3 理論の枠組み
3.2 BE と HAVE の関係
3.4.2 展開(その1) : 〈所有者の出来構造化〉と〈発生・消失〉の所有他動詞
■発生・消失の語彙概念構造
「発生」の意味概念を表す非対格動詞の語彙概念構造は、影山(1996)では金水(1994) の提案を採用して(144a)の構造をもつとしている。本論文でも BECOME の主語の y の有無によって「発生」(144a)と「対象変化」(144b)を区別する87。
(144)a. 「発生」(非対格動詞)の語彙概念構造
(※影山1996:109のツリー図を概念式に変換)
[ BECOME [ y BE-AT- z]] [[y ガ z ニ〈ある〉]ニ〈なる〉]
=[y ガ z ニ〈発生〉] b. 「対象変化」(非対格動詞)の語彙概念構造
[ y BECOME [ y BE-AT- z]] [y ガ[y ガ z デ〈ある〉]ニ〈なる〉]
=[y ガ z ニ〈なる〉]
一方、影山(2002b)では(144a)とは多少異なる(145)を、発生を意味する英語の 動詞ʻgushʼの概念構造として示している。違いは意味述語のʻNOTʼの有無である。
(145)[ BECOME [ y BE NOT-AT- z]] [[y ガ z ノ外ニ〈ある〉]ニ〈なる〉]88 =[y ガ z カラ〈発生〉]
影山(1996、2002b)では言及されていないが、語彙概念構造を示している例文から判
断して、(144a)は発生物が発生母体に付随している場合で、(145)は発生物が発生母体 から離れていく場合だと考えられる89。本論文では、このような事象の違いから、前者を
「発生1」、後者を「発生2」と呼び区別する。なお、「消失」はʻBE AT-zʼを否定する
概念で、ʻNOT BE AT-zʼとなり、「発生2」のʻNOTʼとは位置が異なるが、この2つ
は「母体側から見る」のか「母体の外側から見る」のかという視点の違いであり、事象そ のものには違いがないと考えられる90(図10)。
消失 発生2
図 10 発生2と消失の概念
(146)非対格自動詞としての「発生・消失」の語彙概念構造の3つのタイプ a. 発生1:発生物が母体に付随する場合
[ BECOME [ y BE AT- z]]
「干物(の表面)に粉が吹く」「桜の木に芽が吹く」「計算にミスが生じる」
「山田さんに事故が起こる」91「山田さんの額にこぶができる」「熱が出る」92 b. 発生2:発生物が母体から離れる場合(※外側から....
の視点)
[ BECOME [ y BE NOT-AT- z]]
「エンジンから火が噴く」「間欠泉から蒸気が噴き上げる」
「(この学校から)政治家が出る」93
c. 消 失:発生物が母体から離れる場合(※母体側から
.....
の視点)
[ BECOME [ y NOT BE -AT- z]]
「(事故で)左足がなくなる」「(失敗して)やる気がなくなる」
■〈発生・消失〉の所有主体の他動詞文:発生1(S型)
次に(146)の各概念構造に対応する所有他動詞の概念構造を示す。発生1は意味述語 のʻBECOMEʼがあるだけで、変換は〈存在〉から〈所有〉への変換と同じで「場所の 焦点化」によってのみ行われる。発生物を母体が所有することから、これを〈発生物の所 有〉と呼ぶ。場所が焦点化されることで、事象は「対象(=場所)変化」となり、zはBECOME の主語にもなる。発生1のS型を(147)に示す。
(147)発生1S型
1)統語構造 2)項構造 3)語彙概念構造 1) 主語 目的語 「zがyを〈発生〉」
2) ( < z < y >> )
3) [zi BECOME [ zi BE [ WITH-[ y BE AT-zi ]]]] 〈発生物の所有〉
場所の焦点化
[ BECOME [ y BE AT- z]] 〈発生1〉
例えば、「コンピュータ(z)に狂い(y)が生じる」という発生事象の場合、場所の焦 点化によてコンピュータ(z)がどのように変化したのかという把握の仕方に変換される。
BECOMEの主語にzがつくことがそれを示している。そして疑似的な外項となったコン
ピュータ(z)を主語にした「コンピュータが狂いを生じる」という所有主体の他動詞文が 生成されるのである。
■所有者の出来構造化について
発生2は発生1と異なり、〈発生〉から「場所の焦点化」によって直接〈所有〉の概念に 変換されるのではない。なぜなら発生2は発生物が母体から離れることを意味するので、
直接変換した場合には、「母体が、そこから離れた発生物を所有する」という矛盾した解釈 になってしまうからである。そこで、〈所有〉の概念構造に変換されるにあたって、まず「所 有者の出来(しゅったい)構造化」が起こると仮定する。
x の y ガ〈変化〉
x y
x
x において....
