとして用い、印刷量を制御することで、所望の付着量[pg mm-2]を実現し たと報告されている。 FIG.2(a)(論文から引用)に0~2100 [pg mm-2] の範囲内でペルオキ シダーゼの付着量を変えた時のMMDのディップ波形の変化を示す。 また、FIG.2(b)(論文 から引用)に、各付着量によるディップ点の周波数[THz]の変化を示す。 彼らは、この結果 から、少なくとも500 [pg mm-2] のペルオキシダーゼが有意に検出されており、その時、ディ
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ップ点の周波数は、0.03 [THz] 低周波側にシフトしたと報告した。
2-6-2. 加藤らによるアビジンの検出
127前節の吉田らと同様に、周期P = 76.3 [μ m]、孔寸法D = 58 [μ m]、厚みT = 6 [μ m] で、
約2.82 [THz] にディップ点があるMMDが使用された。 MMD表面へのアビジンの付着に
はエレクトロスプレーデポジション法(Fuence 社、ES-1000)が用いられた。 この方法は、
MMD主面上方に濃度既知のアビジン水溶液を入れたキャピラリーを配置し、キャピラリーと MMD間に高電圧をかけることで、アビジン水溶液をナノサイズの液滴にしてMMDにスプレ ーし、途中の溶媒蒸発を経て、最終的に静電力でアビジンを MMD 表面に付着させるという ものであった。 本文中に記述はないが、付着量[ng mm-2]は、スプレーされた液量[mL]と濃 度[ng mL-1]から全量付着したとしてアビジンの付着量[ng]を算出し、それをMMDの面積で 規格化したと推察される。 Fig.5-5(論文から引用)に、付着前のMMD表面と200、1200 [ng
- 47 - Fig.5-5アビジンを塗布した2D-MHA(MMD)
の電子顕微鏡像
Fig.5-6(b) 2D-MHA(MMD)サンプルの透過特性 mm-2] のアビジンが付着した MMD 表面の比較を示す。 Fig.5-6(b)(論文からの引用)に、
前述の 3 つのサンプルにおけるディップ波形付近の電磁波透過特性の比較を示す。 彼ら は、この結果から、200 [ng mm-2] のアビジンの付着により、ディップ点の周波数が 0.01
[THz] 低周波側にシフトしたと報告した。
2-6-3. 瀬戸らによるストレプトアビジンの検出
136彼らの研究では、周期P = 2.6 [μm]、孔寸法D = 1.8 [μm]、厚みT = 0.85 [μm]で、約95
[THz] にディップ点がある MMD が使用された。 彼らは、MMD 表面に Biotin分子を直接
固定し、BiotinとStreptavidinの特異吸着を利用して MMD表面へのStreptavidin の吸着を 行った。 Fig.1(論文から引用)に、MMD 表面への Biotin 分子の固定化方法を示す。
Biotin固定後のMMDを濃度[g L-1]が異なるStreptavidinのPBS溶液に浸漬することで吸 着反応を行い、吸着によるディップ点の周波数変化量 ⊿f [THz] を測定することで、⊿f の 濃度依存性が調べられた。 Fig.4(論文から引用)に結果を示す。 この結果では、同条件 で作製したQCMセンサーの測定結果との比較が示されており、両結果とも、Langmuirの式