3. 第3章
3.1. 本章について
3.2.4. 分析
3.2.4.2. 元の出来事が「過去(非状態)」である場合
まず、上で見た(165)の事例について、単に「飲んだ」と言うような過去非状態の場合 ((165a))と比較してみたい。既に見たように、過去非状態相の「飲んだ」の場合、trは存 在しない。従って、この場合については、単純にteとtsの時間関係が問題になる。これ は、次の(169a)のように示せる。一方、(165b)の「飲んで(い)る」のような場合、「日記 を見ている時」という記録を観察時が存在する。この場合は、「日記を見ている時」に t(tr)が追加されることになる。この「日記を見ている時」は発話時を含むものなので、こ れは図示すると(169b)のようになる。
(169)
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a. 「飲んだ」 b. 「飲んでる」
(170) a. 「飲んだ」
te = 出来事(飲む)時 ts = 発話時
b. 「飲んでる」
te = 出来事(飲む)時 tr = 日記を見ている時 ts = 発話時
次に上の(165a)の「飲んでる」の場合と(166)の「飲んでた」の場合、即ち、発話時点 でまだ日記を見ている場合と、もう日記を見ていない場合を比較してみたい。既に見たよ うに、(165a)の「飲んでる」は下の(171a)(=(169b))のようになる。一方、(166)の「飲ん でた」は、同様に日記を見ている時にtを設定することになるが、この場合は、これが発 話時以前に存在するので、下の(171b)のようになる。
(171)
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a. 飲んでる b. 飲んでた
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次に、このような時間関係の場合に、(171a)と(171b)がそれぞれ「テイル」と「テイ タ」の形になることが、前章で見た「時間関係と形態の対応規則」(形態規則Aと形態規則 B)から導き出せることを、一応確認する。
まず、上の(171a)も(171b)も、「teがtrに先行する」関係である点は共通している。この ことから、「テイ」が付加される。次に、(171a)は「trがtsを含む」ことから、「タ」は
付加されず、「テイル」になる。また、(171b)は「trがtsに先行する」ことから、「タ」が 付加されて、「テイタ」となる。これは、それぞれ(171a)の「飲んでる」と(171b)の「飲 んでた」と合致する。
このように見ると、上の記録用法は、次のような原則に従っていると考えると、説明が つく。これは、以下のように、記録・痕跡を見ている時にtを追加する、というものであ る。
(172) 記録・痕跡による把握の原則:
出来事を記録・痕跡から把握した場合には、「記録・痕跡を見ている時」にt を追加する。
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3.2.4.3.
元の出来事が「過去完了」である場合
ここでは、本来であれば過去完了の「シテイタ」が使われることが予測されるものが、
記録・痕跡からの把握の場合に「シテイル」となる場合について考える。
既に見たように、「過去のある時点よりも前」の出来事について述べる場合は、過去完 了が用いられる。従って、このような一般則に則れば、「3年前」という過去の時点以前 に「首位打者をとる」という出来事が起きたことについて言及する場合には、以下の (173)のように「テイタ」で言われることが予測される。
(173) 太郎は3年前の時点で既に首位打者をとっていた。
しかし、以下の(174)(=(163))のように、この事実を記録・痕跡から知った場合には、
「テイル」で言うのが自然になり、「テイタ」と言うのはむしろ不自然である。
(174) (太郎選手の記録を調べている新聞記者二人が)
A:太郎は3年前の時点ではまだ無冠だったんじゃないのか?
B:ええと、ちょっと待ってください。3年前の選手名鑑を見てみます。
(選手名鑑を調べて)...