[y ガ〈変化〉]ガ〈発生〉
図 11 所有者の出来構造化(=図2)
「所有者の出来構造化」とは、話者(認知主体)が所有者を事象が出来する「場」と捉 えることを指す。つまり、図11に示したように、「xのyが変化する」という事象におい て、所有者の「x」を変化事象の発生する場と捉えて、同じ事象を「xにおいて....
[yが変化 する]ことが発生する」と認知的に捉え直すことである。所有者の出来構造化は「所有者 を出来の場と見立てた発生構文化」と呼んでもいいだろう。
「出来(しゅったい)」という用語は、尾上(1998~1999)の「出来文」という考え方
を語彙概念構造に適用したものである。概念構造において、この出来という概念を応用す るのは、語彙概念構造が外界とのインターフェースになっており、事態をどう把握するか が概念構造のあり方に影響を与えていると考えられるからである。この考え方を認知文法 の観点から見ると、人間が持っている参照点能力が参照点構造として言語形式に反映され ているからだと考えられる(Langacker 1993, 1995など)。参照点能力にかかわる認知プ ロセスは、図 12 のように規定される。Cは認知主体で、Rが参照点、Tがターゲット、
大きな楕円のDが参照点によって限定されるターゲットの支配領域である。破線の矢印は メンタル・コンタクト(心的接触)を示している。
図 12 参照点能力にかかわる認知プロセス (Langacker 1993:6, Figure2より)
Langacker(1993)によれば、参照点能力とは「ある事物(entity)の概念を想起して、
それを手がかりにして別の事物とのメンタル・コンタクトを確立し、意識化する」94(同 書:5)という人間がもつ基本的な認知能力の1つである。所有関係「xのy」においては、
所有者のxが参照点(R)となりターゲット(T)である所有物のyにメンタルコンタク トすると述べている(同書:7-11)。本論文が主張する「所有者の出来構造化」とは、この ような参照点能力によって、変化事象においてもまず「どこにおいて......
その事象がおこった のか」という事態の把握がされると考える。その「どこ
..
」が変化対象の所有者であり、参 照点になるのである(図13)。
x の y ガ〈変化〉
x y
T x D R
x において[.....
y ガ〈変化〉]ガ〈発生〉
C
図 13 所有者の出来構造化と参照点の認知プロセス
■所有者の出来構造化と発生2
所有者の出来構造化をもつ発生2のS型を(148)に示す。この場合の〈所有〉は、発
生という Event(以下、Ev と略す)を所有する、つまり発生という出来事の履歴を所有
することを意味するので、〈発生Evの所有〉と呼ぶことにする。
例えば、「間欠泉(zi)の蒸気(y)が間欠泉(zi)から噴き上げる」という発生事象の場 合、所有者の出来構造化によって「間欠泉...
(. zi).
において....
