3 理論の枠組み
3.1 語彙概念構造と項構造
本論文では、語彙意味論的アプローチをとるが、その基盤となるのが語彙概念構造
(LCS)である。語彙概念構造とは、「動詞が表す概念的な意味を抽象的な述語概念で表 示した構造」(影山1996:47)であり、これが項構造を経て統語構造へ反映されると考え る。つまり、(全てではないにしても)動詞の意味概念がその動詞の統語的な振る舞いを決 めることが多く、その構造によってクラス分けされた動詞は、同じような統語上の振る舞 いをすることが説明できると考えられる。そして、この語彙概念構造は「基本的に個々の 単語の概念的意味を示すのであるが、単にそのような静的な表示であるだけでなく、組み 替えや合成といった動的な操作を受ける」(影山1996:48)ものと考える。
また、語彙概念構造は、「言語と外界認知のインターフェイスに位置する」(影山1996:
48)もので、話者(認知主体)が事態をどのように把握し、切り取るかが語彙概念構造に も反映されると考える。外界と語彙概念構造、そして項構造、統語構造とのつながりは、
次のようになっていると考える。(具体的な対応については後で述べる)
外界
語彙概念構造 | 項構造 | 統語構造
図 6 外界と文法の関係(影山1996:49)
語彙概念構造は、意味述語(意味関数)とx, y, zなどの変項によって表示される。意味 述語の表記および概念構造の表示方法は研究者によって異なるが、ここでは基本的に影山
(1996)の表記、表示方法を採用する。意味述語は、状態をあらわすʻBEʼ、変化(位置
変化、状態変化を含む)を表すʻBECOMEʼ、活動を表すʻACTʼ、そして上位事象と下 位事象を結びつける使役を表すʻCAUSEʼの4つを基本とする。厳密には影山(1996) では、日本語の他動詞化接辞の働きを考慮し、主語が出来事(人間名詞も含む)の場合に
ʻCAUSEʼが使われ、動作主の場合にはʻCONTROLʼが使われ、両者を区別している
が(同書:197-198)、本論文では、特に必要がない限り、上位事象と下位事象を使役で結 びつける意味述語としてʻCAUSEʼを使うことにする。変化については、アスペクトの 違いによってʻBECOMEʼ(瞬間相)とʻMOVEʼ(継続相)を使い分けるとしている(同 書:59)。本論文でもその使い分けが必要な場合にはʻMOVEʼも用いることにする。基 本的な語彙概念構造は(107)のように4つのパターンで示される。
(107)語彙概念構造の基本的なパターン
a. 状態 : [ y BE AT-z ] b. 変化 : [ y BECOME [ y BE AT-z ]]
c. 活動 :[ x ACT (ON y)]
d. 使役変化:[ x ACT (ON y)] CUASE [ y BECOME [ y BE AT-z ]]
上位事象 下位事象
上の基本パターンはアスペクトによる動詞の四分類(Vendler 1967)と対応している59。 状態と変化の概念は、空間における「(物の)存在」「(物の)移動」がメタファーによって
「(物の)状態」「(物の状態)変化」に拡張すると考えられるので、同じ概念構造によって 表示される。また、活動の概念で、ʻx ACTʼは自動詞を表し、ʻx ACT ON yʼは「打撃・
接触」の(対象yの変化が含意されない)他動詞を表す。「活動」からなる上位事象と「状 態」「変化」または「変化+状態」からなる下位事象の2つを合わせたものが使役変化で、
これが人間の言語が1つ..
の述部...
