第 1 款 序論
本稿は,開示制度の必要性の理論的根拠を検討するものである。理論的根拠の検討に際 して,本稿では,目的と機能を一緒に議論する122。既に開示制度の目的および機能につい ては,既に相当の議論が存在するため123,本節では,これらの議論を概観しつつ,分類す ることにしたい。
強制開示を正当化する様々な理由が主張されている。本款では,それらを順に概観する。
具体的には,(1)投資家への情報の提供および投資家保護という目的,(2)正確な株価形成 および資源配分への影響,(3)市場の失敗,(4)権利の実質化機能,(5)不正抑止機能,(6)投 資家の自己責任と限定合理性,(7)市場への信頼,(8)システミック・リスクの監視および 金融の安定化,(9)継続開示義務の根拠としての市場の利用について,順に概観する。本節 で取り上げた論点については,以後の節および章にて詳しく検討するものとする。
第 2 款 投資家への情報の提供および投資家保護
企業内容の開示制度の目的として,第一に,(1)投資家の投資判断に資する情報の提供 という目的が挙げられる124。会社法において,株主に対する情報の提供が規制されている
122鈴木竹雄=河本一郎『証券取引法〔新版〕』86頁(有斐閣,1984)。本稿で「機能」という場合,
制度が機能することによる効果も考慮に入れるものとする。それが意図されたものであれ,意図 されていないものであれ,法制度が何らかの効果を有する場合に,当該制度の当否について検討 がなされるべきであるからである。
123本文において,以下で列挙する開示の目的および機能は,脚注に掲げた文献の他,次の文献から抽 出している。神崎ほか・前掲注(16)193–194頁,近藤ほか・前掲注(9)102–104頁および257–258 頁,山下=神田編・前掲注(10)58–59頁〔久保大作〕,龍田・前掲注(114)123–125頁。Donald C. Langevoort,Information Technology and the Structure of Securities Regulation, 98 Harv. L. Rev. 747, 782–85 (1985); Luis A. Aguilar, U.S. Sec. & Exch. Comm’n, Facilitating Real Capital Formation, at nn.20–26, Apr. 4, 2011,available athttp://www.sec.gov/news/speech/2011/spch040411laa.htm (last visited Oct. 21, 2011) (強制開示の利点として,2003年から2010年までの強制開示に関する実証 研究を紹介した上でその有用性を主張する証券取引委員会委員による講演).
124龍田・前掲注(114)123–124頁,鈴木=河本・前掲注(122)86頁,神崎ほか・前掲注(16)193 頁,松尾・前掲注(27)89頁(「投資者が資本市場において有価証券にかかる投資判断をするに は,当該有価証券やその発行者などに関する情報が必要不可欠である」と述べる)。類似の理由 として,開示により投資家が合理的な情報に基づく投資判断を行うことができるという理由が挙 げられる。Gallagher,supranote 5.有価証券報告書の虚偽記載に関する刑事責任を認めた判決に おいて,投資者の保護を強調する控訴審判決がある。東京高裁平成20年7月25日判タ1392号 297頁,313頁(2008)。
ところ125,証券法制の目的は,株主以外の投資家を含めた情報開示であると捉えられる。
投資家の投資判断に資する情報の提供という目的の下で,強制開示は,様々な機能を発揮 する。
また,強制開示の目的として投資家保護も挙げられている126。例えば,投資判断に必要 かつ十分な情報を有するときは,詐欺的な行為から自己を守ることができるとの指摘127や 事実を知らされないことによって被る損害からの投資家保護の方策として開示制度を挙げ る例がある128。
強制開示,ひいては,投資家の投資判断に資する情報の提供という目的や投資家保護と いう目的の当否は,投資家への情報提供という機能およびそれに伴う効果を支持し得るか にかかっている。そこで,以下では,開示規制の機能を順に概観する。
市場価格に含まれる情報を増やす 強制開示の理由として,市場価格に含まれる情報を 増やすというものがある。市場の失敗が発生する場合に,強制開示が,最適な情報を開示 するように促すという効果を得ることができるのであれば,市場価格に含まれる情報を増 やすということも正当化されよう129。強制開示制度があれば,投資家に情報が提供され,
市場は,当該情報に基づき価格決定をするという点に異論はないし,市場価格に反映され る情報が増えることで,価格が真実の価値に近づく可能性が上昇するということも恐らく 正しいであろう。
しかし,「市場価格に含まれる情報を増やす」ことが良いことだという議論は,(1)現在 の情報開示が過少であるという前提に立っているか,(2)情報開示に費用が掛からないもし くは情報開示の費用はそこから得られる便益よりも必ず低いという前提に立っているか,
