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C〈実際の動作主を無視する他動詞文〉

ドキュメント内 Microsoft Word - 修士論文(完成原稿).doc (ページ 65-79)

2
 先行研究と問題提起

2.2 
 個別の研究と問題提起

2.2.3
 C〈実際の動作主を無視する他動詞文〉


 ここで取り上げる先行研究は、次のとおりである。佐藤(1994)、稲村(1995)、須賀

(2000)、大倉(2004)、佐藤(2005)、天野(2002)。
 


■佐藤(1994)


 佐藤(1994)は、「述語のヴォイスの形態が無標であるにもかかわらず、主語が動詞の 示す行為の主体ではないという解釈をも許すもの」(同書:53)を「介在性の表現」と呼 んだ。通常、日本語ではヴォイスの形態が無標(:受身、使役の接辞がつかない)の場合 は、述語動詞の示す行為の主体が主語になるので、(84a, b)(85a, b)の動作主はそれぞ れ別々のはずだが、実際には、同じ事象を叙述することができる。このような特殊な意味 特徴をもつ(84b)(85b)を「介在性の表現」と呼び、どのような条件のもとでこのよう な他動詞文が成立するのかを分析している。


 
 (84)佐藤(1994:54
 =(2)) 
 
 
 a. 医者が患者に注射した。


 
 
 b. 患者が注射した。


 
 (85)佐藤(1994:54
 =(3))


 
 
 a. 大工が(山田さんの)家を建てた。


 
 
 b. 山田さんが家を建てた。


 佐藤は、介在性の表現の基本的な性格として、「使役的状況」としての意味的特徴を有し ている一方で、「話者が実際には存在する被使役者を無視して、あたかも主語自身がすべて の過程を自分で行ったかのようにとらえている」という特徴をもっているため、「表現する 事態と言語形式の間に大きなずれがある」(同書:57)と述べている。そして、「使役的な 情況」としての意味的特徴を有しているといっても、(86)が示すように、多くの場合は そのような特徴を有していても介在性の表現が成立するわけではないと指摘している。


 
 (86)佐藤(1994:57-58)


 
 
 a. (患者が医師に依頼し、病気の診察を受けた場合)


 
 
 *患者が診察した。
 
 
 
 (介在性)


 
 
 b. (学生が教師に依頼し、推薦状を書いてもらった場合)


 
 
 *学生が推薦状を書いた。
 (介在性)


 そして佐藤は、介在性の表現が成立するための条件として「事態のコントロール」と「動 詞の意味的焦点」という要因が関わっていると結論づけている。佐藤は、介在性の表現が 表す使役的状況を(87)のように考えた。「使役者」は「被使役者」に働きかけ(=事態 1)、そして「被使役者」は実際に「対象」に対して動作を行い(=事態2)、結果が達成 される。このような構図において介在性の表現が成立するには、被使役者(=実際の行為 者)を無視して、あたかも使役者(=介在性の表現の主語)がすべての過程を自分で行っ たかのように、話者が事態を把握しなければならないと考えた。そして、そのような事態 把握には、使役者による「事態のコントロール」(88a)、「動詞の意味的焦点」(88b)の2 つの要因が関わっていると述べている。(同書:58-61)


 
 (87)使役情況の過程(佐藤 1994:57

 =(10))



 
 
 事態1=causing
event(使役者が被使役者に対して何らかの行為をする
 
 
 
 ↓
 
 
 
ように働きかける過程)



 
 
 事態2=caused
event
(被使役者が当該の行為を行う過程)



 
 
 ↓
 
 
 
 結果の達成
 



 
 (88)a.
事態のコントロール



 
 
 被使役者の[動作行為の過程(事態2)]を無視するということは、使役者が

事態全体をコントロールしていると認知されなければならない。そのために は、使役者がコントロールできないような事態、つまり被使役の主観によっ て結果達成が左右されるような事態であってはいけない。


 
 
 b. 動詞の意味的焦点


 
 
 被使役者の[動作行為の過程(事態2)]を無視するということは、動詞が表

す意味がそのような過程のあり方に焦点を当てるようなものであってはいけ ない。



 (89a,
b)のように比較的意味が類似した動詞であっても、(89b)が介在性の表現とし て成立しないのは、「事態のコントロール」によるもので、写真屋に顔写真を依頼するのと は違って、「Aという画家に依頼するか、Bという画家に依頼するかによって、大きく結果 が異なってくると予想されやすい」(同書:59)からだと説明している。これが佐藤の言う

「主観によって結果達成が左右されるような事態」である。


 
 (89)佐藤(1994:58
 
 =(16)(17))


 
 
 a. (浩が写真屋に依頼して、顔写真をとってもらった場合)


 
 
 浩が顔写真をとった。
 (介在性)


 
 
 b. (浩が画家に依頼して、似顔絵をかいてもらった場合)


 
 
 *浩が似顔絵をかいた。
 (介在性)


