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庶業榊造の高度化と''1小企業の成長

ドキュメント内 韓国の経済開発と労使関係 : 計画と政策 (ページ 125-140)

lはじめに

本滋では、1962年以降の榊|正|の経済成長を、サプライサイドから産業榊造 の高度化と産業組織の充実化の過程として捉えて分析する。そして産業柵造 の高度化を可能にした技術の禅人について述べる。

まず、産業柵造のi常i皮化については、第1次旅業から節2次)雅業へ、さら に節3次産業への変化の特徴を概観し、なかでも第2次朧業については、ilWL 工業から重化学工業への変化によって雌業の問付加IilliIllI〔化が区'られてきたこ とを'リ|らかにする。それに対し、産業iill細の光爽化については、lは閥系jIill立 型大企業とそのサポーテイング・インダストリーとしての中'ME業の成健に 着'三Iして分析する。具体的には、電子)薙業のユW'|から''1小企業の成長の一端 をIリlらかにする。そして最後に、以」1のような展|サト1を可能にした技術導入と 最近の技術|)'1発投資の伽lhlについて慨帆する。

糊玉|の経済が、輪111,の哨人に率リ|されて成及してきたことを否定すること はできない。しかも、その輪111,,'111,'三lは、その'1州lによって変化し、徐々に高 付川lli(i/〔品'二|に移行してきた。このような経済成災は、’五|際分業をうまく利 用することによって速成されたものである。』↓体的には、資本金を海外から 導入してjliiiii{11,1聡業に優先的に'''1i」介し、技術を技術提携によってiiリタトから学び、

大量LMiをするためにllZ産設Illiと重要部,Iii11を11m外から導入し、|玉Ⅱノリ的には、

低賃金労働集約的LMi二|:程に特化してii9li度成及を達成してきた。j剛王|は、こ のように国際分業をうまく利)|Iすることによって、これまでに類例をみない 急速な成長を遂げてきた。

このような稗国の経済成長は、GDPの高いI戊長率が強調されるあま')、

あたかもサクセス・ストーリーであったかのようにみえるのであるが、実際

節2章産業|川造のiTli度化と'11小企業の成長115

には、さまざまな'''1題を今Ⅱもなお抱えている。とりわけJit要な'111題として は、|]糠貿易赤字の'''1題である。これは、桃|玉|のIiiii出がi常j付力Ⅱ(111i(Ⅱl[化するた びに設備導入が|玉額にな')、4M代がjWえれば噸えるほど、|]本からの部,Iii11な

どのjliiiii人が噌大するという|俳造を持っているために生じる。

この|H1題を解決するためには、第1に、Iiiii入部,liil1のlMi化を椎し進めなけ ればならない。政府は、’'1,Mご業を部,'1i',メーカーとして育成し、輸入部,1,1,に

代替しようとさまざまな政策をIIMTしてきた。しかし、大企業と''1小企業の

技術格差が非常に大きいことが大きな障害となっている。これまで大企業は、

海外(iiiに'三1本)から技術を導入することができたので、LMi技術を画j01i1<」

に_Lケトさせることができたが、’'1小企業はその資金的|U(界もあ})、このよう なことができなかった。したがって、部,IiiI1の|正|産化をしようとすると、勢い セットメーカーの内製化率が高くなり、純|玉|の経済は、大企業主導型、ある いは'1イ|附き導型という柵造を持つに至った。もちろん、こういった榊迭に対 して政府は無策でいたわけではない。llj(府は、’11小企業の11t要性を認i識し、

1975`|えに「''1小企業系ダ''化促進法」をIlill定して大企業と''1'M堅業の相J1ドili完 的関係を榊築しようとしてきた。さらに、78年には、「''1小企業振興法」を Ilill定し、79イドには'11小企業ル(興公|Ⅲ|を設立させて''1'MY業の競争力形成のた めさまざまな政策を打ち''1,した。しかし、Wll11iil1l玉|産化の'''1題は、いまだに騨 岡経済の大きな課題となっている。

第2に、設備の圧|朧化が|又'られなければならない。しかし、こういった''11 題が生じる原lX1は、そもそも技術が外|盃|から導入されるから起こる'111題であ ')、また、成熟した技術が海外から導入されたので、糊正|経済は成焚してき た。技術の外匡|依存は、糊巡|の経済成災のコインの表製を成しているのであ る。しかし、近年技術貿易はかつてよ')もIlill限(1()になってきており、技術の '五|)韮化がなされない|Ⅱ)、今後の柿田の成及はありえないというのが、純|玉|