で表し得る最大の概念構造であると考えられる(影山 1996:204)。これらの概念構造の意味を記述すると(108)のようになる。〈 〉の動詞 は各意味概念を代表する動詞である。
(108)語彙概念構造の基本パターンの意味 a. 状態 :存在[yガzニ〈ある〉] 属性[yガzデ〈ある〉] b. 変化 :位置変化
[yガ[yガzニ〈ある〉]ニ〈なる〉] =[yガzニ〈移動する〉] 状態変化
[yガ[yガzデ〈ある〉]ニ〈なる〉] =[yガzニ〈変化する〉] c. 活動 :[xガ (yヲ) 〈する〉]
d. 使役変化:位置変化
[xガ (yヲ〈する〉)]が[yガzニ〈移動する〉]を〈引き起こす〉
状態変化
[xガ (yヲ〈する〉)]が[yガzニ〈変化する〉]を〈引き起こす〉
3.1.2 項構造
項(argument)とは「情報完結」60のために述語が要求する要素で(長谷川1999:22-23)、 項構造とは、述語が要求する項の構造である。項構造は最大で3つの項からなるが(長谷
川1999:24、外崎2005:26)、表示方法については研究者によって異なる。本論文では
内項と外項61、直接内項と間接内項を区別して表示する。全体を( )で囲み、内項を
< >に入れて外項と区別し、直接内項には下線を引いて間接内項と区別する。そして、
本論文では原則として外項をʻxʼ、内項をʻyʼʻzʼで表示し、意味役割は表示しない62。 今後の議論で間接内項は重要な役割を担うので、Rappaport and Levin(1988)にならっ て、英語の「場所の前置詞句」を意味するʻPlocʼを付けておく。主要な動詞のタイプとそ の項構造を、上述の語彙概念構造を付けて下に示す。(両者の対応規則は後で示す)
(109)a. 1項述語
1)働く:( x < >)
[ x ACT ]
「太郎(x)が働く」
2)死ぬ:( < y >)
[ y BECOME [ y BE AT-DEAD ] ]
「虫(y)が死ぬ」
b. 2項述語
3)ある:( < y Ploc z >)
[ y BE AT-z ]
「リンゴ(y)がテーブル(z)にある」
4)入る:( < y Ploc z >)
[ y BECOME [ y BE AT-z ]]
「ボール(y)が穴(z)に入る」
5)食べる:( x < y >)
[ x ACT ON y ]
「太郎(x)がリンゴ(y)を食べる」
6)壊す:( x < y >)
[ x ACT ON y ] CAUSE [ y BECOME [ y BE AT-BROKEN ]]
「太郎(x)が箱(y)を壊す」
c. 3項述語
7)置く:(x < y Ploc z >)
[ x ACT ON y ] CAUSE [ y BECOME [ y BE AT-z ]]
「太郎(x)がリンゴ(y)をテーブル(z)に置く」
(109a)の1項述語は自動詞であるが、「働く」は上位事象のみで、外項xだけをもつ。
一方「死ぬ」は下位事象のみで、内項yだけをもつ。このように自動詞を二分する考え方 は、「非対格仮説」(Perlmutter 1978、Burzio 1986)によるもので、現在では広く受け入 れられている考え方である。「働く」のように上位事象のみで動作主の活動を表す動詞を「非 能格動詞」、「死ぬ」63のように下位事象のみで対象の変化を表す動詞を「非対格動詞」と 呼ぶ。非対格動詞の主語は非対格仮説にしたがって、基底構造で目的語に相当するものと して規定されるため、( < y >)のように記述される。そして図6に示したように、
統語構造と語彙概念構造との間をとりもつのが項構造であり、生成文法(GB理論)では、
両者は次のように対応していると考える。
(110)外項(x)は主語に投射され、内項(y)は目的語に投射される。そして内項
(z)は場所の前置詞句の目的語に投射される(:日本語の場合は、場所を 示す(必須/準必須)補語となる)。ただし、非対格動詞は外項をもたず、格 フィルタ64によって内項は主語の位置に納まる。
3.1.3 語彙概念構造と項構造の対応規則(linking rule)
語彙概念構造と項構造はともにレキシコン(心的辞書)に記載される情報で、両者は次 のような対応規則によって結びつけられると考える。影山(1996)は(111)のような対 応規則を示し、(112)のような構造間のリンクを考えているが、間接内項の対応について は触れていない。本論文では、間接内項を含めた(113)のような構造間のリンクを考え ておく(外崎2005:26-29なども参考)。なお、(113)の構造間のリンクは今後の議論で 修正されることになり、それに伴って影山による(111)の対応規則も修正する。
(111)概念構造と項構造の結び付け(影山1996:92 =(97))
外項規則:上位事象の主語が外項になる。
内項規則:下位事象がある場合はBEの主語が、また、下位事象がない場合は
ACT ONの対象が、内項になる。
(112)構造間のリンク(影山1996:91-92を参考に作成)
1)統語構造 2)項構造 3)語彙概念構造
a. 上位事象のみ、または上位事象+下位事象の場合
1) 主語 目的語「xが(yを)~」
2) ( x < y > )
3) [ x ACT (ON y ) ] CAUSE [ (y) BECOME [ y BE AT-z ] ]
上位事象 下位事象
b. 下位事象のみの場合(上位事象がない場合)
1) 主語「yが~」
2) ( < y > )
3) [ (y) BECOME [ y BE AT-z ] ]
(113)直接内項と間接内項を含めた構造間のリンク
a. 上位事象のみ、または上位事象+下位事象の場合
1) 主語 目的語 前置詞句の目的語「xが(yを)(zに)~」
2) ( x < y Ploc z > )
3) [ x ACT (ON y ) ] CAUSE [ (y) BECOME [ y BE AT-z ] ] --- b. 下位事象のみの場合(上位事象がない場合)
1) 主語 前置詞句の目的語 「yが(zに)~」
2) ( < y Ploc z > )
3) [ (y) BECOME [ y BE AT-z ] ]