、蒸気(y)が間欠泉(zi)から 噴き上げるというEvが発生する」と把握され、場所の焦点化によって「間欠泉(zi)が、
蒸気(y)が間欠泉(zi)から噴き上げるというEvを所有する」と把握されれ、最終的に
「間欠泉(z)が蒸気(y)を噴き上げる」という所有主体の他動詞文が生成される。
(148)-3)の破線が示すように、発生2では、「所有者の出来構造化」といっても元々
「yの所有者(z)」=「場所/母体(z)」という関係を持っており、(149)にも示したよ うに、「〈発生〉というイベントが〈発生〉する」という冗長な構造を持っている。このよ うなくどい変換は不要と見られるかもしれないが、次に示す〈変化〉の所有主体の他動詞 文につながる段階として、このような変換の段階を理論的に仮定することには意義がある と考える。
(148)発生2S型
1)統語構造 2)項構造 3)語彙概念構造 1) 主語 目的語 「zがyを〈発生〉」
2) ( < z < y >> )
3)[zi BECOME [ zi BE [ WITH-[ Ev BE AT-zi ]]]] 〈発生Evの所有〉
場所の焦点化
[ BECOME [ Ev BE AT- zi ]] Ev = [ BECOME [ y of zi BE NOT-AT- zi ]]
所有者の出来構造化 [ BECOME [ y of zi BE NOT-AT- zi ]] 〈発生2〉
「Evの所有」の場合、内項(y)はどのように項構造にリンクされるのかについてだが、
リンクに当たっては、イベントの中身が参照され、BEの主語であるyと動詞の意味概念 の情報が反映されると考える。以上、語彙概念構造における変換のプロセスをまとめると
(149)のようになる。発生S型に分類される動詞を(150)に挙げておく。
(149)「発生2S型」の生成プロセス
① 非対格動詞の「発生2」の意味概念 [ziのyがziから〈発生〉]
② 所有者の出来構造化 [ziにおいて....
、Ev(=ziのyがziから〈発生〉)が〈発生〉] ③ 場所の焦点化
[ziが Ev(=ziのyがziから〈発生〉)を〈もつ〉
(150)発生S型の他動詞 ((146)も参照)
a. 発生1S型:「(粉を)吹く」「芽を吹く」「(ミスを)生じる/発生する」
「(眠気を)催す」
b. 発生2S型:「(火を)噴く」「(蒸気を)噴き上げる」
「(事故で左足を)失う」
■発生・消失の所有主体の他動詞文:T型
最後に、発生のT型がどのような生成プロセスをもつのかを見ておく。T型は、自動詞 の意味概念に原因のイベントを上位事象に付加した使役変化の語彙概念構造をベースにし て、下位事象をプロファイルすることによって生成されるタイプである(S型とT型の区 別については3.3.4(128)を参照)。まず発生1のT型のプロセスを示す。
(151)発生1T型
1)統語構造 2)項構造 3)語彙概念構造
1) 原因 主語 目的語 「(原因 )zがyを〈発生〉」 原因表示は任意
2) ( < z < y >> )
3) [zi BECOME [ zi BE [ WITH-[ y BE AT-zi ]]]] 〈発生物の所有〉
場所の焦点化
[ event ] CAUSE [ BECOME [ y BE AT- z]] 〈発生1〉
原因イベント 下位事象のみがプロファイルされる
例えば、山田さんが自動車を運転していて、脇見運転で事故が起きた場合、ここにはま ず発生の事象として「山田さん(z)において事故(y)が起こった」という事態の把握の 仕方がある。また、それとは別に因果関係がベースに読み込まれ「山田さんが脇見運転を したことが、山田さん(z)において事故(y)が起こることを引き起こした」、つまり「山 田さんが脇見運転をしたことが、事故を(引き)起こした....
」という事態の把握の仕方があ る。これが(151)-3)の〈発生1〉の語彙概念構造である。ここに現れる「起こす」と いう動詞は、T型の動詞の形態に関する規則(3.3.5(134b)を参照)によって使役変化動 詞と同じ形態をもつ。これは原因イベントを上位事象にもつ使役変化動詞になっているか らである。
しかし、ここで注意しなければいけないのは、これは原因イベントであって、使役変化 動詞の動作主ではない。全体として.....
「起こす」の語彙概念構造をベースにして、プロファ イルされた下位事象が場所の焦点化を経て「起こす」の所有主体の他動詞文が生成される