政府、企業の共通の認搬となりはじめている。

そこで、とくに70イ1主代半ば以降に成」ミルif業がl朧工業からIR化学=[業へシフ トしてきたことをlリIらかにしたあと、雌業ilill織の変化として、大企業と''1小 企業との新たな分業柵造の形成に注|=Iする。とくに韓睡|の代表的輸出雌業で あるfIiZ子厳業の事例を1[)(')」二げ、部,1,1,の|玉|)曜化と企業'''1分業の形成について

116節2篇経済成長とi避業・労MiI統済の庇IjH 述べる。

つづいて、赫国の産業榊造の商度化や詩j付jll{illi|11I化をもたらした技術につ

いて収')_上げる。純|玉|は、技術を初j01には、11:接投資をjuDじて、後には技術提

携によって導入した。しかし、’1↑今の技術貿易環境の変化は、鰊国が外国か ら技術導入することを非滞にlMIliにしている。こういった環境の変化も幸い

して、輔国は技術|Ⅲ1発においても|当1立化にlhlかって遡進しはじめた。そして

最後に、労働ノJ不足段階に至った純|正|経済が、さまざまな要lklから海外投資

を|サト|始しはじめ、|正I内藤業榊造が大きく変わる様)'11をみせている。このこと は、従米とは異なるlnil際分業が展llI1する可能性を秘めていることを示唆する。

この点について、IMi抱えるlHl題と今後の展梨について述べる。

2産業柵造の高度化

輔国の産業柵造の変化を表2-2-1から凡てみよう。ここでは1960年代から 最近までの廠業構造の変化を示したが、全体として特徴的なことは、農業の 比ntの低下と製造業の比敢の1M大、そして品近の第3次産業の成長である。

(1)第1次産業

第1次産業の大部分を占める腱業は、|正|民総41土産に,!iめる!}||谷を急速に低 下させている。それは、農村人'二lの都TITへの流|Ⅱおよび農業就業人L1の急速 な減少とほぼ並行して進んだ。後章でもみるとおり、1970年半ばから農業就

表2-2-1朧業》1111:11人1総4Miの変化(州三lイ111i格) (%)

総済計凹 年次 1962-66

67-71 72-76 77-81 82-86 87-89

iil.

43.6 32.8 24.5 18.3 13.1 10.4

072317

●●●●●● 211110

'0.2 16.3 25.5 28.8 30.4 32.0

885574

●●●●●■ 244778 483776

●●■●●● 001122

2.5 4.5 6.2 7.2 8.0 7.2

*38.5

*39.2 7.2 9.1 10.5 13.1

lOO lOO lOO lOO lOO lOO 17.3

13.4 12.3 12.4 注)*金融・保険・イW1産業には卸小売業が含まれる。

''1,所)経済企画院「=iミ要経済|什標」1963-90年。

節2章廠業.榊造の商度化と''1小企業の成長117 業人'二|は絶対的にも減少しはじめ、農業労働ノ」は不足の段階に入った。青>Ⅱ:

年瞬の農業剛;れは止まることなく、農業労II1illノノの高齢化と女性化がはっきり と'1に見えるようになった。若年農業労11,1力の新規参入がないため、85年以 降、農業経徴主の年齢が50歳以_'二のlhlIfは50%以」ことなり(腿[1990])、揃 齢化は、時とともに深刻さをましている。

(2)第2次産業

第2次産業の成長過概は、蝉IJI|の経済成長の'''心をなすものであった。ア メリカの援11))経済から自立するためにとられた成長戦''1#は、鉱工業を育成し てその製品を輸出することによって|正|際収支をバランスさせるというもので あった。それは初期のタングステンに代表される鉱産,lil11iiiliilll,から始まり、稚 ]二業製品輪}'1,への転換、そして求化学二[業製,IiiI,輪lIj,への過程で、ある。表 2-2-2から製造業平均の成健率を'二'111って成踵している業柧を拾ってみよう。