または,(3)市場価格に含まれる情報が増えることは市場の効率性を促進するから良いこと
125例えば,株主が数千人以上である場合を含め,株主総会に出席しない株主が書面によって議決権 を行使することができる場合には,株主総会の招集通知に際して株主総会参考書類が交付され る。会社法298条1項3号,2項,301条1項,会社則65–66条,73–95条。また,取締役会設 置会社は定時株主総会の招集の通知に際して,計算書類および事業報告等を提供しなければなら ない。会社法437条,会社則133条,会社計算133条。
126SeeJohnC. Coffee, Jr. & HillaryA. Sale, SecuritiesRegulation2–4 (12th ed. 2012).証券取引審議 会特別委員会「『株主構成の変化と資本市場のあり方について」の審議内容取りまとめ」(昭和51 年3月18日)は,投資者保護の方策の一つとして,ディスクロージャーを挙げる。橋本貞夫「投 資者保護の徹底」商事735号28頁(1976)(証券取引審議会特別委員会「『株主構成の変化と資本 市場のあり方について」の審議内容取りまとめ」(昭和51年3月18日)を掲載する。同取りま とめは,投資家保護に関して,(1)必要性として,(1a)有価証券は,価値の測定が難しいこと,お よび(1b)取引自体が技巧的操作の対象となりやすいこと,(2)投資家保護の方策として,(2a)事 実を知らされないことによって被る損害からの保護としてディスクロージャーの充実を,(2b)不 公正な取引によって被る損害の保護として,不公正取引の防止を挙げる。)。
127神崎ほか・前掲注(16)194頁。
128松尾・前掲注(27)6頁。
129この議論は,情報を開示すること自体に焦点を当てていて,誰が最初に情報を取得するかを考 慮していないという点が指摘されている。Frank H. Easterbrook & Daniel R. Fischel,Mandatory Disclosure and the Protection of Investors, 70 Va. L. Rev. 669, 695 (1984).選択開示の問題は,本稿 では,取り扱わない。17 C.F.R.§§243.100–03 (2014) (Regulation FD); New York Stock Exchange, Listed Company Manual§202.06(A) (レギュレーションFDに従った情報の開示を要求する).See Easterbrook & Fischel,supranote 129, at 689 (情報を有する投資家が取引をすることで情報を有し ない投資家が情報を得ることを指摘する).
であるという抽象的な命題を提示しているだけであるように思われる。これらの観点は,
(a)情報開示に伴う利益に着目し,情報開示に伴う費用との勘案という視点が欠け,また,
(b)なぜ情報開示をしなければならないのかという視点を欠いており,「市場価格に含まれ る情報を増やす」ということのみでは強制開示を正当化する理由にならない。
洗練されていない投資家 なお,投資家保護のうち,投資家を洗練された投資家と洗練 されていない投資家に分けて,洗練されていない投資家を保護する目的で強制開示を位置 付けることが考えられる。この場合,次のような論点が考えられる。
第一に,市場の効率性である。洗練された投資家が市場に多数存在しており,市場が効 率的であれば,洗練されていない投資家も効率的な価格で証券を取引することができるの であるから,洗練された投資家が相場操縦をするような場合を除き,投資家保護が必要な いと考えられる130。通常,市場の効率性が議論される場合,流通市場を対象としている。
洗練されていない投資家保護の文脈では,流通市場の市場の効率性だけでなく,発行市場 の市場の効率性も考慮する必要がある。それゆえ,洗練されていない投資家保護という問 題は,効率性が程度の問題であること,および発行市場の効率性が確保されているのかと いう論点が主要なものになると考えられる。限定合理性,ひいては市場の非効率性につい ては,本章第6節にて取り扱う131。
第二に,洗練されていない投資家に関して,情報開示制度が情報の取得や処理を補助す る役割を有しているという考えがありえよう。この点も,市場が効率的であれば,洗練さ れていない投資家も,効率的な市場価格によって取引できるという点は,前述の通りであ る。その上で,洗練されていない投資家の情報処理を助けるというのであれば,この問題 も,投資家の限定合理性という問題となる。市場の効率性に反して取引する(すなわち,
不合理な取引を行う)投資家は,個人投資家であれ,機関投資家であれ,存在するであろ う。しかし,(1)投資家が望んで行う不合理な取引を妨げるべきか132および(2)投資家の不 合理な取引を矯正する方法が,強制開示であるべきかという問題が存在するであろう。限 定合理性の問題は,本章第6節にて取り扱う。
130Easterbrook & Fischel,supranote 129, at 694.
