• 検索結果がありません。

高度経済成長の特質と要因

ドキュメント内 韓国の経済開発と労使関係 : 計画と政策 (ページ 107-125)

l刎二1.実質成長の乖liWIiから」|)Cl(へ

この章の課題は全体として統計データにもとづいて経済成」造の特質を考察 することであるが、まず|叉'2-1-1によって、GNl〕成腿率の惟移からみてい こう。なによりも注'1されるのは、継済|サト|発計milがスタートを切って以降、

1970イ'三代まで、しばしばイド々30%をも」二|Ⅱ|るほどの名|]成長率の異常な高さ である。それだけでなく、節1次計11111の初101や洲lli新体Ilill下の節3次計画から 節4次計I11iiにかけては、40%以上から20%u-l丁にも及ぶ大lll1iiな変釛も経験し

図2-1-1f'11批実IF【GNl)成長率の1化移

%川505050505 332211 「JFL

>-℃

82818(}889()イ|;

1953~()1626イ(;6687()727`I7()788()

i1i)1953~61イ|<のみ、姉lEM1TIIIiiilか'9’1IMIイlL》+(を算'1)した。

''1,所)絲済企「llil院「主要経済lH標」1981,90イ'1。

節1章商度経済成長の特質と要因97 ている。つまり、7OlIミ代までの異端に薦iい名'三|成良は大きな変111ノノを伴ってい たわけである。

それに対し実質成長は、ソウル・オリンピックまで、11'半世紀近くもエ|z均 して年率10%ほどにも達するiiIPi度成踵を持続した。このllIlに5%成踵にも達 しなかったのは、経済|サト1発計11mの発足時点の62年と、重化学二[業を'''心とし た過剰投資とインフレの調整が強行され、米の凶作も力Ⅱわり、初めてマイナ ス成長を経験した80年の2年だけだった。それらを|漆いても、5~13%ほど に変』M1しているから、州]成踵よりは安定しているにしても、実質成長もま た、かなり変、)した而も無視できない。

80年不況以降、名[|成長と突質成踵の乖IMIIiは一挙に縮小したが、70年代ま での経済成」之は名|]と実質の大きなギャップを伴うという、注|]すべき特徴 を示している。このように、70年代までの鮴国の経済成奨はりi1度のインフレ を発生させたわけだから、それはGNP物Iilliディフレーターに示されるはず である。それを経済開発5カイli計mj0IHllに算lll,してみると、表2-1-1がえら れる。

それによると、(1)第1次計画)01にディフレーターは20%近くも」ユタIしてい た。それは、強ノノな経済|サト|発計山のスタートとともに、それまでもつづけら れていた赤字財政によるマネーサプライが人llIlFiにhW川され、それが'三|標どお

|)LME噸強につながらず、かな|)空lIi面した結采、63,64rliには橘'二|・実質成

表2-1-1絲済'1|1発計llmj0lHll名'三l・実質()NP成長率と物{lIIiディフ レーター・マネーサプライ成災率(%)

絲済計画 年次 M2サプライ

1962~66 67~71 72~76 77~81 82~86 87~90

28.9 26.9 32.7 26.9 14.8 16.8

7.9 9.8 9.2 5.8 9.8 10.3

19.5 15.6 21.2 19.9 4.6 5.9

29.3 48.5 31.2 30.2 16.8 19.4

ⅡⅢⅣVⅥ

注)GNP成及率はイI芒率の41純平jAjを示す。それにもとづいて、物(111iディフ レーターは(100十fⅢ成長率)÷(100+災画成」と率)-10Oのように算|')

した。マネーサプライM2には澱ilqi性H(金は含まれない。

lllni)経済企画院「三ii要経済指標jl976、81,91年。

98第2iiii総済成艮と1雅業・労WI経済の展|Ⅱ1

長率のギャップが30%ポイント以」1に達するインフレを発くkさせたからであ る。このインフレは、次篇でもみるような65イドの金利と為秤レートの現実化 (鄭・文[1990])によって-時(1<」には洲幣された(アジア経済研究所[1985, 1988])。(2)それに対し節2次計lliW1は、ベトナム特需などによって輪'11,が111【i 調に11'1ぴたために、M2でみたマネーサプライが年平均50%近くにも急増し たにもかかわらず、実質成腿が10%近くにも達し、ディフレーターの上昇も 高度成長期でもっともマイルドに11;移した。