1963~67年にもっとも成及率の高い業柧は、非金属鉱物製,Iii1,であった。それ が67~72年には、繊ルlli・衣111か皮〕IIE産業に移り、非金属鉱物製品はもはや成 長業種ではなくなっている。しかし、この繊ルlIi・衣11M.皮jIlIL産業も72~78年 になると、機械・金属力|[|:産業には及ばず、成長産業はこの段階から11t化学 工業に移行した。70イド代は、同じ製造業でも成長産業が11雌[:業から11t化学工 業へ脱皮した11制川であった。第1次オイルショックには全く動じる様子をみ せなかった鮠|玉|も、1979イドの第2次オイルショックは、エネルギー多1111費型

表2-2-2製造業業イiMllLl2雌成長率のIIIi移 (%)

業種 食料・飲料・タバコ 繊緋・衣11N・皮jY1:

木材・liil製1V,

紙製,'1h.印11111111版 化学製1Ii11 非命liji鉱物製品

1次令凪 機械α金属川1I その他

平均

1963-67 10.5 19.4 20.7 12.6 19.9 28.0 9.7 16.7

-1.4 12.8

83-89 8.1 6.0 7.8 10.6 10.6 9.0 9.5 21.1 7.4 12.7 18.2

29.7 16.9 14.0 20.9 9.4 22.0 15.2 19.3 20.0

15.1 24.9 13.3 15.2 20.6 16.6 37.9 50.0 13.7 26.6

6276210309

●●●●●●●●●● 7708788058

11

lll所)TheBanko[KCI・ea,ECO"o"ノノCs/α/Mc"/Yb”1W)()ん,1979,90.

118第2獄経済hMiと)漿業・労Ilil1経済の展|)'1

の)紫業榊造へ移行していたので大きな彫粋を被った。78~83年は、各産業!と

Mlllし並べて低成長であった。その''1でも'IlIi-、1次金屈が高い成長率を維 持した。そして83~89イドのj011111には、IMLの景気|Ⅱ|復と1%(1111、|正I際金利、為 替の「三低」効来によって機械・金li]il〃''二l:)曜業が糊玉|のもっとも成焚率の高 い産業となった。

製造業は、1960年代の鉱)紫,1,1,,60イli代木から70年代iii半のI峰]ユ業、70年代 '11雛以降の正化学工業とその'ノリ容を大きく変化させてきた。とI)わけ85年の Ijil代'二lmllIl1のカナダTl7場へのjIilliiIl」,の成功は、姉|玉ljliiliill11製,lii1iのイメージを大き く鞭I)変えた。また87イliにVTRを」|ミ産して11本に輪'11,したことは、糊玉|製 ,'ii1,イコール機械製,1111,というイメージをiilll)」1げるのに成功した。このように 純|玉|は、今l」まで成長の'''心となる業柾を変化させて、灸体で高い成長を維 持してきたのである。

(3)第3次産業

製造業の成長は、節3次雌業とその就業柵造にも大きな影響を」うえた。経 済が急速に成長した結果、1970イli代半ば以降労Iji1lノノの不足がli1M化しはじめ た。労IiM1ノ」不足は第3次瀧業に影粋を及ぼした。IダI|えば、それまで若イは;子 労側者が集「|'していたイ|》|人家J|Iサービス業、すなわちお手伝いさんが80年代 の初めにほぼil1i減した。しかも80イ|ミセンサスでみると、イゲヰ女子・の進学率が

-Mしている。このことは、お手伝いさんとして浩年女子が労Ilill化する必要 がないほど家計が豊かになったことを意味する一方、女イにも教育投資でき るようになったことを意味する。

節3次産業の変化を1りぴ表2-2-1からみると、節3次旅業は70年代半ば以 降の建設業の成良、80イド代」|きば以降の金lW1I1・保険・不勅産業の成長が|」につ く。とくに80イli代半ば以降は、証券投査がiiIi苑となり金IMI・保|脆・7W)産業 が大きくシェアをイ''1ばした。就業人|]のシェアからみても、金Wi1ll・保険・不 軌産業のそれが噌人している。

注'三|されるのは、’'11i報処IMf業の成」量である。まず情報処]HlllA1係の企業数 が、1989年8)]木Ijilイliで615社あI)、対iiiiイIi比で33%j1lViカl1していることであ る。これらの企業は、従業、30名木iilIIiの企業が66%と、多くは'11小企業であ

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