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3. 第3章

3.1. 本章について

3.2.3. 疑問

上で見たように、出来事そのものを把握しておらず、出来事の記録や痕跡から当該の出 来事を述べる場合には、「テイル」が使用されることが分かっている。以下では、この現 象が「テイル」という形態に限るものではなく、場合によっては、「テイ」のない形や

「ル」のない形で、このような「記録・痕跡」からの出来事の把握が意味されることを見 ていく。 

以下の(158)の例は、記録(日記)から出来事(薬の飲む)を把握しているため、上で見た分 析通り、bの「タ」は不自然になり、aの「テイル」が自然となる。 

(158) (太郎は一昨日薬を飲んだかどうか忘れてしまった。日記で調べたところ、飲ん だと記録されているのを発見した際の発言) 

花子:一昨日薬飲んだの? 

a. 太郎:ええと...、(日記の中に、薬を飲んだという記述を発見して)あ、飲ん でる。 

b. ??太郎:ええと...、あ、飲んだ。 

一方、以下の(159)の例では、aのように「テイル」ではなく、bの「テイタ」が自然と なっている。この場合、cの「タ」もやはり不自然である。ここで、bの「テイタ」が自然 となるのは、記録・痕跡を見たのが、過去だからだと考えられる。 

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 「600年前」よりも「現在」の方がアクセスしやすいのは、600年前のピサの斜塔の様子は、600年前と

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いえばたちまち「ピサの斜塔はこうこう」と思い当たるような、なじみ深い場所ではなく、ピサの斜塔に 関して現在成り立っているもっとメジャーな知識情報[ピサの斜塔は650年ほど前に完成]から推論される情 報でしかないためである。(定延2004:12)

 後に見ていくように、本稿ではこの「情報のアクセスポイント」は前章で見たtrに当たるものだと考え

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る。

(159) ((158)の後の会話。日記を閉じて、部屋を出た後に次郎に向かって話す。太郎 は相変わらず、薬を飲んだ時のことが思い出せない。) 

次郎:一昨日薬飲んだの? 

a. ??太郎:うん、今日記で調べたんだけど、飲んでる。 

b. 太郎:うん、 今日記で調べたんだけど、 飲んでた。 

c. ??太郎:うん、 今日記で調べたんだけど、 飲んだ。 

このように見ると、「テイル」という形全体が記録・痕跡からの把握という意味に貢献 しているわけではないことがわかる。最後の「ル/タ」の部分は、把握を行った時と発話 時(ts)との関係を示すものだと考えられる 。すると、ここまで見る限りでは、記録・痕跡8 からの把握であることを意味するのは、「テイ」の部分だろうと考えるのが妥当に見え る。 

(160) a. 「テイ」:記録・痕跡からの把握 

b. 「タ」 :記録・痕跡を見ている時の時制 

以上、記録・痕跡からの把握を意味するのは「テイル」ではなく、「テイ」の部分であ ると考えられることを見た。しかし、次に見るように、記録・痕跡からの把握の場合に、

「テイ」が用いられない場合もある。 

例えば、以下の(161)のような場合、「現役だ」という(静的な)出来事が成立している時 点は3年前なので、過去のことである。従って、普通に考えると「タ」を用いて「現役だ った」とするのが自然に見える。しかし、このような場合には、「現役だ」と言うのが自 然だろう 。 一方、もし、(162)のように、記者が太郎が3年前現役であったという事実を9 現に思い出した場合には、「現役だった」は自然になる。 

(161) (太郎選手の記録を調べている新聞記者二人が) 

A:太郎は3年前にはもう引退してたんじゃないのか? 

B: ええと、ちょっと待ってください。3年前の選手名鑑を見てみます。 

(選手名鑑を調べて) 

あ、太郎載ってる。太郎は3年前はまだ{現役だ/??現役だった}。 

(162) (上の会話の後、Bが太郎が3年前にプレーしていた姿を思い出して) 

B:あ、そうだそうだ。思い出した。太郎は3年前現役だった。3年前の日本シ リーズで見たんだった。 

このように、「記録・痕跡」から出来事を把握した場合にのみ「タ」が使用しにくいと いうのは、上で見た、「テイル」の記録・痕跡用法と同様の特徴だと言える。従って、こ こでも、記録・痕跡からの出来事の把握が意味されていると言ってよさそうである。 

しかし、この場合、「テイ」という形式自体が用いられていない(「テイ」は名詞には付  このような違いによる「タ」の有無の使い分けについては、次章で議論する。

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 「現役だった」が自然になる状況として、Aが別室に行って選手名鑑を調べてきて、Bのいる部屋に戻っ

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てきた後にそのことについてBに話す、という状況がありえる。しかし、ここでは、AはBのいる目の前で 選手名鑑を調べて話しているという状況なので、「現役だった」は不自然となる。

加することができないので、この場合には、「テイ」の付加はそもそも不可能である)。

従って、記録・痕跡からの把握だということが「テイ」なしで表される場合があることも あるということである。 

また、この場合、直接把握された場合に使用される形が「名詞+ダッタ」という形であ る、という点も重要である。上で見たように、先行研究では、出来事の直接把握があれば

「動詞+タ」の形になるものが、記録・痕跡からの間接的な把握の場合には「動詞+テイ ル」の形になることが指摘されている。しかし、ここで見たように、直接把握の場合に使 用される形が「動詞+タ」とは異なるものであっても、「記録・痕跡からの把握」という コンテクストは、述語のテンス・アスペクト形態に影響を与える。 

このような例は、次のような場合にも見られる。下の(163)は、直接把握があった場合 の表現が(過去完了の)「シテイタ」で、記録・痕跡からの把握が「シテイル」の形になる ものである。 

この例の場合、「首位打者をとった」のように「シタ」の形で言うのは、そもそも不自 然である。なぜなら、ここでは、「3年前より前」の時点の首位打者をとるという出来事 について言及されているからである。この場合、普通に考えると、上で見たように、過去 完了の「テイタ」が使われることが予測される。しかし、記録・痕跡からの把握という状 況では、「テイタ」よりも「テイル」(「とっています」)の使用が自然になる。 

(163) (太郎選手の記録を調べている新聞記者二人が) 

A:太郎は3年前の時点ではまだ無冠だったんじゃないのか? 

B:ええと、ちょっと待ってください。3年前の選手名鑑を見てみます。 

(選手名鑑を調べて)... 

あ、「首位打者1回」って書いてある。ほら、これ見てください。この時点 で既に首位打者を{とっています/??とっていました}よ。 

このように、記録・痕跡用法については、直接把握があった場合に「シタ」で言われる ものが「シテイル」と言われるだけでなく、直接把握があった場合「シテイタ」で言われ るものが「シテイル」と言われる場合があることも分かる。 

このように、ここでは、二種類の事例から、記録・痕跡からの出来事の把握を表現する 方法についての疑問を提起した。①一つ目は、先行研究で指摘されている「テイ」と

「ル」の組み合わせ以外の形で、このような把握が表される場合があるということ、②二 つ目は、把握された出来事の種類が過去非状態(「シタ」)である場合以外(過去完了や過去 状態の場合)にも、記録・痕跡からの把握であることを表す形式が使用される場合があ る、ということである。 

以上見てきたように、「記録・痕跡からの把握」を表す形式については、(i)把握される 出来事の種類と、(ii)記録・痕跡からの把握の場合に使用される形という、二つの形の対 応関係を説明する必要がある。以下は、両者の対応規則について考察を行っていく。 

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