しかし、(3)ルlIi新体Ilill下のjl「〕3,4次i汁凹j01には、11)びデイフレーターがイド 平均20%iii後に上ケIした。それは、とくに第1次オイルショックによって諸 目と実質の乖離が30%ポイント|人I外にも達したせいでもあるが、大量の外ifli 導入などにもとづく政策金Wi1Ilの拡大によって輪|U,振興と1,イW:工業化を強行 し過ぎたためだろう。(4)だが、3W2次オイルショックの追い打ちも受けたス タグフレーションのなかで、前述のような強ノノなディスインフレーションへ の調整によって、さしものインフレも急激に収束させられることになった (谷illii[1989])。その点は次篇でも考察するが、為替レートの切り1くげ調整が 進められた反IIiで、都11i銀行のLL1i有化も実施され、マネーサプライの墹加も M2でみて年々20%以~ドにlIllIlillされ、デイフレーターの上昇率は5%以1くに 収まることになったので、ある。

2高度成長の総括11り要lkl

このように、稗|](|の経済l戊長はソウル・オリンピックまで平均して10%に も達するフミ質成長を続けたが、70イ|曵代まではしばしばギャロッピング・イン フレにlWil)かねないほど、異常に高度の名'1成及として展開された。それを jilil象(I<」にBA定したマネーサプライの執:蝋は、経済lHl発計lllIの初期には、それ まで続けられていた赤字財政にもとづいていたが、iiii述の調盤後は朴政権に よって'五|イ『化された都Tli銀行も含めた政策金Willを通して低利のマネーが輪'11,

振興・輸入代勝部'''1、と')わけZ1I化学]:業Wlll1I1に大ハヒに投入されたからであ る。しかも、iiii述のようなインフレのなかの低金利だったから、実質金利は ゼロ以下となり、ili場機能がほとんど麻仰させられることになった。そこで

節1章高度経済成長の特質と要区’99 図2-1-2GNl〕に,liめる家計1Mi・lDljl走査本形)川輸(''1人比率の変化

100 F:lfil定査本

Ep:物財・サービス輪'11’

11):物11イ・サービス輸入 C:家iiliIWl

コヘローロユ

80 ]-⑪

コーロー、

」-[] LL~(弓

コーイー]

J~n-c 60

Ip 40

>1Jくw/、一・W

20

O一○一○一○一○

>-o-C

767880828`!868890年 64666870727`I

経常(lIi格ベースのシェアを>(す。

経済企11皿院「了iiF班統済脂標」1981、

62

1主)

川所) 91年。

政策金融の配分は政11<l:の介入が決め手となった(総合1リ|:究|Ⅱ|発機梢[1988])。

それは、まさしく|)}1発JMiiの意AU、とそれにもとづく政策手段の選択を反l映し ていた。それが朴政椎の崩壊後やっと指令狐の|サト1発iMliから誘導型の開発独 裁にlli云換された。そのなかで次篇で考察するとおり経済|芒Illl化も進められ、

それまでに蓄積されてきたi衿イ[成長力にもとづき、またプラザ合意後の追い 風にも助けられ、すでにみたような高い実質成長が持続されたのである。

このようなGNPの成焚を、その所得の支Ⅱ」,元、つまl)需要サイドからマ クロの要因分析を試みておこう。lXl2-1-2は、|ihl定資本形成、輪111,入、家計 消費の主要な需要要lklを'11111」,し、GNPに占めるシェアの変化を示した。

それによると、(1)まず'1につくのは、般終il1j費の大部分を,Liめる家計消賀 が80%をも-1」Ⅱ|る高い水準から60%ほどに低1、してきていることである。そ れと|司時に、31iilにわたる大きなサイクルも注'1される。そのなかで、69,

78,88年のほぼ10イrllI1隅の杼は、jJIl論どおl)好況末期に当たる、とみてよい。

100節2篇経済成災と産業・労llill経済の腰|Ⅱ1

逆にピークの65,75,82イliはイ《D1Lのどん底を示しており、その三ii要'11はすで に前述のとおりである。

これに対し、(2)|ilil定溢水形成のシェアは、14%ほどから30%以上に拡大し ている。そこにも、般終ilI1費とは反対のサイクルがみられるが、設IWi投資を '''心とした''11定資本の形成が景気を/iミイ「すると|司時に、灸体の実質成艮を主 導していることはlリlらかである。(3)それにllAl連して見落せないのは、固定資(1)

本形成と物財・サービスjliiiil入の11リノlfilとの}|ⅡA1がきわめてiifljいことである。そ れは、次章でもみるとおり、|i1il定資本の形成に伴って機器・設lilliなどの資本 財と素材やlIfljl1iiI1などの'MilW)輸入がjii1iMiせざるをえないからである(韓 [1983])。ただし、74年と81年を11'心として、iiIij者の乖MIIliが10%ポイント以 上にも拡大したのは、疑いもなく21Ⅱ1のオイルショックの反映だろう。