 これは、ある事態が私たちの日常生活の経験からどのように解釈されやすいかというこ とと密接に関わっている。一方、「動詞の意味的焦点」は動詞がもつ意味特徴によるもので ある。同じ「生産」に関する動詞でも、「作る」と「編む」では介在性の表現の可否に差が 出る。「作る」は生産の様態、方法などが指定されていなのに対して、「編む」はその方法 が指定された動詞である。このため(90b)には介在性の解釈が成立しない。これが佐藤 の言う「過程のあり方に焦点を当てる」動詞というわけである。


 (90)佐藤(1994:60
 =(27)(28))



 
 
 
 a.
(花子が人に依頼して洋服を作ってもらった場合)



 
 
 花子が洋服をつくった。
 
 
 (介在性)



 
 
 
 b.
(花子が人に依頼してセーターを編んでもらった場合)



 
 
 
*花子がセーターを編んだ。
 (介在性)



 また、佐藤は最後に「再帰性」とのつながりについても少し触れている。(87)のよう な「事態全体をコントロールする」という把握がされやすくなる要因として、「結果を主語

が所有する」という再帰性も関わっていると指摘している。例えば、(91a)では、検査の 結果を主語「太郎」が所有することになり、(91b)では、家屋に及んだ変化の結果を主語

「山田さん」が所有することになるという解釈である。


 
 (91)佐藤(1994:61
 =(31)(32))


 
 
 a. (太郎が病院に依頼して、胃の検査をしてもらった場合)


 
 
 太郎が胃の検査をした。


 
 
 b. (山田さんが工務店に依頼し、家屋を取り壊してもらった場合)


 
 
 山田さんが家屋を取り壊した。


 まず、佐藤(1994)が示した「介在性の表現」の位置づけについて問題提起をしておき たい。佐藤は「介在性の表現」を「他動詞表現の意味的バリエーションの1つ」であると 位置づけているが、その根拠として(92)のように「ボイス転換の面などでも受動化や使 役化などが可能であり、通常の他動詞表現と同じである。」(同書:56)という点を挙げて いる。


 
 (92)佐藤(1994:56
 =(8))


 
 
 
 (将軍が部下の兵士に命令して村人を虐殺させた場合)


 
 
 a. 将軍が村人を虐殺した。
 
 
 (介在性)


 
 
 b. 村人が将軍によって虐殺された。


 
 
 c. 軍司令部が将軍に村人を虐殺させた。


 しかし、受動化について言えば、佐藤があげる唯一の例である(92b)は、たまたま動 作の対象が主語名詞句とは〈所属関係〉(高橋1975)をもたないため、つまり動作が他者 に向けられているために受動化が自然に成立するのであって、佐藤(1994)の他の多くの 介在性の表現では自然さが落ちるか、元々の意味を保持しない。なぜなら多くの介在性の 表現の多くは、主語名詞句と目的語がなんらかの〈所属関係〉にあり、その点で(再帰構 文ではないが、)再帰構文と似た性質を持っていると考えられるからである。


 
 (93)a. 山田さんは(自分の)手をたたいた。
 
 
 (再帰構文)


 
 
 b. ?(山田さんの)手が自分によって叩かれた。


 
 
 c. (美容院で髪を切ってもらった場合)


 
 
 山田さんは美容院で髪を切った。
 
 
 (介在性の表現)


 
 
 d. (美容院で髪を切ってもらった場合)


 
 
 #美容院で(山田さんの)髪が自分によって切られた。(介在性ではない)


 このような事実を踏まえれば、介在性は「再帰構文」ではないが、統語的な特徴として、

主語名詞句と目的語とは〈所属関係〉によって結ばれているという、再帰と共通した特徴 を持つことがもっと注目されていいのではないだろうか。このような関係に注目するとい うことは、介在性の表現が「どんな場合に成立するのか」ではなく、「なぜこのような構文 が生成されるのか」という根本的な問題に注目することである。佐藤(1994)ではこの点 が十分ではない。これが第二の問題点である。本論文は(92a)のような他動詞文は再帰 と類似した特徴をもつ典型的な介在性の表現とはやや性質を異にしており、複数のタイプ の介在性の表現を認めることが必要だという見方に立つ。この問題については、後で取り 上げる須賀(2000)がやはり介在性の表現を再帰性の関わりの有無で分けて論じているの で、そこで改めて取り上げて、何が問題なのかを詳しく示すことにする。


 なお佐藤は、後に佐藤(2005)でメトニミーの概念を用いて分析しているが、それはこ の小節の下で改めて取り上げる。

■稲村(1995)


 稲村(1995)は2.2.1で「状態変化主体の他動詞文」についての先行研究として取り上

げたが、ここで取り上げるのは、稲村が「④【主語が、他者に行為をさせ、その行為を自 分の主導・主宰したこととして表現する場合】」(同書:61)に分類した再帰構文について の考察である。これに分類された構文は、佐藤(1994)の「介在性の表現」に相当する。

稲村は「状態変化主体の他動詞文」も「介在性の表現」も「主語は変化の結果を身に負う のみであり、動作の実行者ではない」(同書:63)という点で共通していると指摘してい る。


 稲村はあくまで再帰構文の枠組みで分析しているため、上の佐藤(1994)の最後に問題 を保留しておいた(92a)のような文も、「補語を主語の関係するもの(支配下にある所属

ドキュメント内 Microsoft Word - 修士論文(完成原稿).doc (ページ 65-79)