あ、「首位打者1回」って書いてある。ほら、これ見てください。この時点 で既に首位打者を{とっています/??とっていました}よ。
この場合が従来の記録用法の「テイル」と異なるのは、元の形が「動詞+タ」ではな く、「動詞+テイタ」であるという点である。つまり、ここでは、記録から観察される内 容が「過去完了」の事態である、という点である。このような場合、「テイタ」では不自 然で、「テイル」という形が用いられる。以下では、前に見た時間関係と形態との間の形 態規則A及び形態規則Bと、上で見た「記録・痕跡による把握の原則」に基づいて、この 事実が説明できるかについて見る。
まず、元の形である「テイタ」の場合について見てみる。既に見たように、上の(173)の ような過去完了の場合の時間関係は以下のようになる。
(175)
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(176) te = 出来事(「首位打者をとる」)時 tr = 3年前
ts = 発話時
次に、この時間関係((175)(176))に、上で見た「記録・痕跡による把握の原則」を当て はめる。
「記録・痕跡を見ている時」は発話時を含む時間であるため、そこにtが追加されるこ とになる。そうすると、既にある「3年前」というtrを含め、2つのtrが存在することにな る。ここでは、両者を区別するために、先に設定されていた「3年前」をtr1、ここで設定 した「記録・痕跡を見ている時」をtr2と呼ぶ。このtr2は上の例((175))のtrとは違い、「首 位打者をとる」という事態の記録を発見した時ではなく、「3年前に首位打者をとってい た」という事態の記録を発見した時だと言える。つまり、teを発見した時ではなく、teと tr1の時間関係を発見した時がtr2だと言える。
このように見ると、ここでの時間関係は、次の(177)(178)になる。
(177)
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(178) te = 出来事(「首位打者をとる」)時 tr1 = 3年前
tr2 = 記録を見ている時 ts = 発話時
ここで、形態規則Aを当てはめると、trが存在しているので、「テイ」が付加されること になる。従って、「首位打者をとっている」となる。次に、形態規則Bを当てはめると、
ここでは、「tsの一つ前のt」はtr2で、「tr2がtsを含む」関係になっているため、「タ」は 付加されない。従って、「首位打者をとっている」となる。
以上のように、「記録・痕跡による把握の原則」と形態規則A・Bを適用すると、「テ イル」を使って、「首位打者をとっている」という形になることが予測される。これは、
(174)の事実に適合する。
また、もしここで「テイル」が使用されることが「記録・痕跡による把握」であること によるものだとしたら、上(3.2.4.2)で見たように、「記録・痕跡を見ている時」が発話時 以前の場合には「テイタ」が自然に使えるはずである。
下の(179)を見ると、この予測通りになっていることが分かる。この場面は、上の(174) の場面と異なり、Bが資料室で記録を見てきて、Aに報告するという場面である。従っ て、Bは「とっていました」を発話する時点では、記録を見ていない。このような場合に は「テイタ」が自然に使える。
(179) (太郎選手の記録を調べている新聞記者二人が)
A:太郎は3年前の時点ではまだ無冠だったんじゃないのか?
B: ええと、ちょっと待ってください。資料室で3年前の選手名鑑を見てきま す。
(Bが資料室から戻ってきて)...
A:どうだった?
B:3年前の時点で既に首位打者をとっていました。3年前の選手名鑑を見た ら、「首位打者1回」と書いてありました。
ここでの時間関係は、次の(180)(181)のようなものになっていると考えられる。ぞれぞ れのtが何の時間を表しているかという点は上と同様だが、tr2とtsの時間関係が異なること がわかる。これが形態規則Bにより「タ」が使われる原因となっている。
(180)
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(181) te = 出来事(首位打者をとる)時 tr1 = 3年前
tr2 = 記録を見ている時 ts = 発話時
このように、元の形が「テイタ」であるような場合にも、「記録・痕跡からの把握の原 則」が当てはまることが分かる。
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3.2.4.4.