それに対し、(4)物財・サービスのlliiiWll,シェアは5%ほどから40%以」二にも 顕著な拡大をみせている。このシェア拡大は、晶終ill費の札|対iIり縮小を相殺

しても余りあるほどのポイント差であることに十分注意しなければならない。

このようにjl(it国の輸出成長がとくに名'三|GNP成長に大きく寄与してきたこ とは'''1運いないが、経iWijlX文バランスからみると、輸入シェアが10%から 30%以上に11杣Ⅱしているだけに、貿易要|X|としては80年代半ばまではマイナ スの寄与だった。|ヌ'2-1-2でみるように、とくに第2次計山川の60年代後半 から70年代にかけて、2桁のIiili1人超過がつづいておl)、70年末にも10%以_L に達していた。

しかし、(5)80Ili代に入ると、11界liTI時不DiLを余所に、そしてプラザ合意後 の追い風のなかで、GNP''1のjliiiillIl,シェアは一気に30%台に采I)、87,88年 には40%台に達した。しかも80年代半ばにはjliilIi入シェアを上|Ⅱ|るようになり、

86イドには10%ポイント近くもjliiiiIlll,超過をマークすることになった。その結果、

経↑lji収支で一気に46億ドルの黒字を記鎌したのだった。しかしながら、その すぐあと、)IiiliilIj,シェアは急激に縮小にDIi武じた。そのノA(はのちに分析するが、

それとlTi1llliに輸入シェアは固定安本形成が拡大しても逆に縮小する動きを示 すように転換してきている。このことは、後述のようなウォン高調整と輸入 代稗の一段の進展を反映しているのだろう。それとともに長期資本収支も黒 字に転じ、|llil定資本の形成とともに輪'11,超過が経済成長を主導し、最終il1j費

節1歳商度経済成長の特質と要lkllO1 が下支えする成長パターンにjli入換しているのである。

3凪間'''心の設術投資の拡大

すでにみたように、経済成長をⅡ11:接的にi三導してきたli1il定資本形成は、

GNPに対する比率を10%程度から30%を超えるほどまで、拡大してきた。そ れと|可時に、ジュグラー型のサイクルでみると、1969,79,89イliが設liMi投資 循環のピークを形成しており、それがまた、図2-1-1から読み取れる実質 GNP成長のジュグラーの波とほぼ対応している。このようなlilil定資本の形 成は、どのような分野に投資されたのだろうか。

まず、図2-1-3は物Iはタイプ別に固定資本を分け、総資本形成に対するそ れぞれのシェアの1Iijlきを示した。実は図2-1-2もそうなのだが、経済|州1発計 lm1がスタートを切ったばかりの段ルドで、いろいろなli1il定資本形成のシェアが いっせいに縮小したのは、61~62年にマイナスになった在lbli投資が63,64年 に大'111WにjW力Ⅱしたからである。こうした在lilIjVilは、60年代末、とくに鋪1次 オイルショック後、70,80年代末にも発生した。これらは先行投資というよ りも需給ギャップの拡大の色彩が独いが、63,64イliは各年代末101などの倍以 上に及ぶほど大規模だった。

図2-1-3によると、まず固定資本形成をリードする機械・運輸装備は30%

から50%を超えるほど拡大してきていたことがわかる。さらにM1定資本形成 全体を先行する形でピークに達し、そして機械などの設備投資の減退を埋め るような形で、ビルディングなどの建築投資や住宅投資のシェア拡大がみら れる。そのなかで、機械などの設備投資のシェアは第1次オイルショックの '''1折を含みながら、ルlIi新体Ililll〈の節3,4次計画l0lに10年以上も45%を上lml るほど拡大したzlI実がIリIらかになっている。それはまさに亜化学工業を'''心 とした設備投資の著埆を示している。さらに70年代末から80年代初めの投資 調整期にも、機械をはじめとする投資シェアは、それほど縮小しなかったこ とにも注'二Iしておく必要がある。しかし、その後の|止界同'111F不況からの回復 期は、45%を上|Ⅱ|るlml複は比)鮫的灯り01に終わり、オリンピック後は40%近く

に低下してきている。のちにみる貿易摩擦の激化や87年以後の大lllHi賃」二げの

ドキュメント内 韓国の経済開発と労使関係 : 計画と政策 (ページ 107-125)