3. 第3章
3.4. 間接的把握の原則
以下では、本章で見てきた「様子の把握による原則」は、上で見た「記録・痕跡による 把握の原則」の関係について考えた上で、より広い概念としてこれを一般化したい。
「記録・痕跡による把握の原則」と「様子の把握による原則」とは互いに無関係ではな いと考えられる。なぜなら、これらは、共に、出来事を「直接把握していない」ものとし て述べる際に使用されるものだという点で共通しているからである。これらは、共に、出 来事を「記録・痕跡」や「様子」といった、間接的な証拠から把握した場合に、その間接 的証拠の把握時点にtが追加設定された結果として表れる「テイ」である。このように見 ると、両者はある意味で同じものだと言える。
一方、両者には違いもある。それは、出来事そのものとの時間関係である。出来事と
「記録・痕跡」の時間関係は、必然的に出来事が先で、「記録・痕跡」が後になる。一 方、「様子」の場合は、出来事は「様子」と同時進行である。このように、両者には、出 来事そのものとの時間関係の違いがある。つまり、teがtrを含む関係であるか、それともte がtrに先行する関係であるか、という違いがある。既に見たように、teとtrの関係にかかわ らず、trが存在しさえすれば「テイ」は付加されるので、両者は同じ形態で現れるのであ る。(ただし、既に見たように、「記録・痕跡による把握」の場合には、「テイ」以外の 形でこれが実現される場合もある)
ただ、「記録・痕跡」であれ、「様子」であれ、出来事を間接的な証拠を介して述べて いることには変わりがない。従って、「記録・痕跡による把握の原則」と「様子による把
握の原則」を統合して、次のようなひとつの原則を立てることができるだろう。(ここで 言うtは必然的にtrとなる)
(233) 間接的把握の原則:
出来事を間接的な証拠から把握した場合は、証拠を観察している時にtが追加 される。
この「間接的把握の原則」と前章で見た「時間関係と形態との対応規則」の組み合わせ で、ここで見てきたような「テイ」を説明することができる。
また、このような一般化を行うことで、ここまでの分析には当てはめられない、次のよ うな現象も説明できるようになる。(234)(235)の例は、話者は出来事そのもの(「着く/学 生だ」)は認識していない。このため、「着いた」とか「学生だった」とは言いにくい。
この点については、ここまで見てきたものと同じである。しかし、一方で、ここでは「記 録・痕跡」や「様子」を把握しているわけでもない。にもかかわらず、これらの例は「記 録・痕跡」のところで見たのと同じような振る舞いをしている。即ち、「着いている」や
「学生だ」のように、非過去の形を用いて述べている。
(234) 花子:次郎もう東京着いたかな?
太郎:今何時?12時か。10時にこっち出るんだったよね?で、新幹線がのぞ みって言ってたから、1時間40分ぐらいか。あ、じゃあもう{??着いた/着い てる}ね。
(235) 花子:お兄ちゃん、お父さんって50年前まだ学生だったかな。
太郎:ええと、お父さんって何年生まれだっけ。1945年?じゃあ...、(しばら く計算して)あ、そうだね。50年前はまだ{??学生だった/学生だ}ね。
では、ここでtが現在に設定されているのはなぜだろうか。これは、話者がどうやって、
これらの出来事の把握にたどり着いたのかを考えればいい。ここで、話者は論理的な思考 を巡らせて、「(もう)着く」や「(3年前)学生だ」という出来事が過去に起きたということ を把握した。つまり、「記録・痕跡」や「様子」ではなく、「論理」を証拠に、出来事を 把握したわけである。そして、この「論理」は現在のものである。従って、「現在」にt が設定され、「着いている」や「学生だ」という形式として現れるわけである。
このように、一般化した原則である「間接的把握の原則」を定めることで、「記録・痕 跡」や「様子」といった概念に限定されず、「間接的な証拠」の把握時と出来事時との時 間関係で、「テイ」と「タ」の有無の組み合わせを説明することができる。
このように考えると、(156)で見た、定延(2004)の例も説明がつく。これも、「ピサの 斜塔」の過去の状態を現在の「論理」という証拠から把握したものであるため、現在にt が設定された結果として、「タ」のない形として現れるのである。これは、定延の「情報 のアクセスポイント」による説明とほぼ同じものだが、これを「tの追加設定」の問題と して見ることで、「テイル」の記録用法と呼ばれるものや心理動詞の人称制限と言われる もの、さらにここで見た定延(2004)の事例などの、一見独立した問題に見える現象を、同
一の原理に基づくものとして説明することが可能になる。
このように、「間接的把握の原則」によれば、「テイ」と「タ」のさまざまな振る舞い について説明することができるが、注意しなければならないのは、常に出来事の把握方法 を示すためにtが追加されるわけではない、という点である。例えば、「10分前何して た?」とか「3年前って、もう卒業してたっけ?」などと言うような場合の「テイ」は、
「出来事の把握」などとは関係なく単に任意に設定された時点と出来事時との関係を表す だけのものである。このように、「単なる設定時」としてtが設定された結果の「テイ」
もあり得る。従って、「間接的把握の原則」で「テイ」と「タ」の全ての振る舞いが説明 できるというわけではない。
このように見ると、柳沢(1994)が「非アスペクト的」と呼ぶような「テイ」と「アスペ クト的」と呼ぶような「テイ」の違いは、確かに存在するように思える。即ち、前者が
「証拠の観察時」としてtが設定された結果として表れた「テイ」であり、後者が「単な る設定時」としてtが設定された結果として表れた「テイ」だと言えるだろう。ただ、共 に、tの追加設定によって現れた「テイ」であるという点は変わらず、どのような形態で実 現されるかは「時間関係と形態との対応規則」に従っている。このような点で、両者は同 じもので、単にtが設定される動機だけが異なるものだとも言うことができるだろう。つ まり、tの追加設定の動機という点から見ると、二種類の「テイ」があるが、「テイ」の 表す時間関係そのものは単一の規則に従っていると言えるだろう。
以上、本章では、まず、「記録・痕跡による把握」によるtの設定についての考察を行 い、次いで、「様子による把握」によるtの設定について考察し、最後に、両者を統合し 一般化を行った。本章では、「テイ」「タ」という形態に対応する意味を記述するという 方法ではなく、「tの設定」という観点から実際の使用場面における「テイ」「タ」の振 る舞いを分析することで、これまで個別に扱われてきた「テイ」および「タ」の組み合わ せと話者の事態認識との対応関係を、横断的に分析することを可能にした。