元の出来事が「過去状態」である場合
ここでは、本来であれば過去状態の「シテイタ」が使われると予測されるものが、記 録・痕跡からの把握の場合に「シテイル」となる場合について考える。また、動作性述語 の状態相と同じアスペクト的特徴をもつ、状態性述語の場合についても取り扱う。
前章で見たように、動作動詞の過去状態は「テイタ」の形で表される((182))。また、状 態性述語の場合は、例えば名詞述語であれば、過去は「ダッタ」で表される((183))。
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(182) 動作性述語の過去状態:
太郎は3年前ドラゴンズでプレーしていた。
(183) 状態性述語の過去:
太郎は3年前現役だった。
しかし、以下の(184)に見るように、「記録・痕跡」から過去のある時点での状態を把 握した場合には、動作性述語の過去状態(a)の場合、「テイタ」よりも「テイル」が自然に なり、状態性述語の過去(b)の場合、「ダッタ」よりも「ダ」の形が自然になる。
(184) (太郎選手の記録を調べている新聞記者二人が)
A:太郎は3年前にはもう引退してたんじゃないのか?
B: ええと、ちょっと待ってください。3年前の選手名鑑を見てみます。
(選手名鑑を調べて)...
あ、太郎載ってますよ。「ドラゴンズ所属」って書いてある。ほら、これ見て ください。
a. 太郎は3年前ドラゴンズでプレー{しています/??していました}よ。
b. 太郎は3年前現役{です/??でした}よ。
このように、過去状態の場合についても、「記録・痕跡からの把握」ということがテン ス・アスペクト形式に影響を与えているように考えられる。ここでも、上記の「記録・痕 跡による把握の原則」と「時間関係と形態との対応規則」により、この事実が説明できる かどうかを見たい。
まず、動作性述語の過去状態及び、状態性述語の過去の場合の時間関係について確認し たい。これについては、共に次のような時間関係になっていることは、前章で見た。この 場合には、太郎がプレーしている/現役である期間の中に「3年前」(tr)という時間が含まれ ていて、その時間(tr)が発話時(ts)以前だということである。
(185)
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(186) te = 出来事(プレーしている/現役である)時 tr = 3年前
ts = 発話時
ここで、「記録・痕跡による把握の原則」に基づいて、「記録・痕跡を見ている時」に trを設定する。ここでは、「記録・痕跡を見ている時」は発話時を含む。また、このよう にtrを追加設定すると、trが2つ存在することになるので、「3年前」をtr1とし、「記録・
痕跡を見ている時」をtr2とする。すると、時間関係は次の通りになる。
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(187)
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(188) te = 出来事(プレーしている/現役である)時 tr1 = 3年前
tr2 = 記録を見ている時 ts = 発話時
この場合に、「時間関係と形態の対応規則」を当てはめると、どうなるだろうか。ま ず、形態規則Aを当てはめると、ここでは、trが存在するので、「プレーする」は「テイ」
が付加されて「プレーしてい(る)」になる。一方、「現役」のような名詞述語の場合に は、そのままの形で「現役だ」となる。次に、形態規則Bを当てはめると、ここでは、
「一つ前のt」であるtr2がtsに先行していない(含んでいる)ので、「タ」は付加されないこ とになる。そうすると、前者は「プレーしている」に、後者は「現役だ」になる。
このように、「記録・痕跡による把握の原則」と「時間関係と形態の対応規則」を当て はめると、それぞれ「プレーしている」と「現役だ」という形となることが予測され、上 の事実と合致する。
また、これが「記録・痕跡による把握」であることによるものだとしたら、「記録・痕 跡を見ている時」が発話時以前の場合には「テイタ」及び「ダッタ」が自然になるはずで ある。この予測が正しいことは、次の(189)を見ればわかる。上で見た(184a)(184b)の例 と比べ、ここでは自然に「テイタ」を使うことができる。
(189) (太郎選手の記録を調べている新聞記者二人が)
A:太郎は3年前にはもう引退してたんじゃないのか?
B: ええと、ちょっと待ってください。資料室で3年前の選手名鑑を見てきま す。
(Bが資料室から戻ってきて)...
A:どうだった?
B: 3年前はまだ{プレーしてました/現役でした}。3年前の選手名鑑に太郎の名 前が載ってました。
ここでの時間関係は、次の(190)(191)のようなものになっていると考えられる。ぞれぞ れのtが何の時間を表しているかという点は上と同様だが、tr2とtsの時間関係が異なること がわかる。これが形態規則Bにより「タ」が使われる原因となっている。