131市場が非効率的であるとしても,相場操縦に該当するようであれば,それは,強制開示の問題で はなく,不公正取引の問題として対処されるべきであろう。また,市場が非効率である場合に,
洗練された投資家と洗練されていない投資家の間で情報格差が存在するとした場合,(1)そのよ うな情報格差を矯正する必要があるのか(金商法は,インサイダー取引のような特別の場合を除 き,投資家間での情報格差を許容している)および(2)情報格差の矯正の方法として,強制開示 制度が適切かという問題があろう。
132投資家が望んで行なっているのであるから,法制度でそのような取引を断念させるということは 難しいであろう。そのような取引について,処置なしと述べるものとして,Easterbrook & Fischel, supranote 129, at 695.
第 3 款 正確な株価形成および資源配分への影響
第二に,開示が(2)正確な株価形成に寄与するという意見がある133。この正確な株価が 形成されることの副次的な効果として,(2a)企業が資金を調達しやすくなるという効果134, (2b)ひいては資源の最適な配分に役立つ135,(2c)証券アナリストが開示された情報に基づ く分析を提供することで,さらに市場価格が正確になる136という効果が指摘されている。
この論点は,資源配分の効率性ひいては社会厚生との関係を問題としている。証券市場 および金商法を含む証券法制は,社会厚生の増大を目的としていると考えられる137。社会 厚生の増大を達成する方法として資源配分を効率的に行うことが挙げられる。また,証券 法制の一分野である開示制度の目的として資源配分を効率的に行うことが挙げられること がある138。そこで,開示制度と資源配分の効率性にどのような関係が存在するのか,また,
開示制度と資源配分に関係が存在するのであれば,どの程度で関係が存在するのかという 点を検討する。開示制度自体は,様々な文脈で用いられている,本稿が対象とする企業内 容の開示についてみても,発行開示と継続開示では,社会厚生に与える影響が異なる点を 示す。
本章では,第4節にて,資金調達が発行者の実体資産への投資判断にどのような影響を 与えうるのか,および正確な株価形成が資源の最適な配分に役立つということの意味につ いて検討する。特に,開示制度と関連する証券市場と資源配分の効率性という観点から,
(X)発行会社による実体資産への投資,(Y)流通市場での取引および(Z)発行市場での取引 の3つの観点から検討する。そこでは,開示制度は,発行者による実体資産への投資とい う点での資源配分に与える影響が限定的であるものの,投資家による証券への投資判断お よび社会厚生の最大化に影響を与えることを明らかにする。
第 4 款 市場の失敗
第三の論点として,市場の失敗(market failure)が挙げられる。これは,強制開示が存在 しない場合に,市場原理に基づく開示が効率的な水準で行われるか否かという問題である。
市場の失敗が存在する場合,市場原理では,効率的な水準で需要と供給が均衡しないこと
133龍田・前掲注(114)124頁(上場証券のように市場性がある場合は,投資者は市場で決まる価格 に大きく依存するから,投資判断にとって重要な情報が市場に提供されていることが必要である と述べる)。SeeStephenJ. Choi& A.C. Pritchard, SecuritiesRegulation: Cases andAnalysis28 (3d ed. 2011).
134龍田・前掲注(114)124頁。
135龍田・前掲注(114)124頁,神崎ほか・前掲注(16)193–194頁(情報開示は,投資者による個 別銘柄の有価証券の相対的な投資価値の判断を可能にし,金融商品市場を通じての資源の効率的 な配分を高めるのに役立つと述べる),久保田・前掲注(82)227頁,神田監修・前掲注(55)210 頁(流通市場の価格形成の歪みが証券市場の適正かつ迅速な資金配分機能に悪影響を及ぼすこと を避けることを挙げる)。
136SeeChoi& Pritchard,supranote 133, at 28–29.
137ラムザイヤー・前掲注(116)156頁(証券取引法が有利な法制度になるか否かは,投資家の利益 を増大化するかにより判断される問題であると述べる),尾崎安央「企業のソフト情報の開示規 制とその問題点(1)」早法67巻1号69頁注24(1991)(開示規制の在り方を考える上で,コス ト・ベネフィットの比較検討は不可欠であると述べる)。
138神崎ほか・前掲注(16)193–194頁。